第四回 謎の生物・アニャビエを追え!
みなさん大変ご無沙汰していました! イワノヴァです!
いやぁ、本当に久しぶりで……前回の更新を確認してみたら、去年の11月とか……皆さんも色々と大変かと思いますが、メディア業界もしっちゃかめっちゃかで……大変ですね、コロニャウィルス。当初はマスクしたり少数に絞ったり、私は現場に行かずにアテレコで対処していたりしたんですが、さすがにあれほど感染が拡大してしまうと「ネコ動画なんか撮ってる場合か!」と視聴者さんやスポンサーさんからの風当たりも強くなり……うぅ。おかげで少ないお仕事もすっかりなくなってしまって、毎日ドルバッキーのご飯のためにバイト暮らしの日々でした……
当然異世界にウィルスを拡散するわけにもいかず、ターミナスも一年近く封鎖されたままだったんですが……ようやく事態も峠を超えつつあるということで、ワクチン接種者で陰性証明がある人に限り、遂に通行が許可されることになったんです!
そうとなれば、私たちが行かずに誰が行くというのでしょう。それに暇を持て余して過去の探検隊の調査記録を眺めていたら、ちょっと気になる情報も見つけたので……なんでもその異世界も酷い流行病に襲われたんですが、そこに一匹のネコが現れ病をおさめてしまったというのです。もしこの噂が本当なら、私たちの世界もその神ネコさんに救ってもらえるかもしれません!
「そんなのパチ物に決まってるよ? ただでさえお金ないのに、そんなとこに行くために検査代や保険代払うの? まじめに?」
まじめですよ! だいたいディレクターさん、お金ないどころかコロニャ引きこもり需要で前に撮影してたネコ動画のPVが凄いことになってウハウハらしいじゃないですか!
「だっ、誰がそんなことを……!」
腹を見ればわかりますよ、毎日引きこもって寿司ばっか食べてるって話じゃないですか! たまにはこっちに還元してもらわないと困ります!
「仕方がないなぁ……でも外に出るの面倒だなぁ……ほら、いきなり異世界に行くのも体力とかアレだし、まずは軽くその辺のネコ喫茶の取材でもしない?」
駄目です! こっちは毎日ウーバーの配達で体力は十分なんですから! さっさと行きますよ!
◇ ◇ ◇
さぁ、やってきたのは和風の異世界。なんだか浦島太郎みたいな漁村ですね……あんまり私たちの世界に比べて進歩はしていないみたいで、板葺きの小屋が連なり、砂浜には小舟が幾艘か乗り上げています。働く皆さんは日に焼けた和装の方々で、魚を捌いて干物にしたり、漁具を繕ったりしています。いやぁ、平和そうですねぇ。平和なのは良いことです……
いや、違う。どうもこの異世界も、何年か前に大変な疫病に襲われたらしいのです。誰かが亡くならなかった家は一つもないというほどの酷さでしたが、そのときに問題のネコが現れ、ぴたりと流行が収まったと……そういう話らしいんですが……うーん、それっぽいのは何もないなぁ……ちょっとその辺のおばさまにお話を聞いてみましょう。こんにちは!
「わぁびっくりした。ありゃ、まさか異世界人さん? こんな田舎に一体何の用さね」
いや、実はこれこれこういう事情でして、私たちの世界も大変なことになってるんですよ。それでこの世界を救った神様に、お助け願えないかなと……
「あぁ、アニャビエ様ねぇ」
ア、アニャビエ様!?
なんだか呆れた様子のおばさまに手招きされてついていくと、粗末な板張りの家の軒先に何かが貼られています。お札……なのかな? 和紙のような厚手の紙に、墨汁ですらすらと描かれているのは……んん? なんだこりゃ?
「何って、病を祓ってくれたアニャビエ様だよ」
んん? これは、ネコ……なのか? 辛うじて髭に耳、長い尻尾っていうネコの特徴はありますが、立ち上がった足は三本もあって、口元がなんだか嘴っぽい感じで……何だろう、ネコっていえばネコっぽいですが、どちらかというとネコマタに近いような……すいませんおばさま、このアニャビエ様というのを実際に見られた事があるんですか?
