08話
言われた時はなんともなかったのにあの子を送って帰ったら涙が出てきた。
それでめいいっぱい涙を流してスッキリしたんだけど、まあ色々不満も出てくるわけ。
だって好き好んで悪くしたいわけじゃないんだ、私のところに来るのなら態度をハッキリしてほしいと思っているだけ、普段全く気にしないくせに自由に行動していたら文句を言うなんておかしいでしょという話。
「椛ちゃん、そろそろ起きないと遅刻しちゃうよ」
「うん、もう行くよ」
で、自分勝手に行動するしかないと考えたわけだけど、他者からすればもうしていることになる。
つまり私の評価は既に悪い、んだろうね。
「椛、寝癖がすごいわよ」
「ん? ああ、いいよ」
姉妹父のお弁当作りは楪さんに任せているから問題ない。
私のは容器に適当にごはんを詰め、その上にふりかけをかけて完成。
それでも最低限のことはして家を出る。
「ふぅ」
学校に着いたら静かに席に座って時間が来るのを待つ。
HRや授業が始まっても同じこと、人と関わらなければ一切問題ない。
基本的に授業中に喋ったりはしないし、少なくとも教師からの印象は悪くないはずだ。
お昼休みになったら適当な場所でごはんを食べる――その後も全部同じだ。
「椛」
珍しい、放課後になったら姉がやって来て話しかけてきた――と思っていたら「さなはどこに行ったの?」と聞かれ内でため息をつく、というかさなのことを今日は全く見ていなかったから分からない。
喋るのも面倒くさいから首を振ったら「そう」と姉は呟き出ていった。
残っていても仕方がないから私も教室をあとにする。
急ぐ理由もないからゆっくりと歩いて、学校を出た後はスーパーに寄って買い物、家まで重さと戦いつつも運び……って、これは少し大袈裟か。
「あ、おかえり! 椛ちゃん」
「うん、ただいま」
冷蔵庫にしまいつつちらりと見てみる。
楪さんは最近ほとんどの家事をするようになった、本人曰く、専業主婦なのだから頑張らなければならない、だそうだ。
つまり私が頑張る必要もなくなったわけだけど、意地を張って買い物だけは私がやらせてもらっている。
そう、いつの間にかやらなければならないから変わってしまっているのだ。
その点は嬉しいし、少しだけ悲しくもある。
なんだかんだで楽しかった、いつもありがとうって言ってもらえることが嬉しかった、でも、もうあんまり言われなくなった、理由はまあ分かりきっていることだけれども。
「お母さん手伝う」
「ありがと!! じゃあ――」
いつの間にか私以外の人が家族らしくなっている、雰囲気を悪くしかしない悪質な人間はいらないと考えるのが普通か。
というかさなはもう家にいたんだ、姉はどうしたんだろうか。
「……邪魔」
だけど出ていったところで行く当てもない、どうせ部屋に引きこもったところでお腹はすくしトイレにだって行きたくなるしお風呂にだって入りたくなる、なにより学校にだって行かなければならない。
「ねえっ、邪魔なんだけど!」
そう言ってくれるな、まあ素直にどこかに行くけどさあ。
いいなあ、もうすっかりここが居場所になっているもんな。
この朝倉家には少し前まで父姉私しかいなかったのにさ。
なんか急に狭く感じる。や、別に恨んだりはしないけど。
「あれ、どこかに行くのか?」
どこかに行けたらどんなに楽か、いや、他のことを全て諦めればそれだって本当にできることだ。
それでもまだ死にたくない、家族と仲良くできなくて自分で自分を殺すなんか馬鹿だろう、だからいまは適当に玄関先に座って休憩するだけだ。
楽しそうな雰囲気はいまの私には痛いから。
「ちょっと待て、またどこかに行くつもりか?」
「本当は興味すらないくせに」
結局それは自分のためしか考えていない、自分の子どもがどこかで誰かに迷惑をかけたら困るから気にしているフリをしているだけ。
「なにをしているの?」
家族が多いって厄介だよな、と、帰宅時間がバラバラだから何度も同じ絡まれ方をする。
「あの子なら家の中にいるよ」
「知っているわ、それであなたは?」
「休憩中、たまには外でするのも悪くないかなって」
「昼休みも教室にはいなかったわよね、教室にいづらいの?」
でた、興味がないのに自分は見ていますよ的な発言、あの子がいなければ教室にすら来ないくせによく言う。
「いいじゃん、いい妹ができたんだから、放っておいてよ私のことなんか」
「あなたも妹なんだけど」
「だから新しくいい子が妹になって嬉しいでしょ?」
この言い方だとお姉ちゃんに構ってもらえなくて妬いているみたいじゃん。
「あなたも大切な妹よ」
