19. お父さまとの決別
フェドー伯爵家の復興は順調だった。
叔母さまと会った時、既に初夏という季節だったから、大急ぎで領地の河川工事を始めた。領民だけでは足りなさそうだったので、二か月ほど出稼ぎ労働者を募って工事を頑張った。お陰で、晩夏の嵐時期は大きな災害は発生しなかった。多くは無いけれど収穫もできた。回復ポーションも大量にフェドー伯爵領に送ったから、疫病の流行を抑え、収穫祭は賑やかだったと、叔母さまは嬉しそうだった。
交際費を含めた経費をアングラード公爵家が負担したため、伯爵家としての体面もどうにか保てた。まだ先は長いから楽観はできないけれど、従弟であり、叔母さまの長子であるフェルナンが学園に入る七年後までには、借金はなくなるのではないかと思っている。
「マリス、君はフェドー伯爵のことをどう思う?」
「叔母さまに辛い思いをさせる人は嫌いです」
デュヴィヴィエ公爵の問いに、私は即答した。
政略結婚だった叔母夫婦だけど、結婚直後は仲は悪くなく、どちらかといえば良好だった。だけど先代の借金した上での贅沢と、それに同調する夫に愛想を尽かすのは、さしたる時間はかからなかった。しかも結婚直後に妾を囲い、正妻よりも早く子を成すことで、夫婦の関係は修復不能になったのだった。
「叔母さまの子より、妾との子の方が年上ですけれど、伯爵が妾の子を後継者に指名する可能性はあるのでしょうか?」
「無いとは言い切れないな」
「可能性を潰すことは可能でしょうか?」
「それはできるが、嫡子が無能で庶子が有能だったらどうする?」
「従弟はまだ五歳ですから将来のことは判りません。ただ領主としての自覚と義務を理解して、十分に役割を全うできるのなら、問題ないと思います」
伯爵の妾は男爵家の次男坊の娘だった。貴族の血は引いているが平民である。調査報告には、伯爵家に出入りしていたドレスメーカーの針子だったのを見初めたのだとあった。父親が早逝して苦労していたともあった。今は貴族の愛人が多く住む、そこそこ治安の良い住宅地に一軒家を与えられ、通いの使用人を二人ほど雇い入れて生活しているとあった。子供は七歳の男の子が一人と五歳の女の子が一人。家は小さいけれど親子三人が生活するには十分過ぎ、不自由のない生活を送っているらしい。
「有能たれとは言わぬのだな」
「有能な家臣さえいれば良いのです。家を潰すような真似さえしなければ、敢えて伯爵家を今以上に大きくする必要もないでしょう。立て直しさえ終われば、それなりに税収が期待できる豊かな領地です」
「そうか、では伯爵のことはどうしたい?」
「叔母さまの体面が保てて、これ以上の迷惑をかけなければどうでも良いです」
「ではお父上のことは?」
唐突に話題が変わったので、一瞬、言葉に詰まる。
「お父さま……私の父のことでしょうか。領地の一つの監督権と経営権を任せている代わりに、税収をそのまま収入にするような取り決めをしているのですが、一昨年の被害から何も対応をしなくて、税収がほぼありませんし、陰ながら領民への支援はしていますが、そろそろ領地を回収したいと思っております。ただ領地を取り上げると収入が無くなりますし、お父さまもご実家を頼り辛いと思うので、どうしたものかと悩んでいます」
正直にお父さまと縁切りしたいと言う。多分、異母妹がアングラード公爵家に上がり込む可能性は無くなったと思うけれど、今の状況では絶対に無いとは言い切れなかった。まだ幼い異母妹では、母親を亡くして一人で生活するのは難しいだろう。例え使用人に囲まれているとしても。
「だったら手切れ金を渡して、アングラード公爵家とお父上の婚姻を解消してみてはどうか」
「具体的にはどれくらいの手切れ金を用意すれば?」
「そうだな、預けている領地の売値くらいを用意できれば大丈夫だろう。想像だがアングラード公爵家の蓄財の一割くらいになるのではないか」
ガルリオ領を売却した場合の金額は判らないが、大きく外れてはいなさそうだ。デュヴィヴィエ公爵の言う蓄財は現金資産のみを対象としていそうだ。
「金額は詰めなければいけませんが、一括で金貨を準備できるかと思います。お父さまと我が家の婚姻解消の手続きにお力を借りられますか」
ここは好意に甘えることにする。実際に話を詰めれば、私の想像通りの金額だった。
「どれだけお父さまはアングラード公爵家を嫌っていたのかしらね」
お父さまは婚姻解消手続きの時でさえ、屋敷には帰ってこなかった。しかも私と会うことさえ厭い、書類と金銭のやり取りは代理人を通してだった。親子らしい交流は全くなかったけれど、一応血が繋がっているというのに、随分なことだと思う。
とはいえ、お父さまと縁切りできたのは手放しで喜びたい。
お父さまは婚姻解消とともに姓をアレオンに戻した。万が一、お父さまとその愛人が亡くなったとしても、異母妹がアングラード公爵家の敷居を跨ぐことはなくなった。
お父さまは実家には戻らず、貴族街の外れ、それなりに収入のある貴族の次男以下が、独立するときに住む場合が多い地域に屋敷を買って移り住んだ。治安が良く城への出仕にも便利な土地なので、悪くは無い選択だったと思う。
アレオン伯爵家は代替わりしておらず、まだお父さまのお父さまが当主であるけれど、お父さまのお兄さまが所帯を持っているし、敷地内の別宅とはいえ、一緒に暮らすのは思うところがあるのだろう。元々、あまり領地も大きくなく裕福ではない実家への、金銭援助と引き換えの婚姻だった。親に売られたと思っていても不思議ではない。
屋敷を買うのと同時に、お父さまは愛人と正式に婚姻を結んだ。再婚相手との間に、私と同い年の娘がいることが社交界に知れ渡り、ちょっとした話題を提供したそうだ。私自身は夜会に顔を出す年齢ではないし、リディと共にリディのお母さまに連れられてお茶会に顔を出したり、フランシーヌ叔母さまに連れられてお茶会に参加するくらいなので、イマイチ社交界の話題についていけないが。