目次1:救世主、副業(バイト)探しをする
「もう一度聞く――」
沈黙を破ったその少年の眼は、氷刃のごとく冴えまくっていた―――。
――――【 召喚 】――――
ここ数日で一気に色彩が深まった山の斜面を、雲霧が緩慢に流れる獅登山の早朝。神仙が優雅に舞う姿が拝めそうなここは、現にそれらしい光景に出会えなくもない世界なのだが、今の彼が視界に入れても、おそらく小蝿同然に黙殺するだろう。
「今日、俺をここに呼び寄せた理由は――?」
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四か月ぶりに華瓊楽へ召喚された皐月。相変わらずふざけた態度の飛叉弥に、ブチ切れ寸前。その声や口調はまるで別人だった。立ち聞きしていた柴だが、感づかれてしまい――。
◍【 神代の生き残り 】
※)自室に逃げ帰った柴は、ある “検査結果” の資料を取り出す。
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弾む息を抑えて、たどりついた扉を押した柴は、自室兼、研鑽所として使っている黄筑楼の中に入り、ようやくほっとした。
背後で扉の閉まる音を聞きながら、薄暗い空間の中ほどまで足を進める。
ある書架の前まできた柴は、一番低い膝下の棚の上部を手で探った。
本来なら、他と同様の管理をすればいいただの治療記録なのだが、とんでもないことが判明し、茶封筒に入れた状態にして、ここに貼り付けておいた。
細胞年齢――測定不能。実年齢、不詳。
霊応――微弱ながら複数色反応あり。特定しきれず――玉虫色。
血統――――
陰陽両極の純血―― “華冑・蓮家大旆” ――――
「 “神代の生き残り” ……」
焦燥感のようなものが、思考に混ざって渦を巻き始める。
これは四ヶ月前、皐月の肩口の治療をおこなったとき、採取した血液に基づく資料だ。
彼の素性を最も手っ取り早く知ることができると思ったのだが、まさか、いっそう得体の知れなさが増すとは思っていなかった。
辻褄が合いそうで、実際には説明のつかない数値や反応ばかり。
この検査結果が正しければ、 “あの少年” は、飛叉弥とただ似ているだけの他人ではない。
しかも――――。
皐月を背にした “サツキ” が暗黒の脳裏にて、不敵に口端をつりあげた。
「……いや、そんなことがあって堪るか」
柴は強気な自分を取り戻そうと呟いたが、心には確かに、封じ込めたはずの戸惑いが蘇り、火種のようにくすぶり始めていた――――。
◇ ◆ ◇
◍【 救世主、副業探しをする 】
※)今回の召喚理由(用件)を飛叉弥から聞き終えた皐月。途方に暮れる彼に同情した嘉壱が提案したのは……。
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もはや気の毒を通り越して、悲惨と言うほかない……。
そもそも、先日の一件は不可抗力というやつで、皐月に悪気があったわけではなく、一般庶民の九歳の少女を、身を呈して敵の手中から救いだしてもいる。
様々なことが一気に起こり過ぎて、誰もが混乱していた状況下、事態を収束に導いたのは紛れも無く、自称 “無関係の部外者” であるこいつだ――。
「こんなことなら、意地でも八曽木を離れるんじゃなかった……」
とうとう物に当たる気力も失せた皐月は、猛烈に様々なことを後悔しはじめた。
「俺は焼肉パーティーを……しかも、自分のために開かれたそれを、わざわざ辞退してきたんだよ?」
「そんなに潔くはなかったけどな。脱兎の如く逃げ出した上に、連行中も俺の隙を狙ってたよな。そのまま逃亡生活に持ち込む気満々だったよな」
「確かー…… “国家に係わる緊急事態” じゃなかったっけ」
「あ~まぁ、そんなふうに急かしたかもしれねぇけど、細かいことは気にすんな。観念しろ」
お為顔でいなす嘉壱を、皐月は横目にジっと睨んだ。
「……な、なんだよ。今さら俺をぶっ飛ばしたって、どうにもならねぇぞっ⁉」
何をやらせても言わせても最強の飛叉弥と似ているので、ファイティングポーズを取るが、嘉壱の腰は引けている。
どれほどそうして対峙していただろう。皐月は興味を失くした黒猫のように、ふいと目を逸らした。
「でッ? どうすればいいわけ」
しばらくは毛が逆立っていそうだが、何だかんだ言ってこいつは、目の前のことにちゃんと向き合う。ここ数ヶ月、付き合ってみて分かった。嘉壱はそろそろと身構えを解いた。
決して誠実とまでは言いきれなくても、当初の悪印象を霞ませる意外な一面を見る度、妙に穏やかな気持ちになれるのが、自分でもおかしい――……。
「そうだなぁ」
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※)嘉壱は同じく年頃のだらしない性格とあって、いつからか皐月に、比較的友好的な態度をとるようになっていた。暇な時間を見つけては、迷惑至極な顔をされるのを承知で、ちょくちょく遊びに行ったりもした。
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「うおぅッ!」
閃いたこれ以上ない妙案。
「そうだ……、いい稼ぎ場所があるぜっ――⁉」
ガシっと肩を押さえつけられた皐月は、良いわけがないと踏んだ。
「……言っとくけど、土木作業はお断りだからね。俺、自慢じゃないけど全然体力ないから」
違う違うと、妙なはしゃぎっぷりを見せる嘉壱。
彼の背後に、ドロドロと蕩けて見えるオーラは、あきらかに不穏な色をしていた。
「 “あそこ” なら、百二十万円くらいすぐに返せる。お前ならな―――」




