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払雲花伝〈ある花人たちの物語〉【呼び水版】  作者: 讀翁久乃
                         ※)以下、修正予定。暫定的内容
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目次1:何が目的だ


 厳粛な空気が張り詰めていた。大仰な咳払いを一つ、胸を張った進行役が、手元の巻物を読み上げる。


「では……、時間も押しておりますのでぇ、これより対黒同舟花連隊長より “新隊長” 殿へ、部隊章の授与をして頂きます」


 もうどうでもいい。こういう儀式めいた行事は、無駄に長いから嫌だ。


「ぐぅーzzz…。」


「バカっ、これからなんだぞ本番はッ」



………………………………………………………………

路盧ロノンでの激闘から数日後、ついに皐月の新隊長認証式が執り行われる。

神々を前にお披露目会となったその場で、相変わらずの皐月は飛叉弥と喧嘩。仲裁に入った人物は、はじめてお目にかかる? 華瓊楽奎王で――。

………………………………………………………………



「いいか? お前はこれから、この花連の顔になるんだ。そんな仏頂面では落ちない評判も落ちるだろうが」


「……。八年前の時点で、すでに落ちようのないところまで落ちてると思うけど」


「ここ最近はお前のせいなんだよおっッ。俺はあくまで、これから色々苦労するだろうお前のためを思ってだなぁ~」


「よく言うよ。ひとに全部押し付けて、どうせ内心では浮かれてるくせに」


「そ、そんなわけ…」


 笑っているが歪んでもいる口元を横目に、皐月はフンっとそっぽを向いた。


「これ、そこの二人。この期に及んで、何をゴチョゴチョ揉めておる。いい加減にせぬか」


「ですがッ」


「だって」


 こいつがっッ、と同時に互いを指差した瓜二つの二人は、声のしたほうを振り仰いで固まった。

 それまで空いていた中央――華瓊楽奎王カヌラけいおうのための席に、いつの間にか、煌びやかな格好をした男がふんぞり返っている。




◍【 “真” 救世主は、世のため人のためとか言わない 】

………………………………………………………………………

華瓊楽奎王にこの際だからと、自分がどういうスタンスで関わるか並べ立てる皐月。

忌憚のない者を好ましく思う奎王は、理解を示す。砂漠化が始まる前後の華瓊楽で何が起き、自分がどのような経緯で王座に就いたか語りつつ、皐月とお互いに要求を交わす。

………………………………………………………………………



「二つ……、俺はなんにせよ、あまり、もてはやされるのが好きじゃないんだ。酒宴も――やるなら、あんたたちだけでやってくれ。社交の場ってのは昔から苦手でね。気の利いた挨拶もできないし、面倒くさいだけだし。それとー……」


「おいおい。まだあるのか?」


 さすがの奎王も、屈託した風情で議長席に深く身を沈めた。


「これが最後だよ……」


 皐月は漆黒の目の奥に、何やら強いものを宿した。



華瓊楽奎王カヌラけいおう――。一度でいい、あんたの顔を拝ませてもらいたい」



「バカ皐月、お前…ッ!」


 嘉壱が思わず立ち上がった。

 目の前にいるのは、初代国王以来の本物と謳われている竜氏。その龍顔を値踏みしようとでも言うのか。


「よい。静まれ、皆の者」


 奎王けいおうはひじ掛けに頬杖をついて微笑した。


「こちらも望むとろだ。…が、一つだけ私も、お前に頼みたいことがある」


「……なに?」


 意外な出方をしてきた相手に、皐月は片眉をつりあげた。


「とぼけるなよ? 皐月。お前と私の、 “秘密の花園” のことについてだ」


「は?」


「だから……」


 奎王は、おもむろに冠帽を取った。大勢が注目する中、ばさりと深緑を思わせる濃緑の髪が広がる。


……………………………………………………

華瓊楽奎王の正体は、武尊こと阮睿溪グエン・えいけい。先日、酒楼で美人奇術師として一世を風靡した皐月に貢ぎまくった暇人飲み師だった。

……………………………………………………





◍【 年齢が違う “双子の兄弟” の謎 】


皐月が正式に、対黒同舟花連の新隊長となる――その流れを見守りつつ、柴は先日(前巻の最後)、飛叉弥から “皐月との関係” を明かされた時のやり取りを振り返っていた。独自に得た血液の資料から、二人が血縁関係―――しかも、双子であると突き止めてはいたが、肉体年齢が一致しないことなど、様々な疑問が残っている状態。飛叉弥に直接、問い詰めてみたが……。

