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異世界ネコ歩き  作者: 吉田エン
シーズン1
6/24

第六回 巨大廃墟のロボとネコ

 うう、厳しい世界だと聞いていましたが、これほどまでとは……砂嵐はどんどん酷くなってきて、一メートル先も見えません。ここは〈砂漠の世界〉と呼ばれている異世界で、本当に見渡す限り砂しかありません。十メートルくらいの高さもある砂丘が襞のように連なっていて、歩くたびに足首まで砂に埋まって、温度は摂氏四十度に達しようかというほど。風速は三十メートル近くあり、全身を覆う環境適合スーツを着てこなかったら、十分ももたなかったでしょう。


 しかしこんな世界に、本当にネコなんているのかなぁ……実は以前にここを訪れた探検隊は、基礎的な観測だけ行ってすぐに撤収してしまって、ネコの姿すら見ていないんです。でもね、彼らの観測結果によると、ごく僅かですが大気中にフェリニンの痕跡が確認されたというんです。皆さんご存じの通り、フェリニンはネコが分泌する特有のフェロモン。つまりそんな大変な世界でもネコが逞しく暮らしているんじゃあ、と思って来てみたわけですが……これは期待出来なそうだなぁ……でも、こっちの方向に行くとフェリニンの反応が強くなってるのは確かだし……ひょっとしたらモグラ的な進化をしたネコでもいるのかなぁ……


 え? そんなわけないって? ディレクターさん、ネコは無限の可能性を秘めた存在ですよ? 偏見は禁物です。どれどれ、ちょっと地下レーダーで様子を見てみましょう……ほら! なんか地下を縦横無尽に小さな穴が走ってますよ! これは新発見のモグラネコに違いが……いや、違いますね。この影はネコじゃなくネズミです。どうやら砂漠化を避けて地下に潜っているモグラネズミが沢山いるようです。じゃあネコたちはこれを食料にしてるのかなぁ……ん? 何か先行しているカメラさんが叫んでます。一体何事でしょう。


 ……おお、これは! 一際高い砂丘に登ってみると、急に嵐が弱まって、眼下に巨大な廃墟が広がっています! これは何かの巨大工場の廃墟かなぁ。パイプや足場が縦横無尽に走っていて、所々から煙突が突き出ています。しかしクレーンは傾き、重機らしき機械は錆び付いて路肩に転がっています。完全に廃墟なのは確かっぽいですね……とにかくここならネコも生きて行けそうな感じではあります。早速行ってみましょう!


◇ ◇ ◇


 しかしこれは、凄い廃墟だなぁ。ざっとドーム球場十個分くらいの広さはあるでしょうか。ここは周囲の岩場のおかげか辛うじて砂漠に飲み込まれずに済んでいるようですが、それでも端の方は砂に浸食されつつあります。アスファルトっぽいもので舗装された道路で碁盤の目のように区画が区切られていますが、それぞれも上空を走るタラップやパイプで繋がっていて、完全に一体化した巨大工場のようです。


 でもあちこち錆び付いているし、足場は崩れかかってるし、あっちの道路は倒れたクレーンで塞がれちゃってるし、道路は錆で赤茶けてるし……かなり昔に放棄されたんだろうなぁこれ。


 さて、問題は廃墟よりネコです。ここは日陰も多くて温度が低いところもあるし、あちこちに弱々しくはありますが雑草や灌木が生えているところをみると、地下水もありそうです。ネコに限らず生き物はいそうですが……ん? 待ってください? 何か話し声がしませんでした? まさかこんな廃墟に、知的生命体が? 敵対種族かもしれません、みんな隠れて!


『マッタク、ショウガナイナァ、マタ、ハイリコンデ。ココニ、ハイッチャ、ダメダッテ、イッタダロ?』


 むっ、アレは……ロボット?


 ロボットのようです。ていうか、凄い懐かしい感じのデザインだなぁ。胴体はドラム缶で、頭は洗面器。腕は蛇腹のパイプで、手はハサミみたいです。そして……ネコです! ロボットはハサミの手で茶虎白ちゃんの首根っこを掴み、ひょこひょこと関節のない足で進んできます。


「ニャーン」


『ン? アイカワラズ、ゲンシテキスギテ、ナニイッテルノカ、ワカラナイナ。トニカク、ココハ、ハイッチャ、ダメナノニャン。ワカッタカニャン?』


 どうやら危険はなさそうです。ちょっとお話ししてみましょう。すいませーん、ちょっといいですか?


