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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【呼び水版】  作者: 讀翁久乃
                         ※)以下、修正予定。暫定的内容
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目次4:嘉壱と啓、ついに衝突。止めに入ったのは……

※)文字数容量の都合により、分割掲載に修正しただけで、内容は 2021.04.15 投稿分に掲載されていたものと同じです。


◍【 いよいよ不審。皐月はどこで何をしている? 】


宋愷そうがいを追っていた嘉壱・柴の精霊だが、ケリゼアンを浴びせられて妖魔となり、茶万チェマン村を襲撃。子どもをかばって危うく怪我を負いそうになった芳桜(薫子)の前に、皐月が花人としての武装状態―― “右蓮” として現れる。強烈な威厳のみで妖魔化した精霊を退けてみせた彼だが、椿奈(満帆)は様子がおかしいことに気づき……。集まる視線。

………………………………………………………………



「……ちょっと、あんた変だよ?」


 思うや否や、椿奈(チュンナ)は自ずと踏み出していた。

 夜目にも顔色が悪いのが分かる。


 言動そのものも如何わしいが、最も不審なのは、時おり見かけるたびに、妙な影が落ちているように感じられたことだ。

 気のせいかもしれない。でも……、


「少し……痩せたんじゃない?」


 ここ数日、何処で何をしていたのだ。村にすぐ駆けつけることが出来たということは、摩天には帰っていなかったということだ。帰るどころか、皐月はまだこの近くに留まっている―――。


 椿奈(チュンナ)の近くいて、それを聞いていた村人から順に、落ち着きを取り戻してきた人々の眼差しが、集まりだしてきた。 


 皐月は鼻で笑って、身をひるがえした。


「こんなしょぼい村にいるせいで、ろくな食事にありつけないんじゃあ、誰だって痩せこけるでしょ」


「じゃぁ、どうして?」


 森の暗がりから茂みを踏み分けて、現われた小さな人影。

 一歩――……、前に歩み出した子どもたちは、目を見開いたまま固まっている相手を見上げた。



 どうして、支給された食料を台無しにしたのだ。皆から奪って、独り占めすることもできただろう。

 どうしてそんなに、顔を背けたがるのだ。


「……平太?」


 ひいなは、いつにない面持ちの平太を見て、不安げに疑問符を浮かべた。


 皐月は無言で歩み寄ると、群れからはぐれかかっている小鹿たちの背を、すれ違い様に押した。


「…っと、なにす……」


 大梧が抗議しようと振り返った時には、すでにその背中は遠く、手の届かない距離にあるようだった。

 呆然と立ちつくす平太たちの後ろで、椿奈(チュンナ)は終始、不審げに眉を寄せていた。







◍【 宋愷(そうがい)を追え 】


嘉壱・柴の話から、精霊が妖魔化した場所に検討をつけた皐月は、 “遠足の準備” を命じる。宋愷そうがいはなぜか、遠回りをして西の方角へ逃げているらしい。そこに何があるのか確かめに行くことに……。その途中、智津香の息子・心聞しんぶんと、宋愷の関係をあらためて知らされる。

…………………………………………………………




「ねぇ、さっきから気になってるんだけど……、それ、なに?」


 空気を蹴りながら、満帆が尋ねてくる。興味と不安が綯い交ぜになった眼差しに、皐月はあえて目をくれず答えた。


「握り飯」


 ……には見えない。皐月が頬張っているのは、どこからどの角度で見ても、海苔を張った小岩だった。


「よく食べられるね……。そんな大きいの」


 皐月は無言を通した。自分だって、まさかこんなのを持たされるとは思っていなかったのだ。

 と、言うより、本当に作ってくれるなんて思わなかった。



     |

     |

     |

     :

