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異世界ネコ歩き  作者: 吉田エン
シーズン1
8/24

第八回 ネズミーランドのネコ妖精

 こんにちは、ミニッツテイル・イワノヴァです。今日私たちが訪れているのは、浦安にある夢の国ネズミーランド……ではなく、本物のネズミ王国! なんとネズミが進化して知能を獲得した異世界なんです。ここにはなんとかマウスなんて目じゃない夢の国が……と言いたいところなんですけど、ネコ好きとしては警戒せざるを得ません。なにしろネコにとってネズミは仇敵。知性を持ったネズミが支配する異世界では、きっと純朴なネコたちが虐げられているに違いありません。これは何とかしないと……! ということで、いわばこれは敵情視察のようなものです。十分に状況を把握したうえで、ネコたちと共に一気に攻め滅ぼすのです。フフフ……


 いやしかし暑い。蒸し暑い。知的生命ネズミが住むのは、熱帯雨林、つまりジャングルで、周りは羊歯や蘇鉄のような樹木が生い茂り、かなりでっかい昆虫が飛び交ってます。うわぁ、ちょっとこれはナウシカの世界ですね。私たちの世界と進化の度合いが結構違っているようで、ムカデみたいなのが空を飛んでいます。しかもでかい。五十センチくらいある……ちょっと私としては生理的に苦手な所です……うわぁ、足下にはでっかい玉虫が! そして二十センチくらいある巨大ヒルが空から降ってくる! うわあああ! さっさとこんな所は抜け出しましょう!


◇ ◇ ◇


 ふぅ、やっと密林から大河の川辺に出てきました。大河も大河、対岸が靄の中に辛うじて窺える程度で、ほとんど湖とか海みたいです。そして川辺には……凄いです、高床式の木造住居が百棟ほど密集しています!


 どうやらここがネズミ王国のようです。実は彼らの知能レベルはそれほど高くなくて、文明レベルも辛うじて集落を作っている程度の段階なんですね。ご覧のように葦が生い茂る川辺に高床式の住居を作っていて、密林を切り開いて沼のような水田を作り、何か水草のようなものを育てています。フッ、この草に感染する葉枯れ病でも持ち込んでしまえば、この集落も崩壊してしまうに違いありません。なんと容易いことでしょう。


 おっ、見てください、水田にプカプカ浮かんでいる茶色いモフモフした物体があります。あれが知的生命ネズミですね! スイスイと水面を泳いで、稲の間に生えた雑草だか藻だかを取り、脇に携えた小舟に投げ込んでいます。どれ、普通の観光客のふりをしてスパイしてみましょう。こんにちは!


「……ういー」


 ふむ、確かにお顔はネズミっぽいですが、ネズミそのものではないですね。大きな顔に大きな耳が付いていますが、鼻は低く平坦で、瞳は小さくて真っ黒に輝いています。眉間の間隔が広いので、少しオマヌケに見えますね。これはネズミというよりは、大きな耳のカピバラさんといった感があります。すいません、何をされてる所なんですか?


「何ってー」


 ……。


「野良」


 ……。


「仕事、だよー」


 へ、へー。何を作ってるんですか?


「何ってー」


 はい……。


「それはー」


 ……。


「草、だよー」


 だから何の草を作ってるのかって聞いてんだよ!


 おっと失礼。どうもネズミさんたち、大分ノンビリした性格のようで、動くのも話すのも随分トロトロしています。眺めてるうちに、水田から泥だらけで上がってきてくれました。身長は百五十センチくらいですね。お髭の生えた口周りをヒクヒクと動かして、私たちの様子を伺っています。


「あのー」


 はい。


「あんたらはー」


 ……はい。


「そのー」


 ……。


「えっとー」


 ……。


「なんていうんだっけ?」


 なんて、というと……。


「あのー」


 ……。


「……」


 ……。


「なんだっけ?」


 あーイライラする! 見てる方もイライラすると思うので、ここからは倍速でお送りしますね。私たちは何の変哲もない、ただの観光客です! ところで農民さん、ネコって知ってます? これくらいのサイズで、目が大きくて、毛並みが綺麗で、お髭が生えてる動物。


「そんなの、見たことないなぁー」


 まさか、大昔に虐殺してしまって残っていないのでしょうか。それとも最初から、この世界にはネコは生息していないのでしょうか。悲しい世界だなぁ……って! 私たちが話してる真後ろを、茶虎ちゃんがテクテクと歩いて行くではありませんか! 農民さん、アレですよ! あれ! ネコ!


