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出自

「我は、成人して間もない頃に、少し遠出して結界の合間にあるはぐれの神達があちこち点在している場所を眺めておったのです。そうしたら、そこにとてもはぐれの神とは思えないほど美しい女が居って。着物も、それほど粗末なものではありませんでしたし、その女に話しかけました。まだ、成人もしていないのではないかという女でしたが、我はその女に入れ込んで、宮へ連れて帰りたいと考えた。だが、父は許してくれませんでした。女はしかし、その頃には身籠っていて、我は密かに小さな房を用意してそこへ住まわせ、出産までそこへ通いました。しかし、子を産んでしばらく、女は子を置いたまま忽然と姿を消した。辺りに居たはぐれの神に聞いたところ、どこかの男が攫って行ったのだと聞きました。迅を抱いて、あちこち探しましたが見つけることができず。父に軍神を貸してほしいと申しましたが、許されませんでした。ですが、生まれた迅の気が、思ったより大きかったので、父は我の子として出自を隠して公表することを許してくれたのです。なので、我は迅を宮で皇子として育てることができました。」

はぐれの神か。

炎嘉は、眉を寄せた。

それにしては、迅の気が大きいからだ。

「…その女の名は?どこから来たと申しておった。」

陸は、淡々と答えた。

「は。名は、ユリアと。字は知りませぬ。何しろ、あれは読み書きができなかったので。しかし、言葉はしっかりしておりましたし、動きも洗練されておりました。どこかの宮から出て来たのかと思うたのですが、それにしては礼儀も知らぬ風であるし、読み書きができずに宮仕えなどできるはずもない。何やら大陸の事を言うておったような気がしますが、我はあちらの地理はからっきしで何を言うておるのか分かりませんでした。一族が滅びたので、皆でひっそりと暮らしておる場所から、抜け出したのだと言うておりました。とても厳しい場所だったらしく、それが嫌だったのだと言うておりましたな。黒檀のような黒髪に、美しい水色の瞳で…背はすらりと高い方でした。」

思い出しているのか、陸は遠い目をした。

迅は、その話を食い入るように聞いている。

炎嘉は、ため息をついた。

「…それでは生死も分からぬか。とはいえ、それなりの気に、それなりの洗練された動き。恐らくは、それなりの宮に居たとも考えられるのだが、読み書きができぬのは確かにの。…いちいちはぐれの神の集落を検分するわけにも行かぬしのう。」

維心が、考えて居たのだが、言った。

「…一族が滅びたと申しておったのだろう。この辺りで、滅びた宮などない。だが、大陸からわざわざこちらへ逃れて来るか…」と、そこまで言ってから、ハッとした顔をした。「来る。居った。」

炎嘉も、あ、と顔を上げた。

「そうか、アマゾネスぞ!」と、陸を見た。「主、もしかしたらそれはアマゾネスの血族だったのではないのか。厳しいとは、もしかして立ち合いもさせられるゆえ、それが嫌で出て参ったとかでは。」

陸は、驚いて手を振った。

「そのような!まだ子供であったのです、あの頃はまだ100ほどで。我もそんなに幼いとは知らずに娶っておったので、そんな大それた女ではなかったかと。」

炎嘉は、首を振った。

「アマゾネスは、こちらで実に200年も我に復讐しようと潜伏しておったのだ。そうして、その間は小さな屋敷に皆で暮らしておった。その中には、小さな子も居た。皆女で、そこで育った軍神も居たぐらいぞ。あちらは女は皆、軍神になるよう幼い頃より立ち合いをさせられる。それが合わぬでもの。それに嫌気がさして、そこから出て来た女だったと考えられる。」

維心は、頷いた。

「名もそうぞ。ユリアという名は、こちらにもあるが、あちらにもある。それに、読み書きぞ。あちらとこちらは言葉が違うし、学べばすぐに覚えるだろうが、そういう環境では書も手に入らぬだろう。ゆえ、話せても読み書きができなんだと考えたら合点がいく。軍神家系なので背も高い。動きがしっかりしておったのは、それでではないか。」

陸は、二人がガンガンと情報を出して行くので面食らいながら、言った。

「では…迅は、アマゾネスの血筋ということに。」と、迅を見た。「これはユリアにそっくりで。目の色は黒いが、それを空色に換えたら、誠に生き写しなのです。もし探せたら…確かに、今ならあれを助けてやれる。」

