04話
より一層大きな声が辺りに響いた。
こういう形で家族と会うのは最悪だ、考えていた流れを全て吹き飛ばしてくれたことになる。
「馬鹿はお前だ、馬鹿椛」
これ以上話をしたところで意味はない、結局それっぽいことを言ってくれても大事な時に裏切るんじゃ信じられない。
「大きな声を出してどうしたのよ」
喋ると新たに敵を作る、あとせめて一人で拗ねたという形にしたい、そうすれば家には普通に帰ることができるからだ。
学校ではまあ、元々彼女といない時は一人だったんだから気にする必要はないだろう。
「散歩してくる」
「こんなに雨が降っているのに? というかあなた、コンビニに行くんじゃなかったの?」
「好みのお菓子がなくてね、それをずっと探してたんだけどなかったうえに疲れて休憩していたの。気にしないで先に帰っていて、ミアだってまだいるんでしょ?」
「そうだけれど……もしかしてさっきのことを気にしているの?」
「え? 違う違う、大丈夫だから先に帰っていて」
頼むから帰ってほしい、またいつ爆発するかが分からないから私でも怖いんだ。
「さな、行きましょうか」
「……椛は嘘をついてる」
「嘘?」
「……でも、椛が決めたのなら邪魔しない」
「帰るわよ」
「うん」
ごめんよ……わざわざ来てくれたのに。
でも、結果的に彼女達が嫌な気分にならなくて済んだんだ。
私だって積極的に怒鳴りたいわけなんかじゃない、できれば喧嘩なんてしないでずっと仲良くしていたいと考えている。
だけど私は弱いから、己の内に留めておけず爆発させてしまう時だってあるわけで。
「帰りなよ」
「馬鹿椛」
そうだよ、馬鹿だよ、他人に期待しない方がいいと考えているのについ甘えてしまうような人間だ。
でも、別に他人からどう思われたって構わない。
「……そういうところが嫌いなんだよ、だからお前の言う通りに動きたくないんだ」
しょうがないんじゃんか、実の母がああだったんだから。
小学一年生になってからは自分でやれることはやらされていた。
その時から期待なんかしている場合じゃない、やらなきゃ怒られるから頑張るしかなかった。
タイミングが悪かったんだろう、幼少期すぎてその考え方が焼き付けられたままでいる。
「じゃああたしがいるからって大丈夫だと言った理由は?」
「ただの失言だ、流されただけだな」
失言ねえ、それだったらいくらでも自分もあるけど。
ま、こんな感じでなんにもこもっていないんだよな、気持ちが。
いい子はなのは確かだけど、適当に対応しているのは寧ろ彼女の方。
それでも勝手に期待して勝手に切れた私が悪い。
「ま、気をつけて帰りなよ」
「優しいな、大嫌いな人間の心配をしてやるなんて」
「馬鹿だからね」
「だな、まあ帰るわ」
こういうのは自分で自虐するならともかく、相手に言われるのはなんか違うというやつ。
まあいい、とにかく風邪を引かないよう丸まっていることにした。
が、
「疲れる!」
二十一時頃になったらさすがにお腹も空くし、足も疲れるということで帰ることにした。
いやほらだって夜中に父を起こしたら可哀想だから、これぐらいで帰ればまだ父はまだ起きてるだろうし。
「こんな時間までなにをしていたんだ!」
とはいえ、普段滅多に怒らない父に怒られて玄関でしょげる羽目に。
父は呆れて「さっさと風呂に行け」と解放してくれたものの、チンケなプライドから行かなかった。
濡れているうえに床を拭くのも後で自分でやらなきゃいけなくなるから扉の方を向いてどかっと座って、聞く耳持たずモードに移行していたからまた来た父や姉がなんて言ったのかも分からなかった。
「も、椛ちゃん、お風呂に入らないと」
このまま風邪を引いてやる、それで部屋に引きこもればとりあえず完全に一人だけになれる。
私が求めていたのはその時間だ、ゆっくりできた方がいいに決まっているんだ。
それから何度も楪さんは言ってくれたものの、無視を続けていたら諦めて部屋へと入っていった。
当然、こんなことをしていれば風邪を引くものだと考えていたのに翌日、
「貫徹したから……?」
全然調子が悪くない自分がそこにいた。
無駄に意地を張ってお風呂にまで入らなかったのにこれ、おまけに寝なかったものだから眠すぎてやばい。
このままではさすがに学校に行けないからお風呂に入ろうとしたら父が来てまた座る。
「……なあ」
ただ怒鳴る、ただ呆れて寝にいった人が今更なにを言うつもりなんだ?