「んー? どれー?」


 だから、あれです!


「……んー?」


 駄目だ、全く埒があきません。そうしている間にも茶虎ちゃんは橋桁を渡って、水上の村に入っていきます。このままでは見失ってしまいます! 仕方がない、農民さんは放置してネコを追いましょう! ではまた農民さん!


「……それより、あんたらはー」


 えっ? 何です?


「……」


 ……。


◇ ◇ ◇


 農民ネズミさんとの意思疎通に苦労している間に、茶虎ちゃんの姿をすっかり見失ってしまいました。うーん、こっちの方向に行ったように見えたんだけどなぁ。ひょっとしたらもう敵に捕まって殺されてしまったのでしょうか。仕方がない、ここは攻め込んだ時のために辺りの構造を詳しく調べながら行くとしましょう。


 川上の村だけあって、そこかしこに隙間があって、川に落ちてしまいそうで少し怖いです。泳げないネコたちにとっては、かなりの難関です。でも桟橋的な通りは意外としっかりした作りで、人が二人並んで通れるくらいの幅があります。多少跳んだりはねたりしてもびくともしません。木造建築技術だけは優れているようですね。ひょっとしたらネズミじゃなくビーバー系の知的生命齧歯類なのかもしれません。その鋭く長い前歯で木材を加工し……って、そんなことはないですね。あちらに木を削っている作業所がありますが、道具は黒曜石のような鋭い石器ですね。この程度の武器しか持っていないのであれば、ネコたちの一斉突撃で何とでもなりそうです。野生のネコの攻撃力は意外と高いですからね。おかげで私も生傷が絶えません。


 作業員さんたちは裸じゃなく、茶色い毛の上に貫頭衣を羽織ってます。そしてどうやら、あちらの川上広場では女性たちが機織りしているようです。女性? メス? うーん、言葉遣いに迷いますね。とにかく彼女たちは原始的な道具を使って縦糸の間に横糸を通しています。この糸は何の糸なんでしょう。まさか自分たちの毛? さすがにそんなことはないでしょうから、ひょっとして虐殺したネコの毛だったりするんでしょうか。するとさっきの茶虎ちゃんはもはや、彼女たちの餌食に……


「にゃーん」


 わっ! 普通にいた! 茶虎ちゃん、機織りする大ネズミの脇で丸くなっていました。何だろうこの空間。こんな側に天敵がいるというのに、メス大ネズミさんは全く気にしている様子がありません。ここのネコは、ネズミを襲わない種なのかなぁ。すいませーん、ちょっといいですか? あなたたち、別にネコって平気なんです?


「え?」


 だからネコ。ねこ。猫。あれ、どうも自動翻訳装置で訳されていないようです。ひょっとして彼らの言語には、ネコを表す単語がないんでしょうか。でもこんな間近で寛いでる動物に名前を付けてないなんて、あり得ないですよねぇ。よほど頭の鈍い種族なんでしょうか、彼らは。


「あんたら、ビアトレンかい? 良かったら、何か交換していかないかい?」


 あれ、ビアトレンっていう概念はあるんだ。ならなんでネコに対応する名詞がないんだろう。不思議です。ディレクターさんが取り出した物々交換用のガラクタ類を眺めて品定めをする様子を見ても、それは科学知識は微妙ですが普通の理解力はありそうです。ねぇ、ネズミさん、この子はよく、ここに来るんですか?


