第九回 ネコの宝探し
ここはまた、何というか不思議な世界ですねぇ……明らかに知的生命体の手によるものと思える建造物がそこかしこにあるんですが、生活感が全然ないんです。地面は真っ白いプラスチックのようなもので覆われていますが、傷一つなく、空に浮かぶ月の光を綺麗に反射しています。ぽつりぽつりと建っているのは十平米くらいの真四角なお家で、入り口はあっても扉はなく、中にはシングルベッドと小さな机、流し台があるだけ。そのどれもが真っ白で、簡素で、やはりプラスチックのような素材で出来ています。探検隊によると付近にはこうした簡易住宅が千戸ほど建ち並んでいますが、領域の外は普通の温暖な自然が広がっているんですって。
つまりここは作りかけの街っぽいんですが、所々に意図不明な建築物もあります。ほら、月明かりに照らされている高い塔……というか柱ですね。ここからは十本くらい見えますが、直径は二メートルもなく、高さはまちまち。高いのは五十メートルくらいあるかなぁ。そしてそれぞれの頂点には、目映い光が灯っています。街灯なんでしょうか。それとも灯台? それにしては建っている場所もバラバラで、ただ不規則に地面から伸びています。
近づいてみると、付近をテクテクと歩いているネコの姿を見かけられます。どうやら街の外から迷い込んでしまっているようですね。黒ネコさんは不思議そうに柱を見上げ、首を傾げています。
暗闇に輝く光を、ただただ見上げる黒ネコさん……この光景だけで十分番組になるんですが、実はここにはまだ、大きなミステリーがあるのです。ご覧ください、簡易住宅の入り口に、探検隊が残した警戒線が貼られています。その奥にはなんと、ミイラが……!
うわー、懐中電灯で照らしてみると、完全にカラカラに乾いていますねぇ。ベッドの上に仰向けに倒れ、右手をお腹の上に乗せています。探検隊によると人類に非常に近い種族の成人男性で、死後三年くらい経っているようです。推定年齢は三十歳ほど。死因は脳内出血による自然死ではないかとされています。
そしてミイラさんの枕元には、一冊の手帳が……革張りで、遠目に見ても随分使い込んでいる様子がわかります。一体彼は、どうやってここに来たのか? 何のために? きっとその謎を解き明かす鍵が、あの手帳に記されているに違いありません。
「そのコピーがこれだ」
うぉう! いきなり現れないでくださいDWT社のウラジミールさん(S2#2)! びっくりするでしょう!
「いやだって導入長くて飽きちゃったから……ほら、読め読め」
せっかくいい感じのプロローグをやってたのに……はい、そんなわけでこの異世界に訪れた理由は、ウラジミールさんから再び合同調査依頼を受けたからなんです。何でも今回のお宝捜索任務にも、ネコが絡んでるっぽいからとか……確かに野良ネコさんは沢山いるみたいですけど、それがお宝と一体どういう関係が……むむっ、この図は……!
「この男はどうやら、俺と同じトレジャーハンターだったらしい。独力でターミナスの作動方法を発見し、異世界を渡り歩くようになったんだろうな。そしてある異世界でこの図を発見し、とてつもないお宝を見つけるための鍵だと信じるようになった。そう、明らかにこれは、ネコだ」
ふむぅ、何かヘタウマという感じの絵です。一匹のネコが地面に座っている様子を横から描いていて、身体のそこかしこに何かしらのマーク、何かしらの書き込みがされています。確かに何かの暗号というか、隠された地図っぽく見えなくもないですが……どうしてこれがお宝の地図だと? 一体どこの異世界にあったんですか?
「実はそれは簡単にわかった。ここに十六桁のマークがあるだろう? これは連中の数字で、それはそのままターミナスコードになる。さ、行くぞ」
えぇっ!? 来たばっかりなのにもう別の異世界に行くんですか? 忙しいなぁ。
◇ ◇ ◇
うわっ! ターミナスゲートを出た途端に真っ暗! 何も見えない!
「落ち着け、今明かりをつける」
ほっ、明るくなった。でもここは……洞窟の中? 珍しい、洞窟の中にターミナスゲートが現れるなんて。
「そこからして尋常じゃねぇ。加えてこの洞窟は無茶苦茶広くて、まるでアリの巣穴のようだ。どれだけ広がっているのか、未だに全貌は把握できていねぇ。壁も岩っぽいが、何かしらの人工物なのは確かだ。X線が通らないんだからな」
え? つまりここの外がどうなってるか、全然わかってないんですか?
