07話
結果を言えば意外にも許された。
ま、恋人というわけではないのだから当たり前かもしれないけど。
ミアもあれから来なくなってしまったし、トラブルとは程遠い生活を送っていた。
「椛姉さん」
「うん?」
あ、そうそう、あれからこの呼び方がデフォルトになったんだった。
小学生に手を出せてしまう姉さんマジヤバい、それを遠回しに伝えるためだろうか。
「そろそろテストだから友達と勉強していく。十九時前には帰るからお母さんに言っておいて」
了承して私は大人しく帰ることに。
「なんだいなんだい……別に私とやればいいのに」
なんでもかんでも友達と友達とってそっちばっかり優先して。
姉は冗談でもなんでもなくさなちゃんを優先しているから話しかけてすらこないし。
「はぁ……これって最近たまに耳にする寝取られってやつだよね」
クラスメイトにさなちゃんを寝取られた。
こっちはギュッとした仲なんだぞ、……もしかしてそれ以上をしているということ?
「はぁ……さなちゃんの裏切り者ー」
「なにぶつぶつ言ってるんだよ」
「聞いてよ響、さなちゃんが友達ばかり優先するんだよ?」
私がミアを抱きしめたから当て付けってこと? ……いや、それでも逆効果でしかないわけだけど……。
「つかさ、呼び捨てにするんだな」
「あ、響のこと? うーん、私のことを呼び捨てにしてるしいいかなって。まあいいや、一緒に勉強をしようよ、誰かとやっていた方が集中力が続くから」
「お断りだ」
「えぇ……じゃあいいよ、一人でやるから」
家に帰ったらお菓子食べながらやればいい。
にしても彼女はノリが悪いなあ。
「じゃあな」
「うん、ばいばい」
楪さんの邪魔をしたくないからやるなら自室か。
誘惑してくる物が沢山あるけど、なんとか頑張ってみよう。
可愛くないけど妹だって頑張っているんだ、姉がしっかりしなくてどうするという話。
「ただいま」
「おかえり」
「む、お父さんクビになっちゃったの?」
そうなると生活できなくなってしまう。
重いけど何気に楽しいお買い物だって行けなくなってしまう。
父は呆れた表情を浮かべて「違うぞ、今日は休みだって言ってただろ?」と口にしてため息をついた。
「お母さんと朝から二人きり……これは」
「余計なことを考えるな」
「嘘だよ、テスト勉強をするからごはんとかは頼むね」
「えっ!? 椛が作った飯を食べられないのか……まあしょうがないよな」
「はいはい出た出た親バカさん、お母さんが作ってくれたごはんの方が好きなくせに」
「違うってっ、本当に俺は――」
たまにはお休みだ。
大切なものがもう変わってしまった。
そりゃ娘に対して好きよりも、本当に特別な人を見つけた時の好きの方が大きいに決まっている。
「今日は数学かなあ」
私の高校生活って楽しいことがあんまりないなとカレンダーを見ながらそう思った。
色々とぬいぐるみをいじったり、本を適当にパラパラ開いて流し見してみたり、勉強をしなければならない時はどうしてこうも他のことが捗るのかは分からないけれど。
「友達かあ」
あの学校には響以外に友達がいない。
その響もずっとあの調子だから、友達ってなんだろうって考えてみる時がある。
でも、考えたところで曖昧なものすぎて分からないで終わるんだ。
「魅力がないんだろうなあ」
彼女と二人きりで撮った写真を突っついて一人で呟いた。
これは完全に寂しい人の図だろう。
なにも言うことを聞いてくれない子は友達って言えるのかな。
質が悪いのはこちらが遠ざかるとやって来ること。
あの子のためを考えて離れることを決めたのに、あの子は自分の意思で私のところに残ってしまった。
だけど、結局こういう生活が待っているのなら。
「いらない、よなあ」
と、良くない考えだとは分かっているものの、本能の囁きは無視することができなかったのだった。
「一緒にいるのやめよっか」
言うタイミングはしっかり考えた。
テスト前にゴチャゴチャしたくないからテストが終わってからにした。
これも私なりの優しさだ、どうかしっかりと受け止め、考えてほしい。
「またそれかよ」
「だって言うことを聞いてくれないじゃん、誘ったって全部お断りで終わりじゃん」
「なんでも言うこと聞くのが友達ってわけじゃないだろ」
「なんにも言うことを聞かないのが友達ってわけでもないけど?」
こっちのはあくまでお願いだ、命令じゃない。
そのお願いを考慮すらせず即答で突っぱねたいのなら友達でいる意味がない。
「あのなあ」
「あのさあ、そんなの友達って言えないわけ。さなちゃん達を見なよ、ああして盛り上がれるのが友達なんだよ。で、私達だけどさ、全くそうじゃないよね、ただちょっと一緒にいるだけじゃん」
それにこれを繰り返すのが最早面倒くさい。
関わるなら関わる、興味がない、受け入れたくないなら去ればいい。
どっちかを選ぶ自由があるのに選ばない理由は?
