06-2. 選択授業 ―行軍乗馬―
「ちょうど良いから、次の授業も受けていけよ。魔法戦闘は覚えておいて損はないぞ」
「甘いものを少々食べ過ぎても痩せられるぞ」
楽しそうに言うけれど、戦闘馬鹿な狼兄弟が言っても全然心に響かない。
「いや帰るから」
「研究が……」
「読まないといけない本が」
三人同時に断るけれど、簡単に捕獲されたまま馬場から闘技場に連行される。
「医師の卵がいると、怪我の対処が早くて助かるんだよ」
「これも勉強だと思っておけ」
そう言うけれど使徒と私は医師じゃない。
「二人とも魔法医学中級だろう?」
「……」
「……」
確かに薬師は、医師がいないような場面で治療を行う必要があるため、中級までの授業を修了する必要がある。医師とは名乗れないけれど、簡単な診断や処置は一人でできるし、それなりに大きな病気や怪我も医師の指示で治療したり看護したりできるくらいの実力を求められるのだ。
私は医師でも薬師でもないけれど、領地の片隅で何かあったときのために、最大限の薬学と医学の授業を修了している。百合や使徒ほどの実力はないけれど、そこら辺の素人よりは戦力になる自覚があった。
だけど選択していない魔法戦闘の授業にまで参加するのは嫌だ。絶対に怪我人の対応だけでなく、自分が怪我人になる未来が見える。わかっているから二人もすごく嫌そうに拒否してる。却下されたけれど。
「非戦闘員も護身術の一つくらいできないとな」
「カワイイ女の子は狙われやすい」
絶対に護身の範疇を超えていると抗議したいけれど、こうなった狼兄弟を止められるのは、辞めてしまったアーレイ先生しか知らない。同郷の先輩だけあって、何かある度に鉄拳制裁で黙らせていた。カッコイイだけでなく怒らせると怖い女性騎士だった。
――どうして領地に帰っちゃったんだろう。
売られる前の仔牛の気分になりながら遠い目になった。魔法で運ばれるよりはマシだから自身の足で歩いて行くけれど、虚無の目になっても仕方がないと思う。
「おお、今年も来たか!」
闘技場に着くと同時に目ざとく教師の一人が声をかけてきた。
私たちの同期は全員魔法戦闘上級を取った伝説の年だから、先生たちに顔と名前を知られている。本当だったら必須の初級を終わった後は選択しない予定だったのに……。
「連行されてきました」
「なんか無理矢理……」
「……」
言葉を返せた私と使徒はまだマシで、百合は虚ろな表情のまま立ち直れていなかった。
なのに狼兄弟は凄くイイ笑顔で。
「今年こそは履修だけでなく修了させたくてな!」
「「「はぁっ!?」」」
あまりの言葉に思わず声を上げた。
魔法科は専門以外もすべて初級の講義は必須だけれど、中級以上は自由参加。上級は専門によって受講不可もある。たとえば薬師や医師向けの上級教科は取れなくはないものの、覚えることは膨大な上に実習で大きく時間が取られるから現実的ではない。
同じように魔法戦闘も護身のために覚える生徒は多いけれど、魔法騎士と同等の戦力を身につけたいなんて奇特な生徒でもない限り、受講しようなんて思わないのだ。
なのに私たちの同期が何故、全員受講したかと言えば、半分くらい狼兄弟の陰謀だと思う。初級だと取りあえず剣に飾り以上の役割を持たせられるとか、結界の張り方を知ってる程度の技量にしかならない。野盗に襲われて救援を待つ間中ずっと結界を張り続けるだとか、素人相手に戦うには中級修了程度の実力が必要になるのだ。
とはいえ上級ともなれば進路を決めた生徒くらいしか受講しないほど難易度は跳ね上がる。
だから受講する気はなかったのだ、本当は。
なのに狼兄弟に連行されるように連れてこられて受講し、今年また同じように受講させられそうになっている。
――そこまで強くなりたい訳じゃないのに。
足手まといにならない程度で十分なのだ。公爵家当主という立場があるから、それなりの人数の護衛がついている。腕の立つ優秀な人たちばかり。自分で動くよりも自身の安全が最優先になる。
「お前たち全員、実家の太さを考えて言ってるよな?」
銀狼が少しだけ真顔になった。
「わかってる心算だけど……」
私はアングラート公爵であり、外向きには当主代理であり唯一の直系後継者である。百合は王宮魔法師医師団長の娘。元は平民ながら何人もの優秀な魔法医師を排出し、身分があった方がやりやすかろうという理由から叙爵された家柄。現在の爵位は伯爵だ。新参とはいえ貴族の身分になってから百年以上の歴史があり、新興貴族と言われるほど浅い歴史ではない。
