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死にたくない姫と千年竜  作者: イチ
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第2話



出立は明朝。

朝日と共に13年間育った王城を後にして、北にある北海の山々を根城とする竜の討伐に向かう。

共に行くものは誰一人としていなかった。

父王かそれを許可しなかったのだ。曰く

『王都の守りが薄れて他国に攻めいられてはかなわん』

だそうだ。

無茶にも程がある。

元来竜は騎士団でも腕利きの者と魔術師を揃えて一個中隊程の人数を持って挑んで漸く倒せる、と言うものであった。

それを小娘一人で倒してこいというのだから完全に殺す気である。


あの夢以来女神は現れなかった。

ガーネットは絶対に女神教なんて信仰しないと堅く心に誓い、宛てがわれている北側の塔の最上階の自室へと戻る。

余り物のない自室の中で荷造りをする。

必要なものは、非力な己でも扱えるレイピアと、騎士団長と仲の良い魔術師団長が魔力を込めてくれた短剣、騎士団長や騎士達が餞別にくれた黒衣の軽い鎧。

白と赤を基調とした騎士団の鎧とも金と青を基調とした近衛兵隊とも違う黒一色のその鎧は、自分の出自がどこの国なのかを悟らさないようにした為のものだろう。

鎧の下に着る鎖帷子も軽減の呪いがかけられていて、力のあまりないガーネットが着ても軽々と歩き回れるものだった。

その優しさに感謝しながら、母が残しカテリーナからこっそりと渡されたマジックアイテムの『どうぐぶくろ』を取り出した。

これはものをどれだけ入れても満杯にならず、さらに重さも変わらないという奇跡のアイテムだった。

まぁ、ドラク〇とかによくあるやつだな、と思いながらぽいぽいと保存食やポーションなどを放り込んでいく。

路銀やらもその中に放り込んで、粗方準備が終わってからベッドへと倒れ込んだ。

これで、この部屋ともお別れなのだ。

竜を倒しても倒さなくても、ガーネットはここには帰ってこられない。

倒して帰ったとしても、あの兄はガーネットが玉座につくことを許しはしないだろう。きっと暗殺される。

近衛兵団も、軍事大臣も全部あちらの味方なのだ。ガーネットの味方は騎士団と魔術師団の1部だけ。大臣だって文官ばかりで、軍事力に力を入れているヘリオライト王国内では立場が低い。

元は皆、ガーネットの母であった王妃に仕えていたからガーネットを持ち上げているだけだろう。

でなければ、こんな痩せっぽちで美人でもないガーネットを推してくれるはずがないのだ。

死にたくない一心でここまで生きてきたけれど、ここまで自分と血を分けた家族である父と兄に疎まれていたのでは、生きていくのは正直辛かった。

前世の、暖かい家族の姿はもう朧気であった。


「……かあさま、カテリーナ」


カテリーナはいつの間にか暇を出されて王宮に姿はなく、孤立無援になっていた。

騎士団長はそこまで身分が高い訳では無いので、王宮のこんなに奥まった北の塔付近までは立ち入りを許可されていなかった。


ガーネットは圧倒的に孤独だった。


日に二度、メイドが来てガーネットの身の回りの世話をして食事を置いていくくらいで、会話はない。

騎士団の傭兵上がりの人達の方がずっとガーネットに優しかった。

やれ痩せっぽちだから飯を食え、だの、筋肉をつけろだの言って城下町に連れ出してくれて、ご飯を奢ってくれた。

魔術師団の中にもガーネットに優しい人はいて、ポーションをくれたり、回復魔法を教えてくれたり、上手くできたら頭を撫でてくれた。


「……わたしは、死ぬ」


わかっていても、恐怖で全身が凍りつきそうだった。

せめて、痛みを感じないであっという間に死ねたら、楽かな。

恐怖と絶望に落ちかけながら一睡も出来ないまま、朝を迎えた。



ガーネットの見送りの人は少なくて、それでも騎士団のみんなと魔術師団長、それと数人は見送りに来てくれた。

本来ならば竜討伐なんていう一大事には盛大なパレードを開いて見送るらしいけれど、ガーネットにそんなお金をかけるつもりは毛頭ない父王らしい、と苦笑が零れた。


「なんで嬢ちゃんが竜退治になんか行かなきゃなんねぇんだ」


騎士団長のルーカスは傷だらけの手をガーネットの頭に乗せて、ぐしゃぐしゃと撫でまわしたあと逞しい腕でぎゅう、と抱き締めてくれた。

鎧越しなのに暖かい気がして、この人が私の父様ならよかったのに、と思った。

でも、ガーネットの父はあの冷たい青い目をした、王様。

鳶色の瞳、燃え盛る火炎の色の髪は短く刈り上げられていて、立派な体躯をした騎士団長のルーカスが泣いていた。

こんな小さな子供に竜退治なんて出来っこないことを、おそらく彼は知っていた。

それでも、ガーネットは行かなければならない。

名残惜しいけれど、ルーカスの腕の中から抜け出て、笑ってみせる。

きっと不器用の笑い方になってる。けれど、ルーカスは笑い返してくれた。


「行ってきます」


泣き止まないルーカスと、騎士団のみんな。

大の大人が涙を流す姿を見て、ガーネットはそれに引き摺られないように前を見た。

餞別として与えられた馬に跨り、黒衣の鎧を纏い、顔を隠すフルフェイスの兜を被る。

これでもう、誰も彼女がガーネット王女だとは気付かないだろう。

元より、存在すらあまり公にされていないガーネットのことなど気付く民はいないだろうけど。

ガーネットは今日から、死出の旅路へつく。

朝焼けの反対側で、啜り泣く声ばかりが響いていた。




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