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12. スタンピード

「誤字脱字報告一覧」にて指摘された箇所がトラブルを起こしていたため修正しました。

またストーリーに変更が出ない程度に文章を見直しています。

「スタンピード」に関して説明不足だったため、文章を追加しました。

 約一か月ぶりの王都帰還に気持ちが落ち着く。帰ってきたなという感じだ。


 王都では何事も無かったが、不在時にお父さまが屋敷に一度、来たそうだ。本来のお父さまの家は、アングラード公爵家の街屋敷だけれど、私にとってお父さまが家に顔を出すのは「帰宅」というより「訪問」という気分にしかならない。お父さまが来た理由というのは、税収が昨年の一割五分に減ってしまって、頭を抱えていたからだとか。


 お父さまの言い分は、無報酬で休みなく堤防を復旧させ、来年は平年通りの税収を上げさせるように命令しろということだった。


 これだから搾取するだけの無能は……。


「本当にその通りでございます」


 心の中で呟いたつもりだったけど、うっかり口に出ていたらしい。オーベルに頷かれてしまった。お父さまのこと以外は、何事もなく平和だったらしい。取り敢えずは良かったと思っておく。お父さまの懐事情が原因で、私の後継者問題が浮上する上に、お父さまの愛人の死亡率が上がるので、これから先、慎重に動かねばいけない。


 あと半年で学園の一年が終わる。次の学年末こそ学長推薦を貰って卒業する心算だ。勉強はまだ足りていないけれど、卒業してもまだ九歳だ。学園の研究科に籍を置いて勉強すれば良いと思っている。籍さえ置いておけば、授業も受け放題だ。


 お父さまを気にしつつ、卒業に向けて論文を書いたり課題をこなしたり、これから暫くは、とても忙しく過ごすことになる。追加してフェム神聖国で入手した光石を使ったポーション作りに着手する必要が出てくる。手順はさほど難しくないから作成は問題ないのだけど、試す相手がいないのが難点だ。未だ病気の治療法が確立していない上、患者自体が稀なのだ。


 どうしたものかな……。


 悩むけど良い方法は見つからない。半年以内に結果を出して論文を書いて卒業したいのに。


 ポーションのレシピと効能を記した魔術書は、学園図書館の中でも、誰にも顧みられないような最奥にあった。同じものは屋敷の図書室にもあるけれど、人手に渡す気がないので屋敷にあるのは内緒だ。


 そうこうしている間に時間だけが経っていく。


 スタンピードが発生したと王都に報告が上がったのはそんな時だった。


 魔獣の多い辺境では、魔獣によるスタンピード被害が珍しくない。集団暴走を意味するスタンピードという言葉が、一般的に魔獣による集団暴走の意味で使われるほどだ。


 アーレイ先生を含めた戦闘魔法の教師は全員、発生した領に応援に行くらしい。学生も戦闘魔法上級クラスは全員が討伐に駆り出された。実戦経験の無い学生は後方支援が主だと言うけれど、危険なことには変わりない。


 魔獣が通り過ぎた場所には魔障が発生する。一過性のものだけれど長ければ一月位、魔障が濃霧となって辺りを覆うから厄介だった。


 私はそんな状況に、不謹慎だけど、実験ができると思ってしまった。


 学園からの応援部隊の中で、一番仲の良いアーレイ先生を捕まえた。


「先生、浄化のポーションがあります。まだ試験が終わってませんが害は無いと思うので使ってください」


 差し出したのは光石入りの浄化ポーション。


 浄化作用のある薬草を合わせて水出ししたものに陽光石を入れたものと、月光石を入れたものの二種類だった。


「卒業論文用に作ったポーションです。魔物や魔障の浄化に使えます」


「何それ、聖水とは別物なの?」


「聖水より効果が強くなったものと思っていただければ……。ポーションそのものは二つとも同じですが、使っている石が違うと、効果も微妙に違ってきます」


「どう違うの?」

「陽光石を使ったものは、魔障を一気に浄化します。もし結晶化したものがあれば砕け散るような感じです。月光石はゆっくりと溶かすように浄化して、魔障に侵された組織を戻すような作用になります。図書室にもある『魔法学的宝石学』という本に詳しいことが記載されています」


