第十回 長靴をはいたネコ(前編)
シーズン2も最終回! 本日は「異世界ネコ歩きスペシャル:探検、ターミナス公団!」をお送りします!
……ネコ関係ないって? いや関係ありますって! そもそもターミナスがなければ番組だって作れなかったわけですし……ほら、それに……隊員さんにネコ好きさんも沢山いますし……それにえっと……すいません! ぶっちゃけると化け猫騒動(S2#1)のおかげでスペシャルを作るほどの予算が残ってないのです! まぁいいじゃないですかたまには! 時々NHKなんかがターミナス特集やってますけど、お堅いし……ちょっとゆるい感じで中を眺めてみるのも……えぇ……それなりに……
いかんいかん、テンション下げてる場合じゃありません! では早速、我々が根城にしている倉庫を出て、施設内を探検しましょう!
◇ ◇ ◇
皆さんご承知とは思いますが、ターミナスは国際リニアコライダー( International Linear Collider、ILC)計画実施中に偶然生成されました。ほら、加速器ってあるじゃないですか。円状のトンネルを作って、その中でぐるぐると粒子を加速してぶつける装置です。そして衝突の際に起きることを観測する事で、物質を形作っている素粒子の謎に迫ろうというものです。
ILCはその直線トンネル版。円形じゃなく直線にすることで、加速効率が良くなったり色々と新しい実験を行えるようになることを期待され、十年前に岩手県遠野市の地下深くに作られたんですが……なんか実験の最中、偶然に平行世界に繋がる門、ターミナスが出来ちゃったと。そういうわけなんです。
それからILCの稼働条件によって様々な異世界に向かうターミナスを作り出す事が可能だとわかり、五年ほど前から各国の探検隊が拠点を置き、様々な異世界へと探検に出かけるようになりました。そこには進んだ科学技術を持つ世界もあり、奇妙な物理現象もあり……結果として得られたものは凄いですよね。主要な所でも、反重力装置、パワーフィールド、レプリケーターと……私たちの世界もすっかりSFになってしまいました。まだまだお高いですけどね。こないだ出たホンダの反重力車とか乗ってみたいけど、私のお賃金じゃあとてもとても……
と、とにかく! こちらが施設の中心部、ターミナス・ルームです! いやぁ、いつ見ても凄いですねぇ。直径十メートルくらいの機械とコイルに覆われたトンネルが二十キロも続いています。なんとメカメカしい。そして辺りには設備をメンテナンスする技術者さんたち、これから探検に出かけようという探検隊の方々の他に、機関銃を持った兵隊さんたちが目を光らせています。それはターミナスは世界で最重要な施設になってしまいましたし、こちらが探検隊を繰り返し送り出していることで、ここのターミナスアドレスが様々な異世界に知られてしまっています。なのでそのうち異世界人が襲いに来るんじゃないかと世の中の心配性な人たちが騒いでいて、おかげでこうして沢山の兵隊さんたちが守ってるという具合らしいですが……まぁ今まで探検隊が異世界人に襲われて殺されたなんて事例はないですし、心配しすぎなんじゃないですかね……そんな私らの世界、裕福でも進んでもいないし……庶民は反重力車も買えないし……スペシャル版もまともに作れないし……っと? なんかサイレンが……
『予定外のターミナス生成中! 予定外のターミナス生成中! 総員警戒せよ!』
あわわ、何か異常事態なようです。まさか異世界人の襲撃が……うわっ、待って待って押さないで! ……って、あっという間にルームから追い出されてしまいました。仕方がない、天井からぶら下がっている館内モニターで様子を眺めていましょう。
これはトンネル中央部にあるターミナス生成部ですね。普段ならここにトンネルの左右から出すビームを集中させてターミナスを開くんですが……おお、今回はビームが送られていないのに、光の靄のようなものが生まれつつあります。それはどんどん大きくなっていって、トンネルを塞ぐほどに。普段はそこから私たちが旅立ち、帰還してくるわけですが、今日はというと……靄の中に次第に人影が形作られていきます。
どうやら女性の姿のように見えます。すらりとした身体に長い髪、襟の付いた服。間もなくターミナスはかき消え、黒いパンツスーツ姿の彼女は一歩足を踏み出し、周囲を見渡します。
『何者だ! 官姓名を名乗れ!』
ずらりと並んだ銃口を向けられ、彼女は苦笑に似た表情を浮かべています。あれ、この人どっかで見たことあるような気が……金髪の白人さんで、卵形の頭に少しつり上がった瞳が輝いています。鼻もつんと尖っていて、真っ赤に塗られた唇が左右に引き延ばされています。
『あらまぁ随分いきり立っちゃって。別に取って喰いはしないわよ』そしてルーム全体を見渡すと、大きく声を張りました。『イワノヴァちゃん、ここにいるんでしょ? どこー?』
あー、思い出した! あの人は巨ネコと駆け落ちしたサド王女、フレイア様(S1#10)じゃないですか! いったい何でまたこんな所に?
