第〇話 ③ 「茨の道」
森の中。
あの時と同様に太陽が真上に昇っている。木漏れ日から差し込む日光のせいか、未だに現実逃避をしているのか、それとも魔物の不安からか 馬車の荷台で揺られ、憂愁な雰囲気を漂わせ遠くを見つめる黒髪の青年。
結局流されるまま、ここまで来てしまった。
「そろそろだ」
大きな盾を持つハンターの一言で緊張が走る。
ハンターの狩りは複数人で行われる。
そしてハンターが狩るのはただの動物だけではない。人を傷付ける力を持った魔物を相手にする事の方が多いそう。
ここにいるメンバーは即席で、トオルはサポーターとして参加した。サポーターというのは主に、荷物運びや道行く価値のある植物、鉱物の採集、魔物の解体などを行う裏方の仕事らしい。
――戦闘要員じゃないから確かにスナッグさんの言う通り安心かも。
とポジティブに捉える事で不運で魔物に殺されてしまう…とか 未知の生物の解体なんて……という心配から目を背けていた。
「心配はいりませんよ」
「え、あ、はい」
突然話しかけてきたのは真っ白な肌に灰色の長髪を後ろで一つに束ねた長身の男だ。名前はシムズ
「今日狩るのは強力な魔物ではありません。私共の戦力過多な位です 命の危機どころか、サポーターの貴方は怪我一つしませんよ」
見兼ねたシムズはトオルの緊張を和らげようと柔和な声を掛けてきた様だった。
「ハンターが実力に応じて区分が分けられているのはスナッグ君から聞いたと思います」
*
「区分?」
「そうさ。FからE D C B A Sと来てX級までだ。こりゃハンターと魔物だけじゃなく 異戸、任務も分けられてる」
「分けられると何かあるんですか?」
「二つだ。 戦闘要員の場合は二つ上の等級までしかやれない。戦闘要員がD級のみで構成されたチームはFからBまでしかダメってこった。異戸や任務の話だけどな」
「なるほど…ところで、異戸 って?」
「知らねえのかよ! 簡単に言や 宝と魔物の巣窟 だな」
*
「今回はD級の依頼、E級のビッグベア複数の掃討、対してこちらにはC級の魔法使いと大盾使いがいます。私はE級なんですがね」
シムズはフッと細目を歪ませ苦笑する。
俺なんかF級らしいんだけど… だからこそ非戦闘員なんだな。
……………ん?…え?…今魔法使いって言いました?本当に?
魔法なんて、空想上のソレに彼は首を傾げ、聞き間違いを疑う。そもそもC級と言われた内の片方は大盾使いに相応しい甲冑姿だが、もう片方はローブ姿で杖を持ったいかにも……な姿などではなく、余りに場違いにオシャレな洋服姿だった。
遊び人の間違いじゃ?まあ俺も、着てるのは適当な洋服なんだけどさ
彼が当初着ていた学生服はお金と一緒にギルドの倉庫の中。今着ているのは新たにこちらの世界で用意したものだ。
目的地に着いたらしく、馬車から降りて付近の探索を始める。
「この辺りが目撃情報のあった場所だが…」
「痕跡が残されている。辿っていこう」
何もせず、付いて行くだけでトントン拍子に事が進んでいくのを後ろから見て圧巻に感じていた。
「獣臭。邂逅する!」
現れたのは…酒場の大男ファブニロ……程の大きさの熊が五頭だ。といっても毛皮は見知った茶色、あるいは白などでは無く、赤みを帯びた黒で恐ろしさに拍車を掛けている。
と、その時 特に大きな個体がその巨体からは想像つかない程の早さでこちらに………
……はっ、俺!?!!??
攻略隊からは少し離れた場所で見物していたにも関わらず、ものの数秒で化物は眼前まで迫った。
殺され…!!!!!
身構え、今まさに断末魔の悲鳴をあげようとした時…!
