目次3:「お前は救世主!」「いや、ただの迷い人」
花人の邸・萌神荘にて。
嘉壱、「隊長辞める」とか言い出した飛叉弥と口論中。
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「納得いかねぇ……」
重たい沈黙の末、この邸の住人―――花人の菊嶋嘉壱は吐き捨てた。
対面で園林を眺めている相手が、先ほどから気だるげに漂わせている煙草の煙が、癇に障って仕方がない。
何をいきなり言いだすかと思えば。
「ふざけるのも大概にしろよ……、飛叉弥」
鋭く研ぎ澄まされていく視線を感じつつ、 “花人の親分” こと対黒同舟花連隊長――蓮壬彪将飛叉弥は鼻で笑い飛ばした。
「俺がふざけてるように見えるか? 昨日の晩の酒だって、とっくに抜けてる」
つい先日、彼は黒く染めていた髪を、元来の白髪に戻した。
やはり、白獅子のようなこの見た目の方が、威風堂々たる彼の態度に似合っていると思う反面、どういう心境の変化だろうと、不審なものを感じ取ってはいた。
理由はともかく、嫌な予感的中だ―――。
嘉壱は奥歯を食いしばり、拳までぐっと固くした。
さすがに視線が痛いと感じたのか、飛叉弥は重いため息をついて説明を付け足した。
「もちろん、考えに考えた末のこと。各方面のお偉方にも伝えてある。俺は、お前たちの司令塔としての権限を…」
「飛叉弥…ッ!!」
「対黒同舟花連の隊長をな……、いま言った “ある男” に代わってもらうことにした」
予定では、今日辺りこっちに着く手筈になっているんだが、如何せん “やつ” はこの国を歩いたことがない。
「だから、お前に迎えに行ってほしいんだよ。嘉壱――」
嘉壱は荒々しく舌打ちした。
「何かあるな? その “須藤皐月” って男……」
よく考えてみれば、お前や壽星台閣が認めたやつだ。しかも、このタイミングで召喚される。
「てーことは……」
思考の末、思い当たった結論を、嘉壱は小さく鼻で笑った。
「――おいおい。まさか本気で “真の救世主” とか名乗る気じゃねぇだろうな、そいつ」
現状はまさに一進一退。誰でもいいから、とにかく終止符を打ってくれと叫びたいところではある。しかし、本当に少しでも進展を望めるのか? 始末がつけられるというのか。
“その男” が……
「外でもない、 “元凶” のお前に代わって――?」
重大な事柄を秘密にされてきた恨みもある。あからさまに皮肉ってやった。
「特徴は? どんなか教えてくれなきゃ、探しようがねぇじゃねぇか」
「そうだなぁ……」
飛叉弥は弱りながらも、そんな自分を笑うような苦笑をもらした。
「正直、あいつがどれくらい力を貸してくれるか、俺にも予想がつかないんだが――……」
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嘉壱は飛叉弥が考え込んでいる間に、先ほどから自分たちの様子をうかがっている “侵入者” ――ひいなに声をかける。遊びに来たのではなく、迷い人を連れてきたという彼女の後に現れた飛叉弥そっくりな皐月を見て、嘉壱は驚愕。一方、飛叉弥は「よくたどり着けたなぁ!」と明るく歓迎して――?