「昨日はその……悪かったよ。でも、心配だったんだ、それは分かってほしい」
後で謝るぐらいだったらやらなければいい、それに心配だったなら普通は最初に――いいや、どうでもいい。
「ごめん」
めちゃくちゃブーメランだけど面倒くさいから形だけの謝罪をしてお風呂に入ることにした。
お金だって全部父が稼いでくれたものを使わせてもらっているから文句は言えない。
だから家ではなんてことはない風に過ごしておけばいい、完璧には無理でもやろうとはしてみせる。
「はぁ……」
期待しないなんて無理だよなぁ、利用させてもらっている時点でしているのと同じだ、頼りにしているということは期待をするのと同じこと。
さて、この複雑な心をどうしてくれようか。
趣味とかはあんまりないし、片付ける手段が見つからない。
「帰ってたんだ」
「うん、さっきね」
「嘘つき、昨日からいたでしょ」
「分かっているなら言わないでよ」
彼女のそれも結局は一時だけのものだったしな。
いまではすっかり他の子とばかりいて一緒にいてはくれない。
姉も同じ、最近は私にではなく彼女に会いに来ているぐらい。
「開けていい?」
「別にいいよ」
当然そこには彼女が立っていたけど何故かミアまで立っていた。
彼女の後ろに張り付くようにして隠れているところを見るにすっかり懐いているようだ。
なるほど、これなら逃げられないってことか。
「あははっ、さなちゃんは策士だね」
「策士?」
「いや、こっちの話。それで? わざわざ顔を見て話さなければならないことでもあった? それとも残念な姉に文句でも言いに来たのかな?」
考え方次第って本当によく言ったものだよな、と。
もうなんでもかんでも悪い方にしか捉えられない、できれば彼女一人なら良かったんだけどな。
「ミアに謝って」
「ごめん」
後で謝るぐらいならするな、二回目。
グサグサ刺さって痛い、割と平気だけど休みたいくらい――って、ただそれだけかい、もう戻っちゃったよ。
「学校行こ」
いつ帰るのかは分からないけど、それまでは楪さんが対応してくれるだろう。
着たままだった制服はさすがに着たくないから予備の物を引っ張り出して着て、家を出ようとしたところで楪さんが声をかけてきた。
「も、椛ちゃん」
「おはよ」
「う、うん、おはよ。あ、それで朝ごはんは? 食べるなら急いで作るけど……」
「いいよ、食欲ないし。行ってきます」
結局敵を作っただけで終わった。
本当に無駄なことをしたと思う、響ちゃんが見たらざまあって笑うだろうね。
「行くのか」
「行ってきます」
な、なんで父もわざわざ外で待っているの? タバコを吸うわけではないから後は仕事に行くだけなのに。
「な、なあ!」
「なに?」
反応が冷たくならないように意識、そういうあからさまなのはただの構ってちゃんになってしまうから駄目だ。
「たまには飯でも食いに行くか」
「お金が勿体ないから私はいいよ、じゃあもう行くから」
外食に行ったのなんていつが最後だ? 揺れるけど、実際にそうだからと受け入れるわけにはいかない。
もういい、さっさと学校に行こう、なんか会話をしていると段々辛くなってくるから。
で、学校には無事着いて普通に授業とかを受けていたものの、やたらと寒くなってきてひとりだけブルブルと震える羽目になった、冬でもないのにだ。
でも途中で帰ったりなんかしたら楪さんに迷惑をかけるから我慢した、おかげで色々なものと戦う羽目に。
「おぇ……はぁ……」
昨日からなにも食べていないのに出るものは出るんだなと少し感心した。
と言うのも、吐くという機会が私にとっては全くないからだ、基本元気だし、調子が悪くても無理やり封じ込めるし。
「――ぺっ……あと一時間だから我慢しろ」
教室に戻ると最高にクラスメイト達の話し声が突き刺さる。
まさかトイレが聖域になるとは思わなかったぞ……。
「椛……?」
「……ん」
「調子が悪いの?」
「……徹夜したから眠いだけ、放っておいて」
あと一時間、気づかれずにさっさと帰ればクラスメイトに迷惑をかけることもない、そもそも今日の私は口数が少ないから飛沫を飛ばしていないから大丈夫なはずだった。
休むわけにはいかなかったんだ、許してほしい。
授業中は突っ伏すわけにもいかないから先生には悪いけど頬杖をついて頭を支える。
授業が終わってもまだ解散ではなく掃除があるから緩慢な動きながらもちゃんとやって教室に。
それでやっと終わりだけど、問題が起きたのはこのタイミングだった、帰らなければならないのに動く気力がなかったのだ。
というか、明日も学校があるし……このまま張り付いていたいくらい。