………………………………………………………………



 偶察石セレンディバイド―――、いわゆる夜隠月石やいんげっせき。複数のルーツを持つ混血児などにおいて、なんらかの理由により、はっきりと発現しない七彩目が、この石に譬えられる。

 なんの霊応をものにするか未確定であると同時に、確定するまでは使い分けができたり、花人が本来持ち合わせない特殊能力を秘めている可能性があると聞く。



「確かに、一つ以上の霊応反応が見られたが……、あいつの血液は “神代の生き残り” と神聖視されるほどの高純度だった。蓮家大旆れんけたいはいの血筋でなければあり得ない解析結果が出そろっているんだぞ?」



 皐月の霊応が複数色分なのは、夜隠月石セレンディバイドのためではない。元来、全霊応を駆使できる紫眼の万将だからと考えるのが妥当だ。

 黒眼なのは、単に世界樹を養うようになったせい――。戦闘に必要としない限り、霊力を常時、消耗しているからなのだろう。



夜隠月石セレンディバイドであることを否定して、皐月が “遊色付き” の黒眼である理由の説明がつくか――?」※【 遊色効果:オパールや真珠などに見られる虹色の色彩 】



 飛叉弥はほとんど詰んでいても、あくまで柴の詰めが甘い部分を指摘する。


 霊応が削がれることで、紫眼が暗紫色になることはあるだろうが、他の色をにじませて黒ずむのは不自然。


「その通りだ。しかし、蓮家の血しか受け継いでいないお前と腹違いの兄弟であるならともかく、双子だということが明らかになった今、皐月に紫眼以外を発現するルーツがあるという主張も不自然だろう。飛叉弥――」



 柴は一呼吸おいて、攻め切る覚悟を固めた。



「留めを刺していいか。皐月あいつの本当の名は、 “龍牙” というのだろう……?」







◍【 八年前の “事故” と皐月の黒い噂 】


奎王の正体を知り、華瓊楽カヌラから逃げるように帰国した皐月は、茉都莉の友人、佳代・みさ緒・幸恵(さちえ)と遭遇した。

…………………………………………………………………… 



「ねぇねぇ、須藤くん!」


「?」 


「今日、午後から予定空いてますぅ~? アタシたちこれから映画見に行こうと思ってるんだけどぉ~」


「あんた誰」


 会う度、腕に絡みついている幸恵は、ずり落ちかけた赤渕メガネを人さし指で押し上げた。


「隣のクラスの江本幸恵(えもとさちえ)、十六歳、ただ今彼氏募集中ですっ! 一応、一年の時は同じクラスだったんだけど!?」


「へー」


「てか、このくだり何度目よぉ~っ!」


 ぐいぐい来る幸恵とは距離が縮まらないよう、皐月は会う度、わざと初対面のふりをするのである。


「じゃ」


「えあっ、ちょ…、ちょっとぉ~!」


 皐月は死んだ魚の目で身をひるがえし、出口に向かって行った。


「……相変わらず、つれないのねん」


 唇を尖らせる幸恵に、傍観していたみさ緒は苦笑した。


「ムダだっての。同級生つっても、茉都莉が言うに、実際には一つか二つ、年上みたいだし?」


「あれ?? そうなの? 病気かなんかで留年してるんだっけ??」


「まぁ、あのルックスだから女子は放っておかないけど、基本、男子とさえろくにつるまないしさー。それに……」


 こんなことを思っているのは、自分だけかもしれないが



……………………………………………………………………………………………

みさ緒が口にする “須藤皐月” の黒い噂。 “八年前の事故” について、彼女たちに思い出されているとはつゆ知らず戻った皐月は、茉都莉が一緒でない理由を尋ねる。そして、薫子が華瓊楽(カヌラ)へ連れ去った可能性に思い当たり……。

……………………………………………………………………………………………





◍【 飛叉弥(ひさや)五十鈴(いすず)、恒例のお散歩 】


同じ頃、飛叉弥は玉百合とともに、萌神荘の家事全般を担っている侍女・五十鈴と市場へ買い物にやってきていた。必需品の買い物がてら、彼女を散歩させる。それが、飛叉弥に課せられた一種の役目。