「うんにゃ? でも北の方に出たらしいよ。それがまた変なお話でねぇ……」
おっ、超久々のネコ昔話ですね! さて、この辺には一体、どんなお話が伝わっているんでしょう。
◇ ◇ ◇
その北の村もまた、疫病に襲われて酷い有様でした。お婆さんの家でも猟師のお爺さんが病に倒れてしまい、食べ物もなくなってしまって、仕方がなく裕福な隣の家に融通してもらいに行きました。けれども隣の意地悪なお婆さんには、
「近寄るんじゃないよ! 病がうつるじゃないか!」
と、けんもほろろに追い返されてしまいました。
困ったお婆さんは、せめてお爺さんには精の付く物をと、慣れない鉄砲を担いで山に入りました。けれども何日たってもウサギどころか鳥も捕ることができず、お婆さんもお腹がすいて動けなくなりかけた時です。藪の中に大きな獣の影をみつけ、無我夢中で鉄砲をうちました。玉は見事に命中し、お婆さんは倒れ込んだ獣に近づいていきます。けれどもその獣は、今までに見たことのない姿をしていました。大きな耳に尖った髭、足が三本もあり、口は鳥の嘴のようでした。さらには驚いているお婆さんに向かって、獣は言ったのです。
「私はアニャビエといい、このあたりの守り神をしています。けれども今は小さな子供が三匹もいて、里にまで手が回っていません。私が死んだら子供たちが飢え死にしてしまいますし、里も大変なことになるでしょう。どうか命ばかりはお助けください。代わりにと言ってはなんですが、私の姿を紙に写し軒下に掲げてください。そうすれば病は退散し、六年は豊作に恵まれるでしょう」
気の毒に思ったお婆さんはアニャビエ様の傷を手当てし、空いたお腹を抱えながら家に戻り、半信半疑ながらもアニャビエ様の言った通りにしました。
するとどうでしょう、お爺さんの病はすぐに治り、山に入ると鹿や猪を沢山捕ってきたのです。
話を聞いた隣の意地悪なお婆さんは、夫に言いました。
「そんな凄い守り神なら、捕まえれば億万長者になれるに違いないよ。さぁ、さっさと山に行きな!」
お爺さんは仕方がなく鉄砲を担いで山に入り、何日もかけて探し回ったあげく、子守をしていたアニャビエ様を見つけて撃ち殺してしまいました。
アニャビエ様を持ち帰ると意地悪なお婆さんは大喜びし、鍋で炊いて食べようとします。けれどもその肉を口にした途端、お婆さんは泡を吹いて死んでしまいました。驚いたお爺さんはアニャビエ様を手厚く葬ろうとしましたが、時すでに遅し、息子たちも相次いで亡くなり、畑に物は実らなくなり、あっという間に家は潰れてしまいました。一方のアニャビエ様を助けたお爺さんとお婆さんは倉を建てるほど裕福になり、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
◇ ◇ ◇
……ふむぅ。なかなか興味深いお話ですね。因果応報、勧善懲悪のテンプレっぽいお話ですが、何なんですかねアニャビエ様って……そんな守り神のお話なんて、どの世界でも聞いたことがありません。ひょっとしてアニャビエ様も、何度かお会いしている化けネコの類いの知的生命ネコさんなんでしょうか……
「なんだいこんな話、真に受けてるのかい? こんな格好の神さまなんているはずないし、言葉を話すはずがないでしょ」
うっ、い、いえ、経験上、この手の生物はホントに実在していまして……
「そりゃま、このお札が流行ってから病が治まったのは本当だけど、どうだかねぇ。どうせその辺の神人がでっち上げた話だろう?」
ん? 何ですその神人さんって。
「どっかの神社から来た、怪しいお札や薬を売り歩いてる連中で……あぁ、噂をすれば」
おや、砂浜になんだか妙な格好をしたお方が店を広げようとしています。日本神話の神さまみたいな白絹を着ていて、冠をかぶっていて、木靴をカポカポと鳴らしています。その神人さんは一通りお札を広げ終えると、物珍しそうに寄ってきた村人さんたちに向かって大声を張り上げ始めました。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! このお札、そんじょそこらのまがいもんとはちょっと違うよ? かのアメリカ大統領も愛用したってぇ凄げぇ品だ。成層圏のそのまた向こう、大宇宙に浮かぶお月様、その裏側のクレーターに住んでいるアニャビエ様の神力が詰まったスグレモノなのよ。このお札を軒下に掲げてごらんなさい、あんたの娘さんも嘘みたいに元気になって、喜ぶあんたたちの前できれいな声でほらほら、オペラを歌ってくれるはずさ!」
