宴の席にて
いつものように最上位は檀上の上座に準備された場所に一列に弧を描いて座り、真ん中は維心、両脇に今日は炎嘉と志心が挟む形で座っていた。
後は、炎嘉の隣りが焔、駿、公明、高彰、志心の隣りが箔炎、翠明、樹伊と序列二番目の中でも上位三位までがいつものように共だ。
蒼は最近は宮を閉じているので、滅多に会合には出て来ない。
必要な時だけ呼んだり、またあちらも来たりするので、本日は来ていなかった。
そもそもがなぜ、上から二番目の中の上位三宮だけを最上位と共に座らせるかというと、いつ最上位になってもおかしくはないという扱いだからだ。
中には、本来なら最上位だがいろいろ宮で不具合があって、そうとは言えない宮も含まれている。
公明の宮が、そうだった。
父親の公青がまだ王であったこちらへ出て来た始め、戦を起こして面倒な事になったことがあった。
ゆえ、その記憶がまだ新しいうちはと最上位に入れることができずに居て、そうしている間に翠明が台頭して来て面倒な事になり、今の状態に落ち着いたのだ。
翠明は、公青の大きな気と入れ替えられたことと、あの南西の島を統治して動かしていた実績を買われて上から三番目から、一気に二番目になった。
まだ新しい宮という認識なので、気の大きさも宮の品位も大きさも充分なのだが、これまでの神世への貢献度から最上位にはなっていない。
樹伊の宮は、父親の樹籐の祖父の時代、つまりは神世の戦国時代に、一度龍の宮の対抗勢力に征服されたことがあり、その時にやむを得ず龍の連合軍と戦った過去があった。
ゆえに、その時に最上位から陥落し、それから序列を引き上げられずにいるのだ。
そんなわけで、本来なら最上位なのだが事情が、という三宮だけを、最上位と共に扱うようになったのだ。
維心の宴開始の宣言と共に、壇の下の王達も、酒を飲みながら談笑を始めた。
それを横目に見ながら、維心は後ろの維月に酒を注がせて飲み始めた。
炎嘉は、言った。
「毎度のことながら代わり映えのない宴であるなあ。正月が懐かしいわ。」
それには、焔も何度も頷いた。
「それよ。我も、あれほど何も考えずに無心に遊んだのは初めてであったし、良い気分転換になった。未だにふと、政務に疲れると月の宮へ行きたくなるのを堪えるのが大変なぐらいぞ。」
志心が、ククと笑った。
「来年も参りたいものよなあ。香合わせなど、まさかあれほど良うすると思わずで。分かっておったら我も持って参ったのに。」
炎嘉が、維心の袖をちょいちょいと扇で突いて言った。
「こやつの香はの、こんな堅物であるのに艶があるのだぞ。維月の香がそうだが、香壺でくゆらせて直接嗅ぐとそれは誘われるようで。門外不出とは聞いておるが、あんなものをあちこちで焚かれたら皆、これに懸想して大変な事になるわ。」
維心は、軽く炎嘉を睨んだ。
「主が香壺に入れろと申すから特別に試させてやったのに、その言い草はなんぞ。我は己と維月のためにしか香は合わせぬのだ。香合わせは主らでやるが良いぞ。とはいえ、来年も蒼の所に押し掛けるのは気が咎めるの。」
箔炎が、頷いた。
「我らが参るとあちらも準備が大変そうであったしな。あそこの宮は、正月は休みという認識であったようであるし。上位の宮で毎年持ち回るか?とはいえ、月の宮ほど珍しい物は準備できぬがの。」
月の宮は人の世との架け橋であるので、人世からいろいろなものが流入していて神には珍しく、面白いのだ。
他の宮では、恐らく毎日こうやって、変わり映えのない宴を開いてダラダラ過ごし、終わる気がした。
炎嘉が、言った。
「…確かに、蒼の宮が一番楽しめようがの。まだ半年以上あるゆえ、蒼に遠回しに頼んでおくか。此度、あれに会合の内容を知らせる番の者は誰ぞ。」
「我ぞ。」焔が、言った。「ならばその時に、押しつけがましくなく遠回しに申しておくわ。少し多めに土産でも持って。そうしたら、蒼であるからこちらの意図を気取ってくれて、臣下に先に休みをやるとかで来年も呼んでくれるかもしれぬだろう。また新しい遊びを教えてくれぬかのう。」
炎嘉は、苦笑した。
「まあ、無理強いはせぬようにの。なんなら蒼から教わって我の宮で準備して、遊んでも良いし。持ち回りが一番、一つの宮に負担が掛からぬで良いのだがな。」と、そこで息をついた。「…ま、その前に務めぞ。下位の中で上位の宮が何やら面倒な空気なのだ。」
志心が、あからさまに顔をしかめた。
「陸か?」
やはり皆、長年一位だった宮が陥落した事実は頭に置いているらしい。
炎嘉は、頷く。
「恐らくは。吉賀は何も言わぬが、気にしておるようで。あれの皇子がようできる奴なのだが、長月(9月)の立ち合いにも出さぬ方向で考えているようだ。これ以上目立って、面倒なことにならぬように気を遣っておるらしい。ということは、あれが気取るほど何かあるということであろう?」
焔は、視線を下位の宮々の座っている方へとチラと向けた。
「…吉賀は参加しておらぬようだの。」
というか、今日は下位の宮の出席率が悪い。
箔炎が、頷いた。
「涼弥もぞ。上位二宮が宴に出ぬで帰ったか。」
炎嘉は、また頷いた。
「恐らくあまり接して何かあってはと思うておるのではないのか。」
維心が、言った。
「陸からは面倒な気は感じられぬゆえ、今すぐ何かはないだろうが、下位の上位で軋轢があるのは面倒ぞ。我はもう、前にも話し合った通り、吉賀を三番目に引き上げてしもうたらと考えておるのだがな。」
箔炎が、うーんと考える顔をした。
「…だが、まだ一位になって百年も経っておらぬだろう?陸の宮は父王の時に一位であって、百年以上そのままだったのに、その話が出なかった。逆に関係がこじれることにならぬか?」
維月は、それを後ろで聞きながら宮の位置関係を考えた。
よく知らないが、あの辺りは皆、宮と宮が近く、領地を接しているはずだ。
三番目に上がったからと領地が変わるわけでもないし、余計に回りと距離が開くのではないかと箔炎は言っているのだ。
炎嘉が言った。
「確かにあの辺りは隣接しておるが、東が空いておる。東に広く領地を取らせて宮をそちらへ移させて、広げたら良いのだ。少しいびつな形になるが、三番目に上がればどうせ領地を与えられるのだから、問題はなかろう。最下位の奴の宮があるが、それを吸収させて臣下に取れば、民も増える。本日我が会合であのように言うたのは、それを考えての事なのだ。つまりは、我らが助けねば宮を回せぬ、これからも自立には程遠い宮を、他の宮と合わせる考えなのだ。」
そんなことを言ったの?!
