【*】『神代編』……樹と水母 馨る神
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※)後日、物語のどこかに挿入する際、修正する可能性があります。
◆【 神の森殿と水母 】◆
暗い海に漂う、目玉の見当たらない化け物のような生物。
「水母」・「水月」・「海月」―――今はすべて〝クラゲ〟 と読む。
いずれにせよ、そのように見えるから、畵僊らはこう書き表してきたらしい。ただ、「水」に「母」と書くことにだけは、後の人々に違和感を持たれるようになる。
何故ならこれは、神代の天上を知っていなければ連想できない当て字。
かつては風景の一部として当たり前に存在した〝水の母〟は、この後、新時代を迎えるに当たり、かの天柱地維とともに役目を終える。
消滅するのである―――。
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繊細な蕊のような糸束が、ふんわりと広がっては降りてくる。
舞い上がっては降りてくる。
無音。
薄暗い神殿内。燦々たる光を集める吹き抜けに、変幻自在の水晶玉が漂っている。
水母だ。まぶしいほど瑞々しい万葉の下、透明の水笠をかぶっているそいつの心肝は、木漏れ日の柱に出入りするたび、紅、藍、碧、青、朱、黄、ごく稀に紫を含む七色に煌めく。
魚も行き交っているが、海中ではなかった。
深く掘り下げられた石窟の中庭に、見上げても、見上げても、先が見えないほど高い巨大樹の根と蔓が垂れてきている。
井戸の底のような空間である。
漆黒の角柱が乱立しており、それらはすべて、青碧の水中に腰を沈めている。
神々の水飲み場。沐浴にも使われるが、ここは半ば私有地なので、現れる神は限られている。
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◆【 花咲かす漆黒の鬼男神 】◆
つと、とりわけ高い角柱に、周囲が白く霞むほどの強い遮光が差した。
繊細な爪先を伸ばしながら、黒衣の若い神が出現した。
香煙を絡めまとっている、長髪の見目麗しい男神。その片足のつま先が角柱の天辺に触れた刹那、吐息のように温かい風が巻き起こった。
巨樹の樹冠が立てるさざ波の音と、彼の装身具が玲瓏に響きあう。
男神がふんわりと素足の裏を置いたそこに、大きな桃の木が生え出て、瞬く間に飛花が舞うようになった。
男神は角柱の縁から、花筏ができた水面近くに飛び降りた。頭上から小鳥が集まりだし、そこは薄暗い地下神殿ながら、ひときわ眩しく、安らげる森の様相に変わった。
「馨玥天……」
彼の長い黒髪は、水に濡れても悠然と棚引いている。大方、今の今まで寝ていたのだろう。沐浴を始めたところ悪いが、声をかけると、肩越しにこちらを向いた。あご先の雫を、手の甲で拭いながら――。
何かあったことを察してくれている目は、蒼頡より何倍も鮮やかな産霊神の紫眼である。
―― * * * ――
後に編まれる南東巉の神典は、この鬼男神の名を馨玥天樹神。
北西巉の神典は、 “夜覇王樹神” と伝える。
〔 読み解き案内人の呟き 〕
【馨】は楽器の音のように、
香りや良い影響が、遠くまで行き渡ることを意味する字。感化。
【玥】は伝説上の玉。神秘的な珠玉。真珠……?
(2022/02/12 09:35:投稿)
(2025/11/11:現位置に移動)