 話した後は目まぐるしく状況が変わった。まず担任のユーグ先生が呼ばれ、次に医術の担任や魔法薬の先生が、最後に学長まで集まった。


「価値が無いと言われていた光石にそんな価値があるとは……」


「国境が変わりますね」


 先生たちが深刻そうに相談を始める。


「国境が変わることも、フェム神聖国が侵略されることもありません」


 私が発言すると、全員の目が私に向いた。


「光石は祈り、人の心が結晶化したものです。魔素が結晶化して魔石になるのと同じですね。そして祈りが集まる場所であれば、どこでも光石は採取できるのです」


 懐から小さな袋を取り出して中身を机に出した。小さいながら幾つもの光石が出てくる。


「これはアングラード公爵家の領地で産出したものです。自領で試みたものですが、領地に戻る度に祈りを捧げていた龍の祠にできていました。


 どこでもと今言いましたけれど、正確には龍脈が関係していると思います。龍を祀る聖地は龍脈が地上に露出している所です。そこで祈りを捧げることで、光石が生まれると思っています。


 ちなみに光石だけでなく、龍石も産出されています」


 学長の指示で実験することになった。魔障を放出したままの魔獣の骨が用意され、ポーションがかけられる。陽光石の方が骨が砕けて霧散し、月光石の方はゆっくりと溶けながら、一回り小さくなり、本来の動物の骨のような白い骨が残った。


「ポーションを鑑定したところ、身体に悪そうな感じではありませんね。そもそも使っている薬草も浄化作用があるものだけですし、ただの水出しですから、害になりようもないのですけれど」


「臨床で試してないからなんとも言えませんが、試してみる価値は大いにあります」


 魔法薬師と医術師の先生たちが私の作ったポーションに興味を示す。


「しかし効果を考えると……秘匿性が高いな。ユエィン、君も応援部隊でポーション作りに参加しなさい」


「判りました。でも私が王都にいないというのは、あまりバレたくないのですが……」


「だったら我が家に逗留したことにすれば良い。後ろ盾になってやろう」


 学長の太っ腹な提案に私は飛びついた。


「しかしユエィン君は戦闘に慣れていない貴族令嬢ですよ。戦場に耐えるのは難しいと思います」


 ユーグ先生は反対のようだ。


「ポーション作成が一人というのも問題ですね。最低でも四、五人は欲しいです」


「人手が足りないならユエィンの同級生から参加者を募ろう。友人と一緒なら、少しは心強いだろう」


 私が参加するのは、学長の中で既定路線になったようだ。そして情報漏洩を防ぐために、私と近い人たちだけに協力させるようだ。


 まだ昼休みを過ぎたばかりだったので、授業を中断して教室に全員が集められた。ユーグ先生からスタンピードの現場に行く学生を募れば、全員が参加すると言ってくれる。

全員が薬草学の中級クラスで、使用する薬草は初級で教わるような一般的なものばかりだ。


 そして出発の当日、蓋を開ければ医術の上級クラスの学生全員が参加することに。殆どが三年生と四年生だ。チビ達に任せて、王都でのんびりしていられないとの事だった。本当は上級生全員が参加したかったのだけど、戦えない学生が大勢行っても迷惑だから、行くのは我慢する。と伝言付きだ。人手が足りないと連絡があればすぐに駆け付けられるように、当分は自宅通学の学生も寮に入り、学園から離れずに待機すると言っていた。


 馬車には大樽が積み込まれる。水出しは時間がかかるから、移動中に抽出するのだと言われた。


 休憩は殆ど取らない強行軍だ。馬は治癒の上級クラスに在籍する先輩たちが次々に回復魔法をかけていく。中級の私と違ってとても効果が高い。人の回復はポーションだった。あまりの不味さに馬は飲まないけど、人なら飲めると言われた。馬より低い待遇に、全員が笑う。荷馬車で荷物の様に扱われながらも、荷台の上でポーションを作る。領地に配っている三級ポーション作成用の魔道具を回収してもらって届けてもらった。持ち込んだ鍋と水で、次々にポーションができていく。


