4:『天蓋樹』
『新世界が拓かれてから数百年が経った頃、空にはまだ、地上に大雨をもたらした天海の雲が残っていた。その曇天を散らす一筋の眩い光とともに、突如として巨大な樹木が現れた。地上に向かい、青々とした枝葉を広げながら、これは大きな “天蓋” をつくった』
『現在の北紫薇穹・東天地峰の上空で見られた “神業” である』
『天蓋樹が咲かせた螺鈿の花は、地上に雪のごとく降り注ぎ、天女が掛けた羽衣のように垂れていた蔓は、七彩の星の種を宿す真珠の実をつけた。その実がはじけると、地上は澄んだ夜に包まれ、雨となって滴り落ちた果汁は神聖な甘露の湖をつくった』
『湖底に沈んだ星の種はやがて、所々で芽を吹き、天蓋樹に届かんばかりの巨木へと成長し、様々な花園を生みだした』
『ここを “萼” という。こうして清庭を整え、巨木を目印に降臨した花の神――花神は、人間たちと、この楽園で共に暮らすことにした』
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『しかし、花神の思いは裏切りられた。楽園を奪いたいがために、九つの里の長たちが結託し、人間たちは戦火を招いた。花神は嘆き悲しみ、戦いに参じたすべての者に罰を与えた』
『楽園を甦らせること。平和のためにのみ戦い、命を賭すことを定めとし、破滅と再生の両極を招く自らの恐ろしい神力を授け、子々孫々に至るまで血とともに受け継がせた』
《 もし、罪滅ぼし以外のために揮おうものなら、
次は己らが憧れ、欲したその力こそが、すべてを滅ぼすだろう―― 》
『特に、戦いを先導した重罪人――九つの里の長たちには、それぞれが火の海にした花園を、ほかに先駆けて復元し、模範となる使命が科せられた』
『そして、戦いに関わらなかった人間の中から、彼ら〝花人〟 と名付けられた者たちを見張る〝花神子〟を選び、番人を任せ、花神は姿を消した。しかし、今もどこかで、楽園の復元に関わるものたちを試しているという』
――【 ちなみに 】――
●花人が花神に相当する力を有しているのは、楽園の復元や、人助けのために戦うことを罪滅ぼしとして課されたため。なので「神孫ではない」=「花人は夜覇王樹神の末裔ではない」と説いている。
●現在はこれを〝正史〟としており、否定する者は萼と花神子に背く国事犯に値する。が、「葎」と呼ばれる八雲原の戦いを引き起こした反勢力は歴史の歪曲と唱え、今も夜叉本来の残忍な一面を抑え込もうとしない。
無論、これを作り話としか解釈していないため、平和に貢献する生き方をするつもりもなく、自分のことを人間と主張することもない。




