第一回 脅威、神聖ネコ教団!
はい、<今日のネコちゃん>は岐阜県のシェリーちゃんでしたー。
「オッケー。イワノヴァちゃんお疲れ!」
……はー疲れた。YouTube物とはいえ、さすがに一日で五本もネコミニ番組の収録するのはしんどい……だいたい台本覚えてくる段階で力尽きてるし……
「えっと、次は<百日後に生き返るネコ>ね」
はぁっ? それ明日の予定じゃあ……
「ふっふっふ……なにしろ今は空前のネコブーム……撮れば撮るだけ金になる世界……なので追加で別の仕事も受けちゃいました……」
あーわかる。何なんでしょうね、この地味なブーム。ウチのドルバッキーの何の変哲もない五秒動画でも千個くらい<いいね>が付くし。
「そう! おかげでネコに強いウチは大繁盛! でもこんなのいつまで続くかわかんないし、稼げるときに稼いでおかないとね?」
それもわかる。わかるけど疲れたし喉も痛くなってきたしお腹空きました。今日はこの辺にしときましょう。
「えー。そんなこと言わないで! すぐに出前とるから! 寿司!」
寿司か。なら仕方ない。届くまで休憩しましょう。そろそろ<異世界不思議発見!>始まるし。ほら、今回は<驚異! 軟体異世界人のニョロニョロな日々!>だそうですよ。うわー、相変わらず海西江姐さん可愛いなぁ。
「海西江さん、何回か会ったことあるよ?」
真面目に? 羨ましい! 何の仕事です?
「え? 本にサイン貰いに……」
なんだただのファンか。あ、すごい。みんなすんごいニョロニョロ。歩き方が馬鹿歩きっぽいし、満員電車の逼塞感も半端ない。しかしディレクターさん、こんなネコブームなら異世界ネコ歩きのシーズン3もいけるんじゃないですか? また異世界に行きたいなぁ。
「むりむり。かかる予算が桁違いだし、シーズン2だって全十回で二十ポイントしか増えなかったんだよ? 需要ないの」
なんなんですかポイントって……でもまぁ反応イマイチなのは確かだからなぁ。私も最近のミニ番組やってる方がフォロワー増えてるし……って、うわっ! ちょっとストップストップ! ディレクターさんあれ! あれ見てください!
「――あっ、あれは!」
そう、あの黒い四角の看板、特徴的な明朝体……そして記されているのは、『ネコと和解せよ』……まさか異世界にまで活動範囲を広げているとは。あれは間違いなく、<神聖ネコ教団>の仕業ですよ!
◇ ◇ ◇
神聖ネコ教団
いろんなところに妙な看板を貼り付けている宗教団体。その正体は謎に包まれている。信者数公称百億人。
◇ ◇ ◇
「相変わらず意味不明な人たちだよね? 何なんだろあの看板」
いやいや、実際あの人らは怪しい噂が沢山あるんですって。野良ネコを探し回っては餌付けしてるとか、捨てネコした人をDNA分析までして探し出して私刑を加えてるとか、無人島を買って保護ネコのためのネコ島にしてるとか。
「なんかいいことのように思えるけど……?」
駄目に決まってるじゃないですか。世の中にはネコ嫌いな人、ネコと共存できない生物も沢山いるんですから、そういうのを無視して独善的なことばかりしてたら反感を買うだけです。だいたい何なんですか、ネコと和解せよって。別に喧嘩してないですって。
「あれ色んなバージョンあって面白いよね? ほら、『ネコは見ている』、『ネコの国は近づいた』とか。これはレアだよ? 『ネコは唯一』。まだ八王子の一カ所でしか見つかってないんだよ?」
なにスマホで看板コレクションしてるんですか! これは真面目に危険ですよ? あの純朴なニョロニョロ人たちがネコ教の連中に誑かされたりしたら、異世界外交問題になってしまいます!
「そんな大げさな……ただ妙な看板作って貼ってるだけの面白団体じゃない……」
あれは偽装なんですって! 連中はきっとサイコパスの首領に率いられていて、夜な夜なペットショップを襲ったり、ネコ以外は死んでしまうウィルスを極秘に開発しているに違いありません。よし、わかった、ディレクターさん、早速ニョロニョロ世界に行きますよ!
「えぇっ、何で?」
政府もターミナス財団もネコなんか無関心だし、連中の企みを阻止できるのは私たちしかいないじゃないですか。
「何なのその企みって……だいたい異世界行けるようなお金ないよ?」
ふふっ、それは手があります。このあいだ、安全な異世界には観光目的で行けるようになったじゃないですか。それなら取材で申請するよりも、利用料も保険代も凄い安くなるんです。それにほら、これで迫真のドキュメンタリーを撮影できたら、シーズン3の予算も付くかもしれないじゃないですか!
「べつに僕、異世界ネコ歩きじゃなくてもいいんだけど……結構向こうで酷い目にも遭ってるし……」
よし、遠野までのチケットゲットしました。後で精算に回すのでよろしくお願いします。では、行きますよ!
