目次3:皐月は悪人面。だけど……。蜜柑くれた
※)文字数容量の都合により、分割掲載に修正しただけで、内容は 2021.04.15 投稿分に掲載されていたものと同じです。
◍【 “花人との付き合い方” 】
ところ変わって魔天。皐月が体を張った任務に挑んでいる頃、五十鈴に文明社会の最先端を見たいとせがまれ、帰国した茉都莉は、彼女の頼みで料理を教えることに。
花人について知ろうとしただけで皐月に怒られ、喧嘩となったことを引きずる茉都莉は、飛叉弥たちと同居してきた人間の五十鈴が、これまでどういう心構えできたか―――、その人柄を垣間見る。
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「五十鈴さんは……、いつから華瓊楽に?」
玉ねぎを半分にする。スタっと良い音がした。
「さぁ……、いつだったかしら」
多分もう、ずっと前のことだ。いつの間にか自分は、時を数えなくなった。
あと何年、あと何ヶ月、あと何週間、あと何日……。
自分たちに与えられた時間が、残されているのか――……。
「でも、考えてばかりいるのも疲れるでしょう?」
そうあっけらかんと笑って、五十鈴は手元に集中しなおす。
茉都莉は、自らの胸に懇々と湧き上がってくるものを、少しずつ口にしていった。
「知りたいと――……、思ったことないですか?」
知らないことが妨げとなっている現状に、茉都莉は何度も打ちのめされてきた。
打ちのめされている皐月を見てきた。だから自分は知っているよ、と。それが少しでも彼の支えになればいいと思ってきたのに――……、やっぱり、浅はかだったのかもしれない。
これを聞いて、五十鈴は微苦笑した。
「薫子さんが言ってたわ。茉都莉ちゃんという人は、とっても律儀で正義感の強い子だって。本当ね。でも――……」
そうやって自分の心を砕いて、崩して、すべてを投げうつようなことをされた相手は、どんな気持ちなのかしら。
彼らが本当に望むことは――、
「なんなのかしら――――……」
「え…?」
「ごめんなさい。私も、未だに頭がごちゃごちゃしてしまうの――……」
ただ、気を遣わせていると感じるのも嫌だわ。自分のために、誰かが無理をしている。私はお陰で不自由しないけど、一方で別の不満がこみ上げてくる。
「だからね? 私、一生懸命研究しているの。料理だって、美味しいとウソをつかれても、本当に嬉しいなんて思えないもの」
上手く伝えられているかしら……えぇと、ようするにね――っ?
「やっぱり、アイス買い行きましょう! ってこと! まぁ…、これが無事に作り終わったらの話だけどぉ……」
切り屑と化した、まな板の上の野菜を不安げに見つめる、苦笑気味の五十鈴。
この時、薫子が会わせたがっていたのは確かに彼女であると、茉都莉は漠然とだが、確信した――。
◍【 豆粒みたいな子どもでも、洞察力は大人並み――? 逸人少年 】
智津香に雑用係として連れてこられた逸人は、無論、一生懸命、自分にできる仕事をこなしていた。だが、気づけば全部、皐月のため……。仲間であるはずの花人、村人たちから誤解されることを厭わず、智津香が批難を受けないためにも、実験体となってケリゼアンの解毒薬完成に挑んでいることを隠し通そうとしている彼が、心配でならない。いなすように子ども扱いされ、さすがに腹を立てていた……。
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「……まぁ、そうカリカリするんじゃないよ。血圧上がるよ?」
確かに、お前にあいつの見張りをするよう頼んだが、まだ心配はいらない。正常だ。
「逸人。お前……、あいつのことをどう思う」
「何だよいきなり」
「いいから。お前にちょっとした、老婆心ってやつをね……」
老婆心? ようやく自分が、ババァであることを認めたな。今に鬼婆であることも自覚させて見せるぞ、と。ひそかな闘志を胸に、逸人は口を引き結んだ。
何だよいきなり、とは言ったが、そもそも自分は出会った当初から、皐月の言動をどう捉えるべきか、悶々と考えさせられてきたのだ。
極端すぎて、未だによく分からないが、結果的に救われているのは事実である。
「いいかい逸人……、よくお聞き」
人間が本当に苦しいと思うのは、逃げたくても逃げられない毎日なんかじゃない。逃げたくないのに、逃げなければならない時――。
聞きたいと思っても、聞けない現実――。
取りたいと思っても、取れない責任――。
「 “取りたくなくても、取らなきゃならない責任” じゃなく――……、それが “取れなくなってしまった” 瞬間の方が、ずっと残酷で苦しいのさ」
せてめこの先、手の遊ぶことがないよう、気をつけることだよ――――。
◍【 “仲間” という縛りを振りきれるか 】
ケリゼアンをばらまいている黒同舟・宋愷の足取りをつかんだ皐月。澤眞の家を出て、数日ぶりに花連メンバーの前に姿を現す。配給と当初の作戦を台無しにしておきながら、平然と現状をうかがいに来た彼に、案の定、怒りを露にする啓たち。これ以上、仲間たちの中で孤立しないため、嘉壱は仲裁に入ってはならない立場であるが……?
