第五回 四角い箱と空飛ぶネコ
こんにちは、ミニッツテイル・イワノヴァです。おかげさまで色々な探検隊から「あそこに○○なネコがいた」と情報をいただけるようになったのは嬉しいんですが、どうしてみなさん半笑いで謎めかしてしか教えてくれないんでしょう。その目で見たんだからちゃんと教えてよ! という感じなのですが、まぁ自分たちで探す楽しみを残してくれていると思って我慢しましょう。でも実際に行ってみたらガセネタだったとなったら、わかってますよね探検隊のみなさん?
ということで、今日はある探検隊から仕入れた情報に当たってみます。なんと〈9056CD4371〉には「空飛ぶネコ」がいるっていうんです!
空飛ぶネコですよ? まさか先週のネコ神様のように、遺伝子改良されて翼の生えたネコがいるんでしょうか。でもだいたい、こういう情報って大げさに言ってる事が多いんですよね。単にジャンプ力が凄くて飛んで見える! とかね。まぁいいです、それだけでもネコは可愛いんですから、十分取材に値します! では早速、行ってみましょう!
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さぁ、やってきました〈9056CD4371〉。うーん、特に何の異名も付いていない世界らしく、辺りは変哲もない爽やかな丘陵地帯といった感じですねぇ。太陽がさんさんと輝いて、青々とした草原が風に揺らいでいます。情報をくれた探検隊によると危険生物も知的生命体もいないという事だったんですが、それ以外は何も教えてくれなかったんですよね……とにかくネコの姿を求めて、その辺を散策してみることにしましょう。
しかしここは、本当に地球とよく似た環境の星ですねぇ。風の雰囲気も、空の色も、植物もこれといった特色はありません。まとわりついてくる羽虫も似たような昆虫ですし……ん、いました、ネコ発見です!
これは可愛い靴下ちゃんですねぇ。ちょっと灰色がかった毛色で、四本足だけ白い見事な靴下ちゃんです。一歳くらいでしょうか、すらっとした感じもとても可愛いですが……全く警戒心がないですね。草原に生えた一本杉の根元で、足を投げ出して眠っています。これなら触っても気づかれないかな……うーん、爆睡してますね。お腹を撫でても、足を触っても、全然起きる気配がありません。
でも背中には翼らしい物も付いてないし、ごく普通のネコですねぇこの子は。空飛ぶネコというのは、また別の種類なんでしょうか。けど探検隊の人は、「辛抱強く観察してないと飛ぶところは見れない」って言ってたんですよ。ひょっとしてこの背中が割れるとか何かして翼が出てきたりするのかなぁ。そんな感じは全然ないけどなぁ。
って、さすがに触りまくってたら靴下ちゃんが起きて睨まれてしまいました。ごめんなさい。でも飛ぶところが見たいんだけど……驚いて飛び去ってくれたりしてくれても……うーん、何事もなかったかのように尻尾を向けて、てくてくと歩き始めてしまいました。やっぱりこの子は飛ぶ種じゃないのかなぁ。まぁ仕方がない、他にネコも見当たりませんし、靴下ちゃんをストーキングすることにしましょう。
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空を見上げても飛んでるネコはいないし、靴下ちゃんも野ネズミみたいなのと格闘したきり、あとはてくてくと歩き続けているだけだし。はてさてどうしたものか。このままでは日が暮れてしまいます。
でもなんだか風が湿っぽくなってきましたね。そして遠くから、何かミャアミャアという声が……しかも空から響いてきます! ひょっとしてこの先に、空飛ぶネコ族がいるんでしょうか! ちょっと靴下ちゃんはディレクターさんに追跡してもらって、私たちは先に行きましょう! 丘の上の雑木林を抜けると……おお、海です! 一面、見渡す限りの青い海! そして空に飛んでいるのは……あぁ、これはウミネコですね……多分私たちの世界のウミネコとよく似た種類なんでしょう、十数匹の鳥がミャアミャアと鳴きながら灰色の翼をはためかせ、沖にいる魚の群れを追っています。
まさか探検隊の人たち、これを空飛ぶネコだなんて言うつもりでしょうか? さすがにこれでは番組になりません、きっちり落とし前を付けないと……ってあれ、砂浜に何か妙な物がありますね。茶褐色の……箱、でしょうか。おっと、靴下ちゃんが追いついてきて、三メートルほどの崖を華麗に飛び降りていきました。私たちも木の根を掴んで、慎重に砂浜に向かいましょう。
あれ、影になっていてわかりませんでしたが、ここにはネコが五、六匹いますね。灰色や白黒が多いです。ひょっとしてウミネコが捕る魚のおこぼれに預かっているんでしょうか。辺りには魚の骨が散らばっていて……そしてあれは何でしょう、茶色い段ボールのような物が、浜辺に十個ほど打ち上げられています。