◇ ◇ ◇
「なんだ随分辺鄙なとこに住んでるのねぇ。窓も装飾もありゃしない。ここ倉庫?」
いやいや別に住んでる訳では……ここは事務所で……それよりフレイア様、その格好は一体……
「あぁ、これでも相手を驚かせないよう、一応気を遣ってんのよ」
そうでしたか。前は凄い王女様という感じで、すっかり姿が違うので気づきませんでした。あ、ペットボトルの粗茶ですがどうぞ。
「あらありがと。美味しい美味しい。あ、これ後で十ケースくらい貰える? なにせあんな僻地に住んでると宅配も届かないもんだからさ。遊びに行くならついでに物資も調達してこいってセバスチャンが五月蠅くて」
それはこれくらいなら幾らでも……公団が取引に応じるかと……
「なにお金取るの!? あんなネタを提供してあげたのに!?」
いやぁ、こちらもこれこれこういう事情で、懐具合がアレでして……
「あー、その山猫ってアレでしょ。目が青くて尖ってて『何々ニャね』ってヤツでしょ。駄目よあんなのに引っかかっちゃ」
あら、ご存じでしたか。未だに良くわかってないんですが、あれは一体何だったのでしょう……?
「なんていうか、化け猫みたいなもんよ。しかしそもそもの予算がねぇ。それっぽっちじゃ辛いわ。結構面白そうな番組だと思ってたんだけど、やっぱネコ専門ってニッチなやつじゃあポイント稼げないのねぇ。いっそのこと『異世界イヌネコ歩き』にしてみたら? そしたらイヌ派も取り込めるじゃん。あぁイヌなんか出さなくていいのよ、タイトル詐欺なんて日常茶飯事なんだし、何ならイワノヴァちゃんがイヌの尻尾付けとくだけでいいんだから。あとはクラウドファンドで資金募ってみたら? それに漫画家雇って宣伝させるとか、声優を相方に雇うとかさ、今はメディアミックスよ。わかる?」
つかこの人、なんでこんなウチの世界の事情に詳しいんだろ……てかポイントって何……あ、ありがとうございます考えておきます。っていうかフレイア様、この度は一体どんなご用で……?
「あぁそれそれ。実はこれからセバスチャンの友だちのとこに遊びに行くんだけど、イワノヴァちゃんも一緒にどうかなって」
おお、それは願ったり叶ったりですが……なにぶん今はターミナス使用料も払えない状態でして……
「え、あんな非効率な装置でターミナス開くのにお金取られんの!? やっぱ見かけは取り繕ってるけど、まだまだな世界ねぇここは。はい、これでいいでしょ?」
わっ! フレイア様が片手を振っただけで、事務所の真ん中にターミナスが! い、一体どうやって……
「このブレスレットでね。セバスチャンが作ってくれたの。さ、行くわよ?」
あわわ、ターミナス公団じゃ小型原発を占有してターミナスを開いているというのに、それだけのエネルギーをあんな小さなブレスレットに詰め込んでるとは……やっぱり普通の人たちじゃない……って驚いてる場合じゃない! これは念願のスペシャル版を撮影するチャンスです! みんな機材をかき集めて! 早速フレイア様を追うのです!
