第七回 如何にしてか何かされて生まれるネコ
私も随分色々な異世界を訪れてきましたが、ここはまた特別に不可思議ですね……地面は全てすべすべの大理石のようなもので覆われていて、地平線まで真っ平ら。空は紫色と藍色が入り交じった色彩で、沢山の星が瞬いています。
風は冷たく、凪いでいます。なんだか見渡す限り何もなくて、閉所恐怖症ならぬ広所恐怖症になってしまいそうですね……
この環境はおかしい、ありえない。学者さんたちはそう考えて、車まで持ち込んで調査したらしいんですね。だってここまで遮る物がなかったら風が大変なことになるはずですし、そもそも地面を覆い尽くすこの石もあり得ないし……でも結局、何もわからないまま。車で何万キロも走った挙げ句、辛うじて発見した『何か』についても、混乱に拍車をかけただけだったそうです。
ただ、その『何か』にネコが関係しているのは確かだということ。そうなると私たちたちの出番です。呼ばれてもいませんが私たちも車に乗って、その『何か』に向かってみることにしましょう。
◇ ◇ ◇
うーん、行けども行けども全く風景が変わらない……いやそもそも風景とかないので、どれくらいの速度で走ってるのかもわからない……電動モーターと風切りの音だけが続いていて、あっという間に眠くなってきます……いかんいかん。そういえば視聴者の方からリクエストを戴いていたんです。『イワノヴァさんの所のネコを見せてください!』。はい、こちら。鯖白のドルバッキー(♂三歳)です。この子との出会いには、聞くも涙語るも涙の物語が……あればいいんですが、実家で飼っているネコの子供を一匹、拉致してきたという具合です。いつかゲストで登場させたいですねぇ。そしてネコ駅長のように有名にして、写真集やグッズ販売で大儲けを……ふふふ……
「その前にこの番組を有名にしないとね?」
う、ディレクターさん鋭い。でもね、ネコ番組やってるのにネコ飼ってるのが私だけとか、問題だと思うんです。
「僕みたいなのに飼われたら可哀想だと思うよ? お金ないし」
う。ちょ、この話題はここで終わりにしましょう。しかし一体どれだけ走ればいいんでしょう。もうかれこれ二時間ほどたってますが……
「じゃあもう五百キロくらいか。そろそろだと思うよ?」
ふぅん、なるほど。って二時間で五百キロ!? 一体どんだけスピード出してるんですか!
「めんどくさいから、さっきからずっとアクセルべた踏みだよ?」
やだこわい。この人、加減というものを知らないからなぁ……いつか死んでも知りませんよ……っと、確かに地平線に何かが見えてきました。なんかニョロっとしたオブジェクトのように見えますが、比較する物がないのでサイズがさっぱりですが……うーん? 近づけば近づくほど大きくなっていく……あれ、おかしいこれ。どんだけ大きくなるんだ?
「到着!」
はい、到着です! 到着ですが……これ、一体何でしょう?
学者さんたちのリポートにも『何か』としか書かれていなかった理由がわかりました。大理石の地面から宙に向かって立ち上がっているのは、このニョロンとした感じといい、表面のフサフサ感といい……ネコの尻尾? えぇ、ネコの尻尾のように見えますが、なんと長さは二十メートルくらいあるでしょうか……一体何なんでしょうこれ……そしてあちらにも『何か』があります。ちょっと小高い丘のような感じで地面が盛り上がってますが……うーん、表面はやっぱり大理石的な感じのままですが、フサフサした毛みたいな加工がされている……ひょっとしてこれは……むむっ、この尖っている部分は……耳……つまりあちらに飛び降りて見てみると……
ぎゃああああ! ネコ! ネコの頭ですこれは!! しかし直径は十メートル以上はあり、顔の半分は地面に埋まっていて! 目は凄い虚ろです! 全く生気が感じられない……怖い……一体誰がこんな物を作ったんでしょう……
つまり尻尾があそこにあって、頭がここにあるということは、全長百メートルくらいのネコが地面に埋まっていると。そういう感じで何者かが作ったとしか思えませんが、完全に地面と一体化していて、あとから置いたようにも見えません。まさに『何か』としか言いようのない何かですが……あれ、でも変だな。調査班のリポートには『横たわるネコの像』と書かれてますが、これは横たわってないですよねどう見ても……ってディレクターさん、何やってるんですか。
「いや、記念にお髭の一本でも持って帰ろうかな? って……」
そんなの駄目に決まってるでしょう。そもそもお髭だって三メートルくらいあるし、どうやって運んで……って折れた! うわぁ、何やってんですかこの眼鏡!!
「何って、引っ張ってたら折れちゃった……」
折れちゃったって、そんなのは見ればわかりますよ! ちょっとどうにかして元に戻さないと……って、あわわ、折れた髭はどんどん崩れて砂のようになっていき……わ、ちょっとカメラさん! 早く頭から降りて! お髭だけじゃなく、全体がどんどん崩れていきます! あっちの尻尾まで倒れてくる! うわぁ、危ない! みんな逃げろー!
