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目次2:酌婦となった皐月、おっさんに見初められる……


※)都の土産物市場にきた嘉壱。バイトをする上で必要な物をそろえようと店を渡り歩きながら、皐月に “花人の仕事とはなんぞや” を教える。まさかの無収入であることが発覚……。国を救っても一銭にもなりません。―――なぜッ?

………………………………………………………………………………………………




「……ねぇ、さっきから何探してんの?」


 しばらく黙って見ていたが、探索犬のようなことをしている嘉壱の目当てがわからず、皐月はついに口を開いた。

 熱心になっているところ悪いが、正直ここをうろつくのは気が引ける。こうしている間にも、いつ誰が飛び掛ってきてもおかしくないことを思うと、気が気ではないのだ。


「ぁあ? 何って決まってんだろ。お前の仕事道具だよ」


「仕事道具、ねぇ……」


 皐月は障子の隙間から、内を覗き見るような眼で、先を行く嘉壱の背を凝視する。

 彼が立ち寄る店はどれも、あまり目的にはそぐっていないように思えるのだが気のせいか。



「はぁ~……、こういう時に、薫子(かおるこ)がいてくれればなぁ~」


「そういえば、今日は見かけないね。あの人たち。…… “(しば)” っていう人なら、屋敷にいたみたいだけど」


「あぁ…。(いさみ)満帆(みつほ)は何日か前から出張で、李彌殷(リヴィアン)から離れてるんだよ。今日で(けい)と交代の予定だったから、入れ違いに、もうそろそろ二人は帰ってきてる頃じゃねぇか?」


 自分と飛叉弥は李彌殷(リヴィアン)で通常任務。まぁ、交番のお巡りさんだわな。



「そんでもって薫子の奴は、非番を利用して摩天(まてん)に仕事しに行ってる」


「仕事? あっちの世界に?」


 頓狂な声をあげる皐月に、嘉壱は苦笑のようなものをにじませた。


「…そ。俺たちは花人としての役目の他に、それぞれ違う仕事をもってんだよ」


 妖怪退治は、あくまで奉仕活動のようなものだ。元々、飛叉弥の意思で自発的に行っていることなわけだし、何よりもそれは自分たちのためでもあるから、報酬をもらおうなんて思っちゃいない。夜覇王樹壺(セレンディア)という花人の本拠地自体が、そういう方針の上で派遣依頼に応じている。



「俺たちの役目は、ある意味当然のことだしな……」


「当然?」


 そう。 “罪滅ぼし” ――と言えばいいのだろうか……。人ごみの中を再び歩き出しながら、眉を下げた嘉壱は頬を緩めた。



「この国の人たちのために戦ってる――戦ってやってるなんてことは、絶対に言えねぇ。俺たち花人(はなびと)は――……、特に飛叉弥(ひさや)は、華瓊楽(カヌラ)の民に大きな負い目を感じてる。報酬なんて、とてもじゃないがもらえない。まぁ、例え無条件だったとしても、あいつは受け取らねぇだろうけど……?」


 皐月は、話がそれ以上膨らまないことを悟った。




                         ◇   ◆   ◇







◍【 皐月のくしゃみが止まらない……。なぜなら昨晩、湖に落ちたから 】


※)二匹のネズミ――あらため皐月の子分、青丸(あおまる)(しゅん)、参上。ひいなとも再会。今回の召喚理由を尋ねられた皐月は……。


……………………………………………………………………………………………




 あ…。皐月は半口を開けると、足元の二匹を見下ろした。



「そーだお前ら、金貸してくんない? どうしても百二十万、即急に必要なんだよ」


「え?」


 (しゅん)は円らな瞳をシパシパさせた。


「百二十マン……って兄貴、華瓊楽(カヌラ)の金額でいうとぉ……」


「九百六十万金瑦クオル


「へぇ~、九百六十万えええええええッッ…!! おおおお親びん! いくらなんでもそれは無理っスよおーーッ!!」


「なんで? 死ぬ気になれば、掻き集められない額じゃないだろ」


「そ…、そりゃ摩天でなら可能かもしれませんけど、この国でいざ、そんなお金を用意するとなったら、死ぬ気どころか本当に死んじゃうでやんす…!!」


「土葬がいい? 散骨がいい?」


「ぬぁ…ッ!?」

 

 人でなしぃ…ッ。



「あにぎぃ~~っ。……」


 目一杯に涙を浮かべてすがりついてきた相棒に、青丸はやれやれとため息をついた。


「バカ。やめねぇか見っともねぇ。親分ともあろうお方が、俺たちに本気でそんなこと強いると思ってぇ…」


「けっこう本気」


「ですよねー…」




                         ◇   ◆   ◇





◍【 皐月の祖父と従妹 】


 ※)ところ変わって、摩天・八曽木市―――。皐月と山中で暮らしてきた老父・須藤玄静と、その孫娘で市街に両親と住んでいる辻村茉都莉は、人間ではない皐月と生活を共にしてきたこれまでの経緯を、あらためて振り返っていた。

 皐月は十二年前の冬、幼い茉都莉が発見した少年だ。玄静が暮らしている萌芽神社近くの蓮池に浮いており、駆け付けた玄静が慌てて助け出した。その後、須藤家の戸籍に入れ、茉都莉の従兄のような存在として、皐月は周知されてきた。