◇ ◇ ◇
やってきたこの異世界、なんというか普通な感じですねぇ。気候は温暖、山々は広葉樹に覆われていて、田畑は金色の稲穂が揺れています。しかし道は舗装されておらず、家々は藁葺きです。道行く人々はダブレットやチュニックを身につけていて、ここは中世くらいな文化水準っぽいですねぇ。ネコの姿は見受けられませんが……とりあえず軽く農民さんにお話を伺ってみましょうか。
「あ、それ駄目。ここの連中はまだ異世界人と出会ったことがないから、そんな機械背負って行ったら悪魔だと思われて狩られちゃうよ。はい、これに着替えて」
うわっ! またフレイア様が片手を振ると、私たちの服がすっかり現地風に変わってしまいました! 魔法だ! やっぱ魔女だこの人!
「どっちが現地人だかわかりゃしないね。ただの物質転換でしょ。さ、行くよ?」
うう、確かにフレイア様にかかると私たちは原始人同然のようです……と、とにかくカメラはずた袋、マイクは木の枝に変わってしまいましたが、普通に機能はしているようです。木陰から出てフレイア様を追いましょう。
さて、この集落は農村なんでしょうか。木造の家がぽつぽつとあり、傍らには少し大きな二軒分くらいある建物があります。こちらは石造りですが、やはり藁葺き。入り口では二頭のお馬さんが繋がれ草を食んでいます。
おお、ここは酒場というヤツですね! 中に入ると机が十ほど並べられ、農民さんたちは碁のようなゲームに興じ、カウンターでは甲冑を身につけた下級兵士のような方がビールか何かを飲んでいます。
そして奥の方には……いました! 茶虎のネコです! テーブルの上で丸くなって、窓から差し込む暖かな日差しに誘われ居眠りしているようです。
「やだープスちゃん久しぶりー!」
おっと、フレイア様が女子高生のような反応で茶虎さんに掴みかかりました。この子がセバスチャンさんのお友だち? あのモフモフ巨ネコなセバスチャンさんのお知り合いというくらいです、きっと人外ならぬネコ外な何かだと思っていたんですが……
「そりゃあアイツはまだ修行が足りねぇからな。あんなのと一緒にすんなよ」
……うわっ! 喋った! ネコが喋った!
「何でぇ騒々しい。おうフレイア、久々だな。こいつら何だ」
「やーんプスちゃん、友だち友だち! 紹介しようと思って一緒に遊びに来たの!」
むぅ、フレイア様は相変わらずのネコ好きっぷり……サド王女から普通の女子高生に豹変です。しかしここの世界じゃネコが喋るのが普通なのかな。今まで話すネコって、大体化け猫の類いだけでしたけど……とにかくこのプスさん、フレイア様に撫で撫で揉み揉みされてますが、どうにも気の乗らぬ様子。フレイア様もそれに気づいたのか、椅子に腰掛けて顔を覗き込みました。
「どうしたのプスちゃん。そういや何かセバスチャンが、元気出しに遊びに行ってやってくれとか言ってたんだけど。何かあった?」
「いやぁ、実はな、ちょっと困ったことになってるんだ」と、東の方に顔を向けます。「おいらは今、あっちの方にある小さな粉ひき小屋に世話になってるんだが、こないだそこの親方が死んじまってな。おいらを拾ってくれたいい親方だったんだが」
「あら可哀想」
「なに、所詮人間だ、いつかは死ぬ。そりゃあ仕方がねぇが、後が問題でな。そこには三人の息子がいて遺産を分け合うことになったんだが、なにしろしがねぇ粉ひきだ、長男に粉ひき小屋、次男に驢馬、それで終わりだ。三男にはおいらしか残ってねぇ。それであいつ、ここんとこずっと悩み通しでな。兄貴二人とはあんまり折り合いが良くなくて、早くネコを連れて出て行けって言われてるし、もう野垂れ死にするしかねぇって案配で。一番可愛がってくれたやつだ、何とかしてやりてぇと思いながらも、名案が浮かばなくてな……」
「へぇ、そういうことなんだ。それならセバスチャンみたいに、何か作ってあげたら?」
「そいつはいけねぇ。おいらはもう、喋るくらいしか能がねぇ、こういうネコになっちまってる。今更後戻りなんざぁ、出来ねぇさ」
ふむ、何か良くわからない事情があるみたいですが……なんか聞いたことがあるぞこのお話。
「え? イワノヴァちゃん、何が?」
いえね、私らの世界に、こういうお話があるんです。『長靴をはいたネコ』っていうんですけど。聞きます?
