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LaST:リンカーズ  作者: 熊星 慧
第一章 戦争終結編
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第6話 『拡大共感』の使い手

 突如割り込んできた涼やかな声に反応して、言い合いを続けていた男二人はその場で硬直する。

 声の主は、たった今ホールに面した部屋の扉を押し開けて出てきた少女だ。ただ、一人ではなく、車椅子に腰掛けた別の少女を伴っている。


 車椅子を押す少女は、明るい栗色の髪を肩のあたりまで伸ばし、一部を邪魔にならないように高めの位置でまとめている。やや癖っ毛な髪があちこちに飛び跳ねているのは、十分に身支度をする余裕がないほどに疲労が溜まっているからだろう。瑠璃色の目には、クマができているレイモンドほどではないにしても、それなりに疲労の色が透けて見えていた。


 対して、車椅子に座る少女は、一触即発の雰囲気だった男たちを見て、困ったようにはにかんでいる。彼女から受ける印象を正しく言語化するならば、深窓の令嬢、という表現がしっくりくるだろう。普段動かすことのない彼女の手足は雪のように白く、触れると折れてしまいそうなほどに細い。エメラルドグリーンの宝石のような瞳や、美しく背中まで伸ばされた銀髪によって醸し出される儚さが、その印象をさらに裏付けていた。


 両者とも仮に訓練兵団にいたとすれば、実に全体の七割を占めるむくつけき男どもから熱心なアタックを受けるであろうことが予想されるレベルには整った顔立ちをしており、レイモンドと合わせると、さながらどこかの上流貴族の屋敷にでも迷い込んだような錯覚を覚えてしまう。


 そんな少女たちの様子を見て、レイモンドは危うく握りかけていたのであろう拳を開き、にこやかに応対する。 


「エリン、別に構わないよ。ファランがうるさいのはいつものことだから。セレーナも困ってそうだし」


「うっせえ!その言い方だとなんかオレがガキみたいじゃねえか」


 そう悪態をつくファランだが、実際その姿はガキ以外の何物でもないので、ここは素直に口をつぐんでおく。しかし、少女たちの登場によって気勢が削がれたのか、ファランはそれ以上言い募るのはやめにしたようだった。


 争いごとを未然に防げたことを確認し、栗色の髪のエリンと呼ばれた少女は、ええやん、と満足げに言ってこちらにやってきた。


 いつもと様子の変わらない銀髪の少女、セレーナとは反対に、明らかに憔悴しているエリンに、アナトは声をかける。


「エリン、大丈夫か?ちょっと前までだいぶ仕事に追われてたって聞いてたんだが」


「ウチかてもうちょっと寝てたかったんよ。でもアナが今日来るいうんは聞いてたから、いつまでもグースカしてるわけにいかへんし。お姫様をほっとくわけにもいかんしね」


 エリンはそう言ってセレーナに軽く片目を瞑ってみせる。それに対して気を使わせてしまった、とでも思ったのかあわあわとした表情をするセレーナ。

 おそらくエリンのそれはアナトたちへの文句を和らげるためのちょっとした軽口なのだろうが、それを素直に受け取ってしまうところが純粋なセレーナらしいといったところだ。


 しかし、この一年ほどで、随分セレーナの表情を読み取れるようになったものだ、とアナトは若干の感慨深さを覚える。

 初対面の時は、エリンに通訳を頼まなければ何を考えているのか全く予想することなどできなかったのだが。


 エリンとセレーナはもともと隣国のノルザークの辺境の村で生活していたらしく、少しエリンの方が年上であるものの、幼馴染の関係であるらしい。

 ノルザークは鉄鋼や石炭などエネルギー資源の生産が盛んで、その興行収入を基盤として、他国との交易を介して比較的豊かな経済を実現させている。しかし、その資源の権利を巡って各地で小規模な内乱が絶えず、関係のない一般人が犠牲になることもしばしばだった。

 エリンとセレーナが住んでいた村も内乱に巻き込まれ、二人は家族を失い、セレーナはその時受けた傷によって体を動かすことはおろか、言葉を発することもできなくなってしまったという。

 エリンが当時のことをあまり語りたがらないので詳しい話はアナトもよく知らないのだが、そのリンクの能力を活かしてキリルハイト兵団に入ることができたらしい。不死者がエリン、守護者がセレーナであるのだが、村娘であった彼女たちに大した戦闘力はないのであまりそれを意識することはない。


 そんなことを考えていると、ぼんやりと漂わせていた視線がセレーナのものとぶつかる。澄んだ緑の優しい瞳に捕らえられ、アナトはなんとも言い難い気恥ずかしさで思わず目を逸らした。