 だが……、一種の節目を迎えているのかもしれない、と―――神妙な面持ちで話し合っていた時……。


……………………………………………………………………………………………




「ごめんくださ~い」


 玄静は弱ったな、と額を覆いたくなるのを堪えて、対面の茉都莉に目配せをした。

 茉都莉はそう来ると思って、身構えていた。暗黙のうちに了解して、玄関へと向かった。


「あ! 辻村さん。おはよう。今日もいい天気だね」


 ほくほくとした笑顔が、何故か無性に憎たらしい……。


「……あのねぇ、井上くん」


「え?」


 茉都莉の背景に、(にわ)かに湧き立ってきた暗雲に、井上(いのうえ)健二(けんじ)は目をパチクリさせた。


「ど……、どうしたの?」


「どうしたのじゃないでしょ⁉ もお!」


 なぜ、また(しょう)()りもなくやってきたのだ。そんなにボコられたいのか!


 (きた)えられた様子など、微塵もない細腕を振り上げながら、あからさまに(おど)してくる学校一のアイドル。


 健二は、咄嗟に両手を顔の前にかざした。


「ごごご…、ごめんなさいッ! ぼぼぼ、僕はただ……ッ!」


「また皐月を連れ出して、正体を探ろうって言うんでしょ⁉ 残念でした! 昨日、嘉壱さんが来て、連れて行っちゃったんだから」


「え…? “カイチさん” ってぇ……それじゃ、また例の世界に?」


 四ヶ月前の出来事が、脳裏を過ぎった。井上健二。そもそも彼が、興味本位で皐月を試したりしなければ、こんなことにはならなかったのに……。





                         ◇   ◆   ◇






◍【 酌婦となった皐月、おっさんに見初められる 】


※)嘉壱に “ぴったりの副業バイト先” へ導かれて数日後――、昼間は茶楼の給仕、夜は酒楼で曲芸や奇術、剣舞を披露。芸達者として稼ぎまくる聾唖ろうあの舞姫・紗雲さくもとなった皐月を、私物のように扱う男が現れる……。謎のおっさん飲み師 “武尊(ほたか)” 登場。


………………………………………………………………………………………………




 武尊(ほたか)は喉の奥でくつくつと笑った。視線をそらすと、薄い笑みを残した唇に杯を持っていく。


「面白い奴だ――」


 気に入った、と独り言のように付け足した。

 ジッと睨んでやっても、悠々としている。飛叉弥みたいな男だ。そういえば年も近い。無精ひげを生やしているせいか、少し年嵩(としかさ)のようにも思えるが――。



「 “さくも” ……とは――」


 ふいに放たれた、これまでとは違う真摯な声音に、紗雲(さくも)はやや緊張感を持った。

 この男は「武尊が来た」と添えるよう女将に言って、自分を指名したそうだ。

 興味を惹くために――。 “武尊(ほたか)” なんて男は知らない。相手はそれを承知の上で、故意に名乗ったのである。


「さくも……とは、どういう字を書くんだ」




  “紗” ―――― “雲” 




「薄絹の “紗” に “雲” か。なかなか優美な名だな」


 それにお前の瞳は、ぬば玉のように黒くて美しい。


「さくもという響きに、何か意味はあるのか?」



 “さくも” とは五月の異名の一つだ。よく知られているのは “皐月” だが、十二ヶ月の名称には、他にも色々とある。



「知ってるか? 藤のような紫色の花というのは、総じて植物のくせに、恐ろしいほど頭が良い」



 花弁が壺型で、誘い込むように模様が入っている場合が多く、それを読み解き、蜜を吸いに潜り込める虫を、これまた頭の良い蜂などに限定している。

 蜂は後ろ向きに這い出ることが出来る上、他の虫のように色形の好みによらず、確実に同じ種の花へと花粉を運んでくれる。結果、紫の花はおおよそ思惑通りに事なせる。



「一流の遊女のようだろう――? 遊ぶ相手にも、それ相応の教養が求められるというわけだ」 



 得意げに講釈する武尊の表情を上目に窺いながら、紗雲は筆を滑らせた。


「詳しいんですね――、って? あぁ、花のことか? まぁな。昔、距離を縮めたいと思っていた相手のために、少しだけ学んだ」



 あなたは――? 



 紙面を横目に一瞥(いちべつ)して、武尊(ほたか)は静かに笑った。


「ただの飲み師さ。お前は? どういう素性で李彌殷(リヴィアン)の、しかもこんな所で働いているのだ」


 交わされた。紗雲は内心で舌打ちしつつも、紙面に身を乗りだす。しかし――



「年は? まだ若いのに、もうこんな世界に足を踏み入れてしまっていいのか? 親はどうした。売られたのか? どうして一座を抜けた? 喋れないのに、不安はないのか?」


 返事を書くより早く、武尊が矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。紗雲が筆を動かせずにいると、大仰(おおぎょう)なため息がもらされた。

 

 見れば、武尊(ほたか)が呆れ返った様子で額を撫でていた。


「面倒だろう。いい加減に口で話したらどうだ、 “小増” ――――」




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