◇ ◇ ◇
……ディレクターさん、何てことをしてくれたんでしょう。地に埋もれたネコ像は完全に崩れ落ちてしまいました。しかしどうも妙ですね……破片は全て瞬く間に砂のようになっていき、その砂は地面に吸収されて……うわぁ、ものの五分も経たない間に、跡形もなくなってしまいました。見てください、完璧に他の地面と同じ、すべすべの大理石です。一体これはどうしたことか……
「う、うわああああ!」
ど、どうしたんですかディレクターさん……って、うわああ! いつの間には私たちの背後に、新たな『何か』が出現しています! 音も何も一切なかったのに、振り向いたら存在していました……そしてこれは……ネコの腕、でしょうか? 地表から十メートルほど、巨大なネコの腕が突き出しています……一体これは何なんだ……ていうか何がしたいんだ……
「ぎ、ぎゃああああ!」
ひえっ! 今度はADさん! その視線の先には……う、後ろ足です。これは間違いなくネコの後ろ足……うわっ! 振り返ってみると、また別の足が伸びている! 今度はネコが仰向けになって、その伸ばした三本の肢だけが地面から突き出しているような状態でしょうか。
怖い。これは一体何なんでしょう。誰か像が出来上がっていく瞬間とか見ました? 見てない? やっぱり? もう、一体何がどうなって……ひええええ! また私が目を向けた瞬間、残る前足が生えていた……その上に何か……あ、あぁっ! 私たちの乗ってきた車! それが腕の上に乗っかってしまっています!
一体何でどうやって……ちょ、ちょっとこれは不味いですよ? 五百キロもの距離、車なしではとても帰れません。どうにかして降ろさないと……
「よ、よくわかんないし、とりあえず登ってみよ?」
やだなぁ……なにか悪い予感しかしません。でも車をどうにかしないとなぁ。よし、ポータブル反重力装置をオンにして登ってみましょう。
◇ ◇ ◇
ふむ、やっぱりどう見てもネコの手……爪や肉球まで完璧です。もうこれは誰かが作った何かじゃなく、何かに生み出された何かとしか思えませんが……しかしこうして見てみると、このネコの手足には何か見覚えがあるなぁ……え? ネコの手足なんてみんな似たようなもんだろうって? いやいや、そんなことありません。特に肉球の形にはそれぞれ独特のものがあって……ってディレクターさん、今度はなにやってんです。
「え? さっきは髭を抜いたら崩れたから、今度は爪とか折ったら崩れないかなって……そしたら車も落ちてくれるよね?」
それはつまり車が壊れることも意味しているんですが、わかってて言ってるんですかね?
「そこはほら、崩れつつあるところを上手いこと運転して、ズササーって感じで……あ、折れた」
またやりやがったこの眼鏡! うわぁ、やっぱり崩れてくる崩れてくる! ちょっと誰が運転するんですか、ってなんで私が運転席に座ってるんだ!? ちょっと私ペーパーで運転なんて無理無理! いや、こんな狭くちゃ交代も無理ですって! ぎゃぁあああ!
◇ ◇ ◇
ふぅ、危機一髪。全員がポータブル反重力装置をオンにした結果、辛うじて墜落は免れました。とても車のような重い物は浮かべられないですが、ふよふよと着陸です。最初からこうしてれば良かったのに……
「なら最初からそう言ってくれればよかったのに!」
言う間もなく暴走するのは誰ですかまったく! しかし随分エネルギーを使ってしまったので、また同じようなことがあったらもちません。ADさん、車に残っててもらえますか? どうもこの『何か』は、誰も見ていないエリアを狙って生まれるようですから……ってやっぱり。ご覧ください。いつの間にか私たちの背後に、丘のようなネコの顔面が生まれています。そしてこれは……そう、巨大で近すぎて良くわかりませんでしたが、離れてみると確実でした。このネコはウチのドルバッキーです!
つまりこれは、というかここは、来た人物の記憶にあるネコ像を具現化する場、ということなんでしょうか。どうもそんな風にしか思えませんが、一体何がどうしてそんな風に……
◇ ◇ ◇
地球に帰って私たちの体験を報告すると、現地調査をしていた学者さんたち、すっかり目を白黒させていました。まぁ彼らは貴重な遺跡か何かだと考えて、『何か』は慎重に観察していました。それを壊したら別の形になるというのは考えもつかず、私たちの暴挙を呆れられるやら当惑されるやらで……すいません。
しかしこの情報のおかげで、彼らも一つの仮説にたどり着いたようです。
「あの世界全体は、ノミも筆も用いず、イメージを具現化するためのキャンパスなのだという可能性が高いように思えます。地表を持ち帰り分析してみた結果、あの『何か』が生成される場所だけが何らかのエネルギー値が高く、他の場所はゼロ……つまり元は地表全体がアクティブだったが、今はバッテリーが切れかかっている状態、と考えるのが妥当だと思えます。あの世界を作ったのは、相当に科学技術が進んだ種族だったのでしょうね」
ふむ、なるほど。星をまるごと一つ、キャンパスにしてしまう種族。すごいですね。それにしてもどうして作られるのがネコなんでしょう……
「あぁ、それは簡単。我々のチームは全員、ネコを飼ってますので。その影響だったんでしょう。あ、番組いつも楽しく拝見してます」
ありがとうございます!
それにしてもあの巨大なネコ像は、あまりにもリアルかつ虚ろで、何か夢に出てきそうな恐ろしさでした。あの世界を作った種族って、相当な巨人さんたちだったんですかね? 最後に私は完璧なドルバッキー像を残して来たので、いつか巨人さんたちに出来を評価してもらいたいものです。
ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きシーズン2! 第七回は「如何にしてか何かされて生まれるネコ」をお送りしました。