会合
いつものように、会合は上位の宮で持ち回りなので、龍の宮だった。
年に五回は龍の宮での開催になるので、もう臣下達は慣れている。
最近は会合の宮での開催なので、本宮に神が流れ込んで騒がしいこともなく、維月もおっとりとしていた。
いつものごとく、夜明け前から下位の宮々から到着し始め、夜が明けた頃にそれが終わって上から三番目の宮々、そして二番目の宮々、開催時間が近くなって来て最上位の宮々と、順に到着して行く。
維心は、皆が会合の間に揃ったと言われて初めて奥から出るので、ゆっくりしていた。
そこへ、少し早めに来た炎嘉が入って来た。
「維心。話があっての。」
維心は、維月に手伝われて着替え終わった直後で、ため息をついて正面の椅子へと座った。
「何ぞ?会合の後ではならぬことか。」
炎嘉は、遠慮なく維心の前に座って、言った。
「後でも良いが先に耳に入れておこうと思うてな。」と、胸から巻物を出した。「序列の移動報告書ぞ。先月我らで決めたであろう。本日皆に告示するために持って参った。」
維心は、頷く。
「皐月であるものな。」と、それを受け取った。「どこか変更でも?」
スルスルと巻物を開く維心の隣りに座り、維月はそれを盗み見た。
相変わらず最上位は龍の宮、鳥の宮、月の宮、白虎の宮、鷹の宮、鷲の宮、獅子の宮、高彰の宮と変動なく順に書いてあり、その下には上から二番目の宮々、10の名前が書き連ねてあった。
その中には、翠明、公明、樹伊の宮の名前もあった。
そして三番目は30ほどもあり、維月からしたら、見たことはあるが深くは知らない宮々があった。
そしてその下、とめどなく多くの名前が並ぶその一番上には、紛れもなく吉賀の名前があった。
「え…。」
維月は、絶句した。
吉賀は、300の宮の最上位になっているのか。
炎嘉は、言った。
「いや、今回は前回と変わったところはない。」
維月は、その言葉にもっと驚いた。
つまり、吉賀は前から下位の宮の中で最上位だったのだ。
いつからなんだろう…。
維月は、気になった。
那海が嫁いで百年以上、下位の中での序列など気にしたこともなかった維月にとって、それは何か影響があるのではないかと気になることだった。
炎嘉は、続けた。
「七日前吉賀から下位の宮々の陳情の報告を受けたのだが、どうやら下位の中では序列に対していろいろあるようでな。まあ前から知ってはいたし、吉賀もハッキリ言うわけではないが、あやつも無視できない段階であるようで。皇子の那都はようできる奴だが、それを表に出すのも躊躇う始末。少し見た方が良いのやもしれぬぞ。」
維心は、ため息をついて巻物を炎嘉に返した。
「…まあ、我も警戒はしておった。何しろ、長年最上位に居た陸の宮が陥落してからそろそろ百年近くであろう。涼弥の宮も第二位にのし上がったし、陸は三位に甘んじておるわけであるから。共に妃のお蔭と言われたらそうであるし、納得が行かぬのだろう。」
もう、そんなになるのか。
維月は、だとしたら那海が嫁いで少ししてから、もう最上位になったということだ。
炎嘉は、言った。
「変に下位の中で力がある宮同士であるから問題なのだ。何とかできるのではないかと変な希望を持つ可能性もあるしな。主が気取って見ておるのなら良いが、そうでなければ我が嘉張を使って調べておこうかと思うておったところよ。吉賀はそもそもが序列152位からのあり得ないほどの上昇であったし、涼弥の方も高峰の所の夏奈を娶って一気に126位からの飛躍であった。我ら上位が不公平な扱いだとか言われたら面倒であるから、何かある前に見ておいた方が良いかと思うて言うたのだ。」
維心は、頷いた。
「陸の事は本日見ておこうぞ。気を探っておく。とはいえ、吉賀はそもそもが宮の存続を考えて那海を娶ったのだし、涼弥もぞ。涼弥の方は夏奈が宴で見染めて高峰から頼み込んだと聞いておるしな。あれらに序列どうのという考えが、そもそもが無かった。何しろ、宮が立ち行かぬという危機であるのに、選んでおる余裕などあるまいが。」
炎嘉は、困ったように長いため息をついた。
「そうなのだ。だが、それを言うて聞くかどうかよな。我だって、どうせ下位の中では皆似たり寄ったりなのだから、そんなことで争うなと言いたいところであるが、あれらにも誇りがあろう。安易に言えぬ。100を切ったら上位に上がろうとかいう野心はなくなって来るものであるのだが…変に上であるばかりに。」
維心は、ふむ、と肘枕をついて言った。
「…ならば、吉賀を上から三番目に引き上げるのを急ぐか?あれの宮は今、職人を多く育てることに成功して己の宮で財政を回せるようになっておる。品位も、那海が維月に習っておったので問題ない。那海はあれでやはり、元々大きな命であるから、かなり優秀ぞ。一度教えたことは忘れず、他に教えるのもかなり辛抱強く上手いのだと聞く。元々、命は皆同じという価値観であるから、臣下にもこだわりなく手取り足取り丁寧に教えたのだという。一度身に着いたものは無くならぬし、これからも維持されるだろう。このまま発展して参れば、上から二番目も視野に入れられる状況になっておるしな。」