「あぁ。相当の地中、あるいは何らかの建物の中って可能性もある。とにかくあのミイラマンもここに来て、あれを発見した」
おお、手帳に描かれているのと同じネコの壁画です。辺りには壺やカップ、何かの装飾品らしき物が散らばっていますが、相当昔の物のようです。ある物は倒れ、ある物は割れてしまっています。
「めぼしい物はミイラマンが運び出しちまったのかもしれんが、価値がある物があったかどうか。何かあれば手帳に残していただろうから、多分元からガラクタしかなかったんだろう」
ふむ、なるほど。それでミイラマンさんは、どうやってここのターミナスコードを手に入れたんでしょう。とても出鱈目に試して当たるような場所とは思えませんが……
「おまえも異世界を旅していて、太古に滅んだ高等文明の痕跡を見たことがあるだろう。まだ研究は始まったばかりだが、次第にそれらは体系化されつつあってな。位相が相当離れた異世界なのに、同じ文明の物としか思えない遺跡が結構存在する事がわかった。つまり俺たち以前にも、ターミナスを行き来していた文明があったってことだ。学者たちはそれを『第一超次元文明』だとか『ファンダー(始祖)』とか呼んでいるが、彼らは自分たちの事を、こう呼んでいたらしい。『フェーリン』と」
へぇ、そんなところまで研究が進んでいたんですね。じゃあひょっとして、この遺跡もフェーリンの物なんですか?
「断定は出来ないが、このマークの使い方はよく似ている。それに連中の建物は独特でな。完全に自然の中に溶かし込むか、完全に自然から隔離するかのどっちかだ。この洞窟の構造も、その特徴と一致している。とにかく手帳によるとミイラマンもフェーリンの遺跡を探り、とある聖板を発見したようだ。そこにはこれと同じ猫が描かれ、三つのターミナスコードと一緒にこんな記述が添えられていたそうだ。『我々の聖なる(あるいは唯一の)宝の指し示す場所』」
三つの異世界、そこの何処かにフェーリンの遺産が眠っているということですか! インディージョーンズみたいですね。何か楽しくなってきました。
「あぁ。俺もそう期待したんだが、そっから先が問題だ。第一のコードはこの洞窟へと繋がっていたが、広すぎて調査が遅々として進んでいない。そして第二のコードが、あの柱がおったってる世界。あそこにも何もない。第三のコードが指し示していたのは砂漠のど真ん中でな。何かあったとしても砂に埋もれてしまっている。調査には相当に金も時間もかかるだろう。確証もないまま、そんなに資源を消費できない。俺たちは何かを見落としている。そんな気がしてならない。だからおまえらの力を借りようとな。さぁ、このネコの絵から、何かわからないか?」
なるほど、事情はだいたいわかりました。でもなぁ、私たちは単にネコ好きな人たちってだけだからなぁ……何かわかるかわかりませんが、とりあえず絵をじっくり見てみることにしましょう。
ふむ、壁に描かれているネコは、普通のイエネコ種にしては精悍なような気もしますねぇ。四肢はやや長めに描かれ、尻尾はくるくると渦を巻いています。そしてネコの骨格をなぞるように十五個の印が。
うーん、何かあるとしたら、この印なんだろうけどなぁ。丸、逆三角、四角と三種類ありますが、何か意味があるんでしょうか。
「仮にこれが地図なんだとしたら、モノの違いだろうな。目印となる都市とか、山とか……しかしこれと一致する地形は発見されていない」
ふむ。じゃあ、こういうのはどうです? 三つのターミナスコード、そして三種類の印。それぞれの印が、三カ所の異世界それぞれを指し示している……
「やってみた。丸、逆三角、四角、それぞれの配置をこの洞窟に投影してみたが、一致している気配はない」
うーん、じゃあ……うーん、うーん……
「まぁ、そう簡単に何かがわかるとも思ってねぇ。持ち帰って少し考えてくれや」
は、はい、考えてみます……
◇ ◇ ◇
うむー。ネコの壁画……点の配置……うーん、あれから何日か写真を睨んで考えてみたんですが、これといって何も思い浮かびません。やはり私たちは何か見落としているようです。洞窟の調査はウラジミールさんたちが続けているようですから、私たちはもう一度、あの柱の世界に行ってみることにしましょう。
さて今日も相変わらず、灯台柱が輝いている夜の世界。洞窟にはネコの絵があったんだから、ここにも何かヒントのようなものがありそうなものですが……うーん、絵ならぬ本物のネコなら一杯いるんだけどなぁ。ちょっと行き詰まってしまったので、その辺のネコをストーキングしてみることにしましょう。
ふむ、見るからに何の変哲も無い黒ぶちさんです。このプラスチックの街では食べ物なんて何もないでしょうに、どうやって生きているんでしょう。てくてくと歩いて行く先は……おお、あれが街の端ですね。本当に何の脈絡もなくプラスチックの床が途切れて、その先には草原と森が広がっているようです。普通に生き物が沢山居るんでしょうね、虫や鳥の鳴き声で一杯です。黒ぶちさんは街から出る前に、少しだけ背後を振り向きました。じっと見つめる先にあるのは灯台柱の光……ん? こうして離れてみると、光はまるで星のようですが……しかし……今更ながら気づきましたが、この世界の夜空には星が一つも見えません。
どういうことなんだろう。あ、ウラジミールさんの報告書に記載がありました。なるほど、この星は銀河の端の端にあるので、近くに星が全然ないそうです。星のない世界だから、住民さんのために星の塔を作ったのかな……ちょっと待てよ? 壁画の印が十五個、星の塔も全部で十五本なんだ。ということは印の場所と塔の配置が同じだったり……うーん、測量図を見ると全然違いますねぇ。
いや、待てよ? この角度……もうちょっと向こう……いやこっちか……?