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「それで? 何かいい手立てはひらめいた?」
「お前、一体誰のせいでこんなことになってると思って…っ!」
「敵が動いた」
啓の怒りをぴしゃりと抑えて、皐月は続ける。
「だからこんな所でくすぶってないで、さっさと状況を確認しに行け――」
この言葉に、満帆が疑問をなげかける。
「ちょっと待って。どうして分かるの?」
「嘉壱だ。嘉壱と柴が精霊を放ったんだってさ」
昨日嘉壱がふらふら~っと、この屋敷を出ただろう。その時に偶々、怪しい人影を認めたもんで、後を追いかけてやってきた柴と一緒に、当初の計画どおり追跡してみることにした。
「そうだったよなぁ。――なに、教えてなかったの?」
冷たい視線を滑らされ、嘉壱は咄嗟のことに言葉を濁した。
「わ…、悪りぃ。つい、色んなころに気を取られてたせいか、その……」
ため息一つ、屹然と立ち上がった皐月はその胸倉をつかみあげた。
演技と分かっていても、この様だ。嘉壱は皐月の眼光に貫かれ、無意識に諸手を上げていた。
「喋るんなら、はっきり喋れ……。今は遠慮なく喋らなきゃいけない時だ」
「お前のそういうところが気に食わないんだよ」と、荒々しく開放された。
つかまれた襟元を握りしめる。……まただ、また自分はかばわれた。皐月が戻れと言っている。引き返せなくなる前に――――。
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宋愷のものと思しき痕跡をたどるため、薫子・勇・啓・柴・嘉壱は急行するが……。
◍【 「お腹の調子がアレだから~!」「バカじゃないの」「……」 】
*――実は私、今朝からお腹の調子が悪かったんだ~。はははは
「は……」
「バカじゃないの」
「……。」
「もうちょっとマシなウソつけないのか、あんたは」
ムカつくほど冷静に突っこまれて、満帆は跳ね起きた。
「うるっさいなぁッ! いいんだよッ、どうせバレてるだろうし……」
それに。
「……あんたこそ、ちょっと無理があるんじゃない? いつからあんなに身なりを気にするようになったのよ」
「そんなことより、意味ないと思うんだけど……」
「なにが?」
畳にふんぞり返る皐月に、満帆は首をかしげた。
「 “あんた” が。……せっかくだけど、あんたのその細腕じゃ、護衛って言っても気休めにしかならない」
「いっ…、いいんだよお! いないよりはマシなの! それに私の武器は、元々守備に適したモノなんだから!」
大体、あんたに言われる筋合いないんだからね。今回だって、ただここで寝てるだけで、何のために付いてきたのか…。
「いないよりはマシ――でしょ?」
「いないほうがマシっ! だねッ!」
「うるさいよ、あんた。少しは黙れないの?」
多分ここで黙ってしまうヤツは、彼に勝てない。だか、満帆は反撃することが出来なかった。
沈黙が流れる。だが、不思議と落ち着いていた。その悲鳴が上がるまでは。
「きゃあああ…っ!」
「なに…っ!?」
屋敷の外に飛びだした満帆は、そこで見た光景に絶句した。
◍【 私、何も分かってない? 戸惑うひいな 】
逸人とひいなは森の中で、茶万村の少年自衛団を自称する大梧らと遭遇する。皐月のために薬草を摘んでいた逸人。それをどうするのかと問い詰められ、ひいなを連れて咄嗟に逃亡……。ひいなはそんな逸人をいぶかしみ、皐月の居場所・現状を知られるとマズイからだという説明をされて、いっそう理解できずに戸惑う。
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「あのな? ひいな。昨日、皐月がみんなの配給をめちゃめちゃにしちゃっただろ?」
「うん、だけどおじいちゃんが、いいんだって言ってたよ? おじいちゃんが頼んだんだって」
でも、どうしてだろう。やっとご飯が食べれるって、みんな楽しみにしてたのに。悲しそうに眉を寄せるひいなに、逸人も気を落として黙り込んだ。
「――……ひいな、いいか? 皐月がここに寝泊りしてることは、みんなに内緒なんだ。悪いことをしたヤツのこと、ひいなだって許せないと思うだろ? だから、バレちゃまずいんだよ」
「どうして? 皐月は悪くないって、おじいちゃん言ってたもん」
「いや、だから、皆は知らないから、あいつを追い出しにくるかもしれないんだって!」