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◍【 花人とは何ぞや。「お前は救世主!」「いや、ただの迷い人」 】
天地開闢からまだ間もない古の時代、世界の民は皆、常磐でできた一つの大きな山に暮らしていた。
盤臺峰と称されたこの岩山には、大きな木が生えていた。幹や枝、根で岩を繋ぎ、一つの山にしていた。
龍が群れをれなして泳いだ雲の海原は、天神の眼下にあり、八雲原と呼ばれていた。八雲原の上には、大きな岩の杯に、塩水を満たした湖があった。
この天海の底に根ざす珊瑚の森に棲み、天地の境――天津標を守護していた龍王はしかし、ある出来事を機に大水害を引き起こして、天柱の倒壊と地維が割ける終焉の時をもたらす。
《 それは、限りなき暗黒の果てにあり―― 》
世界の民は後の北紫薇穹〈ほくしびきゅう〉、南壽星海〈みなみじゅせいかい〉、東扶桑山〈ひがしふそうざん〉、西閻浮原〈せいえんぶげん〉の四圏に分断され、混沌という激流に呑まれた神々は、新たな宿地をめぐる熾烈な戦いの火蓋を切らされた。
まさに、大崩落した氷山が流氷となり、やがては島に――そして、再び山を築くように
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「盤臺峰は新世界の四圏で、複数の大陸に再生したんだ。その際、核となった地力の強い地盤が、南壽星海でいうならば、ここ……」
とりあえず語り手を買って出た飛叉弥は、ようやく紫煙を吐き出し、一息ついた。
華瓊楽は、世界屈指の超大国である以前に、この漆海圏で陸地化が起こった始まりの場所だ。
神代崩壊後のこの世界―― “化錯界” は、様々な種の交配、逐鹿が繰り広げられ、人間が頂きに立つことも、もはや夢ではない時代の先端にある。
「現に華瓊楽の初代国王は、龍王の化身とか、合いの子とかいう言い伝えがあって、今も人中にひそむ “臥竜” が王になれば、泰平をもたらすと信じられているからな」
天津標の消滅は、人間にとって、分厚い雲間から希望の光が差し込むのと同然の出来事だったと解釈することもでき、華瓊楽は好意的に伝承してきた文化圏の典型。ゆえに、龍王を英雄視しない者はいない。
「その片鱗を宿す次期国王候補が “俺” って言うなら悪い気もしないけど……、違うんでしょ?」
冷めた物言いに、飛叉弥も淡然と返す。
「残念ながら、華瓊楽の玉座はすでに、 “竜氏” と呼ばれる紛れもない本物が収めている」
「じゃあ、そんなことより、まず “あんたたちが何者なのか” 教えてよ」
「そんなことより、まず “お前が何者なのか” 教えてやろう」
「おい」
争い絶えぬ世界の中心に修羅――――ではなく…………
「 “花人” ありいいいいーーーっっッッ!! 救国救民のための軍事組織を立ち上げて以来、約二千年くらい超余裕かまして人助けしてきたけどッ、ちょっと大変な事になってて逆に助けてほしい、迷える俺たちの前にお出であそばされた神様仏様の如きお前はまさに真の救世…」
剛速球並みにブっ飛んできたフリスビーのような円座が、飛叉弥の目を潰した。
「ぐああああーーっッ!!」
「残ねーんッ、ただの迷い人だからああぁッ」
お邪魔しました。
「この野郎おぉっッ!! ありがたく認めろおっッ!」
米神に青筋を盛り上げて、飛叉弥は皐月に円座をブン投げ返した。
「認められるわけないだろ」
皐月はやれやれと円座をはたきながら胡坐をかき直すと、さきほど膝元に差しだされたお茶をすする。
目を閉ざし、新茶の香りで気分を整えるも、いらだちをくゆらせながら――
「その刺青……なんの模様か知らないけど、堅気の人は入れないでしょ? 普通」
舌打ち気味に言われ、自分の襟元をチロリと一瞥した飛叉弥は、蚊にさされた痕でも気にするように、そこをカリカリと掻いた。
「ああ、こいつは一種の痣みたいなもんでな。遺伝性だから、ちゃんとお前にも…」
「悪いけど――」
皐月は居合による一太刀のように、素早く話の腰を折った。
「俺は “ただの迷子” だ……」
ここに連れてきてもらったのは、現実世界への帰り方を教えてもらうためであって、特別長居をするつもりもない。どうして初対面のあんたたちに
「いきなり、 “仲間になれ” だなんて言われなきゃならないわけ――?」
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飛叉弥以外の者が自分たちの新たな司令塔になるなど、到底認められない対黒同舟花連のメンバー(薫子・勇・柴・満帆・嘉壱・啓丁)は、性格に難ありと思われる皐月をいっそう拒絶。だが、ただの迷い人を主張する皐月に、ただ者ではない気配を感じ取ることも事実であった。六人は間をとって、皐月の戦闘能力を試そうと言い出し……。




