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目次4:薫子、皐月の “家族” を突き止める

※)皐月の祖父を名乗っている、萌芽神社の神主・須藤玄静(げんせい)は、皐月に関心を示しているオカルト好きクラスメイト・健二(けんじ)と向き合っていた。孫娘・茉都莉まつりとスーパーへ行ったはずだが、荷物を持って帰ってきたのは彼だけ。

 当の茉都莉は、ある人物と接触してその服を汚してしまったため、シミ取りのために自宅へ急行したとのこと……。


 茉都莉に服を汚された人物――、薫子は、会話の中で彼女が皐月の幼馴染であることを知った。休日を利用し、摩天に皐月の素性を探りに来ていた薫子は、偶然にも彼の “家族” を突き止めた。

…………………………………………………………………………………………………



「あ……あんた、もしや…」


 玄静の表情が一変した。何を驚いているのかと、薫子の顔に視線を戻した健二は


「ぅわあぁ…っ!」


 悲鳴をあげた。彼がこぼした麦茶が、畳上にじわじわと広がる。

 その様子を映しているあかい瞳は、こうなることを予想していたのか、健二のことなど気にも留めていない。


 両耳がいつの間にか尖り、赤いマネキュアを塗っていたはずの指の爪が黒光りしている。白い半袖シャツを着た左二の腕から、赤黒い桜に似た花模様がにじみあがってくる。いや、今まさに焼き印を押したかのようだ。かすかな火の粉と煙を上げていた。



「……桜源嶺薫子おうげん・りょう・かおること申します」

 



  かたん…、と

 

 取り落とした盆が、床の上を転がった。


「うそ……」


「つ……、辻村さん?」


 ゆっくりと踏み出したかと思うと、すがりつくように薫子へ飛びつく。その瞳のルビーのような発色に見入り、茉都莉はかすれた声を漏らした。


「まさか……、どうして薫子さんが?」


「やっぱり、あなたは怖がらないのね……」


 同じような異色の瞳を――これとは別の七彩目を知っているのだろう。


「なにが偶察石セレンディバイドよ。本当は黒くなんかなかったッ。そうでしょ⁉ やっぱりここに住んでいるのよね、彼!」

  

 須藤皐月――、あの少年は何者なのだ。どういう経緯で、南壽星巉みなみじゅせいざんの世界樹を担うことになった?


「せ、世界樹……?」




                         ◇   ◆   ◇






◍【 魔薬・ケリゼアンを広める者 】


 ※)同じ頃、飛叉弥は、華瓊楽で頻発してる山岳民の怪死事件の裏に “某宗教団体” の関与をにらんでいた。


………………………………………………………………………………………………




「それは――?」


 もしかしてと思い、啓は飛叉弥の文机の上を一瞥して尋ねた。

「ああ」と肯定しながら、飛叉弥も机上に視線を落とす。智津香から貸してもらった資料だ。


「 “久世安(ジウ・セアン)” という男を宗主として組織化した邪教団体についてまとめてある。詐欺師まがいの藪医者といったところか。仙女の遺灰だと偽って妙な粉を配り歩き、貧困層の間で信者を増やしたらしい」


 世安自身がその粉のお陰をもって、不思議な治癒力を発揮したとう事実があり、人々が彼を訪ね歩くうちに、 “世安” という人名がその粉薬の名称に反映した。


「それがケリゼアン……?」


「今から、四十年ほど前のことだそうだ」







                         ◇   ◆   ◇







◍【 邪神・死蛇九(しじゃく)――黒同舟が目論む “世界樹” の打倒 】


※)敵もいよいよ動き出す。


………………………………………………………………………………………………




 滝の手前に突き出ている懸崖を見上げた一人が、そこに組まれている舞台上の(やかた)を仰いだ。


「またその映像をご覧になっておられるのですか……?」


 青白い光を受けている男の口元が、笑みにつり上がる。

 ハブの牙がのぞいた。


 壽星(じゅせい)台閣天外宮、元火守(ひもり)神堂司(しんどうし)――、死蛇九は、この暗がりで毎日のように水鏡と向き合っている。いい加減、穴が開くのではとあきれられるほどに。

