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第1話 ランタナ伯爵

 

 今日はなんと気持ちの良い日だろうか。大きくあくびをしてから伸びをする。

 たまには窓のカーテンを開けて外を見た。眼下に広がる町ではすでに民が活動を始めている。その肌の色の多さたるや!


「おはようございます、大公殿下」


 多神教にした結果を見下ろしていたら、クレトンがやってきた。

 ……クソ忌々しい現実を伴って。


「……夢ではないのだな」


「はい。現実でございます」


「私が一国の主人だと?」


「左様でございます」


 ふん、笑わせる。

 確かに幼い頃は、一国一城の主に憧れていた。


 しかし、しかしだ。


 それはもう半世紀は前のこと。

 今さらなったところで、大して思うところがあるわけではない。

 むしろ、やることが増えるのでは、と危惧しているほどだ。


 ブラックは、滅びたまえ。


「クレトン、早速法整備だ。新たな法律を作る。王国憲法と古代ソルス朝憲法に詳しいやつを集めろ」


 メイドたちに着替えさせながら、クレトンに指示を出す。同時に、クレトンが疑問を浮かばせた。


「はい。しかし、法整備、でございますか?」


 その瞳は、すでに在るものを使うわけにはいかないのか、と物語っている。


「新しく作り直す。私が気に入らない内容が、いまの憲法にはあるからな。それでは不満か?」


「いえ、不満など! かしこまりました。では、手配しておきます」


 慌てたように訂正し、クレトンはケータイを取り出し、ぽちぽちと何か操作する。

 ただ単に、指示を出しただけだろう。己の部下に。


「それはそうと、お嬢様……あ、いえ、大公殿下。東部諸侯の一部から、使いの者が来ております。貴族当主同士での会談をお望みだそうですが、いかがされますか?」


「これまで通りに呼んでくれ。私は私であるということの証明であり、私が道を外さないための枷としてもな。……会談か」


「はい。会談はお断りされますか?」


「いや、受けよう。日程を擦り合わせて、決まったら報告を」


「はい。このクレトン、身を粉にして働きます」


「まぁ、ほどほどに、な」


「はい」



 クレトンとメイド4人を伴って書斎に向かう。

 この城も、築60年ほどだ。そろそろ建て替えようか。見栄えと内装が悪すぎる。

 部屋と部屋との間隔と遠すぎるし、何より無駄に広い。もう少しこじんまりとした機能的な城でいいのだ。


「クレトン、20年以内にこの城を改築するか、新たな城を作るぞ」


「はい」


 クレトンは基本、はいと頷くだけで私には逆らわない。が、こういうやつほど危険を持ってくるなんてのはありふれた話だ。

 警戒は怠らない。


 書斎の扉を開け、中に入る。


 私は領内から届いた資料を片手に不正がないかなチェックなど確認していった。



 *



 クレトンの日程調整の結果、9日後、12日後に貴族当主たちと会談を行うことになった。

 そして、今日は当日である。

 普段は着ない対外用のドレスを見に纏い、私はメイドたちの完璧な仕事を恨む。


「お似合いです、お嬢様!」


「興奮しすぎだ、クレトン。解雇されたいなら早くそう言え。後継者を育てたらいつやめてもいいぞ」


「生涯お嬢様の近くにおりますので、ご安心を」


「……いや、そうじゃなくてだな。私とクレトンでは寿命までの年齢の開きが大きいだろう。私が困る。後継者を育てよ。これは命令だ」


「……かしこまりました」


 ショボンと肩を落としたクレトンは、ドアのノックで佇まいを直す。一瞬にして切り替えた。やはり、プロとしか言えない。


「ランタナ伯爵がお越しになりました」


「客間へ」


「かしこまりました」


 ドアが少し開き、外のメイドから受け取った内容を、いつもよ四人のうちのひとりがこちらへ伝えた。

 それにクレトンが答え、決して私が直接メイドに話すことはない。


 まったく、クレトンは厄介だな。


「参りましょう、お嬢様」


「そうだな。しかし、良いのか? お前の息子だろう」


「はは、構いません。このクレトン、お嬢様にゾッコンでございます」


「寒気がする。そういうのは冗談でもやめてくれないか……」


 体がぶるりと震える。

 男と体を合わせるなど、狂気の沙汰でしかない。

 周りから見れば私は女なのだから、それが普通というものであろうが。私にとっては男同士で肌を重ねているような感覚なのだ。