もし、バレてしまえば、今回の計画の裏で解毒薬が作り出されそうになっていると気づいた敵が、皐月と智津香を潰しに来るだろう。
村人たちだけじゃない。ここに姿を見せない残りの花人たちも、役目をさぼって何してるんだと、怒鳴り込みにこないとも限らない。
「じゃぁ、教えてあげようよっ!」
「いや、だから……」
「もおいいっ! 逸人くんの分からず屋ッ!」
× × ×
小屋を再び飛びだした直後、畑仕事をしていた澤眞に声をかけられた。だが、ひいなは振り払うように、ひたすら走った。保爾にもう一度、ちゃんと聞いてみよう。自分は子どもだから、もしかしたら何か間違ったことを言っているのかもしれなかった。
何も分かっていないから、祖父を――……皐月を困らせてしまうのかもしれない。
だから、走って走って、ようやく辿りついた祖父の屋敷。その裏口の戸に手をかけようとして、ひいなはしかし息を呑んだ。
× × ×
「いっっやああああっ!」
鼓膜をついた悲鳴に、慌てて外に出た満帆も絶叫した。
皐月も後を追って屋敷の裏手に来たが、途中から眉をひそめ、駆け足を止めた。
「ちょっと何してんの…っ! 早くこっち来てッ!」
「何してんのって、それはこっちの台詞。小踊りなんかして……、ん――?」
自分の腰元に飛びついてきた少女を受け止め、皐月は首を傾げた。何も言わずに肩を震わせているひいな。「どうした?」と、尋ねるが返答はない。
一人小躍りを続けている満帆――見れば、その足元や、裏口の戸には、得体の知れない無数の害虫がうようよと蠢いている。
しかも、かなりデカイ。大人の人差し指ほどの太さと長さがあった。
――なるほど。こりぁ、泣きたくもなるか。
辺りを見渡し、ふと一点の茂みに目をとめた皐月は、ひいなを抱き上げて歩き出した。
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大量の芋虫を蝶に変えて見せ、“同じ生き物” だと説く皐月。
満帆はあらためて悪人とは思えない彼の一面に触れ、彼が何かを隠しているという確信を強めていく。
◍【 茶万少年自衛団の襲撃 】
皐月の居場所を突き止めた、茶万少年自衛団(大梧ら)は奇襲を仕掛ける。が……。
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「……まさか、何であいつが澤眞バァの家に?」
四人の見つめる先には、井戸水を組み上げ、顔を洗おうとしている皐月の姿がある。
眉をひそめていた達生が、こそっと言った。
「もしかして、ここに寝泊りしてるんじゃないの?」
「寝泊り? どうして」
「だって……」
数日前、最後に見た異国の衣服ではなく、今は髪を下ろし、白い単衣を着ている。この間、何処からともなく現われた時には、これまた珍妙な、別の出で立ちをしていたし……。
× × ×
皐月は手ぬぐいを絞った。片袖を抜いて、それを首筋に当てる。
「…っ」
憎たらしげに手ぬぐいを睨み、今度は心持慎重に――――。
× × ×
「なんだ? あの斑点……」
茂みの中から、その一部始終を見ていた子どもたちは、それぞれに難解な顔した。
右肩に寄せられている長い黒髪。その反対側の項にのぞき見えた青痣――いや、赤紫がかっているため、火傷かもしれない。
一瞬ゆがんで見えた皐月の横顔に、平太は険しいものを滲ませた。
昨日よりも、ひどくなっているみたいだった。覗き見していることがバレた時には焦ったが、話してみると意外に普通の人だった――。
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「――報せに行いかないのか?」
「え?」
「そろそろ、状況がつかめただろ」
「状況ってぇ……」
◍【 皐月は悪人面。だけど……。蜜柑くれた 】
「さて客人――」
皐月は未だに顔を強張らせている子どもたちに嗤いかける。
声色が変わった。
「そんな所に突っ立ってないで、お茶にするか、それとも囲碁でも打って遊ぶか――?」
客人……? 大梧はかっと目を見開いた。
「ばっ、バカにすんな! オレたちは、お茶なんか飲みに来たんじゃねぇッ」
「お…、お前をこらしめに来たんだっ!」
彼に続けとばかりに、他の四人も一歩前に出る。平太も慌てて背筋を伸ばした。
皐月はそれを見て、そうだったなと鼻で笑った。