使徒の家も同じ。魔法薬師の名門であり、同じように平民から叙爵された。爵位も同じ伯爵。高位貴族の身分はあれこれ横槍を入れられなくて楽らしい。かといって侯爵や公爵になると社交が面倒臭いから丁度良いと聞いたことがある。
「政治的にはともかく、狙われやすい立場なのを自覚しとけよ。特にユエィン、お前は家の乗っ取りを考えたら暗殺対象だってわかってないだろ?」
「分かってるよ、お父さまは我が家の乗っ取りを諦めてないし、叔母さまの夫は金の為なら何でもやりそうだって!」
相変わらず自分の息がかかった使用人を送り込んでくるのだから、わからない筈がない。
下働き以外は全員、領地からの採用に切り替えている。唯一、料理人だけは難しくて領外からだけれど、信頼できる筋の紹介状がある人だけ。
そして下働きは私の側に近寄れない。本来、下級使用人の仕事である掃除も執務室周りは執事のオベールか女中頭のエメに任せているし、私室の掃除は侍女にした代官の娘であり、下級使用人の仕事をさせることに不満が出ないよう、給金はそれなりに高めだ。
「王子が護衛の騎士並みに強いのと同じだ。お前たちも強くなれ」
「さすがに王族ほどでは……」
私が一番、危険な身の上ではあるけれど、王族と比較するほどでもない。公爵家は国内に複数あるし、同じ爵位ならエリク殿下と婚約しているリディの方が狙われやすい。
「全然わかってない!」
ゴツンと拳が頭上に降ってきた。
「魔障の特効薬を作ったのはユエィンだろう? ほとんどの生徒が使者が作ってると思ってるが」
「――!!」
知っているとは思わなかった。
私から話したのはアーレイ先生と担任のユーグ先生、学長の三人だけ。辺境伯領に薬の材料を置いてきているけれど、先生を通じてだった。
同期の一部はそれとなく勘づいていて、だから紅菫はリディの病気の相談を、私に持ち込んだ。
でもそれほど接点の多くなかった銀狼まで気付いていたとは……。
「父も新薬の情報を探っているみたいよ。製作者も含めて」
使徒が補完する。
「たとえ家族でも、学園内のことは学長を通じてしか話せないって言ってある。だから何も言ってない。そのうちに学長から直接聞けるだろうって静観してる」
「辺境同士で情報の交換はしているが、詳しい情報を持ち合わせていないのは変わらん」
二人の話では、私だと特定はできていなさそう。
だからそこまで神経質になる必要はないと思うのだけれど……。
「でも学長預かりの案件だし、製法から何から全部渡しているのに?」
「学長は王族だろう? 学園のトップとはいえ、政治とは距離を置いてるし継承順位も低い。守られる立場な上に重要度が低いから問題ない。でもお前は逆だろう? 対外的には当主代理に過ぎない子供だ。なのに重要度は国王の次くらい。もっと危機感を覚えろ」
再び拳が落ちた。地味に痛い。馬鹿になったらどうしてくれるんだろう?
「取り敢えず同期で参加できそうな連中には声をかけた。お前は強制的に受講だ。使徒と百合もな。受講生が多ければ特定もされにくいだろう、という配慮だ」
誰からの? と聞きたいところ。二人ともさすがにちょっと嫌そうな顔をしている。
「でもそれってどうなの? 私たちみたいに研究室を持ってる卒業生ならともかく、完全に卒業したら戻ってくるのは難しいと思うんだけど」
追加の学習が必要なときは手続きが必要になる。この時期に声をかけても書類が間に合わないはずだ。
「そこは学長とユーグ先生が融通を利かせてくれる。領地に戻った連中や仕事が忙しいのは無理だろうが、半数くらいは参加するんじゃないか?」
少しどころでなく嬉しそうにニヤリと笑う。
最初に戦闘魔法上級を受講した年、狼兄弟は参加者が多い功績をもって成績に加点があったらしい。今回もそういった利益がありそうだ。給与が上がるとか。
「……嬉しくない」
「……楽しくない」
「……右に同じ」
溜息を吐きながら強制参加の三人が弱い抗議の声を上げたけれど、聞き流された。
「行軍の授業のあと、連続だから移動が楽だろう?」
確かに移動だけは楽だけれど、それ以外が全然楽じゃないって気付いてほしい。私たちは頭の中まで筋肉でできてる狼兄弟とは違うんだと言いたい。
それはもう声を大にして。