「ようこそ、ランタナ伯爵。我がスェルツ城へ」


 元々が辺境の防衛のための侯爵だ。城とはいえ、機能的には砦のほうが近い。だから、部屋が離れすぎているのだ。アチコチに。


「これはこれは、またお美しくなられましたな! 父上も、迷惑をかけていないようでなによりです」


「クレトンには世話になっているよ。まぁ後継者を育てないのは許さんが」


「父上……あなたも若くないんですから、後継者の一人くらいは用意するべきですよ」


「一人でクレトンの代わりが務まれば良いのだが」


「おや、父上は存外、評価が高いようですね。安心致しました」


 クレトンが従者の立ち位置を守り、主人の横から口を出さない。そういうところだぞ、クレトン。

 横目で訴えると、事もあろうに飄々とガン無視を決めている。


「ところで、今回の、公国へ降る件なのですが……」


「ああ、聞き及んでいる。ランタナ伯爵ならば、問題なかろう。爵位もそのままで良い」


「ありがとうございます、殿下」


 ランタナ伯爵がチラリと自分の配下に指示を出す。

 私の斜め後ろに控えていたクレトンが、配下から箱を受け取った。ちなみに、配下はガチガチに緊張している。


 それもそうだ。なんといっても、前領主であり前主人なのだから。


「礼を言う。これからも、よろしく頼むよ、伯爵」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 左胸を右拳で軽く叩く。

 それが貴族の礼儀だ。


「では、またお会いしましょう」


「そうだな」


 笑みを浮かべてきたので微笑み返す。

 そのまま玄関口までついていき、伯爵は馬車に乗り込んだ。


「ああ、そうだ。フリージア嬢、協議会には気をつけておくんだ。いいね」


 言うだけ言って、彼は帰った。

 言葉遣いから、それが叔父からの忠告であると言うことがわかる。


「中身はなんだ?」


「はい。これはおそらく魔封じの宝玉かと」


「……随分と高く買ってくれたものだな。ランタナ伯爵にはそれに応えねばなるまい」


 この世で最も高価な物――それが魔封じの宝玉である。

 これは無限に魔力が湧いてくると言われている不思議物質であり、そして、ジェットエンジンのエネルギーを供給している動力源でもある。

 それほどのエネルギーを放出し続ける戦闘機は、だいたい5000kmで宝玉の魔力が尽きてしまうのだ。


 魔封じの宝玉にも、底はある。




 *




 帰り際に言ったランタナ伯爵の言葉が、妙に引っかかる。


「クレトン、協議会から、何かあるか?」


「あの愚息が言った件ですな。今のところは何も報告されておりませんが……」


「……我が領は王国の東だものな。隣が帝国だけとあっては、な」


「はい。帝国は太陽神教ではないので、元々協議会に参加しておらぬようです」


 そうだよな。

 うちの情報源、今のところ王国と帝国しかないんだよ。くっそ、もっと密偵を増やすか?


「……いや、そうだな。決めたぞ、クレトン」


「はい。なんでしょう?」


「密偵を三分の一だけそのまま活動させ、残りの三分の二は教育隊に配属する。新たな密偵を育てる。ついでに無線距離を伸ばすよう開発局に言っておけ」


「はい。では、一度帰還命令を出しておきます」


 わざわざ私が訓練しなくとも、密偵に訓練させれば良い話。密偵は全部で三十人だったはず。情報量は落ちるが……どのみち、このままだとジリ貧だ。

 教育課程を見直さなくては……。


「……やることが多いな」


 領内の学校、二つに分けるか。

 軍事学校と、高等学校。今は両方同じ学校で通しているが、国の首都となった以上、専門に特化させる必要がある。

 広く浅く……はしばらく無理そうだな……


 帝国め、余計なことをしてくれた。

 お前たちが攻めて来なければ、私は侯爵のままだったものを……!





 *




 王の私室にて、王は独り言を呟く。


「よかった……よかった……うまくいったぞ! ナイスだ帝国! あの化け物を手放すのはもったい無いが、協議会を相手にするには分が悪すぎるのだ」




クレトン         前前侯爵夫妻

  |               |

  |      侯爵の娘(伯爵夫人) ー 父上

現ランタナ伯爵 ー |           |ー母上

                     |

                  フリージア

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