第〇話 ① 「終わりと始まりは噴水で」
……
「暑…」
目を閉じていても分かる。ウンザリする程の暑さと瞼越しに感じる陽光の眩さに過剰に混乱した。薄目を開けると そこには 既知ではなく、未知が広がっていた。
――ここ…どこ?
眼前広がるは石造りの路面を歩く風変わりな容姿の人間(?)達と、時代錯誤な中世建築物の数々。少し奥には馬車が走っているのも見える。背後には水の音が聞こえる。彼は謎の街の噴水の そのフチに座っていた。
そして今度は眩さの正体、空に目を向ける。
――さっきまで真冬の夕焼け空模様を眺めていたのに
彼は、白一つない真っ青の快晴に唖然とし 暑さにか、ひどく不快感を示した。
逆に、元々太陽が真上に昇っていて 今が夕焼けなら納得は出来ていただろう。眠ってしまっていたかと。 …まぁ
体感温度の差と、この喧しく旧時代的な近景は説明のしようもないが。
「とりあえず携帯……」
せめて場所くらいは分かるはず。ポケットを念入りに探すが見当たらない。
嘘だろ………………。
青年は呆然と空を見上げる。
「いや……これ……………ぅーーーん?…」
余りに賑やかなその場の様子をしきりに見渡していた彼は、座ったまま 言い表せない感情を前述の挙動不審な動作で顕にしていた。
周りの人々から冷ややかな目線が向けられる中、何と無しに自分の座っている噴水の 溜水に焦点を合わせた。
「…ちょっとだけ冷たい」
薄めに張られた水面に汗ばんだ右手を浸し、水温を確認する。
実際はそこまででもないのだが、元いた場所との大きな寒暖差と着ている服装のせいで暑くて仕方がなかった彼の頭は、顔を洗いたい。飲める?循環しているとしたら不衛生?まあ顔を洗うくらいなら…しかし、マナー的にはどうなんだろう?
と、もっと他に考えるべき事があるのにおかしな事を心配していた。恐らく体感温度だけじゃない。脳が 事態の異質さから気を紛らわそうとしているのかもしれない。
「はー。気持ち良」
結局、彼は衛生面やマナーよりも 顔を洗って少しでも涼む事を優先した。
…よし、さっぱりしたし 一先ずは状況整理………
「出来るかあ"!!!!!!!!!!!!!!!!!」
頭を抱えて苦悩し、つい叫んでしまう。 一層、人間(?)達からの視線が痛く突き刺さった。
あ。
ふと、雑踏の隙間からこちらを怪訝そうに見つめる小さな子どもと目が合った。
金髪だし、目鼻立ちも。絶対日本人では無いし、少しばかり耳が長い気もするけれど、とりあえず人間らしかったので
「そ、そーりー…」
人と人ならざる者の混在した群衆の中を怖ず怖ずと掻い潜り、その少年の元へと辿り着くやいなや、目線を合わせ可能な限りの笑顔を作り
「え、えくすきゅーずみー?うぇーあーいずでぃす……かんとりー??」
と 不慣れで間抜けな英語を駆使し、金髪の子どもに声を掛けてみた。第一町人とのコンタクトだ。
……が
「ぁ…」
異国の少年はそそくさとした様子で器用に人々の足元を潜ってその場から去っていった。要するに逃げられてしまった。 俺の何が悪かったの……… 第一邂逅は失敗に終わった。
陰鬱な気持ちを抑え、元いた噴水へと戻ると、両手を広げ 周りの人々と自分との違いに意識を向ける。
「はぁぁ…暑ぅ"どっか日陰ないかな……………ぁ………服」
パッと見て分かる周りと自分との違いだ。この群衆の中にこの格好は場違いとしか言えない。
彼が身に纏っていたのは所々に黄金色の修飾が施された漆黒の装束 ……もとい高校の学ランである。ちなみに冬服の為、想像を越える暑さだ。
「脱ご」
真っ黒よりは半分白の方が良いだろう。それに汗ばんで良くないし。
〜〜〜!
「…ん?」
ゴワゴワとした学制服の上着を脱いで、カッターシャツ姿で呆然としていた所 気のせいか幻聴だろうが 微かに自分の名前を呼ばれた様な気がして、彼はほんの少しだけ冷静になり、強い喧騒の中の人々の会話に注意を払う。
「日本語…? 最初に気付けよ俺…」
色々と ひどく混乱していたせいかスルーしてしまっていたが、ここにいる全ての人間は聞きなれた日本語で会話を行っていた。
自分のボケっぷりに思わず笑ってしまう
どうなって??…見渡す限り、日本どころかアジア人の特徴に当てはまる容姿の人は歩いていないし、それどころか頭に獣の耳が付いていたり、尻尾が付いていたり、巨大なトカゲが二足歩行してたりもする。腰には剣みたいな物が。……大規模な仮装パーティでしょうか?