「帰らないの?」
「……うん、先に帰っていて」
「もしかして怒ってる? 朝無理やり謝らせたこと」
「なんで? あれは私が悪いじゃん……いいから帰っていて、十九時前には帰るからさ……」
喋らせないでくれよぉ……辛いんだよマジで。
そもそもなんで突っ伏していたら怒っているってことになるんだ。
「あら、帰らないの?」
「徹夜したから眠たいんだって」
「徹夜……まあいいわ、それなら帰りましょうか。外食に行くらしいわよ」
「そうなの? 外食とかいつぶりだろ……」
「ふふ、今夜は沢山食べましょうか」
「そうだね」
おぅ、やっぱりさなちゃんもそうなんだ。
まあ基本的に忙しいし、行く暇がないよねという話。
「あ、私は行かないから……よろしくね」
「え、なんで?」
「食欲がないんだよ……お昼ごはんを食べ過ぎちゃって」
「……椛が行かないならお父さんは行かないと思うけど」
「食べないのに行く方が空気読めないよ。だから四人で行ってきて、こっちのことは気にしないでさ」
楪さんだってたまには行きたいだろう、そこに体調が悪い人間なんかがメンバーにいたらせっかくのそれを楽しめない。
「分かったわ、私がお父さんを説得するからいいわ」
「え、仁美……」
「しょうがないじゃない、食欲がないんなら行っても無駄だもの」
「……椛は体調が悪いんだよ」
「じゃあ尚更同じじゃない、私達だけで行くわよ」
「そ、そんなの楽しめないよ」
「じゃあどうするの? あなたはどうしたいわけ?」
「の、残って椛と帰る! だって心配だもん」
そんな勿体なことをさせられるか、なんで自分のせいで妹に我慢をさせなければならないんだ。
「違うから! ほら、元気だから全然! ダンスだって踊れちゃうよ?」
「こんなに手が熱いのに?」
「男の子よりは基本的に体温が高いんだよ」
気持ちはありがたいけど全部裏目に出ている、無駄なダンスを披露したせいでより辛くなった。
「なんで言ってくれないの?」
「体調が悪くないのに悪いなんて言えるわけないじゃん。いいから帰りなよ、私が行かないのは決定なんだからさ」
「……そんな椛は嫌い」
って、この短期間でどれだけ嫌われんねん。
こっちは彼女のことを考えて言っているのになんで届かないんだよ……。
「さな、早く行くわよ」
「……うん、分かった」
ああ、やっと行ってくれたあ。
でもみんなが家を出る前に帰ってしまったら行きづらくなるだろうから当分残ることにした。
外食に行くとなれば帰宅は二十時ぐらいになるだろうから焦る必要はない。
「いいのかよ、せっかくさなは心配してくれていたのに」
この子はなんだろうね……嫌いなのによく近づいて来てくれる子だ。
「本当は調子が悪いんだろお前」
「そうだね」
「そうだねって、あたしが聞いた時には認めるのかよ」
「だって聞いたってなにもしないじゃん。嫌なんだよ、自分のせいでなんか我慢をさせるの、さなちゃんは優しすぎるから駄目なんだよ。でも、響ちゃんは違うでしょ、これを見ても別に支えようだなんてしないもんね。その点については信用しているんだよ」
「それって暗に優しくないって言われてるのか?」
「違う……もういいよ、帰って」
これも気の持ちようなんだろうけど……喋っているとどんどんと悪化している気がする。
「うっ……ちょ、ちょっとトイレ」
……おいおい、これ以上はなにも出ないぞ。
あとなんかお腹も緩い感じがするから帰ることができそうにない。
さすがにこの歳で、路上で漏らすのだけは避けたいから。
「……おぇ……はぁ、はぁ……」
案の定腹痛もやってきて慌てて便座に座った、ただ、俊敏に動いたせいでより悪くなるという最悪なコンボ。
「おい……大丈夫かよ」
ちょ、ちょっと待ってよ……いま私は……臭いだって出ちゃっているんだよ?
こういう急襲の仕方は心臓に悪い、しかもそういう不安感から更に悪化、寧ろ私を追い詰めたいということなら間違いない最善手と言えるけどね。
「椛!」
「帰ってっ」
いや本当に尊厳とかもうないだろこれ……。
汚いけど出すものを出しちゃっているんだからさ……それでまだ残るってどんな勇気だよ。
もっとさ、他の子の時にしてあげればいいんだ、嫌いな人間にすることではない。
それでもまだ残っているということは嫌がらせなのか? 臭いのに? そうなるとかなりの物好きだ。
「叫んでごめん……なんでもないから帰って、多分明日は休むけど」
呼吸を止めて確認していたら出ていってくれたような気がしたからすぐに片付けて個室から出た。
「消臭スプレーしたいな……」
でもないので時間が解決してくれることを願いつつ、頑張って牛歩で帰ったのだった。