どうするか
しばらく考えてから、炎嘉が口を開いた。
「…塔矢はどうか?」維心が顔を上げると、炎嘉は続けた。「あれは恐らく、他を治めることができる。あれの能力は高いし、領地を与えて宮として存在している者達を傘下に置き、普段は干渉しないが困った時には手を差し伸べる、王として君臨したら恐らく今とそれほど変わらない方式であるからできるはず。今も、臣下は自立していて、困った時に助け合っておるのだろう?それの規模が大きくなったものぞ。そもそも、我の前世の妹が嫁いだ先の子孫であって、薄まってはおるが気も大きい。あれの世話好きで愛想の良い様は、間違いなく我ら鳥の王族のそれを継いでおるのだ。できるはずぞ。」
つまり、宮があって、臣下の家があって、それぞれが別々に生活してお互いに困った時に助け合うその生活形態が、翠明の島と同じように、宮があって、臣下の家の代わりに他の下位の宮があるという状態なのだから、何とかできるだろうと言うのだ。
「だが…その鳥の血も遠い上、表立って言えることではないではないか?塔矢の気も、完全に鳥を継いでおるのでもないし、あれにはまだ皇子も居らぬ。それだけ大きな領地を治めるためには、継続してあれぐらいの気を継いでいかねばならないのだぞ。今居る妃は、同じ下位から娶った妃であるから、大きな気は望めまい。次の代が案じられる。」
志心が言うと、維心が訂正した。
「塔矢は妃を亡くしておるぞ。今はその妃も居らぬから、独り身なのだ。つまり、ますます次の代に不安が残るのだ。だが、それより吉賀の方はどうするのだ。それでは吉賀が解決にならぬではないか。」
炎嘉は、言った。
「だから、塔矢と吉賀が話し合って進めるようにすれば良いではないか。二宮同時に上げるのだ。塔矢なら、同じ立場の吉賀にいろいろ助言もできるはずよ。それに…塔矢はまだ340であるし、我らのうち誰かの宮の、皇女を娶れば良いのでは?」
維心は、顔をしかめた。
「そういう政略を避けようとしたのではなかったが。まあ、それでも必要なことではあるよの。龍と鷹以外なら、最上位からそちらへ送っても良いな。」
志心は、だが渋い顔を維心に向けた。
「だが、誰の皇女よ。せめて成人しておらぬとさすがに塔矢とは釣り合わぬぞ。我は白蘭だけであれは嫁いでおるし、駿の皇女はちょっと前まで嫁ぎ先に困っておったのに今は皆居らぬ。蒼にも皇女は居らぬし…炎嘉もこの通り、焔も駄目。箔炎は鷹だしそもそも皇女はまだ成人前。北西の大陸にでも声を掛けるしかないのではないか?」
維心が、うーんと腕を組んだ。
「宇洲の皇女がようできるが、確か一番下の皇女が残っておるのではないか?高湊の妃であった燈子の妹の、庄子が居るはずぞ。」
炎嘉は、頷く。
「彰炎にも束で売るほど皇女が居るぞ。だが…」と、息をつく。「下位の宮であるしな。序列は上げる予定ではあるが、それを理解して支えて行ける女でなければ無理よ。温室育ちでは…。」
維心と志心は、顔を見合わせた。
言われてみたらそうなのだ。
そこそこ気概がないと、塔矢のように自分で何事もやって生きて来た男の妃になるのは、きついかもしれない。
だが、最上位の宮で蝶よ花よと育てられた皇女が、耐えられる環境だろうか。
もちろん、宮を建て直してそれらしい形は整えてやるつもりではあるが、安定するまでは何でも自分でやらねばならないかもしれない。
「…気が強いと言うたら綾であったが、翠明が娶っておるしなあ。椿もそうだが、あれは嫁いでおらぬとしても歳が上過ぎるし。宮をしっかり回せて、尚且つ最上位の皇女で気が強く、少々の事は己でやるような女というと…。」
居ない。
そもそも気が強い女が、最上位にそうそう居るわけがない。
ため息をついていると、炎嘉が言った。
