水無月の会合で
炎嘉と維心は、神妙な顔でメインテーブルの上座に並んで座った。
炎嘉が、言った。
「では、水無月の会合を始める。」と、目の前に置かれた、書類に視線を落としてから、また目を上げて、言った。「…本日の案件を処理する前に、主らに申し渡しておくことがある。」
全員が、凍り付いたように見えた。
最上位の宮が、このひと月に下位の宮々300を精査していたのは知っている。
もしかしたら、それに関連した何かだろうか。
第一位に座っている吉賀は無表情だったが、隣りの涼弥は青い顔をしていた。
更に隣りの陸は、少し身を震わせたが、特に大丈夫なようだ。
塔矢は二列目の一番端、つまりは吉賀のすぐ後ろに座っていたが、鋭い目で炎嘉を見つめているだけだった。
炎嘉は、言った。
「…まず、我らの考えを申そう。かつて、戦国時代、ここには千以上の下位の宮々があった。それらは我らに頼ることなく、個別に運営していたが、長引く戦国の中で力尽きて行き、我らは我らで己の宮を守ることで手一杯であったので、支援もできずに滅びて行った。そうして五代龍王の維心と、かつての鳥王であった前世の我が志心など最上位の宮の王達の力を借りて、平定したので今がある。戦国は終わったのだ。その時に残ったのが、今の300余りの宮々。本来はもっと多かったが、それからもいくらか減ったり増えたりしたのでな。だが、下位とはいえそこまで残るからには、それらは大変に優秀であった。気は確かに我らほど無かったが、それでも技術は優れ、賢しかった。有事の際にはその軍神達が我らの助けになるし、我らは戦で失った職人達のせいでそれらが滅ぶのを惜しみ、縁を繋いで支援するという形を取って主らを守った。だが…それから二千年以上。思えば、いつになったらかつての主らに戻るのかと、ふと考えたのだ。この間、大陸からの侵攻で、軍を出せた宮はあったか。我らは守るばかり、主らは守られるのが当然と潜むばかり。そんなことでは、我ら何のために主らを残したのか分からぬ。そもそもが、有事の際に助けにもならぬのに、なぜに我らは主らを養わねばならぬのだ。いつまでも己で立とうとはせず、頼るがままのこの状況は、主らのためにもならぬ。ゆえ、我は今、主らの問う。己で宮を回せぬ者達は、これからどうするつもりなのか?回す気概があるのなら、百年後の水無月まで時を与えようぞ。だが、もしそれを成すことができぬと考えておる宮があるのなら、今ここで申せ。」
何とか自分の宮を回せている宮の王達は、顔色は良くないが何とかできそうだと思う気持ちがあるので、まだ顔を上げていた。
だが、全くそれができそうにない宮々の王達は、真っ青な顔をして下を向いていた。
涼弥は、ただ冷や汗をかいて下を向いている。
炎嘉は、そんな様子にため息をついて、続けた。
「…まあ、今答えを出せとは申さぬ。葉月の会合で、結果を聞こう。だが、その判断の助けになるように、もし自立できないと決めたらどうなるのか、それを説明しよう。」全員が、顔を上げた。炎嘉は続けた。「まず、己で宮を回せないとなると、神世での宮の序列ははく奪される。そして、その宮は残るし王もそのまま王と名乗って宮を運営できるが、大きな宮の傘下に入る。前例があって、序列上から二番目の第一位、西の島南西の宮の翠明ぞ。どういう形なのか、具体的に説明をしてもらう。」
翠明は、事前に言われていたので、面倒そうだったが口を開いた。
「…我が西の島は、現在公明、我、安芸、定佳の四つの宮が統べており、だが実際には島内には80ほどの宮がひしめき合っている。我はそのうちの50宮を傘下に置いて統べて世話をしている状態で、安芸は10、定佳は15、公明は6の宮を傘下に置いている。我らはこうしてこちらへ出て来て、主らと接して話を聞き、戻ってまた己の傘下の宮々に取り決めた事を知らせたりしている。あれらは宮で王として君臨し、基本己らでやっておるが、困った時には我らが助けておる。有事には、我が宮の甲冑を着て共に戦う。対外的な、このような対応は全て我らがやるので、あれらは内の事だけをしておったら良い。そういった関係ぞ。ゆえ、宮同士の付き合いに掛かる費用なども掛からぬから、こちらのように下位でもあちこち宴やら挨拶やら行事やらに参加する経費が全く掛からぬから、楽だ。もちろん、何かを願いに我が宮に上がる時も、手土産など必要ない。」
知らなかったのだろう。
皆は食い入るようにそれを聞いていた。