「それじゃあ――」
大儀そうに立ち上がって、左手にある緑の茂みに向かった。
落ち葉の絨毯に触れそうなほど、地際まで樹冠を広げているその下枝に手を伸ばす。
白い指先にふっくらとした花弁が開く様子を、子どもたちは半口を開けて見つめていた。
きれいだった――……。
人は何故、こんなにも美しい力を脅威といって忌み嫌うのか――……。平太はそんな不思議さも合わせ抱いて見ていた。
白い花びらが、風にそよぐ長い黒髪と戯れている。
「ほら」
それぞれ放り投げられてきた果実に慌てながらも、なんとか収めた手の中をじっと見つめ、子どもたちは小首を傾げた。
「……蜜柑?」
「何だよ、これ」
「なんだよってなんだ。人がせっかく収穫してやれば」
「食えってのか……?」
「いらないならいいけど?」
皐月は呆然と突っ立ったままの子どもたちにため息をつく。
大梧はぐっ、と喉の奥に力を入れた。
「だ…、だから俺たちはお茶しにきたわけじゃ…っ」
「分かってる。お前ら、知らないのか――?」
腹が減っては戦は出来ぬ。俺をやつけたいんだったら、まず腹ごしらえをするんだな。
「お前が俺たちを腹減らしにしたんじゃないかよっ!」
「だから悪かったっての。それやるから、怒りの腹の虫の方も治めろ」
言っておくけど――、俺は強いよ?
「…なっ、何にが強いだっ! お前なんかこの俺が一発で…っ」
ぐきゅるるぅ、と。派手に鳴った食欲の腹の虫に、子どもたちは口を引き結んだ。
「一発ねぇ――」
それは実に楽しみだ。
フンと、皐月は意地の悪い笑みを浮かべた――。
◍【 容態急変 】
敵に塩を送られた形だが、子どもたちはその場で蜜柑を食べ始めた。それを眺めている皐月は、やはり悪人面……ではない。優しそうでもないが、子どもたちは悪印象とは違うものを抱き始める。そんな時、皐月を襲った急激な悪寒。よりによって子供たちの目の前で、吐血してしまう。
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ガタ…ッ
障子がつと、不穏な音をたてた。思考の切り替えが上手くいかないほど、突然のことだった。
「す、須藤殿…っ!?」
慌てて立ち上がろうとした保爾だが、ハッと息を呑んで固まった。近づくなと合図されたため、どうしたらいいのか、分からなくなってしまったのだ。
いきなり競りあがってきた生ぬるい感覚を堪えられず、咄嗟に子どもたちから背を向けた皐月は、保爾を制した体制のまま、舌打ちしたそうに顔を歪めていた。
部屋に駆け込もうとしたが、如何せん、間に合わなかったらしい。
「…っ――…、…!!」
口元に当てられている右手の指の間から、一泊して、どす黒い雫が吹きこぼされた。
あっと言う間にできてしまった血溜まりに、柴も嘉壱も呆然となった。
ポタ、ポタ…と、床に滴り落ちては糸を引く粘液――皐月はそれを見つめ、眉根を震わせる。
「皐月…っッ!」
柴は戦慄に尻を突き上げられた。
子どもたちはといえば、おのおの腰を浮かせ、皐月の背中から漠然と広がっていく不安の渦に取り込まれていた。
一体なにが起こったのか。その腕と胴の隙間から見たものに、思わず声が上がった。
「血だ…」
「え?」
「血だよぉ…っ!!」
訴えてきた孜の動揺は、平太には伝染しなかった。衝撃に打たれた感覚のほうが強かったのだ。
障子の向こうでは、保爾が完全に取り乱している。その光景を、カラスの如くふいに降り立った何かが遮った――。
「ご…ごめんなぁ! びっくりしただろ~」
立ちすくむ子どもたちの前に片膝をついたのは嘉壱だ。苦笑いを浮かべ、努めて明るく振る舞った。
「ほら! 今日はもう日も暮れる頃だし、帰ったほうがいい! 村まで俺が送っていってやるから…」
「どこか悪いのか? あいつ……」
信じられない様子で目を瞠っている大梧の声が、虚ろに聞こえる。半ば放心状態のようだ。
嘉壱は言葉に詰まった。震えを帯びている息遣いから、皐月が懸命に上下する肩を抑えようとしているのが分かる。柴がその体を支えながら、保爾に何かを怒鳴りつけた。
おぼつかない足音――。自ずと傾いてゆく身体が、均衡を失って棚にぶつかる。
茶碗が砕ける音――。戸がぶち開けられる音。しかし――、嘉壱はすべてを振り払って笑って見せた。
「どうってことねぇよ! 全然! 何日かすれば、また元気になってると思うから! ほら――行くぞ」