そんなに…。
維月は、那海の影響力がかなり大きいのだと思った。
那海は、やはり大変に賢い命で、学ぶ気になればいくらでも吸収し、その知識を使って宮の発展のために尽くしているのだ。
蓄えを増やそうと言う臣下に対して、職人になる民を多く召し抱えて育てるために使おうと言ったのは那海だったという。
最初は蓄えが無く、自転車操業だったようだが、職人が育って来て多くの品を生み出すようになって来て、遂には月の宮の支援を受けなくても、宮が回るようにまで発展したのだ。
職人達を入れるため、これまでの宮を奥宮としてその外側に内宮、そして更に外側に外宮を増設し、今の吉賀の宮は確かに上位二番目三番目と、遜色ない大きさにまでなっている。
そこまでになったのも、結局は最初に職人を育てるように指示した那海の力で、それを許した吉賀の英断とも言えた。
だが、これまで大したことがなかった宮が、いきなりにそんなに力をつけたのも、たった一人の妃のせいだと聞けば、上位で争っていた宮々は面白くないだろう。
炎嘉が、言った。
「確かにサッサと下位からすくい上げた方が、あれらも争わずに済むかもしれぬがの。まあ…ならばまた、宴の席でも他の奴らにも話すわ。我らだけで決められることでもないしな。三番目は今、29宮、吉賀が加わってちょうど30になってきりが良い。他の奴らも、同意するであろうて。」
維心は、頷いて立ち上がった。
鵬が、ちょうど頭を下げて入って来るところだった。
「参るか。皆が揃った。」と、維月を見た。「維月、行って参る。宴の席には共に出ようぞ。準備をしておくがよい。」
維月は、立ち上がって頭を下げた。
「はい。行っていらっしゃいませ。」
そうして、維心と炎嘉は並んで居間を出て行った。
維月は、全く見て来なかった下位の宮々の事をもっと聞いておかねばと、那海との文のやり取りを、もっと頻繁にしておこうと心に決めていた。
維心と炎嘉が会合の宮の会合の間に入って行くと、大きな会場の真ん中に集められたテーブルの前に、全員が集まって待っていた。
ここで会合をするようになってから、丸いメインテーブルは最上位と序列二番目の中の上位三宮、細長いテーブルには残りの二番目の七つの宮々、その後ろの細長いテーブル二つのには三番目の宮々、そして、その後ろには椅子だけで前から序列順に座る、下位の宮々が並んでいた。
いつも、メインテーブル以外は皆椅子だったのだが、龍の宮の会合の宮でやる時だけは、場所が広いのでこんな感じになっていた。
炎嘉と維心が、脇の広いスペースから歩いて行って正面の上座に座ると、頭を下げていた皆が顔を上げた。
炎嘉は、言った。
「では、本日の会合を始める。」
炎嘉が、予め自分の目の前に用意されてある、書を手に取った。
維心は、炎嘉に進行を丸投げしているのでチラと下位の宮々へと目をやったが、皆緊張した面持ちで座っていた。
吉賀から始まって隣りが涼弥、そして陸と並んでいるのが見える。
椅子と椅子の間は開いていて、隣りと談笑などできそうにない様子だが、それがかえって良いのか、吉賀も涼弥も陸の方へ視線をやることはなかった。
陸も、複雑な気を感じはしたが、特に何かに対して攻撃的な心地になっているようでもない。
これなら、当分は何もないか。
維心は思って、視線を炎嘉の方へと戻した。
炎嘉は、言った。
「…であるから、序列は後から配る書に書いてある通りで今年は固定となる。まあ、去年と変わっておらぬ。この際であるから申すが、下位の宮の者達は、我ら上位から妹や妃などを通じて支援を受けておる宮がほとんどであろう。だが、その物資を蓄財するのも良いが、品というのは古くなって来るものであるし、そうそう蓄えてもおられぬ。有効利用して、宮に職人予備軍を多く召し抱え、それを育てる事に使って後を考えて動くのも一つの手ぞ。そうやって、己で宮を回せるようになり、尚且つ王の気がそこそこあって、品位も上がれば次の序列へと上がることも可能ぞ。主らも、少しは頼るよりも自立を目指して考えるのだ。我らは主らを養っても倒れることなどないが、それでも王と名乗るからには己で臣下の面倒を見るのが筋というものぞ。我らの臣に堕ちたくなければ、励むのだ。分かったの。」
後ろの方の席では、皆顔色が青くなっている。
自分の宮も自分で面倒を見られないなら、王として認めないと言われているようなものだからだ。
皆が深刻になっている中で、涼弥も顔色が良くなかった。
考えたら、第二位ではあるが、三位の陸の宮でも自分の宮で回っているのに、涼弥のところはまだ、支援が必要な段階のままだからだ。
夏奈が入って高峰から多くの物資が支援されているはずなので、それを活用できていないと非難されると焦っているのだろうと思われた。
維心は、そんな様子に小さくため息をつきながら、炎嘉が案件を処理して行くのを、いつものように黙って見守ったのだった。