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お互いさまということで。


「外であわあわされると気が散るってのよ」

「すみません、岬さん……」


 特別教室棟の三階端に位置するそこは、演劇部の練習場所であった。

 ここの部長であり、同時に生徒会副会長である(みさき)(はるか)は、ショートボブの黒髪を払いながらはぁーとため息をつく。

 すらりとした体型で、身長は一七〇と少し。

 くっきりとした顔立ちと表情で、いかにも舞台映えする印象を受ける。

 そんな彼女に肩を抱かれて、真波は机を一方向に寄せ動きやすくした教室の中へ招かれた。

 中にいた演劇部員たちの目が一斉に二人へ向く。

 これにひらひらと片手で拝むポーズで応じながら、岬は指示を飛ばした。


「あーごめんみんな。休憩終わったら、私抜きでちょっとエチュード回しといて! 三人組でひとりが板付き、残り二人が順番に入ってく形式ね」


 岬の言葉に「ういーす」と部員たちの返事が響いた。

 次いで彼女は、それぞれの顔を見て言葉を付け足す。


「あと田井中ぁ、あんた最近板付きでやると周りにブン投げがちだから今回は陰板で周りちゃんと見るようにしてー。佐竹はノれないときに変なことして誤魔化すのやめ! 華原は声の距離感あいまいなときあるから注意。それから――」


 全員に注意点を伝え、ながら、教室を横切る。

 ふたたび「ういーす」と全員の返事が聞こえたとき、真波と岬はベランダへ出ていた。

 ひとまず周りから隔絶された場で、ふはぁと息を吐きながら岬は柵にもたれる。


「で、なによ。私に相談に来たってことは――また深田に遊ばれたの、澄乃」


 深田との普段のやりとり、そして彼に抱く真波の恋慕を知る岬は、単刀直入にそう言った。

 真波はばたばたして彼女の言葉に反応する。


「ぁああ遊ばれるとかいやらしい言葉使わないでください」

「このウブ処女メンタル……」

「そんな言い方やめてください!」


 恥ずかしくて真波は顔を覆う。

 自分でも顔の熱さを感じるほどなので、きっと相当赤いのだろう、と思う。

 しらーっとした目でそんな彼女を見降ろしながら、岬はぼやいた。


「いつも思うけど、よくその赤面を隠し通せるわねあんた」

「深田さんの前では、本心が伝わって欲しくない一心で肉体をコントロールできておりますから……赤面も声の震えも息切れも動悸も、一時的に押さえ込めるのです」

「そのスキル生かして女優かスパイにでもなったら?」

「なったら、深田さんは振り向いてくれるでしょうか?」

「あんた地軸が傾いても思考がブレなさそうですごいわ」


 すごいと口にしつつ明らかに呆れた言いぶりで、岬はたはぁと額を押さえる。


「まったく、ひとは自分にないものを他者に求めるとはよく言うけど……」

「言うけど、なんですか」

「どーしてあんたみたいなマジメちゃんがあの不真面目とからかいの化身みたいな男を好きになるんだか私にはわかんないな、って」

「う。岬さんがそう仰る理由は、わかりますけど。けど……す、好きなものは、好きなので……どうしようも、ないではありませんか……」

「はいはい。胸やけしそうだからそのメス顔やめて。で、なんか進展あったの? あるいは後退?」

「それは、そのぅ……」

「にぶい反応。なんの進展もないのね」


 唇をとがらせて、岬は肩をすくめた。

 真波はうなだれるほかない。


「いい加減、なにか状況を変えなよ。停滞は一番よくない。このままだとあんた、からかわれて弄ばれるだけで青春終わるわよ」

「それはいやですね……でも、うう」

「でもじゃないの。ホント、これは心からの忠告だけど。本心を早めに話して、色々進めといたほうがいいのよ?」


 言いよどんでいる真波に向けて、岬は言葉をつづけた。


「だってあんた、たとえば『よし心の準備できた。いざ告白するぞー』ってなったときにね?」

「はい」

「あの男が言うわけよ。『その前に俺から話、いいかな』と」

「ふむ」

「そしてあんたは聞くわけよ。『俺、彼女ができたんだ!』と。つまりあんたがうだうだしてるあいだに、ほかのだれかが積極的に奴を落とそうと動いてるかもよって話…………え、なにその反応。すでにそういうの通過済みのような反応」