だが、これらがこの会合に参加するようになった時、あちらのシステムについてはざっと説明していたのだ。
それだけ、詳しい神世を把握しようという意識が低いということだろう。
炎嘉が内心ため息をついていると、翠明は続けた。
「…が、良い事ばかりではない。」皆の空気が、一瞬にしてヒヤッとした。翠明は続けた。「基本、対外的な事に関しては全て我らに従う義務を負うのだ。つまり、戦があったら共に出陣せねばならぬし、否とは言えぬ。我の命には従う義務を負っておる。おかしな政務をしたら口を出す。治外法権ではない、我が領地の中に宮を構えている状態なので、我は守るが、その分自由も無い。臣下ではないが、臣下のようなものぞ。そういう仕組みなのだ。タダで面倒を見てやっているわけではない。」
翠明の声は、冷たかった。
思えば、翠明はこちらの下位の宮々が自立できておらず、上位の宮の支援に頼りっぱなしなのに会合に出ているという事実に、良い顔をしていなかった。
会合に出るということは、少なくとも発言権があるということで、それなら自分の傘下の50の宮だって、その権利があるのではないかと常々思っていたからだ。
翠明は、自分の傘下を大切にしている。
あれで、臣下思いの王なのだ。
落ち着き掛けた下位の宮々の王達は、また顔色が真っ青になっていた。
だが、選択しなければならない。
本日は、宴に出ている暇などないだろう。
炎嘉は、言った。
「…では、西の島と同じ仕組みを取り入れるとして、自立できぬと申請した宮には、また誰の傘下に入る事になるのか、こちらで振り分けて知らせよう。百年後までに自立できると思う者は、そのように申請せよ。それまで、出来る限りは手を貸そう。ただ、百年後に自立が成せなかった場合は、強制的に支援は打ち切る。百年後の水無月。この期限は変わらぬ。そして、その時点で他の傘下に加わるのなら、己で交渉してその王の傘下に入れてもらうのだ。我らは一切手伝わぬ。その覚悟をもって、成すが良い。」と、息をついた。「…では、これから通常の案件処理に入るが、会合の後下位の宮、上位11位まではここに残れ。この件は以上ぞ。」
炎嘉は、そうして目の前の書類に目を落とした。
維心は、その間もじっと皆を観察していたが、それらの動揺は収まる様子はないようだった。
いつものように、どこかの宮の困りごとはどこの宮が支援する、などの取り決めをした後、会合は終わった。
いつもなら、ここで炎嘉と維心が立ち上がって出て行くのが、今日はそんな様子はない。
炎嘉が、告げた。
「では、会合は終いぞ。下位12位から305位までと、序列二番目三番目のこのテーブルに座っていない者達は、先に宴の席へ参るが良い。出て参れ。」
言われた者達は、立ち上がってぞろぞろと出て行く。
いつもと勝手が違うので、皆戸惑った顔をしていたが、しかし一刻も早く宮へと帰って考えねばならぬことができたので、恐らくこのまま宴の席へと行くことなく、出発口へと直行するだろう。
残された者達の中で、全く自立できていないのは涼弥の宮だけ、他は完全に自立しているか、ほとんど自立している状態だった。
それでも、何を言われるのかと構えている11人の王達に、炎嘉は言った。
「さて、主らぞ。この中で、かなりまずいのは涼弥の宮ぐらいで、他は踏ん張れば何とかなる宮か、完全に自立できておる宮であろう。涼弥、責めておるわけではない。涼の気は高峰の血で大きいし、できたらこのまま踏ん張ってもらいたいと思うておるのだが、どう考えておるのだ。」
涼弥は、冷や汗を流していたが、答えた。
「は…。その、我も完全に甘えた状態であった己が恥ずかしいと思うておった次第です。吉賀に問い合わせ、先日話して参って、宮の様子に驚きました。どうやって成したのか、その術を事細かく教えてもらい、何とかそれを真似てやろうと臣下達にも発破をかけていたところで。高峰殿が支援を増やして職人を育てる手伝いをしてくださるとの事ですので、それまで精一杯やろうと思うております。」
炎嘉は、頷いて吉賀を見た。
「主の所は、宮の品位まで最上位と比べて遜色ない様であるとか。我らとしては、主の宮は上から三番目の序列に引き上げ、然る後に序列剥奪を選んだ宮を傘下に置く任を与えようかと考えておる。」
吉賀は、驚いた顔をした。
「え、我が宮が?」
傘下を抱えると。
翠明が、言った。
