目次1:ただ今、救世主を連行中
「はぁー…」
真っ暗な足先の方に、ため息がとぐろを巻いて落ちていく。
「どうした~?」
「や、おかしいでしょ、やっぱり……」
「おかしいって?」
「普通さぁ、こういう場合は強制じゃなくて、任意だと思うんだよね。一歩まちがえれば誘拐事件だよ? “これ” ……」
「なに言ってやがる。派手にけつまづいて、たったの二メートルでとっ捕まったマヌケ野郎とはいえ、お前はもう、立派な “逃走犯” だろうが」
「……。」
苦々しげな沈黙がさした。
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やる気なしのひねくれ主人公。名は皐月。
はじめて異界国・華瓊楽に召喚されてから四か月が経ち、本日再召喚を受けた。
◍【 強制連行 】
「ねぇ、俺って一応 “要人” なんじゃないの――?」
「知るかッ。問答無用でしょっぴかれる理由が知りたきゃ、 “あいつ” に直接会って聞けよ。一刻を争う用件ってやつをよッ」
今うかがえるのは、お互いに声色だけだ。
「嘉壱ー…」
「ああッ?」
さきほどから視界はゼロ。目を開けていても、瞑っても変わりなく、暑くもなければ寒くもなく、東西南北といった方向はもちろん、時間の感覚すら失われた状態にある。
嘉壱と呼ばれた不良っぽい口調の男は、事に乗じて、耳垢をほじる余裕をかましていた。それがマズかった……。
「お前―――、なんか隠してるだろ」
「ぬぁ…っ!?」
実をいうと、この闇の先には、ある危機的状況が待ち受けているのだが、それは一種の洗礼のようなものであって、ただの序章に過ぎない。
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皐月は〝ただの人間〟を主張している十七歳の男子高校生。だが、動かせば敵も動くと確信している召喚者(飛叉弥)の部下・嘉壱により、強制的に華瓊楽国へ連行される。
まずは〝花人〟であること、そして、救世主としての自覚を皐月に持たせるべく、飛叉弥らは何やら企てているようで……?
◍【 嘉壱に下された、鬼畜上司(飛叉弥)からの指令 】
男の背中を流れる髪は、その日も白獅子の鬣のように美しくうねり、厳かな雰囲気をまとっていた。
東天に昇りはじめた雲間の月に似て、風流な気配も併せ持ちながら、言うことは相変わらず、正真正銘の鬼畜である。
「とにかく、悠長にご機嫌とりをしている暇はない。ここへたどり着くまでに、あの猫目タヌキ小僧のクソ分厚い化けの皮、なんとかして剥ぎ取って見せろ」
「マジでかー……」
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皐月は〝花人〟という夜叉族の血を引いている。飛叉弥は戦力として迎え入れたいと思っているが、一筋縄ではいかない事情がある様子。
こうして、華瓊楽へ二度目の越境を果たした直後、皐月は戦闘不能を装う嘉壱に代わり、湖の化け物と戦う羽目に。見事、彼の化けの皮をはがし、鬼畜上司・飛叉弥の要望を叶えた嘉壱だが、皐月は無理やり人外の一面を引きずり出されたことや、霊力を上手くコントロールできない弱点を克服させようというこの荒療治に機嫌を悪くする。そして、四か月前の〝初召喚〟を振り返るのだった――。




