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下位の宮々

月の宮での正月を終えて帰還した龍の宮では、これまでになく満たされた顔の臣下達に迎えられ、たった三日休めただけですっかり元気になったような顔でいた。

実際は代わる代わる休暇を取ることになっているので、働いていた者も居るのだろうが、それでもこれにより休めていなかった者達も休息を取る事ができたようで、維月はホッとしていた。

その上、これからは王命により月に必ず四日休めることになる。

それで輪番を組んでいるようで、皆の士気は格段に上がっていた。

そんな中であまりに皆に感謝されるので、維心は居心地悪そうだった。

単に月の宮のような少数精鋭も良いと思っただけだったのに、ここまで臣下が喜ぶとは思ってもいなかったのだ。

それでも、他の宮も龍の宮の動きを見て倣う傾向にあるので、段々に臣下に休みを、という流れになって来ている。

早速炎嘉も同じように月に四日休ませる制度を導入したらしく、余計に流れは加速しそうな勢いだった。


そんな中で節分も終わり、正月に挨拶を受けていなかった分、皆からの挨拶を丁寧に受けて、やっと年が明けた気持ちになっていた。

穏やかに流れる世の流れを見据えながら、維心はそれでも月の宮を去る前に天黎が言っていた事を忘れたわけではなかった。

まだ何かあるかと問うた維心に、それぞれの学びの中に精進しよう、と答えた。

あの言い方では、何かあるのだ。

それでも、特にこれと言った動きはなかった。

維心が宮での会合を終えて帰って来ると、維月が居間の定位置の椅子から立ち上がった。

「お帰りなさいませ。」

維心は、頷いて寄って来ながら、維月の手にある紙を見た。

「今戻った。それは、文か?」

維月は、頷いてその文を隣に座った維心に渡した。

「はい。那海様からですわ。子育てがお忙しいらしく、ついぞ御文もなかったのですが、最近やっと手が離れたようで。長く便りを送らなかった非礼を詫びていらして。」

維心は、その文に視線を落とした。

あの頃より更に美しい文字になり、そして文面も神の王族らしい自然なものになっている。

どうやら、思いも掛けず外に嫁いだことで、那海は他の月の眷属よりもより神世に馴染んでいるらしい。

那海が嫁いだのは、吉賀という支援が必要なほど小さな宮であったので、何より手が足りず乳母は居ても侍女が少なく、王族であろうとも安穏としていられる環境ではない。

その乳母も、月の宮から蒼が支援して手当てを出し、やっと宮に上げたのだと聞いているほどだ。

小さな宮では、王妃が育て、侍女がそれを手伝うのが普通になっているのだ。

大きな宮から嫁いだ妃ならば、その父王がなんとかするものだが、そんな逆支援は珍しいので、小さな宮は何かと王族であっても子供が生まれると忙しいものなのだ。

「…そうか、那都は優秀なようだの。」

維心は、文を維月に返しながら言った。

維月は、微笑んだ。

「はい。やはり大層な眷属のお子でありますから。それでも、少し気が大きい程度で、序列にまで影響するほどではないと聞いておりますが。」

維心は、ため息をついた。

「我らは下位の宮は皆一括りに見ておるが、実は中では細かく序列があるのだ。最上位の我らの中でも我が筆頭であるのと同じく、下位の宮ではもっと熾烈なものでな。」

維月は、目を丸くした。

「まあ。確かに中でも序列があるのは知っておりますが、本来親に準じる気の大きさであられるし、移動などあるのですか?」

維心は、維月の肩を抱きながら頷いた。

「我ら上位はそういったことは今は無いが、下位ではの。上から三番目でも、中で移動があるほどであるのに、下位など三百ほどある宮なのだから、僅かに気の強さなど変わって参る。それも、上位の宮から金星などあった時には、その宮の序列がグンと上がるなどしょっちゅうあるのだ。子の気の大きさもさることながら、その王妃の受けて来た教育がそのまま子に受け継がれ、子は品のある様になる。そうすると、その子が育って王座に就くと、宮はその子の影響で品位が出てまた、序列の移動に影響する。そんなわけで、我らが見ておらぬ所で常に下位の宮々は序列が移動しておるのだ。序列は、宮の地位、宮の発言力の源ぞ。なのでいろいろ、あれらは未だに大変なのだ。」