「…居る。」え、と維心と志心が炎嘉を見ると、炎嘉は続けた。「恵麻ぞ。炎耀と千子の娘。今260でこのままでは婚期を逸してしまうと千子は嘆いておったが、何しろ立ち合いすらする気の強い女神でな。だが、きちんと躾けられておるから、普段は申し分ない女神なのだ。見た目は、我の血筋なのだから良い。ちょっといろいろやる気があるヤツなので、頼りになり過ぎて軍神にも他の王にもなかなか見染められることが無うて。」
そういえばそんな娘が居ったな。
志心と維心は、思い出していた。
炎耀も、娘の嫁ぎ先だけは困っているとこぼしていると維斗から聞いていた。
なので、維斗も夕貴との間に、維知が生まれてから次を作るのが怖いのだとか。
娘で、嫁ぎ先に困るような事はしたくないと思っているようであった。
「…しかし、恵麻が良いと申すのか?塔矢も、気に入るのであろうか。何しろ、跡継ぎを産んでもらわねばならぬのだしな。」
炎嘉は、胸を叩いた。
「塔矢はかなり遠いが我の血筋であるから美しい顔立ちではないか。恵麻も、いざという時は鬼のようだが、普段はそれは愛らしい顔つきぞ。黙って座っておったらそれは淑やかで良いのだが、女を下に見て馬鹿にするような男が居ったら容赦ないのだ。それだけぞ。」
まるで維月のような。
維心は、それを聞いて思った。
だが、確か一度だけ七夕祭りのときに見掛けたことがあるが、言われてみたら炎嘉によく似てそれは華やかに美しい顔立ちだった。
ただ、立ち合いをするからか、すらりと高い背で目立ってしまい、それより身長が低い神は軒並み遠巻きに見ているだけしかできなかった。
維月が、スーパーモデルみたいだと言っていたが、維心には何のことだか分からなかった。
維心は、言った。
「ならば、一度二人が会えるようにしようぞ。もうすぐ七夕祭りがあるゆえ、その折に場を設けよう。お互いに否なら無理強いはできぬ。維月が煩いゆえ。あれは恵麻を見知っておるからな。」
炎嘉は、呆れたように言った。
「主は何でも維月であるな。世を編成し直すのだぞ?ちょっとぐらい説き伏せぬか。…とはいえ、我も前世の曾孫のことであるしな…慎重にするわ。」
志心が、大きくため息をついた。
「では、それで良いの?吉賀と塔矢の二人に、自立できないと申請して来た宮を傘下に入れる序列上から三番目の宮を任せる。領地を再編成させる。塔矢の次の代を考えて、炎嘉の孫である恵麻を縁付けさせる。この方向で、提出であるな?」
維心と炎嘉は、頷く。
志心は、立ち上がった。
「ではそれで。次の会合では、自立を進める事と、それが出来ないと思われる宮は、そのまま残した状態で序列自体をはく奪し、上の宮の傘下に加える。下位の宮を整理するのだ。そして、自立を目指すなら待つ期間は百年。それで話し合おう。」
三人は頷き合って、戦後初めて大きく変える事になる編成に、真剣に向かい合っていた。
維月は、寝る前に維心を待って居間で月を見上げていた。
政略結婚は維月が何より案じる事であったが、しかし今回の事を成し遂げるには、それしか方法はないような気がする。
だが、恵麻の気持ちはどうなるのだろう。
それを考えると、気持ちが重かった。
すると、十六夜が話し掛けて来た。
《なんでぇ、ため息ばっかついて。なんかあったのか。》
維月は、月を見上げた。
「十六夜は聞いてなかった?ほら、今下位の宮の自立を促すために、維心様がたがいろいろ考えていらっしゃるでしょう。その中で、炎耀殿の皇女の恵麻殿と、塔矢様の縁談のお話が出ておるのよ。」
十六夜は、答えた。
《ああ、聞いてたよ。でも、恵麻は結構な跳ねっ返りだから、嫁の貰い手がないって炎耀が困ってたんだよな。あいつ、めっちゃ男らしいだろ?侍女に人気があるんだよ。お前みたいに立ち合いもするし、でも皇女として立つ時はきちんとおっとり見えるように振る舞えるんだ。でも、みんな中身を知ってるから縁談が来る事がない。すごい美人なんだがな。》
維月は、頷いた。
