3:神代崩壊 直前のできごと
◍【 〝龍王の乱心〟を危惧する神々 】
後に神代末期と言われるこの頃、雲上の盤臺峰に暮らしてきた天民らは、ある変調を捉えていた。中でも、現世界を成した創造神らの縁者は、自分たちが担ってきた務めが揺らぎかけていることを察しており……。※)『夜覇王樹と盤独の会話』より抜粋。
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「やはり、お前の山は美しいな――……。盤臺峰で一番美しい」
「それは〝心〟というものが見せている景色だろう。俺には何処も同じに見える」
「……心?」
「人間に近い者は、特にそれが豊なのだと聞く。しかも、不思議なことに一様ではない」
「俺は――……、人間に近いか……?」
盤独は少しうつむいた。この巨体、とてもそうとは思えない。
「俺には同じように見えるが」
「お前はなんでも同じように見るんだな」
半眼で呆れられても、夜覇王樹はくすくすと笑っている。
「豊かにあるということは、その分、自由が広がっているということでもある。そこにきて、物の〝見え方〟と〝見方〟というのは違うのさ」
「どう違う」
「そうだなぁ。後者は〝見なし方〟――本当は違っていたり、別物であっても、心が豊かであれば関係ない」
そいつが同じと思えば同じ。違うと思えば違う。あるいはどちらでもない。
「不思議だな――……、同じ景色や物なのに」
「心の〝眼〟というのは、もともと不確かなのさ。己が捉えたいように捉え、実際のあり様を歪めて見ることさえある」
「どうして」
「さて、〝都合良く〟できているのだろう」
夜覇王樹神は苦笑気味にまとめた。
「それでいいのだろうか。心がある者の眼には、物事の本当の姿というのは捉えられないということか――? 夜覇王樹、我らの父母、創造神が天地を引き離し、開闢をもたらしたこの世界は、間違っていたのだろうか」
あまりに、お互いを遠く感じるようになってしまった。声もなかなか届かぬほど。
「羅羽摩のもとには――……、それでも辛うじて届いているようだが……」
今、この世界は業の浮力によって自ずと雲上雲下、天民と穢民に振り分けられている。
雲中にあろと泥中にあろうと、ようは、混沌の中にあっても善悪を明確にする力がある神は、いないのだろうか。
「生み出すしかあるまい」
「お前なら、どんな姿をとらせる。このままでは、羅羽摩がかわいそうだ。どうも嫌な予感がしてならぬ……」
あいつはまさに、裏と表――天地の狭間にいて、下界の存在と近くもなければ遠くもない、〝龍王〟という立場を嘆いている。
「もしも――」
やつが大事をなす時が近いのならば、
「この世界を作り出した流れを汲む一柱として、我は崩壊するその時にも、立ちあうべきであろう――……」
お前はどうする、夜覇王樹―――。
「この山を失うかと思うと、なんとも口惜しい限りだが……」
呟く盤独を、夜覇王樹は鼻で笑った。
「我が身は破滅と再生の神威そのもの。死をもたらせと言われれば息を吸い、戦禍を」
生をもたらせと言われれば息を吐き、豊穣をもたらし、目をつむればこの世界に夜を来す。
開けば〝夜明け〟を――――そういう存在だ。
「そうだ。よい姿を思いついたぞ」
「?」
「〝裁きを司る形〟のことだ。そもそも、白黒に善悪がつけられるか分からぬが……、牛…、あるいは山羊か、羊がよいのではないか?」
夜覇王樹は目を開いた。
今、その眼下には、ちょうどそれらがいて、朝日を浴びながらも、まだ眠っている――――。
――【 ちなみに 】――
●盤臺峰は資源に恵まれていたが、下界(蘆寨処・黄塵獄)は痩せ地で曇天下にあり、ほぼ不毛の地だった。
●獬豸という瑞獣は、善悪を見抜き、悪い方を懲らしめるため、後に裁判を司る官人や法治精神の象徴となった。大きいものは牛、小さいものは羊に似て、狛犬(獅子)・麒麟とも類似する点があるが、公正・公平な視点を持つ優れた裁判官・王が生まれる時代に現れるという。
●中国では昔、羊を裁判に利用する羊神判があった。「善」は「羊」と両者の言い分・言い争うという意味の「誩」から出来た漢字。寺では獬豸の化身として羊を飼っていた? らしい。
●花人が自分たちの象徴として掲げる聖樹(夜覇王樹)は、夜咲きの睡蓮・合歓の花・覇王樹の特徴をあわせ持った「月下美人」に似ている。
●夜覇王樹神は主人公の祖先。容姿が似ている。重大なネタバレとなるが、主人公の正体は〝法の番人(萼国の監察機関トップ)〟である。
●重大なネタバレとなるが、主人公の皐月(本名:龍牙)と、飛叉弥は双子の兄弟であり、花人の国・萼の王族――蓮暁寺家と蓮宍家の宿命・特徴をそれぞれ受け継いでいる(片や黒髪、片や白髪)。
蓮暁寺家が建国の王、蓮宍家がその親衛だった。後に、軍権のみ譲渡された蓮宍家が表向きの王となり、代理戦争を請け負う国家作りを任され、以来、蓮暁寺家は法の番人・奥王として、地下の司法・監察組織を束ねている。
ただし、龍牙はある事情から〝災いの子〟と忌み嫌われており、「萼の閻魔大王」と仰がれながら、人々に死をもたらす「死神」とも言われ、善悪どちらに性質が傾くか、誰にも予想がつかない。
〔参考資料〕
・カイチ - Wikipedia
・瑞獣 - Wikipedia
・羊:シンボル (karakusamon.com)
・◆羊神の前で訴訟をおこなった古代中国…白川静、墨子・明鬼下・附: 『墨子』電子書籍一覧◆: IKAEBITAKOSUIKA (cocolog-nifty.com)
・すべての神意にかなう...「善」 - 産経国際書会 (sankei-shokai.jp)
・英語圏での「羊」のイメージは?「羊」の英語表現からイメージの違いを学ぼう! (eigo.plus)
・不語仙とは - コトバンク (kotobank.jp)
・蓮の花の季節!神話、香り、食べ方、特徴、睡蓮との見分け方 | 3ページ目 LOVEGREEN
・世界樹 - Wikipedia
・盤古 - Wikipedia