これがゲームならヒヨコが俺の頭の周りをクールクール回ってるなあ。こんらん状態。 いやゲームなら何も問題はないのか。
現実から逃避するように、彼はくだらない事を考えながら、力無く噴水のフチに座り込んだ。
*
一月末日
玄冬。
其処は北の台地、学校帰りにとある広場の噴水に腰掛けながら、眉上までの前髪を弄ぶ黒髪の青年。名前は天羽 透。
齢、十と七つにして何か偉業を成し遂げた……!事も無い。
特筆すべき特技がある……!訳でも無い。かといって頭が良い!……事も、悪い!……事も無い。腕力に至っては無いに等しい。
やるべき事はやるけれど、必要の無い事は好きな事以外極力やらない。
性格に少々難有りなだけで、とても凡庸な高校生。
そんなトオルの目に映るのは、夕日に焼かれ優美に輝く街模様。眼下に積もり溜まった雪は、暮れの光に照らされ煌めいている。
上を見上げると、橙色を中心に綺麗に色付いた絹積雲が広がっていた。
「彩雲」
字に起こすとたったの二文字。太陽の光が回析することによって雲が虹のように色付く現象。
科学的に証明された、特別珍しくもない光象。
けれど、その雲には昔から 見た人には何か良い事が起きる という人間のエゴ、もとい願望が込められている。
吉兆、信じていないけど。
短く、白いため息を吐きながら胸中で毒付いたその裏腹 何か、思慮する様にその夕日をぼうっと見て
……
「いただけなのに何でこんな…」
酷い仕打ちだと思った。吉兆ーーー?煽ってますの? 海外ですら放り出されたらどうしょうもないだろうに、もはや どこにいるかすら検討もつかないなんて。
夢で あれ
相変わらず、現世離れしたこの現状をため息を漏らしながら眺めていた。
「綺麗」
不思議なもので、見知らぬ土地とはいえ 物語に入り込んでしまった様なこの世界観を楽しみ、荒んだ心が少し癒やされていた。その結果…
「やはり夢、なのでは?」
結論と願望が入り混じった。
夢は人の記憶から作られる。これは自分の体験した事や断片知識が重なり合って出来た自分のストーリーなのでは?無意識でありながら大脳皮質や記憶に関する部分が覚醒時同等の水準で活動するレム睡眠下によく出現するとされるが、前述の記憶体験断片知識、あるいは外的刺激、内的となれば精神困窮。または普段抑制され意識しない願望か。誇張されていることも多く、結果 現実的ではないケースもしばしばある、今回は正しく非現実的だ。自分はこれを心の奥底で願い望んでいたのか?―――
「黒いの。どうしたんよ顔色悪いけど」
「!!」
片側の肩に乗せられた重量と、重低音のおどろおどろしい声に、折角 掛けられた負荷から逃避していた脳が現実へと引き戻されてしまった。
恐る恐る。頭を上げ 恐ろしい声の主の顔を確認す………あれ?全然顔まで見えない。あれ?あれ?
「…でっか!!!!」
「お、おい。急に大声出すなよ。ビックリするだろ」
声や風貌とは似つかわしくなく驚いている声の主は、二メートル半ばありそうな人間離れした体躯に、自分の頭より太い両腕を持つ鎧姿の大男だった。背後には確実にトオル自身よりも大きかろう剣を携えているのが見えた。
「あぁ無理だ…」
青年は卒倒し、勢い良く噴水の中へと倒れ込んだ。
*
「痛…」
ズキ…と頭に鋭い痛みが走った事で目が覚め、鮮明に記憶が蘇る。そして落胆する。まだ夢の中にいるのか…と。
しかし、夢の中で、暑さを感じる事が。水の冷たさを感じる事が。気絶する事が。そして痛みを感じる事が。 あるのだろうか?
苦悶していると再び痛みが走ったので、本能的に頭を抑えると ある事に気が付いた。
「包帯巻かれてる」
見ず知らずの人間を助け、応急処置まで施してくれる。なんて心優しいお方なのだろう。感謝しかない。
「てか体痛い… いや硬っっ?!」
反省もつかの間、上体を起こし四肢を伸ばすと、眠っていた場所に手の平を当て驚いた彼の口から発せられたのは ベッドに対する不満。
――家が恋しい




