正月
維心は、今年の正月はやはり、月の宮に集まる事になってしまったので、今年の正月より多くの品を臣下に準備させていた。
旭の領地の温泉には、来年に志心が元気になったら行こうと保留にしたのだ。
志心は、月の宮なら何とか出掛けることもできると言うので、皆がそれに合わせる事にした結果だった。
月の宮は、やはり癒しの気が降っている清浄な場所なので、心身ともに疲れている志心には、ちょうど良い場所だった。
蒼も、気を遣ってそれを勧めてくれたので、王達は今回は宮で退屈なのかと残念に思っていたところでとても蒼に感謝していた。
なので、どこの宮でも蒼には多くの品を渡そうと、力を入れて準備していたのだった。
とはいえ、喪中の志心が来るので、めでたいという雰囲気は極力避けようということになった。
志心が楽しみにしていた香合わせも、先に維心までがわざわざ練り香を作ってその日に備え、志心を気遣っていた。
維月も同じく、志心のためにと癒しをイメージした香を合わせてみて、維心に利いてもらったらそれは良いできだと褒められた。
でも維心は何でも褒めるので、分からない、というのが維月の感想だった。
なので、今回の正月は、前よりもっと緩い感じで進めよう、と蒼も思って準備していた。
それでも、もしかして退屈してしまっても困るので、前に王達が言っていた、人世の電子ゲームも一応、準備しておこうと新しいモニターやゲーム機を揃えて、去年も集った広間に設置させていた。
この時期、人世からの帰還者は人世に帰っていることが多いのでどうなるかと思ったが、迅が配線などなら分かると言って、いろいろやってくれたので蒼は助かっていた。
迅は人世にとても詳しいのだ。
着物も派手な物は避け、維月は白っぽい袿の内側に、薄紫の着物を重ねて、維心も同じ色合いで統一し、品良く落ち着いた姿で装って、月の宮へと到着した。
蒼が、いつものように癒しの気を纏って待っていてくれた。
蒼も、維心達と同じように、落ち着いた暗めのくすんだ感じの緑の袿を身に付けていた。
「蒼。年が明けたの。誠に去年はいろいろあったが、今年も共に歩もうぞ。」
蒼は、頭を下げた。
「はい。こちらは今年も変わらず龍の宮と足並みをそろえてやって参りたいと思うております。どうぞ、去年と同じ広間へ。今年も皆様ご到着されて、めでたいとは言えない状況ですが、穏やかに語らっておられます。」
維心は、頷いた。
「そうか。志心はもう着いておるのだな?」
蒼は、頷いた。
「はい。やはり…体が若いせいか体調は良いのに、何事も気力が湧かぬで此度も焔が煩く言わなかったら来るつもりはなかった、と言っていました。思えば最初は、蝦夷まで旅行ってことでしたものね。それは断って、月の宮ならとつい口にしたら、決まってしまったらしいです。」
維心は、苦笑した。
「二年連続で蒼に世話を掛けてはと皆思っておったからのう。そう言えばやめると思うたのだろう。とはいえ、こちらの気は癒しであるし、志心には一刻も早く復活してもらわねばならぬ。神世が通常の時でも白虎の力は重要であるのに、此度のような状況で、あれがいつまでも呆けておっては困るからの。できるだけ、皆で気遣って心持ちが回復して参るのを祈っておる。」
蒼は、維心と一緒に歩き出しながら、頷いた。
「はい。オレもそのように。」
歩いていると、維月が言った。
「そういえば、蒼。迅殿と涼夏殿はどう?こちらに慣れて参ったかしら。」
蒼は、え、と維月を見た。
何を驚くことがあるのだろうと維月は逆に驚いたが、蒼は、慌てて取り繕うように言った。
「いや…維月が二人を気にしてるのかって驚いて。」
維心は、言った。
「維月はあの折からいろいろ気遣っておったぞ。こちらが里であるからの。主が迅をこちらへ完全に受け入れると陸に申し入れたと聞いた時も、皇子の身分を捨ててこちらで軍神として生きて良いのかとか、陸はそれでやって行けるのかとか案じておったのだ。」