……! わかった! これはそういうことだったのか!
「何だ? 何か謎が解けたのか?」
あ、ウラジミールさん、見てください! この街の北にある広場の中央から、星の塔を眺めたら?
「……! 壁画の印と同じ配置で光が輝いてる! なるほど、柱の役割はそういうものだったのか……で?」
で? って言われても……それだけですけど……
「あ! ちょっと待て! つまり印と同じ配置で光が見えるこの場所! この位置に宝が埋まっている!?」
あーっ! それありそう!!
◇ ◇ ◇
なんとなくそれっぽい説を見つけ出せました。早速ウラジミールさんは街の地面を掘り起こそうと頑張り始めましたが、このプラスチック風の床、相当固いみたいですね……つるはしで叩いても傷一つ付かず、ドリルも刃が欠けてしまったとか。一週間経っても破壊できず、今はダイヤモンドドリルを手配しているようです。けど、どうも私、この推理は違うような気がしてきたんですよね。
だいたい宝の隠し場所の候補が三カ所も記されているというのが解せません。三カ所のうち何処かに宝を隠したよ、なんて記録の残し方をするでしょうか。やるなら、分かる人には分かる、分からない人には絶対分からない、という方法にするはずです。
それに聖板にあったというメッセージは、『我々の聖なる(あるいは唯一の)宝の指し示す場所』です。それがもし、あの星の塔による星座……ネコ座自体を示しているのだとしたら、彼らの宝というのは全く別の物なのでは……
「なんだイワノヴァ、なんとかあの広場を掘り起こせって会社に言われてて、俺も忙しいんだがな」
あぁウラジミールさん、呼び出してすいません。実はこれこれこういう感じで、あの広場は宝の隠し場所じゃないんじゃないかと思うんです。
「うーん、しかしそれも推理の一つだろ? それでなんだってまたターミナス公団のデータアーカイブ室なんかに呼び出したんだ。それを伝えるためだけか?」
いえ、実は先ほど、裏を取りました。
あの星の塔によるネコ座ですが、あれ自身が宝の隠し場所を指し示しているんだとしたら……つまり、何処かの異世界で、あぁいう配置で星が見える場所があるんじゃないかと思ったんです。
「そんなの、ほぼ無限に考えられるだろ……とても一カ所に特定出来るもんじゃない」
ところが地図の三種類の印、あれがヒントだったんです。三つの印をそれぞれ、主系列星、赤色矮星、赤色巨星に対応させると、見つかったのはこの私たちの世界、プレセペ星団にある恒星系だけでした。そこからならば、このネコ座が見えるはずなんです。つまりその恒星系こそが、『我々の聖なる(あるいは唯一の)宝の指し示す場所』……『我々の聖なるネコ座が見える母星系』ということなんじゃないでしょうか。
「……! なるほど、じゃあまさか、その恒星系にある星がフェーリンの母星なのか!? そこに行けばフェーリンの遺産の全てが!?」
ところがこの恒星、一万年ほど前に赤色巨星になってしまったようなんです。仮にそこにフェーリンの母星があったとしても、今では膨張した恒星に飲み込まれるか、焼き尽くされてしまっているはず……
「……な、なんてこった……じゃあまさか、あの三カ所のターミナスコードは、連中の租界地か何かだったのか……?」
はい、状況からして、その可能性が高いんじゃないかと思います。
◇ ◇ ◇
結局ウラジミールさん、どうやっても柱の世界の地面は掘れないし、最後には私の推理を受け入れたようです。母星を追われてしまったネコ好きな人々。彼らは空のない洞窟世界ではネコ座を壁画として描き、柱の世界は星自体が見えないものだから、星の塔を建ててネコ座があたかも夜空で輝いているように仕立て上げた。きっと聖板が物語っていたのは、そういう歴史なんじゃないかと思います。
未だフェーリンがどういう人々で、どういう歴史を持っていたのかは明らかになっていません。あの租界地の状況からしても生き残りがいるとは思えませんが、また彼らの遺跡を見つけることがあったら探検してみたいですね。きっと素敵なネコ遺物が見つかるに違いありません。
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きシーズン2! 第九回は「ネコの宝探し」をお送りしました。