準備
宴の席へと戻ると、皆席を立って戻ろうとしているところだった。
陸が居ないので、塔矢はキョロキョロと辺りを見回した。
「陸は?」
斉が、言った。
「それがの、宮を見せろと旭殿が言うて。今から共に帰ると聞かぬので、仕方なく旭殿を連れて、これほど夜更けてだが帰ったわ。どうやら、詳しく内情を見てから、愛羅殿を送り出すとか何とか。何か足りない物があったら全て送るとか申しておった。あの宮もしばらくは大変になりそうだの。」
塔矢は、また大騒ぎだな、と他人事ながら思った。
だが、自分も恐らく大騒ぎになる。
あんなに小さな宮へと皇女を迎えるわけには行かず、恐らく炎耀か、炎嘉が宮の建設を言って来て、石を切り出したり大変な事になりそうだったからだ。
石、と思い当たって、塔矢は思った。
…そういえば、この宮の石工の職人は腕が良いようぞ。
貸してもらえたらそれは素晴らしい宮が建つだろうと、塔矢は考えてハッとした。
これまでは、あれで充分だと思っていたのに。
欲をかいても碌な事がない。
塔矢は、自分を戒めるためにもブンブンと頭を振ってその考えを振り払い、皆と共に控えの間へと向かったのだった。
維心は、居間でじっと座っていた。
そこへ、維月が入って来て維心を見ると、頭を下げた。
「維心様。お戻りでしたか?お待たせしてしまって申し訳ありませぬわ。」
維心は、首を振って手を差し出した。
「良い。七夕か?」
維月は、頷いた。
「はい。今年はラベンダーと月下美人を揃えてみたのですけれど、月下美人の数が少ないのでどうやって嵩増ししようか悩んでおりました。まあ何とか術を放って輝かせるようにしたら、存在が主張されて少ない数でも目立ってくれたので、問題は解決したのですけれどね。これで、明日は皆様の目を楽しませてくれるのではないかと。」
維心は、微笑んで維月の肩を抱き寄せた。
「良かったことよ。主の気遣いで毎年宮が華やかになるの。」
維月は、フフと笑って維心を見上げた。
そういえば、最近維心はべったり度が子供が母にするような感じから、前の維心のように男女の愛情のような感じになって来た。
体が若くなってから、まだ子供だと思っていたのは普段の様子のさり気ない瞬間からばかりではなく、特に夜など、ただ維月を抱きしめて嬉しそうに眠ることなど、前のように男性として、維月を求めるのが無くなっていたからだった。
だが、最近の維心は何やらそれっぽい感じで接触して来る。
前の維心が垣間見えるのだ。
だが、どうも遠慮しているような、どうしたものかと悩んでいるような感じを受けた。
なので維月は、思いきって聞いた。
「維心様、お訊きしたいことがありますの。」
維心は、抱き締めたまま頷いた。
「なんぞ?」
こんな聞かれ方をしても、やましいことなど何も無い維心は機嫌良くそう言った。
維月は、維心を見上げたまま言った。
「あの…最近でほ、もしかして口付け以上のことをなされたいとか、感じていらっしゃいますか?」
維心は、驚いたように身を離した。
そして言った。
「それは…確かに。その、あれからまだそう経ってはおらぬが…どうも体が真に育って参ったのか、主を前にすると褥でも落ち着かぬで。だが、ここのところ主にそんなことを求めてこなんだし、急に申したら呆れるかと思うて。いつ申そうか、悩んでおった。」
やっぱり早熟になるよなあと維月は真剣な顔で頷いた。
「そうですわね。とっくに子供をたくさん作っておるのですから、私は別に全く構いませぬわ。ただ、お若いから、そんなにたくさんするとまた、激情を抑えられなくなる可能性もありますし、そこはお互い少し気を付けて参りましょう。よろしいですか?また、抑えられなくなって、今生のお若い時のように、十六夜やお父様が連れ帰ると言い出したら大変ですから。」
維心は、子が母にするようにウンウンと頷いた。
「分かった。そこは気を付けて参るから。では良いのだの?」
維月は、頷く。
「当然ですわ。私が案じておるのは、維心様の感情の制御ができなくなることなのです。その懸念がないのなら、私に異論などあるはずはありませぬわ。」
維心は嬉しげに頷いた。
「そうか、良かった!」と、また維月を抱き締めた。「ならば奥へ。誠に良かった、主が不満に思うて他の誰かについ、などということがあってはと案じておったが、我が戻って参ったらその問題はないからの。」
そんなことを心配していたのか。
維月は、苦笑した。
確かに少しさみしいと感じる時はあったが、そんなにそれに重きを置いているわけではないので、無くても大丈夫だったのに。
