プロローグ
何をやるにも、広く浅く。
それが私のモットーです。
*
心地よい日差しがカーテンの隙間から注がれ、私はうめき声を上げながら脳を覚醒させていく。
「うっ……眩しい」
ピンポイントで当てられた太陽の光。いつもいつも、同じ時間、同じ場所に現れる。
時期による変化などなく、ただひたすらに同じ。だからこそ、この世界の人々は皆、時計というものを必要に感じないのだろう。
空を見ればわかる。
町を歩く人に聞けば、100人中100人がそう答えるはずだ。
だから、毎朝、私はこの光に目覚めさせられるのだ。
「お嬢様、おはようございます」
「あぁ、クレトンか。今日も今日とて、今日が来てしまったな……」
「何をおっしゃいますか。今日があれば明日はあるのです。また今日があるということは昨日もあるということ。太陽神のお導きがあればこそです」
ネクタイをキュッと締め、主人の戯言に付き合うこの執事は、この世界に似合わず早50歳である。
ピンと背筋を伸ばし、深く腰を追って挨拶する。まったくもって、極められていた。
私が嫌いなものである。
何事も、広く浅くだ。
それは、少なくとも浅くはない。深すぎる。学びすぎなのだ、この執事は。
「朝から忌々しいものを見せるな。はぁ」
「朝からため息を吐いては、太陽神の加護が失われてしまいますぞ」
「知るか、そんなもの。太陽神の加護? 笑わせるな。私は神を敬うつもりなんて毛頭ない」
神なぞクソ喰らえだ。
なぜ神如きが私に加護を与える? むしろ私が貴様ら庇護を与えねばならんわ。
「クレトン、遊びはこの辺にして、行くぞ」
「かしこまりました」
クレトンは、またしても綺麗な、それはもうとても綺麗な礼をする。
見ているだけで腹立たしい。
私は天蓋付きベッドから這い出て立ち上がった。
そうして、部屋の隅に控えていたメイド4人が動き出す。
「「「「お嬢様、おはようございます」」」」
「おはよう」
一斉に整った唱和を聞かされ、返答する。
私が両手を真横に伸ばせば、メイドたちは各々の仕事に取り掛かった。
つまり、私の着替えである。
一人でできるというのに、侯爵家の令嬢はこれだから。
*
私は元日本人男児である。
この異世界へと転生を果たしたのだ。それも、侯爵令嬢に。
まったくもって不愉快だ。
女という性別は、その一個の性別だけで繁殖が可能なのだ。それはつまり、広く浅くをモットーにしている私の意思に反しているとも言える。
男という性別は、決してその性別のみでは繁殖ができない。故に不完全であり、浅いのだ。
これを理解できた友人は、皆無だった。
別に地球世界に未練があるとかではない。友人も、家族も、私のことを異端扱いしていた。気が狂っているだとか、頭がおかしいだとか。そんなことばかり言われては、余計に拗れるというものだ。
おかげさまで、私はこの通り捻くれ者としてこの世に生を受けている。
「お嬢様、先日放った隣国、パントラルグ帝国への密偵の件ですが、無事全員帰還しております。報告書がこちらです」
「死なれては困る。私が教育したのだぞ」
この世界よりはるかに文明が進んでいた、地球の技術を叩き込んでやったのだ。
これでも元自衛官。その辺は心得ている。
「……にしても、隣国か。遂に隣というか、我が領地と接しているのだな」
「はい。彼の国の戦力は非常に高く、また野心も大いにあると容易に推測できます。このスェルツ侯爵領、ひいてはツヴァルスミュット王国も、危険な立場にあるでしょう」
「その程度、わかっている。王家の応援は期待できるのか? 東部諸侯はどうしている。よもや、帝国に与する貴族はいないだろうな?」
「はい。王家に関しては返答が未だ来ておりません。が、密偵によりますと、東部諸侯は静観の構えです。スェルツ家、及び王家の反応を見て、鞍替えする可能性もございます」
馬鹿者めが。
軟弱な弱小貴族はもう、この際放っておこう。気にしても無駄だと考える。
要は、帝国を返り討ちにすればいい話だ。
「で、こちらの戦力は?」
「魔導兵が千、歩兵が八千、騎馬隊が六百、魔導戦車が八十台、魔導戦艦が二部隊、移動式固定砲台が百台、魔導戦闘機が六十機でございます」
「確か、帝国は内陸国だな?」
「元は、でございます。近頃は海にも面しております。海上戦力も整えつつあり、との報告が入っております」
ちっ。
私が転生してすぐの3歳の時から12年で現在の軍備を整えたというのに、帝国はそれを物量で整えるだと? 私の苦労を知れ!