 だが近頃は、以前にも増して吸い込まれるような魅力を感じている。映るものによっては、興味も尽きない――。


「 “皐月(さつき)” ……と言ったな、あの小増。どうやら久しぶりに華瓊楽(カヌラ)を訪れているようだが」 


 前回、四大巉の引き合いという現象が起こったのも、渦中にあったこいつが(なぎ)の珠玉とやらの宿主だからかもしれない。

 やっと現れた。華瓊楽と一心同体であるかの呪物を粉砕しない限り、我らの目的は果たされぬだろう。この手にする日が待ち遠しい。


左蓮(されん)はどうした。まだ、動かないのか?」


「……は。それが、なんでも次の一手で、この少年の正体をあばいて見せると…」


「ほぉ、面白い」


 叶うなら、私の炎で焼き尽くしてやりたいところだが、花人はその辺の穀神木っ端ではないと続ける死蛇九は、言葉とは裏腹に余裕の笑みを浮かべている。


「花人の本性は、夜の覇者と恐れられてきた鬼神だ。夜叉はそもそも木だけでなく、水とも関わりの深い鬼族だが、花人の場合は忌々しいことに “かの龍王に通ずる龍神” と深く絡みついている……」


「いっそうのこと、例のいざす貝でもって、連中のことも一掃してしまったらどうです――? 華瓊楽の大地を蘇らせた “新たな世界樹” の力だって、八年前と同じように、吸い取れないことはないのでしょう――?」


「馬鹿め。いざす貝を封印物として利用できるのは、十年に一度。立て続けに別のものは吸い込めないという制約があることを忘れたか。――いや、それよりも宋愷」


 不老不死を追い求めて花人の起源を探っているくせに、無知もいいところだ。


「は――?」


「奴らの正体は、萼周辺に身を寄せる古の民たちが崇めてきた通り、強力な豊穣神であり破壊神――。花人には結ぶ力だけを有する結将と、解く力だけを有する解将げしょうがいるが、紫眼の万将はこのいずれも自在だということが、いざす貝にとっては脅威……」


 かの呪物に力を吸い取らせた壽星桃(じゅせいとう)に限らず、天柱地維とされる当代の世界樹はいずれも、神代を支えた元祖世界樹とは仕組みが違う。

 守り人たる按主(アヌス)の生命力を養分とすることで、大地の不毛化を回避し、むしろ結霊(ムスビ)の力を放出している。そういうものだからこそ、界境を流れる解霊(トケビ)と拮抗し、各世界の地盤浸食、崩壊を防いできた。

 だが、壽星桃に代わって、華瓊楽の国土に緑をもたらしている “新たな世界樹” の力は、結霊と解霊、表裏一体の性質。神代の生き残りと思われる紫眼の花人の霊応が、拠り所であるらしい。


「いざす貝にその力を吸い取らせたら、どうなると思う……」


 力の根源たるそいつの意志一つで、結霊は解霊に変質する。いざす貝は一瞬で塵と化すだろう。間違っても、そのようなものを取り込むことはできない。



「あくまでもいざす貝を死守しながら、 “新世界樹の按主” を潰しにかかるしかないのだよ……」


 死蛇九は鼻で笑いながら立ち上がった。

 すべては飛叉弥が実現させたこと。奴は、華瓊楽の完全砂漠化を阻止するため、世界樹として三千年以上、崇められてきた壽星桃を、その強烈な一太刀で木っ端微塵にした。



「これが、どういうことか分かるか? 一世界の規模に過ぎないとはいえ―――」



 死蛇九は興奮気味に笑いながら、せり出している懸崖の先端に歩み出る。

 その姿を仰いでいる黒同舟たちは、大空間に響き渡る彼の残忍な豪傑笑いに鳥肌を立てた。



「神代崩壊を象徴する出来事が、当代によみがえったのだ…ッ!」



 それと同時に、この世界が幕を開けた際の象徴たる “新世界樹の樹立” も引き起こされた。



「早く会ってみたい……」



 “須藤皐月(すどうさつき)” ―――いや




()()()()は―――、なんというのだろうなぁ」




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