表面上は
次の日の朝、維心は隣りで眠る維月の顔を見ていた。
深夜、蒼と志心が帰った直後、碧黎が眠る維月を連れてここへ来た。
そして、維心に維月を渡して帰ったのだ。
維月は、恐らく自分が今どこで眠っているのか知らぬだろう。
維心は思いながら、その額に唇を当てた。
すると、維月が目覚めた。
「…維心様?」
微睡む中で、維月は言う。
維心は、てっきり碧黎の事を呼ぶと思ったので、驚いて言った。
「…我の対ぞ。昨夜、碧黎が連れて参ったのだ。」
維月は、目を開いて上から覗き込む維心を見上げた。
「…はい。志心様と蒼が来ておるのを知っておったので、遠慮したのですわ。お父様は、こちらへお連れくださったのですね。」
維心は、頷く。
「そう。本日はどうする?十六夜は今は忙しいとか言うて降りて来る様子はないようだが。」
維月は、段々にハッキリした顔になって来て、言った。
「夏奈様のことですわ。何やら仙術のような気配もあるけどそうではないからとか申しておったので、気になるのでしょう。厄介だと命を取られてしまってはと、案じておるようですので。」と、起き上がって維心に軽く口付けた。「維心様が月の宮にもう、ご用事がないようでしたら私も共に帰ります。元からそのつもりでしたので。」
維心は、驚いた顔をした。
「里帰りは?もう良いのか。」
維月は、頷く。
「はい。世がこんな時にゆっくり私だけこちらで休んでおられませぬわ。維心様にも大切な責務がおありでしょうし。父とは昨夜話しましたし…十六夜とも、いつも月から話しますから。維心様が良いようになさってくださいませ。」
維心は、ならば気を揉む必要はなかったと、頷いた。
「ならば帰ろうぞ。昨日の話し合いで、高峰のことはとりあえずしばらく様子見になった。なので志心はここにおるのだ。さっさと帰って、宮を回すか。」
維月は、微笑んで頷いた。
「はい。ではお着替えを。」
維月は起き上がって、侍女を呼ばずに維心を着付け始める。
維心は、維月も落ち着いたものだと満足して黙って着付けられていたのだった。
それから、月日は飛ぶように過ぎて言った。
霜月の始めになって、やっと塔矢の婚姻の件で、動きがあった。
龍の宮にやっと恵麻が来る日取りが決まり、維月と宮の職人達を訪問することになったからだ。
それまでも、何度となく日程を詰めようとしたのだが、何しろ維月は龍王妃なので忙しく、最近では多くを抱えていたので調整が付かなかった。
それで延び延びになって、今になったのだ。
炎嘉も気を揉んでいたらしく、やっとのことにブスッとした顔で到着口に降り立った。
「時が掛かったの、維心よ。」炎嘉は言った。「もう忘れておるのかと思うたわ。」
恵麻の手を取って輿から下ろした直後であったので、わけがわからない恵麻と、出迎えていた維月は怪訝な顔をしたが、維心は答えた。
「今宮を立ち上げておる最中なので、塔矢も忙しいのだ。」
とりあえず塔矢のせいにしたのは、維心の思いやりだった。
炎嘉は、ため息をついた。
「ま、そうだの。」と、不思議そうな顔をしている恵麻に、言った。「実はな、そら、話したであろう、下位ではあるが我らに繋がる血筋の王で、大変に優秀な者が居ると。そやつは今、三番目の序列に上がろうとしていて、宮を一から建設しておるのだ。職人にも力を入れておるから、宮からこちらへ技術を学びに来るわけよ。なので、我らが立ち会ってやろうとここへ来た。主は維月と約束があるのだろうから、好きにしておって良いぞ。」
恵麻は、そうなのか、とホッとしたように頷く。
「はい、王。」
しかし、維月は気取った。
塔矢に、恵麻が誰かと見せようと思っているのだと。
恵麻にはまだ、嫁ぐ事実を教えていないようだった。
なので、自分が言うわけにも行かず、維月は今日は軽い着物で居たのだが、身軽に言った。
「では、恵麻殿は我と。王にはお許しを得ておりますから、大丈夫ですよ。参りましょう。」
恵麻は、維月を見て頭を下げた。
「本日は、よろしくお願い致します。」
維月は、フフフと笑った。
「我もとても楽しみにしておりましたの。王がお許しくださってから、待ち侘びておりましたぐらい。」
恵麻も、扇で口元を隠して微笑んだ。
「我もですの。」
維心が、微笑んで維月を見た。
「行って参るが良い。最近は宮の務めに励み過ぎであったからの。」
維月は、微笑み返して頭を下げた。
「はい、王。御前失礼致します。」