半ば強引に子どもたちの手を引いた。
我ながら、嘘をつくのが下手くそだと痛感した。背中越しに、柴の必死さがひしひしと伝わってくる。それが子供たちにまで及ぶ前に、嘉壱は大丈夫だと自分に言い聞かせて家を出た。
◍【 “それぞれの立場” に立って――。諭される逸人少年 】
丸一日かかったが、回復してみせた皐月。だが、逸人の様子がおかしい。口を利いてくれない……。
心配をかけ過ぎている反省を口にしながら、皐月は逸人が、大梧たちと戯れていたことに焼きもちを焼いていると気づいて、少し話をすることに。
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二人は、橙色に染め上げられていく山の端を前に、縁側に出た。
「一緒に遊びたかったなら、逸人も出てくればよかったのに」
「だ…っ、誰があんなヤツらとなんか! 余所者だからって、ひとを害獣みたいに竹やりで突きやがって」
それに、きっとあの平太ってヤツが、他の四人を手引きしたに違いないんだ。この前、ここに来る途中の森ですれ違った。仲間外れにされるのが怖いんだ!
「だから……っ」
「どっちつかずな態度を取ってるって?」
自分のことでもないのに腹を立てている逸人が、皐月にはおかしくてしかたなかった。喉の奥で笑っていると、すかさず突込みが入れられる。
「なんで皐月は怒らないんだよぉっ!」
「うーん。俺はあいつらが、そんな悪い奴には見えないけどなぁ。平太だって、自分でも分かってるんじゃない?」
「…え?」
皐月が頬杖をついた手の影から、視線を落としてくる。苦笑のようなものをにじませて。
「誰だってそうだろ――……」
誰にだって、どんな卑怯な手段をもってしても、手放したくないと思う、掛け替えのない存在がある。
自分自身のことだって一様に大事だし、傍からすれば、 “大事にして欲しい” と思うものであったりもする――。
逸人はこれを聞いて数泊ほど固まり、うつむき――
「お前は……、それでいいのかよ」
誰かが誰かと上手くやるために、お前のことを、見ない振りしても――――。
どこか不服そうだが、すっかり剣幕が削ぎ落とされた問いかけに、皐月は強く鮮やかながら、どこか侘しい、太陽の精一杯な最後を見やった。
「俺にだって、人並みに “欲” はあるさ。でも、どれか一つ手にできれば――……」
いや、それすらも、なかなか難しいと知っている。
「とにかく、誰かが、ひどく傷つくのを見るよりはマシ――……、かな」
逸人が訝しげに、その横顔を見つめていた時、茂みがガサガサっと音とを立てて揺れた。
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皐月が回復したか、気になって確かめに来た大梧たち。ちょうどいいところに――とばかり、皐月は逸人の背中を押す。同い年の男児らとはいえ、敵視され、敵視し返していた相手であって、気乗りしない逸人だったが、平太少年から思わぬ言葉を聞く。仲間を裏切ること、そういう形となっても、正しいと思う言動を貫くこと。いずれも難しく、思い切れない自分は卑怯者かもしれない……、と。
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「……ごめんね」
「え?」
何が? と小首をかしげると、平太の笑みが暗い影を落としたように見えた。
「さっき……、あの皐月ってお兄ちゃんの様子を見舞いにきたって言ったけど、本当は謝りたかったんだ……その」
僕は、君みたいに強くないから、
「人の顔色ばかり気にして、親にも、大梧たちにも、本当のこと言えなかったりして……」
*――平太だって、自分でも分かってるんじゃない?
自分でも分かっているのに……、
「このままでいいはず、ないって。……でも、何か壊してしまうみたいで怖いんだ」
もう、修復できないかもしれない。そう思うと、踏み切ろうにも必要以上に慎重になってしまう。
逸人は呆然と聞いていた。平太の笑顔意外の表情を見たのは、初めてだった。
「おーい、お前ら。何してんだよぉ」
いつの間にか居なくなっていた二人の姿を見つけて、大梧たちが駆け寄ってきた。
「あれ?」
途中、眉をひそめながらやってきた与児が、辿り着くや否や、あらぬ方を指差した。
「どうした?」
「ほらあれ。あの黒っぽいの何だろう―――?」