「ま、まあ、とりあえず中に入ってごはんでも食べてきたらいいよ」
いや、つまるところ結局そういうことだよね。
嫌と言われて離れているだけで、本当は仲良くやりたい、でも、弱いくせに変にプライドが高いから上手く向き合えないんだ。
「あなたは?」
「私はさっきドーナツを食べたからお腹が空いていないんだ」
これは実際本当の話、もちろん貰っているお小遣いを使用して購入したので勝手に食材費から出したわけじゃない。
「そう。あ、でもどこかに行くのはやめなさい、危ないから」
「そういえばお姉ちゃんは迷子になることもなくなったよね」
「学校とかだったら大丈夫よ、新しいお店とかに行ったりすると分からなくなることもある……けれど」
ははは、そういうところは変わらないんだ。
うーん、これからどうすればいいんだろう。
「私もここで休憩するわ」
出てこないとは分かっていながら考えていたら横に姉が腰を下ろした。
ふわりとなんだか懐かしい匂いがして一瞬で心地良くなったものの、なぜか込み上げてきた熱いものを抑えきれずそのまま流してしまう。
「お姉ちゃん、なんか涙が出てきたんだけど」
「そんな真顔で言われても困るわよ」
「だってよく分からないし」
楪さんやさなが来たことで色々と変わってしまった。
悪いことばかりではなくいいことも多かった、けど、私が求めていたのは変わらない日常だったのかもしれない。
こうして失ってからじゃないとその大切さに気づけないところが愚かな私らしいけども。
「あっ、二人ともここにいたんだ」
楪さん――母が来たことにより強制的に中断となった、恐らく母はごはんだから呼びに来たんだろうけど私は二人と別れて部屋に戻る。
「だはぁ……うーん、どうしようかなあ」
謝る? でも、それをしたところでみんなが許してくれるという保証はない、それに嫌いって何回も言われたから届かないのではないのではないかという不安がある。
ごはんとかお菓子とかを作ってご機嫌取りをするのもなんか違う。
「椛……入ってもいい?」
え、この声はさなのだけど……って、どれだけ悩ませるんだこの子は。
DVをする人とよく似ている、怒鳴ってしまった後は謝罪にくるみたいな、いやまあ謝りに来たのかどうかは分からないけど。
「あ、い、いいよ」
「うん……」
入ってきた彼女は凄く複雑そうな表情、そうそう、こういう使い分けが相手を逃げられなくさせるんだよねと感心した。
「さっきはごめ――」
「あー! やっぱりお腹がすいたから食べてこようかなー!」
されそうになって分かったけど、自己満足の謝罪なんて相手を不快にさせるだけだ。
謝るのはやめよう、どうせ変わらないのならこのなんとも曖昧な状態のままでいい。
「ま、待ってっ」
「お腹すいたからごはんが食べたいの、離して?」
「うっ……」
このままではさすがに一方的すぎるから階段手前で足を止める、振り返ると怒鳴られた時のミアみたいに泣きそうな顔をしている彼女が見えた。
「友達を優先すればいいよ」
「わ、私はっ、椛とも……いたい」
「ごめんね、面倒くさい女なんだ」
一緒にいたいなら自分を優先してくれと考えてしまう、他を優先しておきながら私といる時だけは一緒にいたいとか言われても困ってしまうのだ。
「こっちのことは気にしなくて大丈夫だよ」
「椛……」
「あと、やめてね、一緒にいたいとか言うの、私って単純だから勘違いしちゃうからさ」
言いたいことも言い終えたから階段を下りようとしたらあの時のミアみたいに抱きついてきた。
しょ、正直に言ってヒュンッとなにかを失う感じがした、下手をすれば二人で落ちていたから。
身体能力が優れていない人間にこんなことをしない方がいい、落ちていたら洒落になっていなかったぞ……。
「勘違いしていいよっ」
「ちょちょ、体重をこっちにかけないで! 危ないからぁ!」
「あっ、ごめん……」
咄嗟に手すりを掴めたからなんとかなったね、たまにはやるね私の神経くん。
「っはぁ……ふぅ、もう、こういうことをしたら駄目だから!」
「ごめんなさい……」
「無事だったから良かったけどさ……あーとっ、なにが勘違いしていいよじゃボケェ!」
「えっ!?」
「私を優先できないとか言っておきながらそれっぽいことを言いやがってごらぁ!」
「ひぃっ!?」
その場だけの言葉なんて虚しいじゃん、どうせなら心からそう思った場合にのみぶつけてほしい。
何度も言うけど私は単純なんだ、そういうことを言われると揺れてしまう。
なのに本人は他の子と仲良くする、それをモヤモヤとしながら見ておけって?