…………………………………………………………………




「ねぇ? まだ、何も買っていないんですよ? もう少しゆっくり歩いてくださらないと……」


「その必要はない」


「なぜ?」


「俺はお前に、運動をさせているだけだからな」


「まあっ!」


 信じられない返答に目を丸くしたが、前を歩く背中は当たり前と言わんばかりだ。

 つまり自分は犬も同然。家に閉じ込めておくだけでは肥えてしまうからと、定期的に散歩させられているに過ぎないと。


「いうことは――、あなたが主人?」


「そうだ。飼い主たるご主人様だ」


「噛み付かれたいんですか?」


 いくらおっとりして見えても、五十鈴だって口では負けていない。言葉に詰まっている相手の様子にほくそ笑んだ瞬間――、


「痛っ!」


 つと立ち止まられて、涙目に鼻を押さえることになった。


「どうしたんすか? 突然…………あら? あの人だかりは一体……。ちょ…、ちょっと飛叉弥さま!?」



………………………………………………………………

市場の辻で、何やら騒動になっていることに気づいた飛叉弥が向かうと、そこには、ならず者風情の男たちを、一人でボコボコにしている少女が……。

………………………………………………………………



「――なに。さっさと立たないと、こっちから行っちゃうぞ!? うりゃああーッ」


 成敗ッ! 最後は盛大に必殺技を食らわしてやろうとしたが、茉都莉はつと、子鹿の両目をパチクリさせた。


 振りかぶった拳を誰かが後ろから掴んでいる。気づけば足元に、自分以外の影が差していた。

 相手は親分さんと同じような着物を着ているようだ。加勢に駆けつけた仲間? 背が高く、肩幅も広い――……。


 ゆるゆると空を仰いだ――次の瞬間


「ぬあ…っ!?」


「ん?」


 変な声を上げた茉都莉を見下ろして、飛叉弥は片方の柳眉をつり上げた。






◍【 何が目的だ 】


萌神荘に招かれた茉都莉は、連れ戻しに来た皐月と大喧嘩になる。

皐月は薫子をにらみ、茉都莉を巻き込む理由を尋ねるが……。

………………………………………………………



「何も企んでなんかないわよ。新隊長の認証式、立ち会えなくてごめんなさいね? でも私には、はじめから関係なかった。これはすべて、あの子の意思よ。説得するとしても、あなたの役目だわ」


 私はただ、切欠を作ってあげただけ。後は手を出さなくても、なるようになっていく。

 それを見届け、見定める必要があるの。


「言いってること、分かるかしら……?」


 薫子は鼻で笑った。


「分からないわよね、どうせ。でも覚えておいて。私があなたを評価するとしたら、これだけよ」


 あとの答えなんて、要らない―――。




 射抜き返すような視線が、戯言ではないことを示していた。薫子は事も無げに身をひるがえすと、居間には入らず、そのまま廊下を歩いて行った。



「――お…?」


 中庭の敷石を渡ってきた嘉壱は、開け放たれたままの勝手口から覗き見えた炊事場の様子に、きょとんとした。


「よお柴。さっき茉都莉ちゃんが、物凄い勢いで突っ走ってってぇー……………、あ?」


 柴に無言で睨まれた。嘉壱は、自分が不可視の鳴子に掛かってしまったことを悟った。

 茉都莉が訪れていることは知っていた。だから、ちゃっちゃと泥まみれになった服を着替え、話をしにきたのだ。     

 どうして華瓊楽に来たのか――もちろん気にはなったが、彼女はとにかく無邪気で可愛らしい。なんでもない会話でも、楽しく感じられる。

 満帆は満帆で年が近いと知ると、すっかり警戒心をなくし、今、自分の部屋に泊まれるよう鼻歌交じりに掃除をしている。


 嘉壱は片眉をつり上げた。騒ぎの原因は “あれ” か。……なるほど。確かにこっちも、普通じゃない顔してやがる。



「なんだなんだ~? どうした皐月、お前らしくもねぇ」


 

……………………………………………………………………………………………

茉都莉を強制的に連れ帰ろうとした皐月だが、とんぼ帰りもなんだから、夕食ぐらい食べていったらどうだと、間に入った五十鈴の提案を呑むことに。

その夜、飛叉弥に呼び出され、部屋で密談。お互い、献身的な女と生活を共にしてきたことを知り、からかい合う。龍牙の顔(本性)をのぞかせ、久しぶりに “兄弟” として会話を弾ませた皐月だが、飛叉弥が本当に話したいと思っていることは、 “新たな任務について” であると察していた。

……………………………………………………………………………………………




「……とにかく、茉都莉は八曽木に帰らせるから」


 皐月は気を取り直して、目つきを変えた。



「 “ケリゼアンに関する任務の話” も、俺の耳に入れておいた方がいいんじゃないの――?」

 




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