場面2:八年前の真実 【完】
※)いくらも内容を示せないままですが、ラスト要略へ突入します。
いじめっ子たちの標的は、あくまで異質な皐月だった。皐月はいじめに巻き込まれないよう、タケルを遠ざけようとしていたが、タケルは気にせずに付き合い続けた。
だが、いじめっ子たちは亮に目をつけ、タケルのことも手招くように言った。
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「た……タケル君……」
亮はタケルに手を伸ばし、皐月はタケルの背を押すように言った。
「タケル――……、いいよ。お前もあっちに行け」
だが、タケルは皐月の側についた。亮が誰を友達と呼ぶかは、亮が決めることだ。
「僕の友達は、僕が決める。だからごめん、そっちへは行けないよ――」
亮は皐月を引っ張って立ち去るタケルに、ショックを受けた。本当はこっちへ来て欲しいという意味ではなく、 “助けてほしい” という意味で手を伸ばしていたからだ。
× × ×
タケル少年は、また転校するという亮と確執が生じたままであることを気にして、紫苑の花の種を、廃車置き場の空き地に撒こうと皐月に提案した。
そして別れの日、ここに来てもらうことにしようと。
また必ず会う約束をするのだと――――。
「知ってる? 漢字はこう書くんだ」
“紫” ―― “苑” ――。
「 “苑” っていうのは庭園のことだよ?」
「どうでもいい。それより、こんなところに花畑なんか作ってどうするんだよ」
お前の土地じゃないだろ。ここ。
「うっ……。~~……やっぱり大人に見つかったらマズいかなぁ」
「警察に捕まるかも」
「ぇええ…っ!?」
「まぁ、事情説明による――かも」
「~~……、口で伝えるより、伝わりやすいことってあると思わない――?」
タケルは相変わらず感情が欠けている皐月の横顔を、半眼で見据えた。
だが、皐月の “無表情” は、ただ気づいていないふりをしているだけ――。知らないふりが得意なだけだ。
本当に冷たい人間なら、こんな近くに寄り添ったりしない――……。
タケルは傍らに突っ立ったままの彼の様子から、耕した土に視線を戻し、苦笑気味に呟いた。
紫苑の花言葉は “遠い人を想う” ―― “君を忘れない” ――――。
「離れても、ずっと想ってるよってこと、亮君に分かってほしくてさ――……」
この花には、見る人の心にあるものを、忘れさせない力があるんだって。
「――……」
縁起でもない。
「え――?」
「花言葉の本が愛読書だとかいうくせに、知らないのか――?」
植物の “言の葉” には、ちゃんとした “根底” がある。根も葉もないことなど、ありはしないのだ。
お前の愛読書には、そこまで書かれていないのだとしたら、これを機に、もっと勉強したくなるよう教えてやろう。
紫苑の別名は “思い草” ――であると同時に、 “鬼醜草” と言う。
「鬼の……しこぐさ?」
「――昔、親を亡くした兄弟が、毎年かかさず墓参りをしていた……」
だが、大人になって仕事が忙しくなった兄は、その墓に、萱草を植え、忘れさせてほしいと墓前にお願いした。
それに対し、弟は、ずっと忘れないという真逆の意味を込めて紫苑の花を植えた。
「影で見ていた墓の屍を守る鬼は、この弟に関心して予知夢の力を与え、弟はその力のお陰で成功し、幸せに暮らしましたとさ――――」
「だから…… “鬼のしこ草” ?」
「――」
「 “しこ草” ってなに?」
皐月は沈黙を置いてから、少し早口に答えた。
「 “醜い” って意味だよ」
「えっ!? なんでっ? こんなにきれいなのに……」
「墓に供えられた花だぞ。菊っぽいし…」
「全然違うっ! …やっ、確かに似てるかもしれないけど、菊だって蓮だ
ってきれいだよぉ! それに、本当は縁起がいい花だって母さんが言ってたもん!」
清らかだから、お供えされるようになった花だって。
「――――…………」
茜色に染まっていく雲を棚引かせた、黄昏時の空。冷たい風が、前髪を吹きあげるようになってきた。
二羽のカラスが頭上で一つ羽ばたき、葦原の向こうにある寝床に帰っていく。
その鳴き声と風のうなりが遠くなるのを待って、皐月は仕方ないというようにため息をつき、しゃがみこんだ。
「――――本当は “険悪” ……」
「……。ん?」
「 “醜草” の意味。 “悪い草” とか “嫌な草” ――ようは雑草ってことだよ」
「そうなのぉお…っ!?」
役立たずのくせに、無駄に強くて厭わしい――……そういう意味だ。
「知らないほうがまだマシだった?」
「……。」
「竜胆のことだって説もあるけど――……、どうせなら他の花にすれば?」
もっときれいで、ふさわしい花が、いくらでもあるだろ。
「――――……」
タケルは少しうつむいて一考したが、引き結んでいた口を笑みの形にして、スコップを手にした。
「ううん――……。これでいい。僕らが言いたい本当の意味がちゃんと伝われば、受け取ってもらえるはずだから」
亮君のために、花が咲くまで二人で世話をしよ――?