……んん? なんだかすごい聞いたことがあるような煽り文句だぞ……? まぁ偶然の一致なんでしょうけど、神人さんの煽りテクニックはなかなか凄いもんですね。先ほど聞いた昔話がSF大スペクタクル物のようにアレンジされていて……おおう、結構な人たちがアニャビエ様のお札を買い求めています。
「っても、来るたびに違う話になってるからね。あてになるもんかい」
ははぁ……とはいえおばさま、昔話や伝説には、その元となった出来事が必ずあるものです。アニャビエ様も多少は脚色されているでしょうが、何らかの凄いネコ様という可能性は十分にあります。どれどれ、品揃えを眺めてみると……うわー、色々なパターンのアニャビエ様があるんだなぁ。ポーズを決めていたり寝転んでいたり、なんとカラーもあります。かのネコ好き浮世絵師、歌川国芳の作品に負けず劣らずの力作揃い。こ、これは何枚か欲しくなるな……
「おっと異世界人のお嬢さん、あんたも土産に一枚どうだい。今なら二枚目は半額、さらに一枚サービスしちゃう出血大サービス中! 締め切りまで、あと三分です!」
つまり、一枚半の値段で三枚ももらえちゃうのか……! これは実質無料、すぐにゲットしなければ……って、来たばかりでこの世界の通貨も得ていません。神人さん、いかがなもんでしょう、この『異世界ネコ歩き』特製ステッカーと交換という訳には……
「あぁ? 駄目に決まってんだろこんな物! こっちも商売なんだ、銭がねぇならさっさと帰んな!」
ひ、酷い! うちのドルバッキーが可愛くイラスト化された人気商品なのに!
間違いない、この人はアニャビエ様をかたって善良な人々をだまし、暴利をむさぼっている悪党に違いありません。早速後を追って、奴らの根城を突き止めて一網打尽にしなければ! さぁ、追跡の開始です!
◇ ◇ ◇
たくさんの葛籠を背負った神人さんは丘を越えて森を抜け、いくつかの村を行商して歩きます。これがなかなか盛況、その日のうちに在庫は尽きてしまったようで、満足そうに帰路につきます。うん、あの方のテクニックもあるでしょうが、アニャビエ様の絵がなかなか素敵だもんなぁ。あれは売れますよ。一体誰が描いてるんでしょう。とてもハイカラな絵師さんが住んでいるような大都市は、近くになさそうですが……
さて、日が落ちて月が輝き始めた頃にたどり着いたのは、寂れてはいますがそこそこ大きな神社です。神人さんは鳥居を潜り階段を上がって渋い門を通ると、本殿に手を合わせてから裏手に向かいます。そして明かりのともる庫裏のような建物に向かうと、がらりと扉を引いて威勢良く言いました。
「よう、帰ったぜ旦那! 今日も完売だ!」
むっ、ここがアニャビエ詐欺団の根城でしょうか。早速格子窓から中を覗いてみると……おや、意外なことに中にいるのは痩せて色白な優男だけです。彼が向かう机上には墨や絵の具が一杯に広げられ、周囲にはアニャビエ様が描かれた膨大な紙が散らばっています。
きっと彼こそがアニャビエ絵師さんなのでしょう! しかし完売の報告を受けても、あまり気の乗らない様子。疲れたように肩をぐるりと回すと、床に銭を広げ数え始める神人さんに応じました。
「駄目だ。もう駄目だ」
「何が駄目だってんだい、旦那の考えたアニャビエ様は描けば描くほど売れてんだぜ?」
「いや……もう何も思い浮かばないんだ。アニャビエはもうやり尽くしてしまった。新しいイメージが全然浮かんでこない」
「んなもん、今までと同じでいいじゃねぇか。誰も文句は言ってねぇぜ?」とはいえ渋い表情の絵師さんに、神人さんは冠を取りながら続けます。「んー、まぁそろそろ流行病もご利益のネタとしては古くなりつつあるからなぁ。何か新しいネタをでっち上げてもいいかもしれねぇぜ? 五穀豊穣、五体満足……何かねぇかい?」
やはり、アニャビエ様はこの連中がねつ造した嘘っぱちだったのですね。まったく、病の苦しみにつけ込んで金儲けをするような輩は私たちの世界にもいますが、とても許されるものじゃありません。さっそくこの辺の代官様にでも知らせ……ぎゃあ! 痛い痛い! うわっ! どこからともなく現れた虎白ネコさんが腕に噛みついてぶら下がってる! ちょっとやめて私なんか食べても美味しくないですって!
