第三回 極小戦地の兵隊ネコ
しっ、静かに!
私たち取材班は異世界にネコの姿を求め、ついに危険地帯へ足を踏み入れました。ここは〈35A0218BC0〉。そう、末尾ゼロのコードが示すように、紛争地帯、移動制限エリアなんです。
しかしこの世界には兵隊ネコがいるという噂を聞いては、黙っていられません。兵隊ネコ? 知性を持ったネコが戦っているのか? それとも奴隷として使役されているのか? はたまた改造されて目からビームを放っているのか? 探検隊から耳にする噂は判然としません。そこで私たちは噂の真実を確かめるべく、ここ、通称〈馬鹿世界〉へとやってきました。
……馬鹿世界? なんで馬鹿なんでしょう。とりあえず携帯フォースシールドを展開させたままターミナスを潜りましたが、一面が灰色の砂礫に覆われた荒涼とした風景が広がっています。どうやら活動停滞期にあるようで、太陽は夕焼けのように赤々と、弱々しく輝いているだけです。風が吹けば砂が舞い上がって、これはまるで火星のようですね。
いや、火星というよりは地球の砂漠に近いかな? 岩場の間には片々とした草が生えていて、一応生物の気配は感じさせられます。
しかしネコの姿は全く見えません。以前訪れたアメリカの探検隊からは「くたびれた野糞みたいな山を目指せ」と言われたんですが、ほんとアメリカの兵隊さんは口が悪いですね……だいたい「くたびれた野糞」って言われても、どんなのかわかんないですよ……うーん、一応ターミナスから見える山は、あの低い丘くらいですねぇ……あっ! 何か丘の近くでパチンと弾けましたよ? ロケットの爆発っぽい感じです。やはりここでは、敵対する勢力同士が戦争しているのは間違いないようです。私たちも慎重に向かってみましょう。
◇ ◇ ◇
ふぅふぅ、灰色の砂礫に足を取られつつ歩くこと三十分、だんだん丘が近づいてきました。しかしほんと、ここは一応空気はあっても死の惑星といった感じで、ネコがいる気配が全然ないんですけど。これまでに見かけたのは枯れかけた灌木と、それに群がる蟻みたいな昆虫だけ。相変わらず丘の近くでは爆発が頻発していますが、果たしてこんな世界で、一体何を争っているのか……んん? 周囲に何もないから気づきませんでしたけど、なんかあの丘、思ったより小さくないですか? それに爆発も思ったほどドカーンって感じじゃなく、お店で売ってるレベルの花火がポンポンと弾けてる程度しか……
「%#*+$$! <¥&;$+!!」
わっ! どこからか小さな声が響いてきました! 戦争している異世界人でしょうか。でも声はすれども姿が見えず……
「%#*+$$! <¥&;$+!!」
あー。ようやく声の主を見つけました。私たちの足下にいます。小さい。小さいです。身長五センチくらいの人型生物が、この灰色の砂地にカモフラージュするような戦闘服を身にまとい、楊枝のような銃を私たちに向けています。ヘルメットに入ってる赤いラインが彼らのトレードカラーでしょうか。次々と現れた小人兵士たちがみんな、衣服の何処かには必ず同じ赤いラインを入れています。
うーん、ついに私たちは十人くらいの兵士に取り囲まれてしまいました。とはいっても一またぎで突破できる包囲網だし、小さいから全然迫力ないけど、何か怒ってるのかなぁ。そうだ! アメリカ探検隊は彼らの言語を翻訳していて、パターンファイルの提供を受けていたんでした。なので翻訳機を通せば、彼らと会話が出来るはずです! じゃあ早速、翻訳機オン!
「バーカバーカ!」
ん? 今、馬鹿って言われました? 翻訳機の故障かな?
「バーカバーカ! ノロマ! ウスノロ! ジャマダヨドコカイケコノバカ!」
……確かに馬鹿って言われてました。それにしても邪魔って言われたって、どうせ一面の荒れ地なんだから好きなところ避けて通ればいいのに……と思っていたところで、ようやく気がつきました。私たちは彼らの作った細い溝、多分塹壕だと思うんですが、それを踏み潰してしまっていたのですね。
これはこれは、ごめんなさい。すぐ作り直しますからね。ほら、人差し指でズズズイーッと。よし、これで元通り!