「陸軍国家めが。我が領地を攻めさせるものか。帝国には空戦を行える何かはあるのか?」
「こちらの報告書をお読みください」
スッと出された報告書を読み、ところどころの補足の絵も流し見る。
「時代遅れのワイバーン風情で、我が領地に喧嘩を売ろうとしているのか」
バカなやつらだ。ワイバーンはどうあがいても時速四十キロメートルが最速だ。対して私の作り上げた魔導戦闘機はマッハ一で飛んでくれる。ジェットエンジンなめるな。
まぁ、全部魔力とかいうわけのわからんもの頼りだが。
「お嬢様の考案したものがなければ、スェルツ侯爵家も危うい状況でした」
「お前たちが平和ボケしすぎなだけだろう」
「そう言われては、何も返す言葉が見つかりません。ですがこのお嬢様専属執事クレトン、お嬢様のご命令であらば命さえ惜しくはございません」
「そうか。まぁ、ほどほどにな」
「はい」
さて、ではどうするか。
帝国はどうやら軍の再編を行なっているらしい。まだ隣国を制圧したばかりで、被害の確認さえ済んでいないようだ。
これならまだ、内部反乱とかも期待できるだろうが……やっぱ先手必勝だよな。
「よし、まずは帝国の首都を空爆するぞ。秘密兵器の魔導爆撃機十機、出動準備だ。護衛は戦闘機が持ち回りでしろ。四機でシフトを組め。固定砲台はここぞというときに使う。準備だけは怠るな。あと、先制攻撃のことを王都に伝えろ」
「先制されるのですね……。しかし、本当に首都の爆撃ができるでしょうか?」
こいつらは、まだ訓練しか見たことがないからな。戦闘機の圧倒的空戦力を見たことがないとなれば、不安になるのも仕方ない。
「それほど心配なら、太陽神にでも拝んでおくのだな」
背中まで伸びる金髪ロールを肩の後ろに払いのけた。
相変わらず、長い髪は邪魔すぎる。
「太陽神のご加護がありますように」
「「「「太陽神のご加護がありますように」」」」
*
さて、王家から許可は貰った。
勝てるならばやっても良いと。
しかし、布告だけは必ずするように、とのことである。
「面倒な。奇襲性が薄れてしまうぞ」
「これも国際法の一つです。仕方ありません」
国際法なんぞ守っていられるか。というか、あれは寄り合いだろう。
一度だけ父に連れて行ってもらい、出席したことがある。その時のことは今でも忘れられないほど衝撃だった。
ちなみに父は5歳の時に死んでいる。邪魔だったから殺したのだ。母はもういなかった。兄弟もいない。たった一人の侯爵令嬢であり、侯爵本人である。
ただ、国際法の内容を確認するためだけの、協議会なのだ。
この協議会こそが太陽神とかいうクソ野郎を信仰する大元で、太陽神教を国教とする国々は加盟している。その数なんと36ヶ国。文明が発展途上のこの世界において、この数は驚異的とさえ言えるだろう。
だがしかし、ツヴァルスミュット王国の国教は太陽神教であっても、我がスェルツ侯爵領ではほかの宗教と同じ。多神教を採用しているのだ。どんな神を敬ってもいい。
これも私がした革命の一つ。宗教革命である。
この世界初の、多神教論者になってしまった。
「さて、では行こうか」
現在、四機の戦闘機に守られながら国境までやってきた。つまり、帝国との境目である。
私は声を大にして言った。
魔導機械を使って。
『帝国に告げる。我がスェルツ家は貴国に対し、宣誓する。
これより開戦である。
我が軍門に降れ』
ただそれだけで、開戦の合図となる。
双眼鏡で敵を見れば、狼狽えて右往左往し、いまだ防衛ラインは構築できていない。
今がチャンスである。
「通信を爆撃機に繋げ」
「はい」
クレトンが無線機を寄越す。
『さて、健闘を祈る。我が領地に仇なす者共を駆逐したまえ』
『はっ!』
艦長からの威勢の良い返事に頷き、無線機を置いた。
「あとはもう何もしなくてもいいだろう。爆撃作戦がうまくいけば、もう帝国は、皇帝は終わりだ」
じきに皇帝の血筋も、密偵がすべて殺し尽くす。
一人でも残せば後が厄介だからな。こればかりは徹底的にしなければならない。
それに、圧政を敷く皇帝に味方する平民は皆無なはず。これまで8ヶ国もの国を落としてきたツケが回ってきたぞ、帝国よ。
*
爆撃作戦成功と、皇帝一族殺害の報告はほぼ同時だった。わずか一日しか違わず、帝国は降参する暇もなく壊滅した。
主要人物も全員殺害しており、狂信的な皇帝信者がいない限り、もう終わりだ。
そして、それを成し遂げた私に、王は用があるらしい。
今日は王都に来ている。我が領地より活気がよく、人で溢れている。
やはり、侯爵家は田舎だな、そう思った。
「フリージア・スェルツよ。此度の戦、誠に大儀であった。あの帝国が滅ぶのも、時間の問題だろう」
「は、ありがたき幸せ」
「良い。そこで、褒美をやる。侯爵はこれより大公とし、我がツヴァルスミュット王国から離れ、スェルツ公国として、これからは良き隣人として、お互い助け合おうではないか」
………………ん?