何でこんな所に段ボールが……まさか探検隊のひとたち、ガセネタを掴ませるだけじゃなく不法投棄までしていたんでしょうか。これは国際条約違反です。ちゃんと撮影して証拠として提出しなければ。どれどれ? うーん、よくよく見ると、これは段ボールじゃないですね。何か繊維質の物で、持ち上げてみようとしましたが砂浜に根のようなもので繋がっています。この世界特有の植物っぽいですけど、でもほんと、構造は段ボールと良く似てるなぁ。蓋みたいなのも付いてるし。ちょっと開いてみましょう。
わっ! びっくりしました、中から白黒ネコちゃんが顔を出してきました。まさか食虫植物的なので食べられてるんじゃあ……って、そんなことはないか。内部には、それこそ緩衝材のようなプチプチが沢山付いていますが、消化器官ではないようです。
しかし箱好きはどこの世界のネコでも共通なんですね……いくつかある箱植物を開いてみると、全部にネコが……これなんか三匹も詰まってますよ……窮屈なのが好きなのかなぁ。
そして私たちがストーキングしていた靴下ちゃんも、黒白ちゃんが入っていた箱に無理矢理潜り込もうとしています。ありゃりゃ、二匹でモゾモゾギュウギュウした挙げ句、黒白ちゃんが追い出されてしまいました。もう、例の緩衝材みたいなのが剥がれて毛にくっついて、みっともないなぁ。取ってあげないと。はい、これで綺麗になりました。でもこの半透明なプチプチ、何かの卵みたいだなぁ。植物って卵産むんでしたっけ? 聞いたことないなぁ、そんな植物。
うーん、それにしても空飛ぶネコとは、一体何なんでしょう。探検隊に言われた通り、じーっと三時間ほど様子を窺ってみましたが、ここのネコたちは飛ぶどころかジャンプする気配もなくて、ただ浜に打ち上げられたりウミネコが取り落とした小魚を食べて、あとは箱を奪い合って潜り込むくらいしかやってないです。
まぁ、可愛い靴下ちゃんをいっぱい撮影したし、日も暮れかけてるし。今日はこれでいっか! 撤収! ……ってうわああ! なんか急に大砲みたいな音が! なになに?
「ニャアー」
うわあ! 飛んでる! 靴下ちゃんが空を飛んでます! なんか情けない叫び声をあげてますが、十メートルくらいの高さを飛んで……あああ……そのまま海に落ちてしまった……これは大変です、ネコは砂漠が原産地なので、基本的に泳げないんですよ! このままで溺れてしまいます! すぐに助けに……いや、待ってください? 例の箱植物のプチプチが身体中に付いているおかげで、波間にプカプカ浮いています。そして結構慣れた感じでパタパタと泳いで戻ってきますね……良かった良かった。
しかし一体なにが……うわぁ、またボーンという音が!
「ニャアー」
あっ! 今度は見ました! 確かに見ました! カメラさん、ちゃんと撮れました? やった、じゃあスローモーションでどうぞ!
……何事もない浜辺。幾つか箱植物が転がっていて、その中にはネコが詰まっていますが……それが、見てください、あろうことか、急にボンと爆発したのです!
打ち上げられるネコ、そして箱は辺が千切れ、砂浜にパタンと十字形になって広がります。ああぁ、ネコはまたしても海の中に……しかしこの箱は一体、どんな構造に……なるほど、箱の底面には幾層かにわたってプチプチが詰まっていて、それがある程度の重さを受けるか、あるいは時間が経って熟したような状態になると、一斉に爆発するようです。おかげで潜り込んでいたネコは打ち上げられ、海へと真っ逆さまに……
いやぁ、これはなかなか衝撃的な映像でした。お楽しみいただけましたでしょうか。でも何で、こんな妙な進化をしたのかなぁ、この植物は。一体何が目的なんだろう。
◇ ◇ ◇
さすがに納得いかずに箱植物を持ち帰って調べてもらったんですが、これはどうやら海藻の一種のようです。幼生期は海中で生育するんですが、ある程度の大きさになると根を切り離し、波に乗って浜辺に打ち上げられて、そこに根をはります。で、あのプチプチは、この海藻の胞子らしいんですね。でも浜に蒔いても大きくなれないので、爆発で海へと飛ばすと。そういう仕組みらしいです。海洋学者さんによると、魚に食べられるのを避けて陸に上がろうとした結果、そういう珍しい進化をしたんじゃないかって言ってました。いやぁ、本当に珍しい海藻ですね。
しかしそれに巻き込まれたネコたちはたまりませんね……まぁ海洋学者さんによると、ネコが中に入るのを見越してあの形になった可能性もあるとのことです。ほら、ネコなしの爆発だと、風の具合で海にたどり着く前に落ちちゃうかもしれないじゃないですか。胞子は軽いから。でもネコくらい大きくて重い動物の身体にくっついてたら、同じ爆発でも結構遠くまで飛びます。より、海にたどり着ける可能性が高いというわけです。実際吹っ飛ばされた靴下ちゃんは、沖合五十メートルくらいまで飛んで、戻ってきた頃には胞子が全部取れちゃってました。
いやぁ、ほんと面白い共生関係ですねぇ。空飛ぶネコ、それは確かに存在しました。というか正確には〈空に飛ばされるネコ〉ですけどね。いつかは翼の生えた、本当に空を自在に飛ぶネコを見てみたいものです。ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第五回は〈9056CD4371〉からお届けしました!