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異世界ネコ歩き  作者: 吉田エン
シーズン1
2/24

第二回 パイプ世界の守りネコ

 いやぁ、見事な田園風景ですねぇ。ターミナスを出た途端、一面の金世界です。小麦か何か、そんなものの収穫期なんでしょうね。所々に青々とした森があって、橙色をした屋根の農家が点在し、そこかしこにあぜ道が走っています。


 あ、あそこを歩くのは地元農家の方でしょうか。麦わら帽子で荷車を引いています。そして早速、荷台に積まれた藁山の上にはネコが! ここのネコも平和そうですねぇ。キジトラ白ちゃん、暖かい日差しに誘われて丸くなっています。


 こんな感じで、ぱっと見た感じ、ここは私たちの世界の田舎風景と変わりませんが……ちょっと農家の方にお話を伺ってみましょう。こんにちは!


「プーペペペボボー。パパピーピーププッ!」


 ……あははー、何言ってるかわかんないですね! 普通の農家の方と思ったこの人、実は凄いです。肌は短い灰色の毛に覆われていて、アリクイのような筒型の長い鼻、耳は三十センチくらいのホースのような物が垂れ下がっています。


「パパパラーラー。ペーペロローローラー」


 あ、はい。そう、ここは〈D0C7AA857F〉、通称〈パイプ人の星〉と呼ばれてる世界なんです!


 パイプ人のお話は、聞かれた方も多いかもしれません。ご覧のように彼らの身体はパイプのような器官を沢山備えていて、言葉もまるで管楽器のような音色です。髪もドレッドヘアみたいで、ちょっとお洒落ですね。


「パララリラーパララリラー。ペッペペポラー」


 つか五月蠅い! あぁ、せっかくレポートしようとしてたキジトラちゃんが起きて、どっかに走って行ってしまいました。


「ピピッ。パララーペッポ」


 そう、私たちは別にパイプ人を取材に来たんじゃないんです。ネコ! そう、ネコを追わなければなりません! キジトラちゃん、待って!


◇ ◇ ◇


 願いが通じたのか、キジトラちゃんは少し立ち止まってくれました。大きな欠伸をして、身をぐーんと伸ばして、てくてくとあぜ道を歩き始めます。こうしてみると、ほんと普通の田舎風景ですねぇ。太陽の光がさんさんと降り注ぎ、秋の実りを狙った雀みたいな鳥が飛び回り、辺りには爽やかな管楽器の音色が……いえ、音色は普通ないですね。不思議なことにこのパイプ世界は、いろんなものがパイプ器官を持ってるんです。なので鳥はピーピープープーと鳴くし、虫はパーパー、風が吹くとパイプ状の葉っぱを持つ木々がピューピューと音を鳴らします。


「ミャー」


 あ、良かった、ネコはニャーニャーみたいです。


 さて、キジトラちゃんがたどり着いたのは、近くの村のようですね。円柱状の白いレンガで出来た家々は、一種独特。ネコはそこかしこにいますね。樽の上、軒下、石造りの塀の上。そして、これ。街に沢山転がっている、長さ五十センチ、直径十五センチくらいの短いパイプ。外側も内側もフカフカな茶色い毛で覆われていて、ネコたちは居心地が良さそうに潜り込んでいます。しかもゴムみたいに伸縮して、どんなサイズのネコにもジャストフィットです。


 ……いいなぁ、これ。私たちの世界に持ち帰ったら、結構売れるんじゃないかな。


 あー、蛇腹になったパイプ指でネコを撫でているお年寄りがいます。ちょっと聞いてみましょう。すいません、このモコモコパイプって、あなたたちが作ってあげたんですか? 量産して売ってみたりしません?


「ボーブブッ。ババボボー」


 うーん、チューバのような深い音で何か言われましたが、やっぱり何がなんだかわかりませんね。パイプ世界はとても平和で、パイプ人たちも全然警戒心を持ってないらしいんです。なので結構話しかけられるんですが、未だ彼らの言語は解読されてなくて……というか解読する価値もないと思われてるみたいで、誰も研究してないみたいです。なにしろ見渡す限り、本当に農地しかないので……


 さて、そんな平和でのどかなパイプ世界では、ネコが本当に沢山います。そう、農地にネコ。彼らの役割はもう、決まったようなものですね。


 村を何事もなかったかのように通り抜けたキジトラちゃん。再びあぜ道をてくてくと歩いていたかと思うと、急に全身を固くして立ち止まりました。そしてじっと、金色に輝く穂波を見つめます。一体何か、あるんでしょうか。


 よくよく見ると、この作物も不思議な形をしています。形は麦やお米の稲と似たり寄ったりなんですが、生っているのがリガトーニみたいな物なんです。リガトーニって、穴の開いたパスタですね。前に来たイタリアの探検隊によると、パイプ人たちはこれを煮て食べるそうで、やっぱり味はパスタに似ているとか……あっ、キジトラちゃんが稲の中に飛び込んで行きました! 稲村にネコ、これはもう、ネズミか何かの害獣を捕まえに行ったとしか思えません! ここでカメラさんが素早く小型追尾カメラドローンを放ちます! 行け! 秘密兵器カメラドローン! 急いでキジトラちゃんを追うんだ!


