06-1. 選択授業 ―行軍乗馬―
長かったので二分割にしました。
リディたちと別れた後、認識阻害の魔法を使いながら魔法科の校舎に向かう。
自分に与えられた研究室で着替えると馬場に向かった。
「久しぶりだな、チビっ子」
ニヤリと笑うのは銀狼。隣には黒狼の姿もあった。
「狼兄弟! どうしてここに?」
「王都にいる魔法騎士が足りないからだよ。戦闘魔法の講師だけって訳にはいかないんだ」
確かに辺境は日々、魔獣狩りをおこなっている。魔素が豊富で作物の成長が良いけれど、同時に魔獣も多く育つ。死骸を放置すれば魔障が発生して大変なことになるから、魔法騎士は何人いても良いくらい。
だから王都に滞在したがる魔法騎士は少なくて、辺境から持ち回りで送り込むことになっている。
「アーレイ先生と交代だな」
「ラングーラン領に帰ったんだっけ?」
私が魔法科に入学したときにお世話になっただけでなく、フェム神聖国に行くときに護衛を頼んだこともある女性騎士だ。
すごく強くて狼兄弟二人を相手に軽々と剣でいなしていた。カッコ良くて美人な憧れの女性でもある。
「アーレイ先生が良かった……」
「俺たちじゃ不満だってか?」
銀狼の笑みに凄みが増した。
「そんなことは……思ってるけど」
「イイ度胸だな」
迫力が増すと同時に威圧がかかる。魔法で脅かそうとしているのは丸分かりだった。でも魔力量では負けない。剣も素手でも勝てないけれど、結界だけは二人より上手く張れるから怖くない。
「そこ! 子供を虐めない!!」
一触即発といったところで止めの言葉が入った。
「使徒、百合も!」
二人は狼兄弟同様、元同級生だ。魔法薬師と魔法医でもある。
「卒業してからも学園に?」
「研究科に籍を置いているの。王宮魔法師になるためにね」
「市井で学ぶことも多いから。最近は卒業と同時に王宮魔法師団に入ると視野が狭くなるから、少なくとも五年は町医者や町の薬師として働くのを推奨しているのよ」
前世でも同様だったか覚えていない。
でも確かに貴族の生活と平民の生活が違うように、治療する病気も微妙に違っていたりするから理に叶っているとは思う。
「スタンピード以降、迅速な対応をするなら乗馬の一つもできなきゃって思ってね」
受講動機は私と同じだった。
昼夜を問わず馬車を走らせ続けたあの日、到着が遅れた分だけ人の命が失われるかもしれない恐怖を、経験したからこその思い。
「あれからずっと魔法騎士志望者以外にも受講生が多いんだ。薬師と医師志望の生徒がほとんどだけどな」
「あの時は大変だったものね……」
「軍医だけでは有事の際に手が足りないから。王宮に出仕するにせよ、町医者になるにせよ、荒れた道でも馬に乗れた方が良いから、ずっと受講しているのよ」
二人とも見た目は理知的で清楚系美人だけど、武闘派な一面がある。スタンピードの応援に魔法科の生徒が駆り出されたとき、私たちの学年の後方支援リーダーは二人だった。
「それで、ほかの生徒たちは……」
言いながら狼兄弟の後ろを見ると、五、六人の生徒がすでに集まっていた。引率されながら軍馬のいる場所に案内される。
「大きいけど、思ったより小さい……?」
居並ぶ馬たちは、さすが軍馬という貫禄があった。どれも狼兄弟より背が高くて、ちょっとばかり偉そうに見下ろしている。でも護衛の騎士たち向けの馬は、もっと背が高かったように思う。
「騎乗しての戦闘を想定していないからな。行軍についていくのが前提ならこれで十分だ。実戦でもこの種の馬が宛がわれる」
「大きいのは気性が荒いし、力も強いから不必要に疲れる」
軍馬はどれも同じだと思っていたから意外だった。
「まずは挨拶から」
それぞれに人参が配られて、馬に向かう。乗馬の授業の最初と同じだった。