私にこだわるけど、なにもしない理由は?
「だから言ったろ、すぐ諦めるお前が嫌いだって」
「だって期待しようがないじゃん。期待したところで『お断りだ』で終わりだよ? だったら全部自分でやるしかないじゃん」
自分からその理由を作っておいて私が悪いみたいな言い方はしてほしくなかった。
私だって好き好んでこの難儀な考え方をしているわけではない、心から信じて行動したいと考えてる。
でもできないんだからしょうがない、一緒にいるならそういうやつだと諦めてもらうしかない。
「あたしのことが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ、ただ分からないだけ、一緒にいる意味が分からない」
「それはさなとか仁美にも感じているのか?」
「ま、みんなも私も結局は口先だけなんだって思ってるよ」
なんにもこもってない。
だけどチョロいからその度に流されて、信用できなくなるまでワンセット。
「面倒くさい女だってことは分かっているよ。もう面倒くさいからハッキリしてよ、一緒にいて友達みたいに振る舞うか、同じように面倒くさい私から離れるか」
「どっちも嫌だって言ったら?」
「そうしたら私が距離を作る、というか、どちらでもないとか許さないから」
「友達は奴隷じゃねえんだぞ」
「だからさ、嫌なら去ればいいじゃん」
いま知りたいのはなんで私といたいのかということ。
それが分からないままでは一緒にいられない、だからこれの延々ループが嫌なんだって。
「じゃあこうしようよ、私が好きか嫌いか」
「好きじゃない」
「じゃあお別れ」
「面倒くさい女だから好きじゃない、いちいち完璧じゃなきゃ友達じゃないって考えるお前が嫌いだ」
答えが出ているじゃんか、だったら去ればいいのに。
こうなったら適当に対応すればいいか、私も同じように受け入れなければいい。
「じゃあいいよ、もう言わない」
「そうしてくれ」
恐らく分かり合う気がお互いにないんだ。
「はぁ……」
「椛」
「んー? おぉ、君はミアじゃないか」
校門に行ったら彼女が待っていた。
今日も年上キラーは健在で、にこっと可愛らしい笑みを受かべてくれる彼女。
でも知っているよ、結局こうして来てくれていても大事ができたら来なくなるって。
さなちゃんと同じパターンだもんなあ、時期的にはそろそろかな。
というか実際、今日まで来てなかったし。
「さなから聞いたけどテストも終わったんでしょ? だから明日はお出かけしたいなって」
「二人きりで?」
「二人きりで」
「いいよ、どこに行きたいの?」
それにしても、響といるのとは違って癒やされる。
中途半端な態度を取らないからだ、するかしないかがハッキリしているから気持ちがいい。
「大きなところでアイスを食べに行きたい」
「分かった、じゃあお昼に集合ね、場所はどうする?」
「私が椛の家に行く」
「うーん、それは悪いよ。あ、泊まる? そうすれば行動するのも楽だし」
わざわざこっちに来てもらったら二度手間になるし、小学生にしてもらうことではないだろう。
その点家に泊まってくれればそういう問題を全て吹き飛ばせる、年上なら柔軟に対応しなければ。
「うん、じゃあとまらせてもらう」
「じゃあいまからミアのお家に行こうか、荷物運ぶの手伝うよ」
「うん」
もういい、恥ずかしくてもなんでもミアしか癒やしてくれない。
後にどこかへ行ってしまうのだとしてもいまだけを考えて行動する。
「ふふふ」
「き、気持ち悪いけど……」
「いいんだよ、気持ちが悪くたって」
来てくれる内は絶対に逃さないからね――と、やばい人間が出来上がったのだった。
「美味しい」
「良かったね」
ミアが待ちきれなくてお昼前に行くことになった、が、逆にそれがいい方向に働いてフードコートでせせこましく過ごさなくて済んでラッキーだ。
「でもね? なんで私の膝の上に乗っているのかな?」
「え? だめなの?」
「いや、駄目じゃないけどさ」