「そう、ほんとに炎嘉様に似てらして…凛々しい顔つきなのよね。だから、妖艶な感じに見えるのよ。私も憧れる美しさだなあって思って見ていたの。維心様は興味もなさげでいらしたけど。」
十六夜の声が、呆れたように言った。
《あいつがお前以外になんかあるはずないだろうが。でも、そうだなあ。恵麻の理想ってどんな男なのか、一回聞いて来てもいいかも知れねぇな。塔矢がどんな神なのかオレはいまいち知らねぇが、合ったらいいわけだろ?》
維月は言った。
「塔矢様は明るくて世話好きの美しいかたらしいわ。元より能力は皆様が認めるほどだからきっと優秀なかたよ。でも、塔矢様がどんな女神を好まれるのかわからないのよね。前の妃であられた、詩織様ってどんなかたか知ってる?」
十六夜は、うーんと唸った。
《いや…影の薄いタイプだったし、あんま覚えてねぇ。チラと見たことはあるけど、体が弱いみたいで滅多に外で見なかったんだよな。そもそもオレは、あんまりあの辺りを見てねぇから。》
するとそこへ、維心の声が割り込んだ。
「詩織は生まれた時から体が弱く、嫁げたのが奇跡だと言われておった。」
維月は、驚いて振り返った。
維心は、寝る支度を整えて戻って来ていた。
「維心様!湯殿から帰られましたか。」
維心は、頷いて維月の肩を抱いた。
「戻った。何やら塔矢の妃のことか?」
維月は、頷く。
「塔矢様のお好みになるのはどんなかたかと。」
維心は、ため息をついた。
「詩織は参考にならぬ。というのも、あれは塔矢と同い年で近所であったから、詩織がいつ何時命を失うかという様なのを不憫に思うて、まだ成人前に急いで娶ってやったのよ。一度は花嫁になりたいという、希望を聞いてやってな。ゆえ、あれが望んだわけではないと聞いておる。詩織は聡子という皇女を生んで死んだしな。160年前の話よ。」
ということは、皇女が一人しかいない。
維月は、何やら焦って言った。
「まあ、皇子が居らぬとは。でも塔矢様は、340歳であられるのでしょう?何も考えておられぬのでしょうか。」
維心は、苦笑した。
「あれにはうるさい臣下が居らぬから。途絶えたら途絶えたで、誰か王になれば良いぐらいの考えであろうの。何しろあそこは、皆自立していてそこまでこだわりがないのだ。」
十六夜が、自分のことのように焦った様子で言った。
《そんな、自治会長決めるみたいな感じでいいのかよ!塔矢が優秀なのは確かだし、あいつの筋が残らねぇとあの辺りは王が不在になるぞ?》
「自治会長とはなんだ?」
維心が顔をしかめる。
維月が、慌てて言った。
「あの、人の集まりの地区を世話する役を担う者のことですわ。それより、塔矢様は妃を娶られる感じではないと。」
維心は、頷いた。
「あれは養うのが大変だし、こんな所へ来てくれとは言えぬと申しておるらしい。何でも自分でやるわけで、着物すら縫わねばならぬからの。侍女も基本居らぬ。常駐している臣下が居らぬからの。」
人の自給自足の家庭みたいな感じかしら。
維月は、思った。
とはいえ優秀な塔矢の血筋には、残ってもらいたかった。
「…困りましたわね。恵麻様とはそれほど親しくしておりませぬし、七夕で見掛けた程度でありますから。その環境でやって参られるのでしょうか。そもそもが最上位の宮でたくさんの侍女にお世話をされておられるのでしょうし。」
維心は、息をついた。
「主の懸念は分かるが、何事も進めてみなければ分からぬものよ。とりあえず、次の会合で下位の自立の件は話すつもりぞ。吉賀と塔矢の件は、その後のこと。いろいろまだあるが、とにかくは一歩一歩進める。あれらのためにも、我らがこれからも未来永劫世話を続けるのは良うない。戦の時にも考えたが、面倒で手をつけずに来ていたことだからの。そろそろ良いだろう。主は案じるでないぞ。」
そうは言うが、女神一人の生きる道が決まるのだし、心配だ。
それでも、維心の言うように少しずつ進めるしかないのだ。