鈍い音が森の中を木霊する
ビッグベアの猛進 その途轍もないであろう威力は完全に殺されていた。 受け止めたのではなく、いなす様に重量を消し 即座に大盾でビッグベアの脳天に殴打を食らわせていた。
「今!」
という盾使いの合図が送られる頃には既に、脳震盪の様な症状を起こしているビッグベアの後頭部から開いた口にかけて氷の刃が勢い良く貫通していた。
理解が追いつかない。
「次が来るぞ!」
休息は無い。他のビッグベア達が飛び込んで来る。乱戦だ。
この仕事、心臓がいくつあっても足りないかも…。トオルは恐ろしさの余り下唇を噛み小さく震えながら戦いの様子を見つめる。
*
「掃討完了、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
気付いた頃には終わっていた。短かったとはいえ直に見る魔物との戦い。噴出する鮮血。……が目に焼き付き言葉を失っていた。未だに心臓がバクバクと鳴り、嫌な汗でダラダラになりつつも、解体作業かな。と律儀にハンター達の下へと向かった。
「顔色ヤベー 初めてなんだっけ?」
「そ、そうです…ははは」
洋服魔法使いの男はフッと笑う。平静を装う為にトオルも合わせて笑みを浮かべる が、到底装えていない。そもそも魔法を見るのも初めてだ。
初めて見る非現実的過ぎるその力と、その威力の恐ろしさ、驚き、羨ましさが混じった複雑な感情を抱いていた。
「さて、私が彼に解体作業を教えるので お二方は帰還まで休んでいて下さい」
「戯け。あの程度で休憩?」
「んじゃこうしたら?オレと大盾使いが一頭ずつ解体するから、一頭はシムズが手本で。もう一頭はサポーター君と二人で。最後の一頭はサポーター君一人で」
洋服魔法使いの提案が採択された。
「解体する主な理由は?」
「……売れる部分を選定して売却する為?」
「合ってますが、他にも意味があります。素材が無ければ魔物を駆除した証明ができない。それと解体作業には死体の処理まで含まれてます」
「異戸なら良いのですが、ここでは――」
「……腐ってしまう?」
「そう、腐敗して病の元となったり、環境を汚染したり、別の魔物を呼び寄せたり、果てはアンデッド化したり。想像が付かないかもしれませんね」
「……異戸では解体の必要は無いんですか?」
「中の死体は勝手に消えるし、生きたハンターしか 異戸の内外を行き来する事は出来ないですからね」
「ただ、ハンターというのは強欲なので。状況に寄りますが、大切な素材だけは頂いて行きますよ」
「……そうですか」
「魔物と動物の違いって、何だと思いますか?」
「……凶暴性ですか?」
「いいえ、人間を襲う凶暴な動物だっているし、逆に人間を襲わない魔物もいます」
「解体する理由の話に戻りますが、 討伐証明に使う どんな魔物でも一つ体内に持っている素材があります。何だと思いますか?」
「……心臓?」
「その通り、でも多分 想像している物とは違うと思いますよ」
解体を進めるシムズから繰り出される問題に答えたり質問したりしていると、やがてビッグベアの死体から小さな結晶が取り出された。その結晶はシムズの親指と人差し指の間で淡い輝きを放っていた。
*
晩。
稼いだお金で宿屋に宿泊したトオルは、本来は一斉に売却するものの…特別に一つ分けてもらった魔石を窓から差し込む微弱な月明かりに照らし眺め、シムズの言葉を思い出す。
〜
『これが魔物にだけ有り、討伐証明として使い、その後高額で売買されハンターの懐を潤わせる魔物の心臓、魔石』
『臓器としての心臓が魔物には無く、代わりにこれがどこかに埋まっているのです。ビッグベアの場合は胸元に。 しかし不思議ですよねぇ。何故、他の臓器はあるのに 心臓だけ石にすり替わっているのか』
『まあ、私達はそれで儲けているので良いのですが』
〜
今回の討伐で得られた金額… 素材の売却で得た物と任務自体の報酬。 分け前はその内の一割以下。
貨幣価値がイマイチ不明だったが、恐らく日本円で二万程…だろうか。そして自分で解体したビッグベアの魔石が一つ……
「肉を切り開いていく感覚が残って…気持ち悪…………でも一割満たなくてこんなに貰えるなら、確かに美味しい」
思わず笑みが零れる。ずっと不安しかなかった中、生きる活路を見出だせたからだろう。
しかしこれは今回たまたま強い人と一緒だったから。 自分の身すらも守れないのではサポーターとは言え危険が付き纏う。
「強く なりたいな」
トオルはその細腕に力を込め、魔石を握り締めた。