「……今日は凹んでいるので、そっとなぐさめてくれませんか……」


 膝を抱えて座り込み、しくしくと悲しみに浸りはじめる真波。

 んぁ、と息を吐いた岬はややあって軽口の状態から切り替えると。

 横に腰かけて、落ち着いた声音で聴き取りをはじめてくれた。


「なに。あの男、マジで彼女でもできたの」

「いえそういうわけでは。しかし、心奪われる女性はいたようです」

「つまり、失恋だ?」

「ええ。傷心なのでそっとしておいて欲しいと……そう仰いました……」

「ああ、また沈む沈む」


 膝の間に顔を埋める真波を励ますように、岬は肩を抱き寄せてよしよしと頭を撫でてくれた。

 真波は岬に身体を預けてめそめそと泣く。


「わたし、深田さんといつも一緒にいられるよう、がんばってきたのですが……」

「そうね。知り合いへの根回しで逃げ道塞いで、なんとか生徒会室であの男と二人きりになろうとしてたもんねあんた」

「し、仕事を通じてずっとそばにいれば。なんとはなしに好感度が上がり、いつか自然とお付き合いに至れると、そう思っていたのですが……!」

「そうね。そうやってやたら考えが甘いところあるのよねあんた」

「こんなかたちで、想いを伝えられず果てるなんて……思ってもみませんでした!」


 わっと泣きつけば、岬はわしわしと真波の頭を掻いてきた。


「いやいやしっかりしなよ。まだ果ててないでしょ。あんたの方は失恋したわけじゃないでしょうよ」

「しかし、一度は深田さんの心を奪われたのです……その意味ではもはや、失恋では? わ、わたしが先に、す、好きだったのに……」

「まあ、そういう『行動しなかった後悔』ってしんどいだろうけど……でもこれで経験に学んだでしょ? やっぱなんでも早め早めに進めといたほうがいいのよ。速さはすべてに優るの」

「とは仰いますが、この状況に至って経験をどう生かせというのですか」

「そりゃ――いまから・ここから・現時点からの『最速』を目指すのよ。過ぎたことにこだわっても仕方ない」

「つまり?」

「奴が傷心で弱ってるところにつけ込んでなし崩しにモノにする」


 岬は端的かつなりふり構わない提案をした。

 じわじわと理解が追いついて、真波は動揺した。


「……弱っているところを、というのは。なんだか、ずるいのではありませんか?」

「自分にできる最大最速を使わないというのは人生も相手もなめてることに他ならないわ。弱いところを突かないってのはむしろ、結果を得られなかったときに『あー、やればできたけど正しさのためにやらなかっただけだわー』とか、言い訳するための準備に過ぎない」


 岬はまっすぐに正面を見ながら断言した。

 そういえばこのひとは対立候補の不十分な点を選挙演説でとことん追求する、という戦法の末に副会長の座に就いたのだったな、と真波は思い出していた。


「だから、できることは全部やろ。私はあんたが凹んでるとこ見たくないの」

「岬さん……」

「というかいちいちこういう恋愛相談持ち込まれるのめんどくさいからさっさと終わらせたいの」

「岬さん……!」


 さりげなくひどいことを言う岬だった。

 ともあれ、傷心につけ込むという指針を与えられて。

 真波はまるで脈のない深田に、なんとかして思いを伝えるべく――これからは積極的になることを決意するのだった。


        +


「あれ」

「どったの深さん」


 職員室へ書類を提出しにいく道すがら、船越と駄弁っていた深田は急に足を止めた。

 胸元に手を当て、首をかしげている。


「なんか脈拍がいま一瞬、へんな感じになって」

「え、不整脈ですか? もしやアナタ健康診断ひっかかってたクチ?」

「いやぁ。悪いところはどこもなかったはずだぞ」

「じゃあ隠れたご病気だ。ご愁傷様です」

「縁起でもないこと言うな」


 身体の健康に自信のある深田は、茶々を入れてくる船越にそう返しながらまた歩き出すのだった。




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