◇ ◇ ◇


 カメラドローンが稲をかき分け、キジトラちゃんの後を追います! 素早い! 素早い動きです! 彼女は一体何を追っているんでしょうか! どうやら敵も激しい抵抗を試みているようです! 鳴り響くキジトラちゃんの叫び声! 高鳴るホラ貝のような敵の声! 果たして決着はいかに!


 ……何か、ズボッ、という深い音が一鳴りして、急に静かになりました。ドローンは結局、何か飛び交う影しか掴むことが出来ませんでしたが、きっとキジトラちゃんはネズミ的な何かを仕留めたに違いありません。影の動きからすると、こっちの方向にいるはずなんですが……あ、いました、キジトラちゃんです!


 あれ? でも何か様子が変ですね? 彼女は何事もなかったかのように眠っています。しかも何故か、村で見たモコモコパイプに潜り込んで。


 ひょっとして、まさかこのモコモコパイプは……


 わっ! 私たちの足下を、何かモコモコしたのが転がっていきました!


 よかった、今度はカメラさんが高速度カメラで撮影することに成功しました。さっそくスローモーションで見てみると……


 やっぱり! あのモコモコパイプです! なんとネコたちの格好の住処になっていたモコモコパイプは、リガトーニの稲を荒らす害獣の死骸だったんです。彼らはその表面に生えた毛をうねうねと動かすことで高速回転移動をし、リガトーニ稲を揺らして熟した実を落とします。筒の内側の中央付近には厚さ一センチほどの膜があって、これが彼らの内臓器官になっているようです。器用に実を筒の中に取り込むと、再び毛をうねうねと動かして内臓まで持ってきて、小さな口で取り込みます。いやぁ、ホント変わった生き物ですねぇ。


 彼らモコモコパイプには骨のようなものはなく、弾力性のある外皮もあって、向かうところ敵なし。ちょっと眺めていた間にもパイプ人が木の枝で叩いて殺そうとしていましたが、ボヨンと潰れて元に戻ってしまって、まるで無傷。


 しかし、その形状が徒になるとは、彼らも思っていなかったでしょう。撮影班はついに、ネコが彼らを襲う決定的瞬間をカメラに捕らえることに成功しました。これはその一部始終です。


 ……モコモコパイプは稲床に転がり、無心にリガトーニの実を食べているようです。そこに忍び足で近寄るキジトラちゃん。さぁ、そろそろ射程距離かな? しかしモコモコパイプ、キジトラちゃんに気づいて高速で回転をしはじめました! 速い速い! 稲床をまるでローラーのように転がっていくモコモコパイプ! でもキジトラちゃんも負けてはいません、次第に距離が縮まっていくと、遂に……凄い! 一瞬のうちにパイプの脇に飛び込むと、垂直変化! パイプの中に頭から突っ込みました!


 カメラドローンが捕らえた「ズボッ」という音は、これだったんですねぇ。モコモコパイプはあっという間に力を失い、毛もしんなりとしてしまいました……キジトラちゃんは満足そうに、毛の中に埋もれています……しかしこれ、ネコたちは別に餌が欲しかったんじゃなく、単に狭いところに飛び込みたかっただけなんじゃあ……まぁいっか。


◇ ◇ ◇


 夕暮れ時、パイプ人たちの村は華やかな音楽に包まれます。別にお祭りでも何でもなく、ただ野良仕事を終えた人々が夕涼みをしているだけなんですけどね。それでも彼らの話し声、笑い声は楽しげな音楽になって、小さな村中に響き渡ります。あ、さっきのキジトラちゃん、ご褒美でしょうか、パイプ人からリガトーニのスープをもらっています。トマト味でしょうか。美味しそう。


 ひょっとしたらこの世界には、ネコたちが独自で餌として得られる小動物は、いないのかもしれません。それでもネコたちの習性がパイプ人たちの助けになり、パイプ人たちがネコに餌を与えるという、面白い共生関係が出来上がっていました。


 ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩き。第二回は〈D0C7AA857F〉、通称〈パイプ人の星〉からお届けしました!

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