「まあ、簡単な事ではないゆえ、戸惑うのも道理ではあるが、300を全て主に振り分けるのではないゆえ。慣れたら案外やれるもの。普段は勝手にやっておるから、困った時だけ助けたら良いのだ。臣下を集めるように、会合の後己の宮へと呼び寄せて、その内容を知らせたりと教育の任も負うがの。」
吉賀は、絶句している。
だが、何とか頷いていた。
炎嘉は、次に三位の陸を見た。
「さて…陸。」陸は、顔を上げた。炎嘉は続けた。「主の宮は格上から妃を迎えておるわけでもないのに自力でようやっておる。本来、主の宮にもどこかの宮を頼みたいほどなのだが、実際のところの、主の能力には問題ない。宮の力にもの。ただ、品位なのだ。」
陸が、驚いた顔をした。志心が、助け船を出した。
「我も主の宮に降りたことがあるが、臣下の教育が完璧ではない。最上位ほどの品格とは言わぬが、やはりそれなりの礼儀は必要ぞ。見慣れぬ格上の王が来て、あからさまに柱の裏から鈴なりになって見ておるとか、奥へ入って騒ぐとか、そういう事は我らの宮ではあり得ぬ事なのだ。ちなみに吉賀の宮では、妃が完璧に教えておるので全員が仕草から我らから見ても違和感がない。そんなわけで、主の宮を三番目に上げるということができぬのだ。そこだけぞ。他は申し分ない。」
陸は、まさかそんな事だったかと、目から鱗が落ちる心地だった。
これまで、ここまで宮が力を持っているのに、なぜにと皆が思っていたのだ。
礼儀の問題だったのだ。
陸は、言った。
「ですが…我ら、支援も必要ないので上位の宮に皇女を侍女として送っておるわけでもなく…上位から皇女を娶ったりもしておらぬので、関りが少ないと申しましたらそうなのです。躾など、どうしたら良いでしょうか。」
炎嘉は、うーんと唸った。
「主、幾つよ?」
陸は、おずおずと答えた。
「我は…只今400で。」
下位の中の上位は皆、同年代だ。
炎嘉は、まじまじと陸を見ながら、言った。
「そうであるなあ…新たに妃を迎えようとか思うか?」
陸は、驚いた顔をしたが、神妙に言った。
「は…それが必要でありますのなら。」
箔炎が言った。
「何ぞ、どこぞの皇女を縁付けるつもりか。」
炎嘉は、頷く。
「そら、旭の所の愛羅ぞ。あやつだけ北の果てであるから縁が無うて行き遅れておるが、あれは美しいぞ。320ぐらいだが、陸が400なら釣り合うではないか。」
旭は、蝦夷(北海道)の王で少ない上から二番目の宮の王だ。
戦の時は真っ先に矢面に立って大変だったが、最初に踏ん張って焔が到着するまであの地を守り切った。
あちらは遠いので、あまりこちらの催しなどにも出て来ず、皇女も皇子もなかなか連れて来ないので、会うことが少ない。
そんなわけで、あちらは領地の中で、臣下と婚姻とかが多いのだ。
できたら愛羅があまりに美しいので、どこかの王にと考えている間に、婚期を逸してしまった状態だった。
旭が嘆いていたので、宴の席ででもこの話を持って行ったらそれは喜ぶだろうと思われた。
下位とはいえ、陸の宮は三番目でもおかしくはない財力を持っているので、問題はない。
まして、宮の格を上げるためとなると、その立役者になる妃にぞんざいな扱いなどするはずもなく、大切に扱われるだろう。
もちろん、身分からいって間違いなく最初から正妃だ。
志心が、言った。
「おお、愛羅か。我は見掛けたことがあるが、白い髪に透き通る紫の瞳でそれは美しい娘であったわ。あれが行き遅れておったとはの。」
箔炎が、言った。
「旭が出し惜しみ過ぎなのだ。それで残ってしもうて。ならば、陸に愛羅を?」
陸は、自分があずかり知らぬところで話しが進んで行くのを、ただオロオロと見守っていた。
炎嘉は、頷いた。
「そうしようぞ。陸、愛羅を娶ってあれに宮を改革させるのだ。あれの言う事をよう聞いて、吉賀のように妃に教育させたら宮は変わる。主の宮は財力はあるのだから、百年後までに成し遂げよ。そうしたら、主を上から三番目に上げて、その頃恐らく、自立できなかった宮が落ちて来るゆえ、それらを傘下にさせて回させることを任せようと思うておる。だが、ここまでしてまだ主の宮の品位が上がっておらなければ、この限りではない。百年あるのだ、やってみよ。」
陸は、その皇女の顔も知らないのだが、宮のためになるのは痛いほど分かったので、頭を下げた。
「は!では、そのように。」
どんどん決まって行く。
それを、じっと赤色を帯びた緑の瞳で見つめている、塔矢は何を考えているのか、分からなかった。