蒼は、そうだったのか、と維心を見た。
「そうなんですか。二人共、元気にやっておりますよ。何より、生き生きしているように見えます。こちらへ来た時にはやはり、暗い気を発しておりましたが、今では楽しそうで。そういえば、もう一人の涼は、うちの妹とややこしいから涼輝という名に変えてもらいました。本神も特にそれで構わないようでしたし。」
維心は、頷いた。
「聞いておる。とはいえ、初めての場であるしの。そろそろ疲れも出て参るのではないか。皇子であったのに、仕える立場になって回りは知らぬ神ばかりであるし、気を遣っておると思うぞ。妹も仕えておるようであるが、最初は妹を養わねばと一生懸命であったと聞いておる。」
蒼は、驚いたように維心を見た。
「あれらの様子をご存知でしたか?」
維心は、頷いた。
「維月が十六夜に聞いたと申しておったのだ。我だって、あれらが罪もないのにただ、あれの子であったというだけで、宮を追放せざるを得なかったのは案じておったからの。楽しくやっておるのなら良かったことよ。」
蒼は、思った以上に維心には、維月を通じてこちらの事が知れているのだな、と思った。
別に隠すことでもないので良いのだが、いろいろあるので月の眷族の中でしか言えないこともある。
なので、十六夜が余計なことを言わないでくれたらなあとは思っていた。
何しろ、碧黎から言うなと言われていることもあるのだ。
広間に着くと、皆が掘りごたつのような半円を描いて前の畳を囲んでいる見慣れた光景が目に入った。
今年の目新しい事と言えば、右側の壁に大きなモニターが設置されていることだった。
炎嘉が、振り返って維心と維月を見た。
「おお、やっと来たのか。我ら、夜明けにはもう着いておったわ。楽しみで昨夜はあまり寝ておらぬでな。」
焔が、向こう側から言った。
「我もぞ。やっとかと思うての。今年も摘まみが旨いぞ。」
維心は頷いて、己のために準備された席へと維月と並んで座った。
蒼も、維月の隣りへと座り、これで全員揃ったようだ。
今年は、新しく傘下を任せることにした上から二番目の宮の、英、加栄、覚が緊張気味に座っている。
旭も呼んだのだが、旭は遠いので今年は娘たちと静かに暮らす、また来年にと断って来ていた。
なので今回は、向こうの端から英、加栄、覚、樹伊、箔炎、焔、炎嘉、維心、蒼、志心、駿、公明、高彰、翠明と、総勢14名が、妃の居る者はその隣りに妃を座らせてずらりと並んでいた。
維心と維月の前にも、侍女によって雑煮が置かれた。
維月が、その椀を前に微笑んだ。
「まあ。毎年お正月にこれが飲めるなんて嬉しいこと。人世を思い出して、とても懐かしい心地になりますわ。」
維心は、微笑んで維月の肩を抱いた。
「ここは落ち着いて良いの。蒼には面倒を掛けてしもうたが。」
蒼は、首を振った。
「いえ、去年と同じなのでそう面倒でもなかったんですよ。相変わらず臣下は、正月手当が出るので出勤したがってシフトの奪い合いでしたしね。」
焔が、身を乗り出して言った。
「今回はまた目新しい物があるではないか。この大きな板は何ぞ?」
蒼は、苦笑しながら答えた。
「ああ、これは人世のモニターという道具で。これに、いろいろ映し出すんだ。ほら、人世のゲームの話をなさってたんで、したくなったらできるように迅に配線をしてもらったんだ。」
維心が、雑煮の蓋を取りながら眉を上げた。
「ほう?あれは人世に詳しいか。」
蒼は、頷いた。
「はい。人世に興味があって、行ったことがあるそうです。若いですからね。すぐに馴染むんですよ。」
炎嘉が、言った。
「それは楽しみぞ。とはいえ、今回は穏やかに過ごそうと思うておるから。羽子板などはやめておこうと思うてな。バカ騒ぎではなく、香合わせなどでおっとりと過ごすかと。」