だが、炎嘉は首を振った。

「生きているのか分からぬからの。だが、とりあえず迅にそっくりの女神が居たら、申すように言う。アマゾネスは罪を犯したとはいえ、その女はあれらが襲撃して来た時には、とっくに居なかった。ゆえ、その女には罪はない。迅は、力を継いでおるのだろうが、なので罪はない。つまり、主は過去に罪を犯したのではないという事になる。」と、炎嘉は迅を見た。「主の心地は分かるが、今少し待て。陸の動きを、我らは見ておるのでまた考えるわ。序列の件は、しばらく保留にする。ほかならぬ王自身が傘下を回せるのか確かめねばならぬからの。迅、主は間違っておらぬ。王になど、なるものではない。だがの、民を守るために王族に生まれたのなら、やらねばならぬのよ。我だって、そこから逃れられるのなら逃れたいわ。だが、できぬ。もし、己の父がそれを成せぬのなら、己が成さねばならぬのよ。父を殺してでもな。そういう立場なのだ。」

父を殺す、と聞いて、陸が顔色を青くした。

普通に考えて、迅にはそれができるからだ。

能力は、恐らく迅の方がいつの間にか上だったからだった。

維心が、言った。

「…本日は、これで戻る。だが、しっかりせよ、陸。このままでは主の序列上昇は保留ぞ。本来、主には沙汰を下すはずであったし、我らも主がどういう対応をするかと見極めるために参ったが、思っていた以上の体たらく。沙汰は無しとは言えぬ。なので、判決も保留。迅に学ぶが良い。…このままでは、迅に譲位を勧めるか、それとも…」と、炎嘉を見る。「どうするかの。」

炎嘉は、険しい顔で言った。

「考えておくわ。とにかく、年明けからの始動が上手く参るのかどうか、我らはそれで精査する。王が宮を率先して回すものであり、それができぬのなら王座を迅に明け渡すが良い。本神は嫌がっておるがの。」

陸は、項垂れて頭を下げた。

維心と炎嘉は、どうしたものかと頭を悩ませながらも、龍の宮へと戻って行ったのだった。


帰り道、義心が維心を気取ったらしく、宮へ帰らず途中で待って宙に浮いているのが見えた。

維心は、膝をつく義心と帝羽に、言った。

「…陸が思った以上に面倒だぞ。主が言うた通りだったわ。」

義心は、顔を上げた。

「は。では、迅様には?」

炎嘉が、脇から言った。

「迅は主が言う通りよう分かっておる皇子だったわ。だが、あれはあの宮に嫌気がさしておるのかの。我らに面と向かって宮を出たいと申した。物怖じもせずにな。」

維心が飛び始めたので、義心もそれについて飛びながら、炎嘉に応えた。

「はい。十六夜から少し、聞きましたが宮に居たら消される、と申しておるらしく。やはりと思うた次第です。」

維心は、頷いた。

「我らも聞いたのだ。本日、主らが飛び立った後に蒼が来ての。それで、その話をしておった。迅は、宮を出て月の宮へと入りたいと言うておるようよ。腹の子が男だったので、陸がますます助長すると危惧したのだろうの。だが、本日散々に迅が優秀だからと繰り返し申しておいたので、しばらくは手を出しはしないだろう。陸が愚かでなければだが。」

義心は、考え込む顔をした。

「は…。ですが、もしかしたら、迅様は余計にお命を狙われることになるのでは。病に見せかけてなら、こちらも調べようがありませぬ。そこに踏み入って調べさせていただけたらこの限りではありませんが、迅様を事が起こる前にお助けするのは難しいかと。」

炎嘉は、渋い顔をしながら横を飛んで、言った。

「そうなのよ。それが困るのだ。陸が思っていた以上に愚かであって、まだ愛羅の腹の子を王座にと固執しておったら、迅の身が危ない。我らが優秀だ、譲位せよと言う迅を追い落とすには、それしかないからの。だが…これだけ脅せば大丈夫なのではないか。どう思う?」

維心は、問われて険しい顔をした。

「分からぬ。陸とは親しくもないしな。そこまで愚かではないとは思うが、いよいよとなれば十六夜と面識ができておるのだから呼ぶなりなんなりしようかと思うぞ。ここは、様子見するしかない。待ってばかりであるがな。」

炎嘉は、息をついた。

「分かっておる、我らが言うのは屁理屈なのよ。だが、陸が上手くあちこちできぬのが問題なのだ。維心だって、維月が大事だが、己のやるべき事はやっておる。できぬのなら女など、側に置く資格がないと言うことを分かって欲しいのよ。当然の事であるのに、分からぬかのう。分かってくれたらこんな苦労はせぬわな。それを補佐しておる皇子のことも、当然と思うておるのだろうの。少し前の焔が見たら何と言うかと思うわ。」

焔とて、兄の燐が穏やかで有能なのを良いことに、補佐されるのが当然と振る舞っていたら燐に出て行かれたのだ。

今は和解しているが、同じなのかもしれなかった。

維心はため息をついて、自分の宮へと入ったのだった。

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