「ッタク、バカハコレダカラコマルゼ! ハナノアナカラ、タイボクミタイナ、ハナゲヲダシヤガッテ! ニドトクルナコノハナゲバカ!」
む、むうっ! 鼻毛なんて出てないもん! だいたい馬鹿って言う方が馬鹿なんだよこの馬鹿!
「ア、オマエ、イマ、バカッテイッタナ? ツマリオマエノホウガ、バカッテコトダ! バーカバーカ!」
う、うるさいバーカバーカ!
「バーカバーカ!」
バーカバー……はっ、すいません、つい我を忘れてしまいました。小人たちは隊列を組み直し、塹壕の中を進軍していきます。なんかもう関わるのも嫌な所ですけど、まだネコの姿を見ていません。仕方がない、少し彼らを追跡することにしましょう。
しかしこんな小人たちに飼われてるようなネコがいるなら、それこそ豆粒サイズなんじゃないのかな? うう、うっかり踏み潰してしまったら大変です。足下を、慎重に、慎重に確認しながら行きましょう。
◇ ◇ ◇
それにしても、〈馬鹿世界〉って何のことかなと思ってたんですが、この小人たちの決め台詞だったんですね……でもバーカバーカって、小学生じゃないんだから……いや、彼らにはそれくらいの知能しかないのかもしれませんけど……でもここは、文明人として大人の態度で接しなければなりません。子供みたいな言い争いに付き合うわけには……おっ、ひょっとして彼らが目指しているのはあれかな? 丘の麓に、高さ五十センチくらいの蟻塚のような物が沢山あります。双眼鏡を覗き込んでみると……あぁ、こちらは白組の街みたいですね。ヘルメットや袖口に白いラインを入れた小人たちが忙しなく駆け回っていて、小さな大砲みたいなのを操作しています。
おっと、どんどん砲弾みたいなのが飛んできます。パチン、パチンと弾けますが、まぁ火傷もしないレベルの火花ですね。それにしても、これくらいなら小人たちにとっても平気なはず……あっ、火花が赤組の一隊に直撃しましたが、ワーワー騒ぐだけで全然平気みたいですね。何なんだろ、これ。
「アウトー! オイ、イマノアウトダロ! コノバカ!」
あれっ? 何か白組の陣地から声が響いてきました。対する赤組は、隊長みたいな小人が拡声器で応じます。
「フーン、イマノ、バリアハッタカラ、ヘイキナンダモンネ!」
「ソンナノ、ズルダロ! ジャアコッチモ、バリアハル!」
「バリアハ、ゴビョウシカ、ツカエナインダヨ! イチニーサンヨンゴ! オワリ! イケ! ミンナ、トツゲキダ!」
「ワー、バカバカ、ソンナノズルイ!」
……遊んでるんでしょうか。だんだん帰りたい感が強まってきました。でも確かに兵隊ネコがいるって聞いたしなぁ……赤組は白組の街に突撃していきます。楊枝銃で白組を撃つんですが、これもお互いの色のペイントが飛ぶだけですね……でも赤い色のペイントを付けられた白組は律儀に死んだふりをしています……追い詰められる白組……うーん……やっぱ帰ろうかなぁ……
「フフッ、トウトウオイツメタゾ、シロショウグン! コレデコノマチハ、オレタチノモノダ!」
「グウッ、アカショウグン、ヒキョウナリ! ソッチガソウクルナラ、コッチモダ! イデヨ、スーパーデラックスジャイアントビーストマークセブン!」
おっと、白将軍が手元のレバーを操作すると、丘の砂礫がガラガラと崩れ始めました! そして現れた扉が開くと、その奥には……ネコです! 三毛ネコです! ついに私たちはネコを発見したのです!