 ……ロボットさん、私たちを見た途端、急に硬直してしまいました。そして……あぁっ、茶虎白ちゃんをポーンと放り投げて、目の色を緑から赤に変えました!


『ココハ、タチイリガ、キンジラレテイル、クカクデス。スミヤカニ、タイキョ、シテクダサイ。クリカエシマス。ココハ、タチイリガ』


 あ、あの、急にそんな杓子定規にならなくても。私たちはただの取材班で……


『タイキョ、シナケレバ、キョウセイテキニ、ハイジョ、シマス。イマスグ、ココヲ、タイキョスルニャン』


 ……するにゃん。


『……シテクダサイ。コノバショハ、ブンメイイジノタメノ、アーカイブイジオヨビホゴホウアンシュウセイダイニセンゴヒャクジュウイチジョウホソクサンノビーニヨッテ……チガウ、ホソク、イチノエーダッケ?』


 ……知りません。


『ヒサシブリ、スギテ、ワスレチャッタヨ。トニカク、ココハ、ハイッチャ、ダメナノ! デテ、イカナイナラ、シャサツ、スルコトニ、ナル!』


 わぁっ! ブリキのお腹がパカンと開くと、中から機銃っぽいものが出てきました! 待って待って! 私たちは敵じゃないですって!


『ソンナコト、イッテ、オマエラモ、キューブヲ、シラベニ、キタンダロ?』


 キューブ? 何ですかそれ。


 おっ、ロボットさんが指し示した方向を見ると、確かに膨大なパイプや骨組みの奥の方に、何やら真四角で真っ黒な巨大構造物が窺えます。ひょっとしてこの巨大廃墟は、あのキューブを作るための設備だったんでしょうか。


『ソノトオリ。ワタシガ、マモラナケレバ、ナラナイノハ、アノキューブ……ッテ、ホントニ、シラナイデ、キタノカ? ジャア、ナンデ、コンナトコロニ?』


 何でって。ネコを求めて何処までも! 私たちは異世界ネコ歩き取材班です!


『……ワザワザ、ネコヲ、サツエイスルタメニ、コンナトコロマデ? オマエラ、アホ、ナノカ?』


 アホって言われた! ロボットに! いいじゃないですかネコ可愛いじゃないですか!


『マァ、イイヤ、ソウイウコトナラ、スキニネコヲ、サツエイスレバ、イイヨ。デモ、キューブニハ、チカヅカナイデネ。ジャ』


 むぅ、なんか釈然としませんが、ロボットさんは目の色を緑に戻して、ガションガションとキューブの方に去って行きました。まぁいいです、私たちの目的も失われた文明じゃないですから。早速、さっきの茶虎白ちゃんを撮影することにしましょう。


 やっぱりこんな砂漠の廃墟で暮らしてるだけあって、痩せてて可愛そうだなぁ……それに結構警戒心が強そうで、遠巻きにして私たちの様子を窺うばかりです。しかし私はこれでも、ネコを懐柔する能力だけは自信があるんです! ほら、チュルチュールですよ。お食べなさい?


 ……! ダッシュで逃げられてしまいました! こんな事は初めてです! そして茶虎白ちゃんは、去りかけていたロボットさんに駆け寄っていきます!


 いつの間にか、ロボットさんの周りには十匹ほどのネコがまとわりついています。まさかみんな、この私よりロボットさんの方が落ち着くというのでしょうか。さすがにそれは私のプライドが許しません。こらー! そこのロボット! 尋常に勝負しろ!


『エ? ネコガ、ワタシニ、ナツイテルッテ? ジョウダンジャ、ナイ。コッチハ、コマッテルンダ』


 困ってる? どうしてですか。ネコ可愛いじゃないですか!


『ワタシニハ、カワイイ、トカイウ、ニンチカイロガ、ナイカラ。ソレヨリ、コイツラ、キューブノ、アシバヲ、ホリオコソウト、スルンダ。ミツケテハ、ツカマエテルンダケド、サスガニヒトリジャ、タイヘンダヨ』


 あら。ロボットさん、貴方一人で、こんな大きな施設を守ってるんですか?