◇ ◇ ◇
わー、異世界久々だなぁ。ということでやってきましたニョロニョロ人の世界。今回は巷で話題の神聖ネコ教団の正体に迫る極秘取材です。単なる観光客を装うためにカメラはスマホしか持ってこれなかったので、画質が悪いのはご容赦ください。
さて、問題の看板があったのは結構街中っぽかったので、人通りの多い方に向かってみましょう。しかし凄いなニョロニョロ人。ムーミンに出てきたニョロニョロみたいなのが服を着て歩いてますが、どうにも腰が落ち着いていない……ぶらんぶらんしてます。そしてこれは問題だ、ちょっとした通りも結構狭くて、脇道なんかは幅が十から二十センチくらいしかありません。ニョロニョロ人たちは何事もなくむにゅっと入っていきますが、これ私らじゃ無理だ……建物の入り口も凄い小さい……あっ! 早速ありました! お店の壁に『ネコと和解せよ』……定番の看板です。てか異世界に日本語の看板貼って意味あるのかな。ニョロニョロ人たちには読めないだろうに。そもそもこの世界にはネコはいるんでしょうか。
看板が掲げられているのは、どうやら土産物屋さんのようです。うわっニョロニョロ人形が沢山ある! むっちゃ可愛い! いいな欲しい! ディレクターさん、早速聞き込みです。ちょっと入店チャレンジしてみてください!
「ふふっ、こう見えて僕、無茶苦茶身体硬いよ?」
じゃあお願いします。お代は経費で。おりゃっ! ねじ込めっ!
「あだだだ痛い痛い痛いこれは無理無理!」
「うわっ! なんかリトルミィみたいなのがいる!」
ひっ、どうやら地元の小ニョロニョロに興味を持たれたようです。すごい指をさされてますが……こ、こんにちは~。私たち別の世界から来たのよ? 知ってる?
「すげぇ、あぁいうのほんとにいるんだ。じゃあ喋るカバもいるのか?」
……どうやらこの世界じゃ、ムーミンがニョロニョロ視点で捉えられてるみたいです。誰か紹介したのかな。ところで少年、この辺ってネコっている?
「ん? そこにいるけど?」
わっ、普通にいた! 首輪を付けたごく普通の茶虎さん、幅が十五センチくらいしかない入り口を通ってするすると入っていきます。どうやらこの世界はネコとの相性がいいようで……でもこれじゃあ私ら、何も買えないですよ。
「ネコ教団の聞き込みが目的だったんだよね……?」
だいたいこのお店だって、観光客向けですよね。これで商売になるのかなぁ。
「ふん、また固形人が勝手なこと言ってやがる」
はっ、ショーウィンドウの向こうから、髭を生やしたニョロニョロ店主が睨んでいます。どうやら先ほどのネコは店主の飼い猫のようで、慣れた様子で抱いていますが……私、何か悪いこと言いました……?
「あのな、おめぇさんたち、自分らの国で商売やってて、いきなりノルウェー人が来てノルウェー語でまくし立てたらどう思う?」
い、いやぁ、そりゃぁ日本語でOKって思いますけど……なんでノルウェー語……
「だろ? ここは俺らの世界なんだ、何でそっちの都合に合わせなきゃなんねぇんだ。こいつが欲しけりゃ、どうにかして入ってみる。それが礼儀ってもんだろ? 違うか? 見ろ、ネコだってそれくらいのことわかってる。だからこっちも礼儀でもって飼ってやってんだ」
「父ちゃん、そんなこと言ってるから客が全然来ないんだよ。他の店はどんどん戸口広げてるってのに」
おや、少年は店主の息子さんのようですね。呆れた様子でニョロンと身体を倒しますが、店主は聞く耳を持ってるタイプじゃないですね……白い顔を真っ赤にして、なにやら翻訳機が機能しないレベルの暴言だか何だかを発してます。しかしディレクターさん、これはどうにかして店主に認めてもらい、ニョロニョロ人形をゲット……じゃない、ネコ教団のことを聞き出さねばなりません。そのでっぱったお腹を削るなりなんなりして……
「でっぱってないもん! 頭蓋骨が無理なんだもん!」
じゃあ頭蓋骨を削るなりなんなりして……
「ふふっ、あれだけネコ番組を乱造してネコに食べさせてもらっているというのに、あなたたちのネコ愛はそんなものなの?」
うわっ、いつの間にか背後に怪しい白装束の人間が! 一体何者!?
「おう姐ちゃん、また来たか。さぁ入んな入んな」
うっ、あれだけ頑固な店主が手放しの歓迎をするとは……まさかこの黒髪ネコ目でネコ耳フードの女性は……
「その通り。イワノヴァさん、あなたが時々番組で根拠のない誹謗中傷を浴びせているネコ教団の者よ! さぁ雑魚はどきなさい! ネコに身も心も捧げた我々ならば、そんな隙間は簡単に通れてしまうんだから!」
な、何だってー!