「何でぇ何でぇ、何者だぁ! あっ! てめぇらは昼間の銭なし異世界人じゃねぇか!」
「こら! タマ! 離しなさい! ほら好物の煮干しだよ!」
ひえ、絵師さんの差し出した煮干しにつられてようやく離れてくれました……いてて、こんな深手は久々です……さっさと手当をしないと……
「てやんでぇ、逃がすもんかい! てめぇらは何か? おいらたちの商売を狙ってんのか?」
む。狙う? とんでもありません神人さん、話はすっかり聞かせてもらいましたよ。アニャビエ様なんて全部でっち上げだとね! 民の弱みにつけ込み、なおかつネコの可愛さを利用するような悪逆非道、ネコが許しても私が許すわけにはいきません! さぁ、観念なさい!
「よ、弱みにつけ込むなんてとんでもねぇ! じゃあ何かい? 世の中に出回ってるお札に、絶対に効くって代物があるってのかい?」
え? いえ、それはないんでしょうけど……
「だろ? んなこたみんな、承知してんだよ。それでもな、自分で全部背負うのは面倒くせぇししんどいから、全部誰かのせいにしてぇもんなんだ。アニャビエ様のおかげで助かった? いいじゃねぇか。アニャビエ様々だ。アニャビエ様が働かねぇから嫁が死んだ? 上等じゃねぇか、アニャビエ様の所為にすりゃぁいい。それで世の中が上手く回るってんなら、それでいいじゃねぇか」
う、さすが詐欺師、口だけは回りますね。けどお札を売って儲けたお金はどうしてるんです。どうせ左団扇でウハウハなんでしょ!
「はー、んな訳ねぇだろ。見な、この旦那は都で絵師をやってたんだが、パトロンの公家さんが流行病で死んじまってな。みんな病に怯えちまって誰も絵なんか買いやしねぇ。それで食い詰めてるのを見かねて、おいらが仕事を考えてやったのさ。この絵の具が幾らするか知ってるか? そもそも色刷りなんて、庶民の手が出るもんじゃねぇ。けど旦那がどうしてもって言うんで仕方なく。儲けなんか殆どありゃしねぇ」
む、むぅ……つまりアニャビエ様は、旦那を食わせるための企画だったと……
「……すいません、病で苦しんでる人たちからお金をもらうのは本当に心苦しかったんですが、私も絵を描くことくらいしか能がなくて……他にどうしようも……」
う、な、なんだか他人事に思えなくなってきた……そうですよね、こういう時、メディア業界は辛いですよね……私も流行病のおかげで食い扶持を絶たれてしまって大変でした……仕方がない、誰にも迷惑はかかっていないようですし、今回は目を瞑りましょう……
「おうおう、話のわかる娘さんじゃねぇか。せっかくだし、あんたも一口噛まねぇかい? おいらもご利益話はそろそろネタ切れなんだが、異世界じゃあ色々と珍しい神さまのお話があるらしいじゃねぇか。その辺を幾つか教えてくれりゃあ、印税考えてやってもいいぜ?」
い、いや、印税は結構ですけど、絵師さんに描いてもらいたいネコ話は幾つかありますね。例えば……こんなのはどうです?
◇ ◇ ◇
うーん、流行病のおかげで苦しんでるクリエイターさんって、どの世界にもいるんだなぁ……結局アニャビエ様のご利益を得ることは出来ませんでしたが、同じように苦しんでいる仲間がいると知って私も少し……なんて言うんです? 安心した訳ではないですが、なんとか乗り越えられるよう頑張ろうって気分になりました。ウイルスの影響はまだ続きそうですが、私なんかがあれこれ考えても仕方がありませんものね。ちゃんと手洗いうがい、感染症対策をして、壁に貼ったアニャビエ様を毎日拝んで、一日も早い収束を祈ることにします。
異世界ネコ歩きシーズン3! 今日は「謎の生物・アニャビエを追え!」をお送りしました!