     *





「……なにこれ」


 茶万(チェマン)村を出発する直前、突きつけられてきた得体の知れない物体に、皐月は硬直した。


「弁当だよ。ただの握り飯だかね」


「いや、ただの握り飯じゃないでしょ。どう見ても、 “拳骨” でしょこれ……」


「う…っ、うるさいねぇっ!」


 智津香は、言葉に詰まって吠えた。



 空には雲一つない。心の透くような秋天が、行く手の朝日に黄金を含んで霞んでいる。


「これでも、真面目に作ってやったんだ。実の息子も、口にしたことがない珍品なんだから、ありがなく思ってくれなきゃ…」


「息子?」


「――……、なんでもないよ。ほら、さっさとお行き!」



     |

     |

     |

     :

     *




「二十年前、華瓊楽(カヌラ)に移住してくる以前の智津香は、薬学に長けた隣国――朱地雲(シュジウン)の宮廷で至宝の名医と仰ぎ見られていた……」


 そんな彼女には、当然の如く優秀な後継者が――息子がいた。


「彼も当代随一の医者を目指していたのだが、智津香と方針を(たが)えて反目するようになってからは、ある別の侍医の下に学び始めた。今はもう、ギスギスに()せこけた、白骨も同然の怪人と成り果てたが、かつてその人物も、久世(くぜ)信者と同様、ケリゼアンに着目していたんだ……」



 いや、彼が着目し、教祖なって、久世信者らがそれを実行したと考えた方がいいかもしれない。

 ケリゼアンを利用して、華瓊楽(カヌラ)の壊滅を目論む黒同舟の一人―――。



「まさか…! あの宋愷(そうがい)が、智津香さんの息子を釣り込んだ、その侍医本人だっていうの?」


 薫子の瞳が、驚愕と憤激を宿して見開かれる。



「釣り込んだって……?」


 一人、得心のいかぬ様子で―――しかし明らかに不穏な背景を想像した皐月が、声を低くした。


 柴は迷いながらも続けた。

 智津香は自分の息子を、ケリゼアンによって奪われている。


「最も皮肉な形でな……」



 当時、朱地雲(シュジウン)は、荒れ地に暮らす貧民を救う手立てとして、気候の変動や公害に強い食物の開発に取り組んでいた。


「ケリゼアンは、その研究者の一人である智津香の息子――(かく)心聞(しんぶん)が開発した農作物向けの薬だ。彼は人体に無害の、それでいて、栄養価が高い米類や果物を作り出すことに成功したんだが……」


 聞きながら、皐月は手の中のいびつな握り飯を見下ろす。



 *――実の息子だって、口にしたことがない……



「珍品、か……」








◍【 ついに衝突。嘉壱と啓、止めに入ったのは――皐月 】

 

ある山の手前で、待ち構えていた宋愷そうがいと対峙することになった花連。捕縛のチャンスだったが、妙な幻術を使われ、結局、取り逃がしてしまう。

視覚を奪われた幻術内から脱するため、椿奈チュンナが武器としている列花鏡で闇を晴らそうとしたところ、なぜか呪力が暴走。右蓮の足に怪我を負わせてしまった。列花鏡に敵と見なされたらしい彼を梨琥りく(啓)が嘲笑う一方、菊羽ツェンウェイ(嘉壱)は……。

………………………………………………………………



「もう少し気づくのに遅れていたら、完全に呑まれてた。どっちみち夜明けを待って、なるべく気づきやすい条件の揃った中で動いた方がいいだろ」


 宋愷の目的はすでに達成されているし、戦闘能力を持たない彼奴(きゃつ)が、自分たちと再び対峙することを望んでいるとも思えないが――。


「ちょっと待って。宋愷の目的が達成されてるって……?」


 宋愷は花連が茶万村(チェマンむら)を張っていると気取ったから、仕方なく何もせずに、ここまで逃げてきたんじゃないの?