そしたら、仲直りしよう。
あくまで前向きなタケルに、皐月はやれやれと内心呆れていたが、早くしないと日が暮れる。手伝うしかない。
いっそ、自分の力で、明日にでも咲かせて見せようか――――……。
「皐月くん、もう一つ聞いていい――?」
「……。なんだよ」
「墓にいた鬼は――――鬼なのに、なんで良くしてくれたのかなぁ」
人間のことを襲うものでしょ――? 普通。
「――……、知らないよ。鬼の目にも涙って言うくらいだし、その通りなんじゃないの?」
でなければ “変わり種” だったのさ――、そいつは――――……。
「変わりダネってなに?」
「……。辞書引け」
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※)皐月が「燃える」と叫んでいたのは、タケルが撒いた種から芽吹いた紫苑のこと。
タケルが火災跡地に一人で行ったのは、残った紫苑の苗に水を与えに行くためだった。
※)つまり、火災跡地に行ったのは、亮に見せようと計画していた花畑のため。
真実を明かせば、 “お前のために行った――だからあいつは事故にあった” という亮の主張を、そっくり亮自身に返すことになる。それで皐月は口をつぐんだ。
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花には手がない。
足もなければ、口もない――。
逃げ出すこともできなければ、伝えることもままならない。
欲しいと思うものが――抱き寄せたいものが目の前にあっても、涙をぬぐうことすら、叶わないのだから。
涙も慈雨に――、ただの雫も玉と欺き――
笑わせて見せよう――。それしかできない。だが、歪んだ視界にあるからこそ、世界は数倍、輝いて見える。
真実は見えないのではなく、見えてはならぬもの――
だが、隠れはしても、決して失せぬもの――――。
知らないほうがマシだったと思うことが、世の中にはあるけれど、
泥沼の底まで掘り返されては、さすがに知られてしまうこともある。
だが、時にはそれも――……悪くないのだろうか――――……。
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※)動物の凶暴化による被害を収め、巻き込まれた市民として、皐月と亮は病院で手当てを受ける。
そこで、彼ら二人の間に起きていたことを知った叶は、すべての根源は自分だと、皐月にタケルのことを聞かれた時、ちゃんと向き合わなかったことを泣いて詫びる。
叶はただ、 “タケルと思しき少年” が亡くなった話を、別病院に勤める後輩看護師から聞いただけで、それ以上のことは何も知らなかった。
はっきり、タケルだと確認したわけではない。確認し、確定してしまった時、大人の自分でも受け入れ難いことを皐月に抱えさせて、それがどういう結果を招くか想像し、恐れ、逃げてきた。
だが、結果的には、皐月にタケル少年が亡くなったものと思い込ませてしまい、亮にまでその誤解が飛び火――。
皐月が毎年、紫苑の花を廃車置き場の空き地に置き残してきたのは、亮が思い出に耽り、いつかここを訪れ、目にすることがあるかもしれないと、タケルが伝えたかった気持ちを引き継いできたから。 “見る者の心にあることを、忘れさせない力がある花” と、彼が信じていた通り、三人で交わすはずだった約束を忘れないため。
だが、何も知らない亮は、タケルが亡くなった――その切っ掛けを作った罪の意識を、払拭するために供えている花だと勘違いした。
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「ごめんね、さっちゃん…っ。亮くん――……」
「紛らわしいんだよ…っ、人間なら――――言葉で伝えろよ」
「――……人間じゃないって分かっただろ――――……」
◇ ◆ ◇
◍【 ラスト 】
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「須藤――……俺、タケルのこと探してみるよ」
「――……」
辻村のお母さんが言っていたことが本当なら、タケルは生きてるかもしれないだろ――?
「もし見つけられたら――……、その時は」
今度こそ、三人で――――……。
亮は口にしかけた言葉の代わりに、自嘲をもらした。
「いや――……、もうそんなこと言える立場じゃないか」
「いや! 今度は四人で会おうっ!」
飛びついてきた健二に、亮は目を瞠った。そして、
「そうだな――……」
苦笑気味に笑った皐月に、息をのむほど驚いた――――。
「いつか皆で――……、会えたらいいな」
*
遠い人を想う。忘れてなどいない。
忘れられない約束と、花の姿があるから。
紫苑の言の葉よ、君に――――……
届け――――――――
*
――――清潔感が漂う真っ白なカーテンに、音を伴わない木陰が揺れている。
いつも通り、静かな朝を迎えたある病室で――
その日――、八年ぶりに動き出した時間を示すように……
少年の指先が、反応した――――……。
【END】




