止まったままの時計の針が再び動き出すのは、「終わる」と覚悟を決めた時。
私は、父さんの最期の声を聴けなかった。父さんの声をどうしても聴きたくて、知りたくて、死者の最期の言葉を言語化するメッセンジャー、つまり法医学者になった。
20年前のあの日、本当は何が起きたのか…。知ってるのは犯人だけ。
私は、犯人を見つけ出して、そいつを殺すって決めた。生きる目的は、もはやそれだけだった。
その犯人と、遂に会うことになった。父を殺した真犯人と私の人生は、共に明日でピリオドを打つ。
「愛純奈…ホントにアイツのとこ行くのか…?」
気付くと、省吾がすぐそばに居た。いつもの出窓で、満月の光を浴びながら考え事をしていたら、人の気配さえも気付かなかった。
「行くよ。」
愛純奈は、真っ直ぐに省吾の目を見て言った。
「お前、分かってんのか?アイツと会うってことが、どんだけ危険かっ…」
「分かってるよ。」
愛純奈は省吾の言葉に被せて、今度はさっきよりも優しく言った。まるで、母が子をなだめるように、真っ直ぐ目を見て。
「もう…決めてるんだな。」
省吾は少し笑った。月明かりを浴びた省吾は、いつもと雰囲気が違って見えた。
「あの時も言ってたもんな。高校の時だっけ?法医学者になるって愛純奈が急に言い出して。父さんの死因を突き止めたい。犯人見つけるって。」
「そうだったっけ?」
「おいおい、忘れたのかよ。俺はハッキリと覚えてるのに。」
省吾は少し困った顔をしながら笑った。昔から変わらない笑顔に、愛純奈は何度も救われた。
父が突然この世を去ったあの日も、医学部の入試に落ちて泣いた日も、母が膵臓癌で永遠の眠りに就いた日も…。省吾が居てくれたから、今日まで何とか生きてこられた。
犯人に会うのは危険。そんなことは十二分に承知だ。だけどもう、決めた。
急に視界がぼやけた。怖いから?それとも、まだ生きていたいから?
「愛純奈…。生きて帰って来い。俺の所に…帰って来い。」
愛純奈は省吾の腕の中に居た。ふわっと、省吾の香りがする。省吾の胸の音が、ドクン、ドクン…と低く波打って、父親のような温かさだった。
愛純奈の瞳から涙がこぼれ落ちる。
「死にたくない…。」
「愛純奈は死なない。絶対に生きて帰る。俺…ここに居るから…。」
愛純奈の髪をそっと撫でながら、省吾は耳元で囁いた。
「絶対に帰ってくる…絶対に…省の所に帰ってくる…。」
愛純奈は泣きながら、でも力強く言った。
省吾との約束を、必ず守ってみせる。
必ずここに、省吾の所に帰ってくる。