 芳桜の怪訝な顔に、桐騨(とうだ)が内心でひやっとしているのを知る由もない梨琥は、とにかく不満を重ねる。


「なんだか知らないけどさ、傷を負ったって言っても、かすり傷だろ。その程度のことでヘタってる奴に、飛叉弥の代わりなんて、やっぱり無理だと思わない?」


「り…梨琥、落ち着いて? あ…、あのね?」


「落ち着けってのは、椿奈の方だろ?」


 正義感や屈辱、呆れの綯い交ぜになった感情をたぎらせて、梨琥は舌打ちした。


「なんで僕たちが、こんなせせこましい所に追い詰められなきゃならないんだよ!」


 飛叉弥とだったら、今ごろはサッサと山下って、村の皆と仲良く飯でも食べてるよ。どんな粗末な食べ物だって、彼は文句一つ言わず、嫌な顔どころか、本当にありがたそうにして食べる。

 だから村人だって嬉しくなって、それがありがたいと言って、ただそれだけでおいしく感じられた食事も、たわいのない会話も――。


「それもこれも…っ、みんな…ッ!」


 梨琥が振り向けた鋭い視線は、右蓮に突き刺さるはずだった。だが、


「ホント……笑っちまうよな。この程度で、奥まで上がりきることもできねぇほど、へばってるくせによ」


 さっきから、こいつが一向に寝転ぼうとしねぇ理由、お前には分からねぇか――? 梨琥(りく)。どうして何を言われても反論しねぇのか。よく考えてみろよ。飛叉弥と大して変わらねぇだろ。頑固だし、意地っ張りだし――普段はそうでもねぇのに、急にひとを退けようとする。



「どうして、どうしてって、そんなの知らないよっ! そもそも最初から気に食わなかったんだッ!」


「なに?」


「そんな奴にころっと感化されちゃってさ、見てみろよこの様!」


 菊羽(ツェンウェイ)は、かっと目を見開いた。

 こいつは…っ、


梨琥(りく)ッ! お前、こいつが足手まといだから、こんな状況に追い込まれたと本気で思ってんのか!?」


 いいか!? こいつは……っ!


………………………………………………………………

皐月のために、ついにブチ切れた嘉壱だが、それを止めたのは皐月自身で……?





◍【 見える奴には見えている。……眼鏡の下の藍眼 】


足を怪我しただけにしては、体力消耗が激しい様子の皐月。梨琥はふがいないの一言で片づけ、芳桜は怪しみつつも言及せず―――。だが、ここで傍観してきた菖雲(勇)が動いた。足の怪我が原因ではないと見抜いているからこその気遣いを示され、皐月は色々な意味で驚く……。

……………………………………………………



 あばら家を出て、すぐ左の軒下に胡坐していた(いさみ)は、右手の薪置き場で腕組をしたまま眠りこけている嘉壱を見やった。

 彼が起きる気配はなかったが――、



「どうした」


 声を掛けられた。屋内の戸口近くからだった。

 振り返った対角のそこには、皐月がうつむき加減でもたれている。


「――……」


 月明かりを受けているその肩の辺りを見つめ、一考した勇は、行動で答えた方が早いと、すぐそこの柿の木に歩を進めた。



 根元には茶壺が積み上げられており、割れているものもあったが、中には適度な雨水が溜まっていた。

 出来るだけ足音を立てないように戻り、敷居をまたいだところで片膝をつく。

 どういう了見か問いたげな皐月の額には、玉の汗が浮かんでいる。もちろん知っていたからこそ、勇は濡らしてきた手拭いを差し出したのだ―――。



「柴を起こさなくていいのか」


 気だるそうな皐月の息遣いは弱く、なかなか手拭いを受け取らない。

 半ば朦朧としているようにも見える。仕方なく、強引にその胸倉をつかみ寄せた。


「っ…。――……」


 有無をいわざず手拭いを首筋に押し当てられた皐月は、舌打ちしたそうにかすれ声を漏らした。


「な…、んで――……」


 勇は聞き流した。






◍【 他人をかばうのは難しい。保身も大事だよ 】


昨夜、激しい衝突を起こしておきながら、何事もなかったかのように起きだした皐月は、列花鏡が暴走した原因と、逃亡した宋愷の痕跡を探すよう、花連メンバーに指示。平然としているが……。やはり嘉壱には態度が冷たい。