蒼は、頷く。
「そうですね。本日はさっそく、楽の遊びで良いかと思って楽器を運ばせてありますから。後で碧黎様も天黎様も顔を出すと言ってましたから、珍しいものが聞けるんじゃないですかね。」
箔炎が、言った。
「まさかまた本気で弾くのではあるまいの。また大騒ぎになってはならぬし、此度は適当に弾くように言うてくれぬか。」
蒼は、苦笑して頷いた。
「分かってます。碧黎様も、そうそう本気で弾いたりせぬと仰っていましたから。面白そうだからちょっと自分も弾くって天黎様も今回は乗り気で。去年は維黎と一緒に部屋でゆっくり過ごしてらしたのに。」
焔が、うーんと考え込む顔をした。
「天黎の琴は一度、鳥の宮で聞いたのだったか…どこだったか忘れたが聞いた覚えがあるの。あれも相当の腕を隠して適当に弾いていると勘付いていたものだが、此度は今少し気を入れて弾いてくれるものか。」
維心が、雑煮を味わいながら言った。
「まあ、あれらには適当な演奏で良いのだ。あまりに真面目に弾かれると、いろいろ面倒な事になるからの。そうであるなあ…志心はどうか?琴を弾く気持ちにはならぬかの。」
志心は、蒼の横で答えた。
「我はまだそんな気にはなれぬな。あれからまだひと月ほどしか経っておらぬから。本当なら本日も、こんな席へ来る心地にはなれなかったのにの。」
志心の着物は、さすがに外出するので喪服ではなく礼装用のものだったが、それでも色はグレーと濃い紫を重ねたものだった。
「本日は、我が。」維月が、志心を気遣って言った。「十六夜と共に、慈愛の月という曲を弾こうと決めておりますの。お父様が作曲された曲で、とてもゆっくりとした心に沁み入る曲なのです。心が落ち着きますわ。月の曲なので、日が落ちてからにしようと思うておりますが。」
炎嘉が、お、という顔をした。
「誠か。碧黎が作曲したものと。あれは、誠にいろいろ曲を作っておるのだな。楽しみなことよ。」
維心は、維月を窘めるように見た。
「こら。我にも言わずで。いつ練習しておったのだ。」
維月は、バツが悪そうに維心を見上げた。
「あの、月から十六夜とお父様が弾く様を見せてもらっておりました。我のパートは父が弾いておりましたので、それをそのまま真似て弾けば良いかと、維心様がご政務に行かれた隙に少し。驚かせようと思うたのですわ。」
焔が、言った。
「維心、咎めるでないぞ。我らに聞かせてくれようと思うたのだからの。」
炎嘉が言う。
「我らではなく志心であろうが。」
蒼が、慌てて言った。
「では、お酒は足りておりますか?」と、ただ緊張気味にしている、英、加栄、覚の方を見た。「そちらの三人も。そんなに畏まる事は無いんだ。去年もこうしてここでのんびりと遊んで過ごしていたから。本当に、遊ぶだけだから。」
英が、他の二人を顔を見合わせて、頷いた。
「は…ただ、慣れぬだけで。」
だろうな。
蒼は、思っていた。
同じ二番目の宮でも、翠明、公明、樹伊の三人はしょっちゅう一緒に居るので最上位の王達にも耐性があるが、他の二番目の宮の王達は、そんな機会が無いので気安くはない。
なので、今回は呼ばれたので来たが、緊張して有難迷惑ぐらいに思っているかもしれなかった。
炎嘉が、言った。
「慣れぬとの。これから主らは、我らと同じ位置から物を見て判断して行かねばならぬ立場になるし、こうして共に酒でも飲んで、遊んでおったら楽しくなって参るわ。そういえば、めんこは間に合わなんだであろうが、香は?合わせて参ったか。」
英が、頷いた。
「は。特別に宮に伝わる材料を出して来て、なんとか合わせて参りました。」
炎嘉は、微笑んだ。
「楽しみぞ。」
だが、英はまだ緊張している。
簡単には緊張はほぐれないだろうが、帰る頃には落ち着いていたらいいな、と蒼は思っていたのだった。