 作業の合間に、みんなお尻が痛いとか疲れたとか言っていたけど、飴と回復ポーションを交互に飲んで凌いでいた。


 今回の旅程は、夜も魔法で道を照らしながらの徹夜行軍だった。とんでもない強行軍だったけど、お陰で三日という、考えられない日数で到着した。帰りはこんな無茶をしたくない。


 領主館に到着した私たちは、男性使用人の手を借りて荷下ろしをする。樽の中身は液体だからとても重い。


 館内は怪我人のうめき声であふれていた。場所もベッドも足りなくて、床で手当てを受けている人が殆どだ。ポーションも医術師も全然足りていない。


 運び込まれたポーションは次々と怪我人に使われていく。ポーションの保管室では、樽から持ち運びをしやすい容器やポットに移し替えられ、空いた樽には新たなポーションを作り始めるのだった。


 上級クラスに在籍する先輩たちは、私たちがポーションを作っている間に、重症患者を癒していく。患者は回復していくが、次々と運び込まれて来るので休む暇は無い。それでも休んだ方が良いと言われて横になれば、あっという間に眠りに落ちる。


 目が覚めると陽は既に高かった。患者の傍に行けば、まだ人は減っていない。昨日と同じように、ひたすらポーションを作ったり、医術師の指示で患者に治癒魔法をかけていく。そうやって一日が終わる。そんな日を何度か繰り返していくうちに、患者が徐々に減っていった。


「なんか終わりが見えたね」


 同級生たちと雑談をする余裕もできてきた。更に数日すれば、患者は殆どいなくなった。スタンピードによる魔障が解消したのだろう。血や膿の臭いが辛いと思ったのが、何日前だったのか思い出せない。本来は辛い記憶になるのかもしれないけど、同級生たちと一緒だったからか、全然問題なく対処できた。


「今回のスタンピードは大したことなかったわ」


 医術の担任教師が笑顔で言う。


「魔障の末期になるとね、骨や内臓まで毒素が回って、全身黒くて酷い状態になるけど、今回はそんな末期の患者は出なかったし、怪我が元で亡くなった患者はいたけど、私たちが来てからは魔障で亡くなった患者はいなかったもの」


「学生でもやればできるんですね!」


「まだ中級の授業を受けている学生でも、思ったより役立つね!」


 口々によくやったと自画自賛する。


「豪華な食事でもてなすことができず申し訳ないが……」


 領主が済まなさそうに言って、お茶とお茶菓子を差し入れてくれた。丁寧に淹れたお茶と、焼きたてのお菓子はとても美味しい。同級生全員でお茶会を楽しんだ。魔法騎士志望の学生だけが、お茶より酒が良いと言っていたけど、聞こえないふりをする。


 数日後、討伐隊による終結宣言が出たので、私たちは現地を後にする。陽光石と月光石は領主に口止めをした上で少し分けて帰ってきた。


 帰路は普通に休憩を取り、宿で休んで帰ってきたから十日ほど時間がかかった。途中でアングラード領にポーション作成魔道具を返却する。学園に戻れたのは、出発してから一月半後だった。


 私たちは学長直々に労いがあった。学業の方は特別課外授業の扱いだった上に、全員が最優秀の評価である。更に学園居残り組がお疲れ様会を開いて労ってくれる。大変だったけど報われた気になってくる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 搾取するだけの無能だってわかってるなら速やかに「不幸な事故」にあって貰えばいいのに(๑•̀‧̫•́๑)
[気になる点] スタンピード(stampede)は集団暴走・群衆事故。 日本では古い米映画の題名で使われ広まりました。 残念ながら「スタンビート」では意味不明となります。 数が多いのでテキストエディ…
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