「どれだけ酷いことをしているのか分かっているの!」
「ひ、酷いことなんてしてない……」
「自覚がないなら尚更質が悪いよ!」
「そ、そう言われても……困る」
「困るのは私だよ! この見た目が可愛いだけの残念少女が!」
いいよね、そうやってしゅんと縮こまっておけば味方をしてくれるんだから、彼女には私と違って沢山の友達がいるから誰かが味方をしてくれることだろう。
「ふんっ、お腹がすいたからごはんを食べてくる!」
真面目に付き合った私が馬鹿だった、私を含めて私の周りには自分勝手な子ばっかりだ。
どうしたらいいのか真剣に悩んでいた。
いや、近づけばいいのは分かっている、が、近づいたところであんな対応をされると困ってしまうわけだ。
「な、なあ」
「んー」
「なあ、椛」
「んー」
しかし、現在の居場所は彼女の家となっている。
この拒まないけど、かと言って歓迎もしないというスタンスがなんとも気に入らない。
「……頼むから」
「返事をしているでしょ」
「そうだけどさ……」
「はぁ……響って本当にワガママだよね、あと物好き、変態」
「へ、変態は余計だろ!」
「物好きは否定しないんだ?」
うっ……いや、抑えろ、爆発させてしまったら今度こそ終わる。
「この前さ、さなも同じように接してきたんだよ」
「そりゃそうだろ……家族なんだから」
「じゃああなたは? 家族じゃないのに来る理由は?」
「そんなの……仲良くしたいからだ」
「はい出たそれ! なんで仲良くしたいのかが全く伝わってこないから嫌なんだよね!」
なんで仲良くしたいか、なんて決まっているだろ。
あたし達はずっと一緒に過ごしてきたから、理由はただそれだけで十分なはずだ。
「昔から一緒に過ごしてきたからじゃ駄目なのかよ」
「別にそう思うのは勝手だけどさ、巻き込まないでほしいんだよね」
「お前と仲良くしたいって言ってるんだ! 巻き込まないなんて無理だろうが!」
あ……結局怒鳴ってしまった。
でも無理だろ、一緒にいなきゃ仲良くなんてできない。
つかこいつ……な、なんでもかんでも恋愛脳で考えすぎだろ、特別じゃないと受け入れたくないってことだろこれは。
「……お前って誰か好きなやつとかいるのか?」
「は? 仮にいたとしてさ、それをなんで響に言わなければならないの?」
「言えよ」
「そうやって命令するところが嫌い。てかお前じゃないし、朝倉椛って名前があるんですけど」
「椛、誰か好きなやつはいるのか?」
もしいるのならそいつに椛と仲良くするよう説得する、そうすればこの面倒くさいお嬢さんも態度が柔らかくなるだろう。
それはもう昔みたいに「響ちゃんさえいればいい!」って言ってくれた時のこいつみたいに。
「いないよ……嫌われているのにいるわけがないじゃん」
「嫌われてるって椛が勝手に考えているだけだろ?」
「はぁ、私は現在進行系で目の前のあなたから嫌われているんですけど? 上げたのはまあ……しつこいからだけどさ」
彼女はそれから「まあ一人でいるとつまらないし」とぶつぶつ呟いていた。
すぐに折れて一人でなんとかしようとするところが嫌なだけだ。
あたしは心の底から自分を必要としてほしいと思っている。
もちろんそれは椛からだけではなく他の人間からもそう。
だけど椛には特にしてほしい。
「ただいま」
仁美が帰ってきてしまった。
こうなればもうゆっくり話すことはできない。
「椛、ミアがいたから連れてきたわよ」
「あ、私は部屋に戻るね、ちょっと来て響」
「え?」
「は? 嫌なの?」
「い、いや……行くか」
まさか誘われるとは。
いや、これはあくまで仁美かミアから逃げているだけか。