「この子?」


 だからこの子ですって! 茶虎ネコちゃん! ほら、これ!


 ……まるで要領を得ないので茶虎ちゃんを抱えて目の前に突きつけてみましたが、機織りネズミさんは目を細めて首をかしげるばかりです。何か段々奇妙に思えて……わっ! 急に茶虎ちゃんが身をよじって逃げ出してしまいました。足が泥だらけだったので、せっかくの織物に点々と足跡が……すいません、つい取り落としてしまって。


「落とすって何を?」


 だからほら、ネコが。足跡が。


「あら、いつの間にか妖精さんの足跡が。相変わらず悪戯ばっかねぇ」


 ……妖精さん?


 段々私、何か非常に危険な立場にいるような気がしてきました。ここは一度、撤収しましょう。


◇ ◇ ◇


 一度撤収して体制を整えた私たちは、今度は慎重に行動しました。住人のネズミさんたちからそれとなく、彼らの<妖精さん>についての逸話を伺っていきます。すると概ね、こんな所でした。


 妖精は悪戯好きで、姿を見せずに痕跡を残す。例えば出来たての食事を盗み食いしたり、織物に足跡を残したり。好物は肉。箱や隙間に潜む。彼らは姿を見られるのを大変嫌い、目にした者は鋭いナイフで首を切られてしまう。だから仮に妖精を目にしても、知らないふりをしなければならない……


 実際そんな話しを聞いているすぐ側で、ネコがだらんと日向ぼっこしていたりします。しかし彼らはネコの存在を完璧に無視していました。最初はひょっとして彼らにはネコが見えないのかな、とか考えてみたりもしましたが、そうではありませんでした。道の真ん中で寝てるネコを、彼らは視界に捕らえず、それでも器用に避けていくのです。


 逸話を集めていると知ったネズミさんの一人から、私たちは神職さんを紹介されました。神職といっても原始的な自然崇拝で、どちらかというと彼ら種族の歴史を口伝するためのネズミさんのようです。彼に妖精について伺うと、他の方々とは少し違った反応を見せました。怯えたように肩を縮ませ、緊張に鼻をヒクヒクさせます。


「妖精は大変気ままな存在として語られます。彼らは私たちの原祖六人のうち四人を騙し、川の底に連れ去ってしまいましたが、その理由もただ、暇だったからだと言われています。つまり先祖たちは、日や風や川の流れのような抵抗しがたい存在を畏れ、妖精という存在に仮託したのではと思います」


 つまり、象徴ということですか? それにしては随分、具体的に怖がっているみたいですが……


「どういう意味です?」


 えっと、つまり……妖精というのは、実際に存在しているんじゃないかな、って……


「それは、妖精は存在しますよ。ですが私たちには見えない存在です」


 そう言いつつ、神職さんは足にまとわりついてきた白黒ネコさんに視線を向けないまま、その首根っこを掴んで脇に寄せていました。


◇ ◇ ◇


 何と恐るべきことでしょう。彼らネズミ族はおそらく、進化の始まりであった野ネズミの頃に抱いていたネコへの絶大な恐怖を、今でも拭い去れずにいるのです。そのためネコを極度に畏れ、捕らえて殺すようなこともできず、ただただ無視することにしたのでしょう。それで生じる様々な矛盾はすべて妖精さんの仕業という事にして、整合性を取ろうとしているのです。


 ……なんだか可哀想になってきました。あんな体格もいいんだし、この辺のネコたちも大人しそうだから、そろそろネコの存在を認めて仲良く出来たらいいのに。でも遺伝子に刻み込まれた恐怖ですもんねぇ。私も虫やヒルとは友達になれそうもないしなぁ。しかしこんなに沢山のネコがゴロゴロしている村ですもん、いつの日かきっと、こんな形じゃなく、いい隣人として暮らせる日が来ることでしょう。私もネズミ王国を攻め滅ぼすという野望は捨てることにしました!


 ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第八回は〈ネズミーランドのネコ妖精〉をお送りしました!

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