小学六年生とはいえ結構重い、私のような非力な体つきではそれすらも大変なわけだ、あとアイスも食べにくい。
「あと、なんでさなまでいるわけ?」
「駄目なの?」
「はぁ……こういう時だけはなんか来るよね、学校では全く相手をしてくれないのにさ」
響じゃなかっただけまだ幸いと思っておこう。
それとちゃん付けしているのは家族扱いしていないみたいな感じだからやめる。
「もしかして妬いてる?」
「そうだよ」
なんでもかんでも友達がで最近は終わらせてしまう彼女が嫌だ、たまには最初の時みたいに私の側にいてほしい、それは彼女の意思でしてもらうしかない。
「……私だって妬いてる」
「なんで?」
「だってミアとだけ仲良くするから」
ミアはしっかりしていても小学生だ、だから甘く対応しているのは確かだけどそういう意味で贔屓しているわけではなかった。
ただ、いまの私にとっては彼女だけが救いなのでどうしたって一緒にいたいと考えてしまうことを分かってほしい、それが嫌ならちゃんと一緒にいてほしい、あの時みたいにまたもう一度ね。
「椛は私といたいの?」
「当たり前じゃん……なのに他の子ばかり優先するからさ」
でも現実は違うからどうしたって求めてくれるミアに甘えてしまうんだ。
「でも、友達がいるから椛ばかり優先はできない」
「じゃあなんで今日は来たの? そうやって他を優先するくせに、私が誰かと仲良くすることは許せないと? それってちょっと勝手なんじゃないかな」
響にしてもそう、思わせぶりな発言をしなければ引っかからずに済んだんだ。
だけど彼女達は甘い言葉を囁いた、私は弱いから口先だけでも簡単に信じてしまう――で、結局今回も自分の思い描く理想とは全然違うルートになったわけで。
「他を優先したいならもう来るのはやめてよ」
なんでそれが分かってくれないのかな、響も彼女も、私は単純でチョロいんだ、期待してしまうからやめてほしい。
「……もしかしてミアのことが好きなの?」
「好きだよ、思わせぶりな発言もしないからね」
あ、ちなみにいまミアはいない、そりゃそうだ、小学生の前でこんなギスギスとした雰囲気は出せるわけがないから。
「ん? どうしたの?」
「あー、ちょっとね。これあげる」
「いいのっ? あ、くれても返せないけど……」
「いいって、トイレに行ってくるよ」
さすがの私もこのまま帰るなんてことをするほどクソではない。
ミアの期待を裏切りたくない、そもそもあんまりしていないかもしれないけれども。
「はぁ……」
勝手に付いてきて自分勝手だよなぁと内で呟く、勝手に付いてくるけど要求は一切受け入れられないって自由人か。
しかも、
「え、帰っちゃったの?」
「うん」
割とすぐに戻ったものの、さなは帰った後だった。
なにしに来たのってツッコミたくなる、アイスだって買っていなかったし。
「はぁ……ミアが妹なら良かったのになあ」
「私はいやだけど」
「え、な、なんで?」
「人はたまに会えるくらいがいいと思う。ずっといっしょにいると悪いところばかりが見えちゃうかもしれないから、いまみたいな週に最高でも二回くらいがちょうどいい」
よ、良かったぁ……私のことが嫌いなのかと思ってしまった。
「それに――なんでもない」
「え、言ってよ、気になるよ」
「……椛といて分かったことだけど、椛は空気を悪くするからいやなの」
って、嫌なのかよ……。
じゃあよくその嫌な人といたもんだなミアは。
「帰ろっか」
「え?」
「用事を思い出しちゃった、荷物を取りに戻った後は送ってあげるから帰ろうよ」
「……分かった」
意外にもなにも傷つかなかった、最近は人に嫌われすぎていてどうでもよくなったのかな?
「も、椛、さっきのは――」
「んー?」
「い、いや、なんでもない」
「そっかー」
どうせいい方向に繋がるよう願って行動したところで嫌われるのなら、これはもう自分勝手に行動するしかないんじゃないかって本気で思えたのだった。
「ま、もうしているのかもしれないけど」