 その様子を目ざとく見つけていたエリンが、揶揄うようにアナトを見る。


「ウチのレーナに唾つけんのは止めといてやー。アナにはもう連隊長がおるんやから、そんなんしてるといつか痛い目みるよ?」


「邪推するな、変なことは考えてない。そもそもイルシアは俺の家族みたいなもので」


「はいはーい、惚気禁止!」


 一方的に話を振ってきたくせに、こちらの言い分に耳を貸さず、ぱん、と手を打ってエリンは話題を切り上げる。

 身に覚えのない罪を着せられたアナトだが、言い返す機会を逸した以上、ここはぐっと堪えるしかない。

 というか、惚気って何だ。

 アナトの内心を知ってか知らずか、エリンは強制的に話の方向性を押し戻す。


「それよか、早く用事を済ませてくれん?ウチ、この後二度寝しようかなと思てるんやから」


「はぁ、わかったよ」


 色々物申したいことはあれど、何徹明けかも分からないエリンをいつまでも会話に付き合わせておくのが忍びないのも事実だ。

 はい、と差し出された彼女の手に、大人しく自分の左手を重ねるように置く。


 目を閉じて接触部に意識を集中させると、じんわりとしたエネルギーが巡っているのを強く感じた。

 それを感じながら、空いている右手で腰に提げた黒刀の鍔を握る。

 脳内に思い描くのは、今この瞬間も戦場で戦っている兵士たちの姿だ。彼らに力を送り込むイメージを鮮明に作り出し、エリンの能力を使用する準備を整える。

 続けて、目の前にいる見えない敵を斬りつけるかのような勢いで、アナトは刀を抜き放った。


「っ!」


 瞬転、視界いっぱいに赤色の光が広がる。その光を発しているのは、エリンとアナトの手が合わさっている地点だ。実際にこの光が見えているのは、能力発動の能動側であるアナトだけなのだが、いつもながら幻想的な光景だ。その光が放散し、しばらくすると一筋の束となって、西の方角へとまっすぐに突き抜けていった。前回能力を発動してから約一週間。これで、弱まっていた戦場の兵たちの力もリセットされたはずだ。


 これがエリンとセレーナに発現した異能、『拡大共感(オーバーリンク)』の力である。他のリンカーの能力にとどまらず、アナトのもつ《リンク》を破壊する力までをも別の対象者に分け与える。分け与えられる人数には限りがあるが、ルシェナの擁する悪魔の兵員に負けない規模の軍勢を用意することは叶った。


 アナト一人であれば悪魔の力があろうが大勢に影響を及ぼすことはできない。エリンとセレーナもまた、戦況を拮抗させるためには不可欠な存在だ。幸いアナトと違って『拡大共感』をもつリンカーは少数存在するため、損なわれたところで即座に状況が立ち行かなくなることはないが、中でも飛び抜けた能力の強さを持つ彼女たちの損失は、軍にとって大きな痛手となるはずである。

 それ故、アナトと同様に、彼女たちにも護衛としてレイモンドがつけられていた。


 一仕事終え、ふう、とエリンとアナトは息をつく。

 重ねていた手を離すと、やはり疲労が溜まっていたらしいエリンは大きく欠伸をすると、目を擦りながらセレーナに声を掛けた。


「ふぁぁ、ごめん、ウチやっぱそろそろ限界やわ。昼過ぎまではレイモンドに付き合ってもらっといてええ?」


 エリンの言葉にこくりとセレーナは頷き、レイモンドに対してよろしくね、というニュアンスの笑顔を浮かべる。

 それに対してレイモンドもかたく頷き返しながら軽くセレーナの手を取って腰を折った。


「ああ、もちろん任されたよ。それこそ命にかけても」


「けっ、キザな台詞吐きやがって。普段はその辺をほっつき歩いてるくせに」


 まだ先程の言い争いを引きずっているのか、混ぜっ返すようなことを口にするファラン。第二ラウンドが始まるかと思った矢先、ふ、とファランが動きを止める。


「あやっべ、忘れてた。そーいや大隊長から今朝の任務が終わったらこい、って言われてたっけか。ワリ、アナト。オレ先に戻るわ。遅れたらどやされちまう」


 そう言い置いて、ファランは目にも止まらぬ速さで数段飛ばしに階段を駆け降りていってしまった。警護対象を置いて飛び出していってしまうとは護衛失格ではあるのだが、今更な話なのでアナトは特に咎めずにおくことにする。


「大隊長からの呼び出しなんて、リスっち、いよいよとんでもなことやらかしたんとちゃうん?」


 そんなファランの様子を見てエリンが小首を傾げる。大隊長といえば、訓練兵団のまとめ役である連隊長のイルシアよりもさらに上の階級で、直接的に軍の指揮に関わっているほどの立場である。そんな大隊長直々に呼び出しを食らうとは、いよいよファランの進退が危ぶまれる気もするが、友人の性質を理解しているアナトはフォローを入れる。


「いや、あいつはそういうところ上手くやるからな。おそらく任務の関係だろう」


「ほんならええんやけど。ウチらも長い付き合いやし、ほんまにマズそうな時は手ぇ貸すで」


 そういうエリンに、同意見だとセレーナも首を縦にふる。

 騒がしい男だが、こうして憎からず思ってくる女の子たちがいるのだから、やはりそれなりに人徳はあるということなのだろうか。


 そうアナトが結論づけたところで、あ、とレイモンドが口を開く。


「そういえばまだ片付けなきゃいけない書類を残してるのを忘れてたよ。アナト、君もそろそろ訓練の時間じゃないのか?」


 言われて窓の外に目をやると、思ったよりものんびりしてしまったのか、日はすでに高く登っている。まもなく剣術の訓練が始まる頃合いだ。アナトは普段から自前の刀を腰に佩いているので取りに戻る時間を心配する必要はないが、これ以上時間を潰していると本当に遅刻してしまいかねない。


「そうだな、じゃあ俺はもう行くよ。エリン、手間かけさせて悪かったな」


「気にせんくてええよ、ほな」


「訓練がんばりなよ」


 二人からの激励の言葉と、セレーナからの頑張って、という視線を受け取って、アナトは『耳』を後にした。 

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