目次5:開戦の狼煙
畝閏という町が、妖魔の襲撃を受けたという報せが入る。急行に欠かせない風使いの嘉壱を急かす啓・満帆・柴に対し、飛叉弥は “後処理” を任されただけだと言って、皐月に指揮を執らせようとするが……。薫子が反発。皐月だけでなく飛叉弥まで置いて、彼女を筆頭に、花連メンバーは出て行ってしまう。帰ると言い出す皐月。引き留めようと、鬼畜飛叉弥が放ったのは……?
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「皐月……、お前はさっき、自分には戦う能力など一つもないと言ったな」
怖いと言った。命の保証がないから怖い。あの遅鈍な蛞茄蝓も怖かったのか? 化け物が潜んでいるかもしれない洞窟の闇に巻かれるより、ここに長居している方が、恐ろしい想像をしてしまうのか。
なら、お前が恐れを抱いているのは、死ぬかもしれない状況に陥ったり、殺される危険性を背負わされる展開になりそうだからじゃない。
「安心しろ」
飛叉弥は、ため息まじりの声を、ぐんと低めた。
「お前が、ふいをつかれて命を落すことは、まずもってあり得んだろうからな」
背中で受け流していた皐月は次の瞬間、くわっと目を瞠って立ち止まった。
◍【 萼国夜叉 刹・乱・治 】
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妖魔をほぼ撃退した畝閏の警衛部隊だが、潜んでいた残党に襲われかける人々。そこに世界三大鬼国と目される萼国の夜叉――薫子らが駆け付け、事なきを得る。嘉壱は警衛部隊隊長、勇と満帆は畝閏の土地神の危機を救い、柴は怪我人を花人の特殊な医療技術で治療。恐れられながらも真摯に向き合い、信頼を得てきた彼らだが、そんな努力を鼻で笑う人物が高みの見物をしていた。
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周囲は彼らを、人であって人ではない――― “人になりきれない者” という。
どうあがいても、そうした存在以外に生まれ変わることはできない運命にある。実際には化わることすらも、思い通りとはいかないのに。
「愚かな者たち――……」
眼下の彼らを見下ろす紫眼の女は “左蓮” と名乗っている。だが、これは萼に属していることを示す花銘ではなく、自分で勝手に使い始めた自称だ。
もとは “蓮晏” と呼ばれていた――。
本名は “蓮尉晏やづさ” という。彼女は十二年前、自国・萼に安置されていた封印用途の呪物・いざす貝を強奪――黒同舟に献上して幹部となった。
華瓊楽国に人為的大旱魃をもたらすという、死蛇九の陰謀実現に欠かせなかった立役者の一人である。
もはや、花人を名乗ることはない。夜覇王樹の民には違いなくとも、耐え忍ぶ己を徹底してきた集いから足抜きし、二千年も投じて築き上げられた国の礎を揺るがした。信頼性という上に輝ける救国救民の旗印に、近年でもっとも醜悪な泥を塗った罪人だからである。
「大鏡のような月を掲げ、巌の上で、万朶の花を咲かせる、恐ろしくも美しい魅惑の鬼神――……」
巧妙に隠されてしまったそれを、黒同舟はずっと探し歩いてきた。
「それで、何をどう手伝えと?」
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同行してきた黒同舟の一人・ “天目の鵺” に、やづさは、李彌殷の壇里村に向かうよう指示する。
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◍【 皐月、居場所がないからお散歩に出る。玉百合姫と出会う 】
憂鬱な気分を晴らすため、邸内を散策しはじめた皐月は、飛叉弥らの主・玉百合姫と出会う。「久しぶり」と声をかけられるが、知り合いとしての記憶がなく……?
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「もしかして……」
ひらめいたような声色で、「あの人たちの “主さん” ――?」と尋ねられ、ゆっくりと振りかえった女性は、肩越しに微苦笑を浮かべた。そう簡単に思い出してくれるわけがない。分かっている――……。
「私――?」
竹笹のざわめきが押し寄せてくる中、黄昏時の少し前。
竹林に透ける黄金色をした陽光が、天女の雰囲気をかもす女性の周りできらきらと眩しい――……。
「私は、玉百合というのよ――……?」
いずれ、萼を統べる “花神子” になるの。
玉百合は物腰柔らかな雰囲気から一変して、自分を叱咤するように言うと、すっかり蒼い葉を吹いてしまっている桃の枝に触れた。
「ところで、あなたは、なぜ夜覇王樹の民が “花人” と名乗ることにしたか教わった……?」
玉百合の指先に桃色の蕾が膨らみはじめた。
ふっくらと花がほころび、黄色の蕊があくびをするように開き、ほんの一瞬の命を謳歌する。
花弁が散りきらないうちに、突き出た果実が、赤みを増しながら膨れていく。
「 “魁花の術” …といってね? 生き物の成長を促す花人の基本能力なのだけど、私も困っている人たちに貢献するために授かったの。驚かないわよね?」
もぎ取った桃の実を手に戻りつつ、玉百合は少し笑った。
「あなたも……、使えるでしょ?」
「―――……」
甘く香り立つそれを差し出しても、皐月はじっと見つめて沈黙を守っている。
玉百合はそっと息をついた。
「――…はい」
傷つかないよう気を遣いながら、両手で冷たくなった皐月の手と一緒に、桃の実を包みこむ。
「顔色が良くないみたい。とりあえず、何か口にしたほうがいいわ」
“珠玉” のせいかもしれないけど――。
「え……?」
これには敏感な反応を示し、顔を跳ね上げた皐月が訝しげな眼差しを注いでくるため、玉百合は首を横に振った。
「いいえ、なんでも。疲れたら私の所へ遊びに来なさい。また、お話をしましょう。今度は、とびきり美味しいお茶と、お菓子を用意しておくから――……」
別れ際に、対黒同舟花連の主――玉百合姫は、そう言って目元を和ませた。
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皐月は薫子たちと異なり、友好的な玉百合に、ひいな少女がどこに住んでいるか尋ねる。嘉壱に案内され、都を観光中に再会した彼女が怪しい人物に付け狙われていたような気がして、念のため安否を確かめに行くことに……。