そうして、維月は維心の笑顔に見とれている恵麻を促して、共に作業場のある外宮の東へと向かったのだった。
それを見送った炎嘉は、維心に言った。
「なんぞ、これからあれが嫁ぐ男に会わせようというのに、軽々しく笑ったりするでない。主は不必要に美しいのだと常言うておろうが。」
維心は、ブスッとした顔を炎嘉に向けた。
「維月に向けただけぞ。そもそも主は、あれは何も知らぬと言うておったのではないのか。それなのに到着早々あのような事を言うて。バレたらとか申しておったのではないのか。」
炎嘉は、確かにそうだがと不機嫌に言った。
「分かっておるが、待たせ過ぎなのだ。維月は何をそんなに忙しいのよ。別に居るだけで良い妃ではないのか。」
維心は、歩き出しながら言った。
「我は常、そう言うておるのにあれが何かしておらねば落ち着かぬとか言うて、勝手にやることを探して参るのだ。お蔭で宮はあちこち円滑過ぎるほど円滑だが、我はあれに傍に居てもらいたい。我も忙しいし、最近ではお互いホッとする時間が少ないのよ。」
炎嘉は、ハアとため息をついた。
「誠に、もしかして維月は役に立たぬと臣下が不満とか、主が里へ帰すとか思うておるのではないのか。そんなはずなど無いのに…だったらとっくに維月は別の場所で誰かの妃になっておるはずだからの。何があっても主が手放さぬから、ここに居るというのに。」
維心は、ハアと同じようにため息をついた。
「主の言う通りよ。維月は宮の役に立ちたいと申すのだ。そこまでやる事は無いと申すのに聞かぬ。主からも言うて欲しいぐらいよ。」
炎嘉は、それはまた深刻な、と急に案じる顔になった。
「誠にそうなのか?もしかして、最近のごたごたで危機感を感じておるのでは。夏奈や佳織とは次元が違うのにあれにはそれが分からぬのだな。また、我も折に触れて申すわ。」
維心は、頷いた。
「頼む。我は前のようにいつ帰っても居間で待っておってくれる方が良いのよ。」
炎嘉は、うんうんと頷いた。
「だろうの。主にはまともでおってもらわねばならぬし、我も気を付けておくわ。」と、維心について歩きながら、言った。「それで、塔矢はどこぞ?主はどこへ向かっておるのだ。」
維心は、答えた。
「維月と同じ作業場であるが、あれらは染めの方から参ると言うておったから、我らは石工の方から参ろうかと思うて。塔矢には先に行けと鵬に案内させておる。」
龍の宮の作業場は、外宮の東側を端から端まで使ってある。
上まで9階もあるのだが、それがこちらの端から布関係、紙関係、小さな細工関係、とずっと行って一番向こうの端は、石工達の場所だった。
酒蔵は別にあり、宮とは少し離れて建てられてある建物の中で、醸造の龍達は日々王のためにと酒を造っていた。
かなりの規模なので、全てを見て回るつもりで居たらひと月は掛かる。
ちなみに上へ行くほど腕の良い職人が働いている場所になるので、維心や維月が見に行くとなると、大体9階の作業場だった。
そこに、その職人達の長となる龍が、居るからだった。
炎嘉は、面倒そうな顔をした。
「全く、龍の宮の職人となると皆、一点集中であるから石工というても石を選んで切り出して来るヤツ、それを見て形を決めるヤツ、それを大きく削るヤツ、細かい彫刻をするヤツとそれぞれ専門のヤツが分かれて居るから、面倒なのだがの。全部ひとりでやる塔矢にしたら、一つ作るのにそんなに何人もの手を渡るのを、無駄とか思うのではないのか。」
維心は、チラを炎嘉を睨んだ。
「余るほど居るのだからそれで良いのだ。だからこそ、それだけに特化した能力を持つ者達が育つゆえ、良い物が出来るのよ。主、前にうちの厨子を持って帰ったではないか。貝を貼り付けてあるのが何とか言うて。」
炎嘉は、バツが悪そうな顔をした。
「まあ…それはそうなのだが。あれこれ気になる物を作り出しよるから主の龍は。」
維心は、苦笑した。
別に維心が指示しているのではないのだが、職人達は必死に日々、目新しく美しい物を作り出そうと精進しているのだ。
その職人としての誇りが、龍の宮の価値を上げているのは確かだった。
維心は、上へと向かう吹き抜けの場所まで来て、言った。
「とにかく参ろう。今は表面上穏やかであるが、水面下ではまだ何も解決しておらぬ。とにかく塔矢の事を片付けて、先へ進めておかねば。正月もゆっくりできぬではないか。一つ一つ片付けて参ろう。」
炎嘉は頷いて、維心と共に飛び上がって通路を9階に向けて上がって行ったのだった。