『ムカシハ、モットタクサン、イタンダケドネ。ミンナコワレテ、イマハ、ワタシヒトリサ』


 何か大変そうですね。一体どんな事情なんでしょう。


◇ ◇ ◇


 どうやらこの惑星は、以前は私たちの世界の地球と匹敵するほどの文明が栄えていたようです。でも彼らの科学技術では次元や光速の壁を打ち破ることが出来ず、宇宙探査に行き詰まり、新たな発見がなくなってしまい、すっかり文明が停滞してしまったそうです。


『ソレカラハ、カクチョウノ、レキシガ、ギャクテンシ、カレラハ、ウチニ、ヒキコモルヨウニ、ナッタ。イドウスル、コトモ、ナクナリ、ミズカラヲ、デンシカ、シ、コノ、キューブノ、ナカカラ、デルコトハ、ナクナッタ』


 つまり、あのキューブの中に、今でも貴方の創造者たちが生きている……?


『サァナ。ナカガ、ドウナッテルノカ、ワタシニハ、ワカラナイ。サイゴニ、ソウゾウシャガ、ブッシツカ、シ、ソトニ、デテキタノハ、センネン、イジョウ、マエノ、コトダ。ジキアラシガ、オキ、ロボットガ、ゼンメツ、シタノダ。ソノトキ、コワレタ、ロボットノ、ナカカラ、ワタシダケヲ、シュウリ、シタ』


 じゃあ貴方は、千年以上も一人きりなんですか。寂しくはないんですか?


『サミシイ、トカイウ、ニンチカイロハ、ナイカラ。ソレヨリ、オマエ、ネコニ、クワシインダロ? ナントカ、シテ、ネコニ、キューブノ、アシバヲ、ホラセルノヲ、ヤメサセラレナイカ?』


 うーん、ネコは闇雲に地面を掘るような事はしないんですけどね。どれどれ、その掘り起こした跡というのを見せてくれませんか?


 ネコを追い払ってフェンスの向こうに入れてもらうと、確かに真っ黒なキューブの壁がそそり立つ基礎部分が、そこかしこでネコに掘り起こされてます。でも別にいいじゃないですか、これくらい。キューブは頑丈そうだし。


『ワタシノ、ヤクメハ、キューブニ、チカヅク、アラユルモノヲ、ハイジョ、スルコトダ』


 中の人たちは千年も出てきてないんでしょ? 何の連絡もせず。いい加減そのプロトコル、修正した方がいいんじゃないかなぁ。まぁいいです、ちょっと調べてみることにしましょう。どれ、地下レーダーで見てみると……やっぱり。ロボットさん、ここの地下、ネズミの巣になっちゃってますよ? このままじゃ、キューブも崩れちゃうかも。


『ナンダッテ! キューブハ、レイキャクニ、ココノ、ホウフナ、チカスイヲ、リヨウ、シテイル。ネズミハ、ソレメアテデ、アツマッテルノカモシレナイ。サッソク、タイショ、シナケレバ』


 成り行きですが、どうやら私たちは一つの文明が失われるのを防いでしまったようです。でも中の人たちより、私はこのロボットさんに幸せになってもらいたいなぁ。


◇ ◇ ◇


 私たちは一つの提案をしました。するとロボットさん、手をハサミからドリルに変え、ものすごい勢いで地面を掘り始めます。瞬く間に十メートルほどの穴ができて、底は地下水の水脈にたどり着き、水が溢れ始めました。水が窪地に溜まって池になると、ネコたちは嬉しそうに口にし始めます。


 手近に水があれば、モグラネズミもキューブの地下から地表に近づくはず。上手く植物が繁殖してくれたりしたら、さらにその流れは強まるでしょう。そして! ネコたちもモグラネズミを沢山食べられて、良いことづくしというわけです。当然、生態系がそう簡単に思い通りになってくれるとも限りませんから、色々と注意は必要でしょうけど……


『ソレデモ、ナニモシナイヨリ、マシサ。タスカッタヨ、アリガトウ』


 でもロボットさん、モグラネズミでキューブが危なくなっても、中の人が出てこなかったんです。あなたの創造者たちは、もう滅んでしまっているんじゃあ……


『ワタシノ、ヤクメハ、キューブニ、チカヅク、アラユルモノヲ、ハイジョ、スルコトダ。ナカガ、ドウナッテイヨウト、ワタシニハ、カンケイガ、ナイ。ソレヨリ、コレカラハ、ネコヲ、ダイジニ、シナイトナ。ネコニツイテ、スコシ、オシエテ、クレナイカ?』


 それはもう、喜んで!


 ネコに触れることで、ロボットさんも意味のないプロトコルから自分を解放する理屈を学んでくれるといいけどなぁ。私たちが帰路につく時も、ロボットさんは池の畔で、沢山のネコに囲まれていました。ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第六回は〈巨大廃墟のロボとネコ〉をお送りしました!

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