維月は、袖で口を押さえて那海からの文に視線を落とした。

ということは、吉賀の宮の序列は今、高くなっているのかもしれない。

「まあ…。それほどだとは思ってもいませんでしたわ。ならば、皐月の会合ではまた、序列の提出で入れ替わりが報告されますのね。」

序列の移動は、イレギュラーな事がない限り、大体4月に決まり、五月に会合で結果を報告される。

そして、上位の宮でそれを確認し、承認して決まるのだ。

とはいえ、そんなにしょっちゅう入れ替わっているとは、維月は思っていなかった。

何しろ、最上位はいつも同じで、変わることなど無かったからだ。

維心も、そんな下位の序列の移動まで維月に一々言わない。

何しろ、直接宮に影響があるわけでもなかったからだ。

それでも…。

「…下位の宮々は皆、仲が良いのだと聞いておりますわ。確かに序列は気になるでしょうが、面倒なことは起こらないのではありませぬか?これまでも、特に面倒なと聞いてはおりませぬし。」

そう、思いたい。

維月の願いが聞こえて来るようで、維心は苦笑した。

「…そうだの。これまでも戦になるようなことはなかった。だが、三百全てが仲が良いと考えるのは我らの奢りぞ。近くの宮なら良いやもしれぬが、離れておったらのう…まあ、何かあったら大事になる前に我らが気取る。問題はないであろう。」

つまり、上位の宮が目を光らせているから無いだけで、本来戦になることもあり得るということなのだろう。

維月は心配になったが、維心に任せるよりない。

なので、微笑んで頷いた。

「はい。維心様がおられるのに、何かあることなどありませぬわね。」

維心は維月の意図を気取ったが、また苦笑して維月を抱き締めた。

「主は何も案ずることはない。我に任せよ。」

とはいえ、自分は復活したばかりでまだ成人していない体。

維心は、維月の懸念が実際に起こらないよう、しっかり見ておこうと思っていた。


「お出かけであられますか?」

那海の声がする。

吉賀が振り返ると、那海は出逢った時から変わらぬそれは美しい姿で、吉賀の後ろに立っていた。

那海は、月の宮から大金星だと言われて迎え入れた、それは美しい月の眷族の女神だった。

自分は、婚姻当初から歳を経て今では300歳ですっかり落ち着いた風貌になったが、那海は変わらず若々しく美しい姿のままだ。

少し落ち着いた様子に見えるのは、その心情が落ち着いているからであって、体が老いているからではない。

そう、月の眷族は不死であり、不老なのだ。

吉賀は、そんな那海に微笑み掛けた。

「炎嘉様の宮へ上がらねばならぬのだ。周辺の宮から、申し上げて欲しいと言われている案件があっての。那都(なつ)も連れて参るつもりよ。主は忙しくしておるし、黙って参ろうとしておったのだ。」

那都は、二人の間の皇子で100歳を少し超えた歳だ。

だが、恐らく月の眷族の血のせいだと思うが、姿は成人手前ぐらいまで成長し、そして中身も他の神より数段に優秀だった。

勤勉で、宮の書庫ではとてもではないが満足できず、最近では炎嘉の宮の書庫にも入れてもらい、そこで更に学んでいるぐらいであった。

那海は、微笑んで頭を下げた。

「行っていらっしゃいませ。我は佐那(さな)と共に待っておりますわ。」

佐那とは、那都の後に生まれた皇女だ。

那都とは違っておっとりしていて中身も年相応ではあるが、那海に似てそれは美しい容姿なので、今から周辺の宮では何とか娶れないかと問合せが来るほどの皇女だったが、まだ成人まで100年以上あるので、どれにも良い返事は出していなかった。

先に輿へと乗り込んでいた那都が、顔を覗かせて言った。

「母上。学んで参りますので、ご心配ないよう。」

那海は、微笑んで頷いた。

「あなたの事は、何も心配しておりませぬわ。恙無くお帰りになるように。」

最初は全く神世が分からなかった那海が、今では上位の宮の王妃ではないかと言うほどに品位のある様になっている。

臣下達が見送りのために出て来ている場所で、吉賀は微笑んで輿へと向かった。

「行って参る。なるべく早う帰るゆえ。」

吉賀は、そう言い置いて軍神達に囲まれて、炎嘉の宮へと飛び立って行ったのだった。

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