◇ ◇ ◇
~長靴をはいたネコ~
ネコは三男坊から長靴をもらうと、森に出かけて繰り返し獲物を捕まえます。しかしそれはご主人の元には持って行かず、王様に献上し続けたのです。
「こちらはカラバ侯爵からの贈り物です」
王様は、カラバ侯爵とはよほどの人物に違いないと思うようになります。そしてある日、ネコは王様が行幸に出かけると聞きつけると、主人を上手いこと王様と引き合わせることに成功します。一緒の馬車に乗った主人が王様と上手く話を合わせている間に、ネコは行く先々で農民に言います。
「これから王様が来るので、『ここはカラバ侯爵の領地です』と言うのだぞ。でないと酷い目に遭うぞ」
農民はネコを恐れ、言われたとおりにします。何処まで行ってもカラバ侯爵の領地が続くので、王様は侯爵がよほどの人物だと感心します。
しかしここは全て、人食い鬼の領地だったのです。馬車の行き先には人食い鬼の城がありましたが、そこにネコは先回りして鬼に会い、機転を利かせて倒してしまいました。
王様一行は鬼の城にたどり着き、素晴らしい城だが誰のだろうと噂します。そこにネコが現れて、あちらこそがカラバ侯爵の城ですと紹介します。
城を手にした主人、カラバ侯爵は王女と恋に落ち結婚し、ネコは貴族となって幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
◇ ◇ ◇
「……駄目に決まってんだろ、そんなの」
わっ! 誰ですか急に割り込んできて!
「私はシャルル・ペルーという。作家だ。最初から最後まで隣の席で聞かせてもらったがね、キミ、駄目だよそんなお話。だいたいネコが喋るって時点でアレだし、隣の領地が人食いの鬼に支配されてるのに、王様が気づかないはずがないだろう。いくら子供向けでも、そんなツッコミどころ満載のお話が通るはず……」
シャ、シャルル・ペルー? それって『長靴をはいたネコ』の作者さんと同じ名前じゃあ……あれ? ペルーさんが急に固まって……いや、ペルーさんだけじゃない、お店の全員がなにか硬直してしまっていますが……
「イワノヴァちゃん、また面倒な事になったね」
こ、これはフレイア様の仕業ですか? 何事?
「やらかしちまったな」
今度はプスさんまで! どうしたんです!?
「この男、シャルル・ペルーってのか? こいつが今の話の作者だってのは、ホントか?」
え、えぇ、確かそういう名前で、お顔も確かこんな風な方だったかと……あ、まさか!
「そう、そのまさかだ。世の中には自然のターミナスが存在して、知らぬ間に通っちまうやつがそこそこいる。で、中には作家がいて、そこで起きた不可思議な出来事を本にする。わかる、こいつはあんたらの世界じゃ、とうに死んでるってんだろ? しかし本来のターミナスってのは、平行宇宙だけじゃなく時間の壁も越えられるんだ。つまりこいつは本物のペルーで、ここで起きた出来事に納得出来なきゃ、帰って本に遺すこともない」
す、すると、どうなります?
「あんたらの『長靴をはいたネコ』って話を知っている平行宇宙の、全てが消滅することになる」
な、なんだってー!
これは大変な事になってしまいました。目の前のおじさん、シャルル・ペルーさんに私のお話を納得して貰えないと、私たち全てが消滅してしまうというのです。どうしよう! 大変だ!
「もうこうなったら、実演して見せるしかねぇな」
え、プスさん、さすがにそれは無理なんじゃぁ……正直相当荒唐無稽ですし……ねぇフレイア様?
「でも他に手もないしねぇ。それに上手く行ったらプスちゃんのご主人も助かるんでしょ? だいたい、ペルーちゃんはこういう出来事に遭遇して、実際『長靴をはいたネコ』を書くことになったんだと思うし。なんとかなるんじゃない?」
えぇ、そんなぁ……
「じゃあ一時停止解除」
うわー、ちょっと待って待って!
え、えっとねペルーさん、これは全部ホントの話……っていうか、これからやることの計画なんですよ実は!
「計画? いやいやいくら何でも、そんな上手く行くはずがないじゃないか。だいたいネコが喋るって時点で……」
「なんだよネコが喋っちゃ悪りぃのか」
おもむろに口を挟んだプスさんに、ペルーさんは……
「喋った! ネコが喋った!」
そうなりますよねぇ……