維月は、合点がいった。
だから、危機感を覚えた宮は、宴に出席するどころでなかったのだ。
宮の存続の問題だからだ。
「あの…」維月は、本当は口を出すことではないのだが、控えめに言った。「それでは無駄に恨みを買うことになるのではありませぬか。吉賀様にも、よりおつらくなるのでは。」
維心が、振り返って維月に言った。
「そもそもが、昔ならあのように弱い宮は今頃跡形も残らず消えておったのよ。我らは己の宮を守るのに必死で、小さな宮など顧みていられる余裕がなかった。」
炎嘉は、頷いた。
「戦国が終わるまで持った宮がああして今も、我らに支援されながら生き残っておるだけなのだ。昔は千を越える宮々が乱立しておったから。なので、生き残った宮々は、昔はそれなりの気概もあって、気が弱いながらも軍神達は優秀だった。それが今は、平和ボケしておって我らにすがって当然と残っておる。軍神達も不甲斐ない。何かの折に戦力に使うこともできぬのに、我らは支援しておるのよ。そろそろ引き締めねばならぬ…昨今の流れでは、そうそう上位の宮もあれらの皇女を妃に迎えぬようになっておる。支援が滞るゆえ、やって行けぬその日暮らしの宮が実は多い。」
維月は、袖で口を押さえた。
自分が妃を迎えたら必ず皆大切にと推し進めた結果、昔は多くの妃を迎えていた上位の王達も、今は娶ることに消極的になっている。
それで回っていた神世を、思わぬ所で変えてしまい、下位の宮に皺寄せが来ているのだ。
炎嘉が前世多くの妃を娶っていたのも、皆その妃の実家を助けるためだったと聞いている。
それが無くなった今、どこも大変なことになっているのだ。
維心は、気取ったのか苦笑した。
「維月、主のせいではない。女神にも心があると主が申すことは間違っておらぬから。だが、そうなっていたからにはわけがあったということぞ。今は、我らも安易に妃をなどという心地にはなれぬであろう?価値観が変わったのは主だけのせいではないのだ。」
志心が、頷く。
「気が進まぬのに娶らずでようなったから、我らにしても肩の荷が降りた心地なのだ。義務のようになっておったから。そもそもの、我らと育ちが違う皇女が宮へ入って幸福にやって行くのは土台無理な話なのだ。下位では礼儀などもそれほどうるさくないし、自由に育っておるからの。婚姻していきなり厳しい決まりの中に放り込まれて、あれらも思えば不幸であった。我らも粗野に見えて愛情の持ちようもなかった。なので、お互いのために、これで良かったのだ。」
確かに育ちが違うのだから、お互い無理だっただろう。
だが、維心も全く神世を知らない自分を娶って、一から全て教えて育ててくれたのだ。
そう思うと、維心がとても崇高な存在に思えて来て、維月は思わず維心の手を握った。
維心は、クックと笑った。
「主は特殊な例よ。我は主の命を愛したゆえ。だが、普通はそうはならぬものよ。」
炎嘉は、息をついた。
「どこかに維月のような原石があるのなら、我だって考えるわ。だが、前世それを探して見つけられなかった。そうそうあるものではないのよ。」と、皆を見た。「少し考えようぞ。次の会合までに、下位の処遇を取り決めよう。まあ、百年ほど猶予を与えれば、できる奴はやるだろう。それでも変わらぬのなら、一気にあちこち合併させて領地の編成を変える。それでどうよ。」
志心が、頷いた。
「それで良い。まあ、我がどこまで生きておるのか分からぬがの。」
焔が、眉を寄せた。
「…何か兆候はあるか。」
志心は、首を振った。
「何も。だが、最近志夕が一人前に育って宮を回せるようになって参った。そろそろではないかと思うておるところ。我は世に未練は無いし、黄泉路のことも知っておる。特に不安ももうないしの。」
今会話に加わっているこの中で、転生していないのは志心だけ。
皆は、もしかしたらと重苦しい気持ちになった。
だが、当の本神は、どこ吹く風で杯を空けていた。