◇ ◇ ◇
とうとう謎のネコ教団と接触を果たした捜査団! 果たして連中の邪悪な企みとは何なのか!? そのネコ耳フードの下には何が隠されているのか!? というかいい年をしてネコ耳フードとか恥ずかしくないのか!? ついにその謎が暴かれる……!
「い、いや、これは制服みたいなもんなので仕方なく……それより店主が待ってますんで、早くそこどいて戴けます?」
あ、す、すいません。しかしいくらネコ愛があろうとも、隙間は関係ないと思うんだけどなぁ。一体どうやって通るつもりなんだろ。まさかネコの加護を受けた魔術的な何かが使えたりするんでしょうか。異世界と繋がってからこっち、なんかその手の怪しいハイテクが氾濫してるからなぁ。
「ふふっ、まぁよく見てなさい。我々のようにネコと和解さえすれば、こんな隙間なんてないも同じよ。せーの、うりゃぁっ!」
あーっ! 普通に特攻した! メリメリいってる! 擦れてる擦れてる! 頭も柱もミシミシいって歪んでる! 危ない危ない! これは放送禁止レベルだっ!!
「どりゃーっ!」
ああっ! 遂に! 気合い一声と共に、白ネコさんが関門を突破しました! すごい、何ということでしょう! これはネコ愛とか関係なく、ただの気合いです!
「……ふふっ、ご覧なさい、この程度は楽勝よ。さぁ、あなたもネコと和解なさい」
なんか格好よさげにしてる割に、普通に顔が擦れて血がダラダラ出てますが……
「白姐ちゃん、相変わらずいい通り抜けっぷりだな。そういや言われた通り、ちゃんと看板付けておいたぜ。何書いてあるんだかわかんねーが、なかなかシュールでいい」
「恐れ入ります。実は私たちの理念を記した冊子をニョロニョロ語に翻訳して持って参りました。店主、そもそも何故、ネコはこれほどまでに愛されるのだと思います?」
「さぁ……可愛いから?」
「その通り! そしてこの冊子には、ネコは何故可愛くて素晴らしくてαでありωであるかが記されています。アルファ……この文字をご覧ください。何が見えてきますか?」
「……!! まさに可愛く座ったネコそのもの!」
「そしてオメガ……これは言うまでもありません、ウィスカーパッドそのものです。さてこれでネコの全てを説明できたようなものですが、ご納得されない方向けにまだまだ証拠はあります。様々な幸運、神秘を示す7という数字。ネコもまた7なのです。ご覧ください、五十音順に数字を振ると、<ね><こ>は24、10となります。これを足すと34、3と4を足すと……」
「7だ!」
「はい。更に英語でCATS。これも同じようにアルファベット順に数字を振ってカラバ的集約を行うと……」
「7だ! すげぇ!」
「はい。ちなみにニョロニョロ語でも当然、同様な証明が可能です。すなわちネコは始まりであり終わりであり、全ての幸運と神秘を秘めた存在……つまり宇宙そのものと言っても差し支えありません」
「へぇ~、なるほど~」
「そこで! 私たちはこうしたネコの素晴らしさについて伝道する活動を続けているわけです。しかし私たちもネコを多数保護していて活動資金もカツカツ、一口千円でご寄付を募っておりまして、十口以上ならお好きな文言を入れた素敵なカスタム看板をプレゼント……」
「いいなカスタム看板! 実際にネコ飼うお金はないけど、一万円くらいならお布施しようかな?」
ちょっと何ディレクターさんまで取り込まれそうになってるんです! あんなのこじつけに決まってるじゃないですか!
「これでも納得出来ないとは、どうやらイワノヴァさんは悪しきニャン黒面に墜ちてしまっているようですね……これ以上私たちの活動を妨害されるようであれば仕方がありません、今後は敵と見なし、教団をあげて<ネコが大事な物で爪を研ぐ呪い>や<寝入った瞬間に起こしに来る呪い>を……」
えっ、そんなのやだ! ていうかそもそも、異世界旅行じゃ政治的宗教的活動は禁止でしょう! 尋常になさい、とっ捕まえてターミナス財団に突き出してやるんだから!
「あっ、それ困る。じゃあ今日はこんなところで。それでは店主、裏口から失礼!」
こらー! ちょっと待てー! ほらディレクターさん、早く追わないと!
「……ぼく、お腹つっかえるから無理」
……とうとう面倒くさくなって認めましたね、この眼鏡は。
◇ ◇ ◇
ということでせっかくネコ教団と初接触を果たすものの、今回は逃げられてしまいました。残念無念。しかしあの様子では、今後も様々な異世界で怪しげな活動を続けていくつもりに違いありません。連中の陰謀を止められるのは私たちだけ! ということで私たちもクラウドファンドで番組制作資金を募っています。一口千円で、十口以上の方には成功報酬としてシーズン3のブルーレイボックスをプレゼント! ご応募はこちらから!
「なんかネコ教団とやってること同じじゃないかなこれ?」
ディレクターさんはおやつ代を切り詰めてお金を貯めるそうです! それではシーズン3実現に向けて、沢山のご応募をお待ちしています!




