1:『神夜の花』
『――昔、世界がまだ一つの大きな岩と雲で出来ていたころ、夜の神が言いました。「私が現れると、花はみな顔をうつむけ、目を閉じてしまう。一度でいいから、私もその香りに誘われてみたい」夜の神が望むと、ある花の神がそれに応えました』
『彼女は美しく、蝋のように白く透明で、夜の神がいる間、酔いしれるほど魅力的な香りを漂わせました。夜の神はずっと一緒にいたいと願い、月へ彼女を住まわせますが、月は雲より高く、水のない砂漠です。彼女が枯れてしまいそうになると、夜の神は毎晩、涙を流しました』
『彼女は夜の神が涙を流さなければ、永遠に生きることができなくなってしまいました。そこで、夜の神に言いました。「私は死んでも構いません。だから、もう泣かないで」――』
『夜の神は言いました。「お前が死んでも、私の涙は流れ続ける。離ればなれになっても、なんど生まれ変わっても、お前のために、私は涙で頬を濡らそう。雲を濡らし、やがては地上の砂漠にも湖をつくって見せよう」――』
『二人は愛を誓いました。そして、花の神が枯れた後に、真珠のような美しい実が沢山できました。真珠の実は、夜の神が泣いて、泣いて、地上の砂漠にできた湖に落ち、子どもが生まれました』
『子どもたちは、月夜神が毎晩、涙を流してくれなくても生きられるように、父である彼を、母の代わりに見守っていくため、強くたくましい戦士になりました』
『この子どもたちの子孫は、湖があったという楽園の地に、今も暮らしています――。』
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――【 ちなみに 】――
●四生界以前にあたる原初の世界を〝太一界〟という。月に美しい花木があり、これは月の聖水を汲み取る道具でもあった。神々はこの花木の樹液を飲み、果実を食べ、不老不死を得ていた。
●花人(夜覇王樹の民)の起源を示唆する昔話。語り部・常葉臣を発信元として、民間の間で歌い、語り継がれてきた。