近づくと迫力が半端ない。ブルンと鼻を鳴らし、前脚で地面を軽く蹴る。見下ろすというより、見下すといった感じだ。
気にせずに人参を口元に差し出した。
――ポイッ。
咥えたと思った直後、私に向かって投げ捨ててきた。
その後で、再びブルンっと鼻を鳴らす。
間違いなく、私を馬鹿にしている。
「ふーん……」
言いながら一気に威圧を叩き込む。
ほかの馬に影響がないように指向性を高めるだけでなく、私と馬を結界魔法で囲んだ。
「どちらが上かわからせないと駄目かしら?」
にっこり微笑むと拾った人参の土を払い、再び口元に持っていく。
「食べなさい」
魔法を一段強める。
上下関係を分からせなければいけないと言うなら、きっちり身体に覚えさせる所存。
魔力量だけならこの場の誰よりも多い。身体能力が低いから弱者とは限らないのだ。
――パクリ。
今度は素直だった。尻尾を揺らしながら美味しそうに食べ終わると「もっと」と追加をおねだりする。
「おかわりはある?」
結界を解くのと同時に、銀狼に声をかけると、即座に人参が手渡された。
「よろしくね」
追加の人参を食べさせながら声をかけると、尻尾の揺れが大きくなる。どうやら上手くやっていけそう。
その後は順調だった。乗馬技術はそれなりにあるとはいえ、一回り以上も身体が大きな軍馬に慣れるため、今日の授業は馬場で軽く走らせるだけで終わった。
「今日は随分楽だったわ」
「拍子抜けするくらい……」
同級だった百合たちと言葉を交わす。
「でも……スタンピード応援のアレを思うに、これから急速に厳しくなる気がするわ」
「私もそう思う……」
三人で溜息をつくけれど、狼兄弟は何が良かったのか機嫌良さそうに馬にブラシをかけていた。
魔法科在学中、スタンピードとそれに伴う大規模魔障発生の対策に、応援に行ったのは鮮明な記憶になって残っている。何せ夜中に街道を疾走するなんて、魔獣被害に遭いたいとばかりの暴挙、休憩時間を最小限にするために馬へ回復魔法をかけ続けたのだ。人は回復用ポーションを飲み続け、そのまずさに皆で愚痴を言い合い、揺れる馬車の中で到着までの間、頑張って三級ポーションを作り続けた。しかも魔障の回復薬を大樽に入れて積み込んだせいで、著しく座る場所を取られた結果、横になって寝るのが交代制。荷馬車の荷台に乗るのさえ初めてだったのに、それはもう筆舌に尽くし難い苦痛だった。
正直言ってもう二度と経験したくないと思った。でも魔法騎士に言わせると荷台とはいえ馬車に乗れるだけ楽らしい。馬を駆っている最中に寝ると、落ちて踏みつけられるからと。「アレは本当に痛い」と言っていたけれど、普通は大怪我か死亡案件だと思う。
「少しずつ体力をつけて、夜間の移動にも耐えられるようにならないと……」
「それよりも地面に寝ることを考えなきゃ駄目よ。きっと日帰りなんて生易しい実習にならないだろうから」
「……領地の視察に夜営を取り入れるわ」
三者三様に言葉を漏らすと溜息が和する。
荒事には慣れないが、有事の際に駆けつけられる薬師や医師になるためには、訓練と慣れが必要なのだ。私はそのどちらでもないけれど、前世での記憶や今世での実績を鑑みて、安穏としてばかりではいられないのが容易に想像つく。自分と他人を守るためにも、少々の荒事に慣れる必要があるのだろう。
「なんだお前たち、まだ帰ってなかったのか」
いつの間にか馬の世話を終わらせた狼兄弟が、すぐ近くまで来ていた。
――気配がなかった!
会話に夢中というほど盛り上がっていなかったのに。魔法騎士の気配の消し方が半端ない。
私も淑女科から魔法科に移動するときは気配を消す。使い慣れた魔法だから、ほかの人が使っても大抵はわかるようになる。
だからまったく気づかなかったことに驚愕した。
乗馬の授業だったのに、乗馬のシーンがなかった!(ちょっと反省)