二人は、微笑み合って奥へと向かい、その日は久しぶりにお互いを求め合って過ごしたのだった。
次の日は、七夕だった。
夜明け前から多くの神々が宮の結界に到着するのを感じるが、義心達軍神や他の臣下が慣れているので、綺麗に回して会合の宮に送っているようだった。
維心は、久しぶりに充足感を感じて、どうしてこれを忘れていたのかと驚いた。
単に体が準備できていなかっただけだろうが、そう考えると今の自分の体は見た目は成人しているが、実際何歳なのだろうかと気になった。
また、天黎にでも聞いてみよう、と目を開けて隣りを見ると、維月がまだすやすやと寝ていた。
何度生まれても、自分は維月以外をこの手に抱いて来なかった。
そして、そうできることに心から幸福を感じていた。
…誠に、維月が申すように世の神達にはお互いに想い合って幸福になってもらいたいものよ。
維心は、そう思っていた。
だが、下位の宮の再編成には必要なこともある。
陸や塔矢が、こちらの準備した相手と想い合うことができれば、恐らく幸福なのに。
維心は、ため息をついた。
すると、それを気取って維月が目を覚ました。
「…維心様?」と、窓を見た。「…夜明けですか。」
維心は、頷いて維月の頬に口付けた。
「まだ夜が明けたばかりぞ。寝ておっても問題ない。どうせ顔見世は三時間後よ。」
それでも、白々と山の端が明るくなって来ている今、準備に時間が掛かるのが分かっている維月が二度寝することはできなかった。
なので、起き上がった。
「準備がございますし。起き出してとりあえずお茶でも飲みましょうか。私だけでなく維心様もご準備があります。本日はまた、大層な着物が準備されておるのですから。」
維心は、ふうとため息をついた。
「気が進まぬのう。このまま数日籠りたい心地よ。せっかく我が死ぬ前の己を取り戻したというのに。記憶だけではどうにもならぬものをの。」
維月は、フフと笑って言った。
「これからいつなりこうしておれるのですから。とにかくは皆に顔見世に出ねば、これを楽しみにしておる神も多いのですから。さあ、居間へ参りましょう。」
維月は、維心に襦袢を着せ掛け、そうして衣桁に掛けてあった袿を着せた。
そして、自分も襦袢を着ると、外から気配に気付いた侍女の声がした。
「お目覚めですか?」
維月は、頷いた。
「居間へ出るのでお茶をお願い。」
「はい。」
さらさらと衣擦れの音が遠ざかって行く。
維月は、自分も袿に腕を通して、維心に手を取られて居間へと出て行ったのだった。
宮の到着口は、ごった返していた。
下位の宮からの到着は一段落して、今は三番目の宮の王達が到着し始めている。
ここまで来ると、客の誘導も後もうひと踏ん張りだった。
軍神達が次から次へと運んで来る輿から、王族達が出て来る度に会合の宮へと誘導を繰り返し、序列も上から二番目ぐらいになって来るともう、言わなくても知っているので勝手に会合の宮に向かってくれるのでとても楽だった。
そして、最上位ともなれば、もう勝手知ったる宮の中だし、本宮の中を歩いても咎める必要もないので、放って置いても問題ないほどだったが、そうは行かない。
鵬が出て来て、挨拶をする必要があるからだ。
なので、鵬が到着口へと出て来ると、皆、ああもう終わりだな、とホッとするという按配だった。
今日も、鵬がそそくさと到着口へと出て来たのを、戻って来た義心が見つけて、降りて来た。
「鵬。王が奥を出られたか?」
鵬が、義心を見て頷いた。
「そうなのだ。只今維月様と共にこちらではなく王が使う通用路を使って、会合の宮通路へと向かわれておると連絡があった。そろそろ炎嘉様がお着きになるようだったので、出て参ったのだ。」
義心は、頷いた。
「上空に炎嘉様から先に降りて来られる様子だった。焔様、箔炎様、蒼様もご到着されておるが、それを待っておられる様子でな。もう来られるだろう。」
言った側から、炎嘉の輿が大勢の鳥の軍神達に囲まれた状態で、降りて来た。
最上位の宮の王達は、いくらでも連れて入ることが許されているが、こういう時は皆遠慮して、軍神と自分の連れだけにするのだ。
「おお、来られたの。では、我はご挨拶をしてご案内を。主は戻るが良い。」
義心は、頷いた。
「では、我は会合の宮の方の警備の様子を見回って参るわ。」
そうして、義心は飛び立った。
そして、目の前に炎嘉の輿が降り立ったので、鵬は背筋を伸ばして頭を下げたのだった。