「ワ、ワァッ! オマエ、ナニヲシタノカ、ワカッテルノカ! マサカ、キンジラレタケモノヲ、ヨニハナツトハ!」
「フフッ、ワレワレハツイニ、ネコノチョウキョウニ、セイコウシタノダ! オソワレルノハ、アカイモノドモ、ノミヨ!」
……あぁあ。ネコは私たちからすると同じサイズなんですが、小人たちからすると巨獣です。にゃー、と一鳴きすると、赤組の兵士に襲いかかっていきます。まぁ襲いかかるというか、暇を持て余してじゃれてる感じですね。ネコパンチ! ネコダイブ! 次々と赤組の小人たちを街から追い払っていきます。
「ウ、ウグッ、ソッチガソノキナラ、ワレワレモ、ヤラネバナルマイ! グンソウ、ヤレ!」
「イェッサー!」
逆襲にあった赤将軍、軍曹に命じて赤い信号弾を打ち上げさせました。しかもこの香りは……マタタビ……やー、何が起きるかわかりそうな感じですが……やっぱり。丘の影から、一匹の黒ネコちゃんが顔を出しました。
「ウゲェ! アレハ、シャイニングダークネスメランコリックファイター! マサカオマエラ、アレヲ、テナヅケテイタトハ!」
「ハッハッハ、キンジラレタケモノヲ、アヤツレルノハ、オマエラダケデハ、ナイノダ! ユケ! シャイニングダークネス……ナントカカントカ!」
禁じられた獣、二大巨頭の戦いが始まりました! のそり、のそりと丘を降りてくる黒ちゃん。一方の三毛ちゃんは身体を低くし、今にも飛びかからん姿勢です。
「マーオ」
「マーオ」
おっと、鳴き声の応酬が始まりました!
「マーーーオ」
「マーオ」
「マーーーオ!」
「マーーーーーーオ!!」
「ギャフババビゴジャボジェポポ!!」
……あぁあ、取っ組み合うネコのおかげで、白組の街は無茶苦茶です。司令所らしい塔は崩され、白将軍は悲鳴を残して埋まってしまいました。赤組も全員が逃げ散ってしまって、もうここはすっかりネコの遊び場に……うーん、さすがに可愛そうだから白組を掘り出してあげましょう。うん、全員無事みたいですね。
しかしこのネコ、一体どこにいたんでしょうね? とてもこんな荒れ地じゃ、生きていけそうもないけど。
「ン? ムコウニ、ソウゲンガアッテ、イッパイネコガイルヨ。オレタチモ、フダンハ、ソコニスンデルンダ」
ほうほう白将軍、そういうことですか。でも、じゃあ何でこんなところで戦争を?
「バーカジャネェノ? スミカノチカクデ、センソウシタラ、アブナイダロ」
い、いや、そりゃそうですけど。
「ウワサドオリ、キョジンハ、バカバッカナンダナ」
うう、意外と反論できない……でも、どうして赤組と白組は戦争してるんですか?
「シュウキョウテキ、カチカンノチガイダナ」
へぇ。宗教って、どんな?
「レンチュウハ、コノセカイヲツクッタ、シンジュウガ、クロネコダッテ、イウンダ! バカジャネーノ、ミケネココソ、コノセカイヲツクッタ、カミサマノ、マツエイダ!」
へ、へぇー……。あんま関わらない方が良さそうなお話です。
◇ ◇ ◇
小人たちの、本当の住処である草原は、歩いてほんの十分ほどの所にありました。草原というか、これはオアシスですね。小さな湖の周りに草木が生い茂っていますが、そこにいる小人はもちろん、植物も、動物も、みんなミクロサイズ。小人たちの街は小さいですけど広がっていて、素材は雑ですが都市といっていいくらいな文明を築いているようです。
そして唯一私たちの世界と同じサイズなのが、水辺で寛いでいるネコたち。確かに毛色は、黒か三毛の二種類しか見当たりませんでした。
よくわかりませんが、このオアシスを中心とした生態系は、ふらりと現れたネコを中心として作られたみたいなんですね。魚のいる水辺にネコが住み着いて、その糞で草木が繁殖し……つまり確かに、小人たちの世界の創造主は、黒ネコか三毛ネコのようなんです。そんな神様ネコを戦争の道具に使うなんて……と思ったりもするんですが……
「ウン、ネコヲツカウノハ、アブナイカラ、キンシニシタヨ。オカアサンニ、オコラレルシ」
あ、そうですか。まぁあの戦いを見る限り、赤組と白組の諍いは、ネコたちにとっては暇つぶしくらいにしか感じていなさそうです。
……馬鹿世界? うーん、最初は何だろうと思ってましたけど、意外と鋭い名前だったかも。ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第三回は〈35A0218BC0〉、通称〈馬鹿世界〉からお届けしました!