……………………………………………………………………



「一体どういうことだよ、皐月……」


「なにが?」


 なにがって……。


 四つん這いの状態で、嘉壱は何故か、落ち葉の中をかき回していた。

 他のメンバーも同様に、皐月に指示されるがまま、渋々といった風に、周辺の地面を手探りで漁っている。



 嘉壱はいつにも増してつっけんどんな物言いに、仕方なくうつむいた。


「怒っている……、のか? 昨日のこと――……」


 恐る恐る尋ねてみたが、案の定、返答はなかった。舌打ちしたい気分になる。



「……悪かったよ」


 でも、自分は頭では分かっていても、見過ごせないタチなのだ。


「バカじゃないの――」


「ぐっ…」


 キツめの一言に押し黙る背中に、皐月はため息をついてから言い足した。


 

 人にはそれぞれ、見失ってはならないものがある。目指す先と、もう一つは足元だ。

 自分を後ろめたく思うことはない。保身に走ったとは思わない。嘉壱には嘉壱のやるべきことがあって、守るべきものがある。


「誰がお前を非情と言おうと、お前が自分で思い、恥じても、俺自身は別に、そこまでひどいとは思わない。それだけの保証じゃダメなのか?」


 胸を張っていられないのか――? 




「お前は――……、それでいいのかよ……」



 どこかで同じようなことを問われた。眉根を寄せた皐月は、考え直すような素振りを見せたが、


「……いいんじゃない? 別に――……」


 心を塞ぐものがないと言えば、嘘になるかもしれない。でも、


「俺だってよく分からないけど。いつも……、これでいいんだって思えるんだよね……」







◍【 怪しい山――跼天山(きょくてんざん) 】


椿奈の列花鏡のものではない “鏡の破片” を発見した花連。

手ぶらで帰るわけにいかないと、さらなる手がかりを求めて、宋愷が目指していたらしい跼天山まで足を延ばそうとしたメンバーに、皐月は待ったをかけた。「これは飛叉弥からの命令だ」「宋愷は取り逃がしたが、残された希望は逃がさない」―――と言い残し、彼は再び姿をくらましてしまったが、満帆はこれにより、皐月が独断で動いているわけではないことを確信するのだった。

…………………………………………………




「どうする……?」


 深々と降り積もる沈黙に、沈んでいく問い。保爾(ほうじ)の屋敷にあがった六人は、向かい合って座ったまま動けずにいた。


 宋愷(そうがい)が次にどう仕掛けてくるせよ、相手の警戒心が高まったと思われる現時点で、奴を補足できる可能性は低くなった。それでも、まったく進展がなかったわけではない。奴の首を取れないなら、なんとしても他に収穫を得たいところだが、皐月の台詞が彼らの積極性を抑えていた。



 *――これは飛叉弥の命令だ。文句があるなら、あの人に言うんだね……



 皐月の独断とも思われる判断にも、飛叉弥が絡んでいるかもしれないことを思うと、改めて慎重な対応が要せられる。


 現場の指揮を執るのは皐月かもしれないが、花連の首脳はあくまでも飛叉弥だ。皐月が彼の忠告を、しっかりと認識してきることが証明されると、たちまち満帆に当初の疑問がよみがえってきた。



 なぜ皐月は、例の配給物を台無しにしたのか。この任務の重要性を分かっていないがため、とは――いよいよ言いがたくなった。

 むしろ嫌な予感がする。



 と、振り向きたくなる時に限って、皐月の姿はそこにない――。



*――今後、どうするかはあんたたちに任せるよ。ただし、動くのは確かな勝機がある時だけだ。それ以外は勝手に(やぶ)をつつかないようにね……



 そう念を押したっきり、また何処かへ姿をくらましてしまった。

 そしてもう一つ、皐月は気になることを言っていた。



 *――標的は逃がした。けど……



 残された “希望(のぞみ)” は逃がさない。




「一体どういうことなんだろう……」


 何が何でも、この一件の首謀者である宋愷(そうがい)を捕らえ、ケリゼアンを使ったテロ計画を食い止めなければと思っていた。

 だが、奴は共同開発者であり、心聞(しんぶん)の研究資料を持ち去ったにも関わらず、何も分からないと言っていた――。いずれにせよ、優先すべきは、やはり奴の行方を追うこと……。


「でも、それ以外に被害の拡大化を防ぐ方法があるっていうの?」




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