07-3. お茶会
クリスティアナさまもシャーロットさまも大人しくなって、空気は多少柔らかくなったけれど緊張は解けない。悋気に触れれば退学で済まないのは、誰の目にも明らか。掌中の珠を傷つけられたなんて思われたら、強い権力を持つエイトリン侯爵に家ごと潰されるかもしれないのだから。
対する私のアングラート公爵家は大きいだけで権力はあまり持たないけれど、後見であるデュヴィヴィエ公爵家はエイトリン侯爵家と同じくらい権力が強く、やはり睨まれたらただ事では済まないのは明白。
どちらの陣営にも睨まれたくないけれど、味方にもならず平穏無事に学園生活を送りたい。穏健派とも呼ばれる令嬢たちは政治とできるだけ関わりたくないのだ。
その後は見た目だけは和やかな雰囲気でお茶会が終わる。
どれだけ楽しめたか微妙というか、、私のいたテーブルで楽しめた人は誰もいなさそうだった。
「改めてお詫びするわ、ごめんなさい。せっかく頑張って準備してくれたのに、台無しにしてしまって……」
授業が終わって移動するメリルさまを見つけて声をかけた。
「そんな……! 公爵令嬢に頭を下げさせるなんてっ!!」
「爵位は関係ないわ、学園だもの。悪いことは身分が高くても駄目なのよ。非が私にあるのだから、謝るのは当然だわ」
できる限りの誠意をもってのことだったけれど、やはりというかメリルさまやご一緒している方たちは慄くばかりだった。
私の後ろにはデュヴィヴィエ公爵家が――淑女科一年生の二大派閥の一つがついているのだから。
「無理かもしれないけれど、私としては家を持ち出したくないの。少なくとも子供たちで解決できるような話に、実家の権力は不要というより邪魔なものだと思っている。もちろん相手が実家の後ろ盾を利用するなら、私も実家を持ち出すのは吝かではないけれど。だから、できれば普通にしてもらいたいの。公爵令嬢としてではなく同級生として……」
自分が難しいことを言ったのは承知している。生まれながらの貴族の令嬢たちが、爵位を気にしないなんてできないのだから。
でもここで仕方ないと妥協してしまったら、卒業するまでずっとデュヴィヴィエ派のアングラード公爵令嬢として、生活しなくてはいけなくなるし、それはすごく嫌だった。
「難しいけれど、こうは考えられないかしら? 嫁ぎ先が同じ爵位の方とは限らないでしょう? 男爵令嬢だって下に見ていたら伯爵夫人になるかもしれない。逆に侯爵令嬢が子爵夫人になるかもしれない。確かに爵位は重要だけど不変ではない、だから一旦爵位を見なかったことにして、誰に対しても敬意を持って接すれば良いのではないかって……」
「でもやはり難しいですわ……。田舎の伯爵家から公爵家に嫁ぐなんて考えられませんし……」
メリルさまは慎重だった。一緒にいらっしゃる同級生たちも。
当然よね、私が悋気を起こせば全員一か月後には消えているのだから。もちろんそんな真似はしないけれど。
「今年は……新入生が多くてクラス分けに成績を考慮したそうです。勉学だけでなく素行や品性も、家庭教師に聞き取ったそうなの。だからみなさま全員が格上のお家に嫁ぐ可能性が高いのですわ。ほかのクラスよりも」
「それは、私も聞きました」
メリルさまを始め全員が知っているようだった。親世代なら誰でも知っているような話だから、令嬢たちにも話が下りていて不思議ではない。
「だから本来はクラスを分けるはずの、リディとエイトリンさまが同じ教室にいらっしゃるの。少しどころでなく居心地が悪いかもしれないけれど、卒業まで何年もあるのですから、できるだけ楽しい学園生活を送りたいわ」
四年間、二大派閥に睨まれないよう縮こまる未来を予測したらしく、全員が固まった。
でも……私の提案に乗れば平穏な学園生活が送れるかもしれない。断れば今日のお茶会みたいな生活を卒業まで送らなくてはいけない。
「大丈夫でしょうか……?」
「なんとかなるわ、きっと。今はエイトリンさまも肩に力が入っているけれど、そのうちに莫迦らしくなって楽しまれるようになると思うの」
希望的な言葉だけど、実は確信を持っている。
前世での学園生活も最初は派閥争いがあったけれど、権力闘争を繰り広げるよりも楽しみたくなった令嬢ばかりだったから。
リディとクリスティアナさまが仲良くなるかわからないけれど、今のような喧嘩腰の態度はなくなるだろう。それも早いうちに。
「でも……それまでの間、産地まで気にするのは大変で……」
「そうよね。王都でアングラート公爵領のもの以外の小麦を探すのは難しいわ。それでも気にして外すのかしら?」
距離の近さから我が領のものが大半を占めているのに、わざわざ遠方のものを探すのは至難とはいえないけれど、なかなか骨が折れる。
何より学園の食堂の仕入れまで口を出すことになるから、生徒の立場で手配するのはかなり骨が折れそう。
「ほかの方に目を向けるのではなく、自分に向けるのはどうかしら? 自己紹介のつもりで、それぞれが実家の領地の特産品をお菓子にするの。ほかの領地のことはわからないから、ってことにすれば言い訳として十分ではなくて? オラン伯爵家の乳製品を楽しみにしていると言えば、角も立たないと思うわ」
「……! 確かにそうですね。次の方に提案してみます」
メリルさまがほっとしたように同意した。
「上手くいくことを祈ってるわ。それと楽しみにしているとお伝えしてね」
これで一件落着となれば良いけれど、と思いながらみんなと別れ、リディたちの方に向かう。
「どうだった?」
「私たちの方は良いお茶会だったわ」
リディとユージェニーが二人して、楽しかったとか良かったと返してくる。羨ましい。
「こちらは取り巻きの方が難癖をつけて最悪だったわ。喧嘩を買ってトドメを刺したのだけれど……」
「「マリスが!?」」
「私も、怒る時は怒るのよ」
二人の後を付いて行くことが多いから、おっとりしているように思われていたみたい。
そんなことは全然ないのに……。
単に人付き合いが苦手というか、同い年の友人がリディとユージェニーが初めてで、いまだにどうしたら良いか戸惑うことが多いだけ。
前世でも人に流されていただけだったから、言い返せないと思われるのも当然といえば当然かも。今度は自分の足でしっかりと立とうと思っているから、強気に出られているだけかもしれない。
「お茶会の席でもね、私と会話をすると威嚇するの。それで嫌味を一つ二つ言っただけなのだけれど、場が冷えちゃって……。やりすぎたみたい」
さっき謝罪とフォローを入れたけれど、やりすぎた感もあるし、台無しにした自覚もある。
「大丈夫よ、マリスは。いつだって事後を考えて動くもの」
「だったら良いけれど。一応、授業が終わってから改めて謝ったりしてはあるけれど……」
リディの慰めにちょっとだけ気持ちが浮上する。
「気にしても仕方がないわ。次がどうだったかで、対応を考えるしかないでしょう?」
ユージェニーの言うことはもっともで、気にはなるけれど、これ以上悩んでも無駄でしかないと思いながら、気持ちを切り替えることにした……。
引きずりやすい性格だから難しいけれど。




