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異世界ネコ歩き  作者: 吉田エン
シーズン2
15/24

第六回 ネコのひげはアンテナに入りますか?

 このターミナスがある遠野の街は、今でこそ世界中の探検隊や科学者が滞在する大都市になりつつありますが、ちょっと前までは「遠野物語」に代表されるような民話の里だったんですね。その名残は今でも残っています。ちょっとターミナス公団を離れるとカッパがいたという小川やものの怪が住むという里山があり、その奥には深い山々が広がっています。


 私も暇なときにはその辺を散歩したりしているんですが、今回はそこで出くわした不思議な出来事のお話です。全編スマホでの撮影なので、画が悪いのはご容赦くださいね。


 一月ほど前、紅葉の綺麗な頃のお話です。まだ私もあまり土地勘がないので、適当にその辺をふらふらしていたんですね。ほら、田園の向こうにはターミナス公団の大きなビルが見えるので、まぁ迷ってもなんとか帰れるし平気平気という具合です。


 古い民家の前を通り、公民館の向かいにある舗装もされていない林道に足を踏み入れ、さぁそろそろ帰り道がわからなくなってきたぞ、という頃です。いつの間にか目の前を黒ネコさんが歩いていたんですね。



◇ ◇ ◇



 おっと黒ネコさん発見です。私と同じようにお散歩中でしょうか……警戒されてるのかな? 黒ネコさんは足を止めて何度も振り向きます。いや、違いますねこれは。ちゃんとついてきてるかの確認です……間違いない、これはネコの集会に招待されているに違いありません! だんだん日も陰ってきましたが、何処まででもついていきますよ……っと、林道は途切れて田んぼが現れました。もう稲は刈り取られてしまっていて、所々で藁が干されています。むぅ、黒ネコさん、なかなかオフロードですね。田んぼの土手に飛び降りて里山の方に向かっていきます。そしてその里山には石段があって、土地の方々の姿が増えてきました。


 おお、間違いない、これはお祭りですね! 黒ネコさんに続いて石段を登っていくと、すぐに沢山の夜店が現れました。相当な規模ですねぇ、夜店は何列にも連なり、百は超えているかもしれません。子供たちは金魚すくいや射的に興じ、若い人たちは焼きそばやたこ焼きを頬張っています。お年寄りの方々は神社の舞台で催されている能を眺めていて、本当に賑やかですね。


 ひょっとして黒ネコさんは、食べ物の香りに惹かれてきたのかな……と思いきや、どうやら違うようです。夜店の列を離れ、どんどん神社の森の奥へと向かっていきます。ちょっと黒ネコさん、もうそっちには何も……って、何かやってますね。音楽フェスタの第二ステージのような感じでしょうか。大きなテントが張られていて、つったかたー、つったかたー、と陽気な音楽が奏でられています。側にいるのは呼び込みさんでしょうか、赤と白のストライプのスーツ、黒縁丸眼鏡に、頭にはポンポン帽子のようなものを被って、ビラをまき散らしつつ叫んでいます。


「さぁ、年に一度の博覧会、今年も開催中だよ! 四海万国の摩訶不思議、世にも奇妙な品々がお待ちかねだ! さぁ並んだ並んだ!」


 おお、都会じゃこの手のは廃れてしまいましたが、さすが田舎のお祭りは違いますね! びっくり人間ショーのような物でしょうか。何やらワクワクしてきました。


 どうやら黒ネコさんの目的もこのテントだったようで、ちょこんと列の最後尾に並び私の方を見上げます。なるほど、理解しました。ネコ一匹だと追い払われてしまうので、連れて入ってくれと。そういうわけですね?


「ナウマウマウニャー」


 了解です。では失礼して抱えさせて戴きますよ?


 しかしこういうの入ったことないんですけど、お幾らくらいなんでしょう。ちょっとした散歩のつもりだったので、小銭入れしか持ってきてないんですが……ってあれ、何でしょう。テントの入り口で派手派手スーツの方が受付をしていますが、皆さんお金を払っている様子はありません。品のようなおばさんが古びたラジオを取り出すと、受付さんはハンドスキャナーでそのアンテナを読み取ろうとします。ピッ、とスキャナーが音を立てると、受付さんは笑顔で中に促しました。続くのは耳にヘッドセットを装着した若者で、同じようにそのアンテナをスキャンしてもらいます。その次は少女ですが……彼女はあれです、カチューシャからバネが二本伸びていて、その先に星形の飾りが付いてるヤツを頭に乗せています。受付さんは少し首を傾げたものの、笑顔で向けられた星のポンポンをスキャンします。どうやらオッケーのようです。彼女も小さくスキップしながら中に入っていきました。


 これは一体……何でしょう。アンテナフリーク専門の集会とか? 何かしらアンテナっぽいものを持っている人は無料とか? そういうヤツなんでしょうか?


 やばい、どうしよう。さっぱりわけがわかりません。そうこうしている間にどんどん私の番が近づいてきてしまいました。ちょ、ちょっとこれは一旦撤収して、アンテナっぽい何かを探さないと……ね、黒ネコさん?


「ミャー! マウマウ!」


 えぇっ、駄目? いやしかしそうは言われても……


「はい次の方~拝見します~」


 あ、あはは……え、えっと、拝見戴くような物……ないんですが……当日券とか売ってないんですかね……


「すいません~それはないですね~」


 う……そうですよね……すいません出直します……


「ミャウミャウ! ミャー!」


 い、いや黒ネコさん、そうは申されても……あ、あの、そうだ、ダメ元でお伺いしますけど、ネコのひげはアンテナに含まれるんですかね……?


 あぁ、やっぱり。馬鹿な事を言いました。受付さんは駄目に決まってんだろ、という表情を浮かべます。それでも仕方がなさそうにスキャナーを黒ネコさんのおひげに向けると……あら? ピッ、っと音がして緑のランプがつきました。


「こ、これは大変失礼しました。並んで戴く必要なんてありませんでしたのに」何か急に態度が変わり、慇懃な調子で頭を下げます。「おい三蔵くん! このお二方をご案内して!」


 黒ネコさんは満足そうに、私の腕に顔を埋めます。そして現れた三蔵さんは、思い切り深い礼をしてから、私たちを他の皆さんとは違う入り口へと案内しました。


 何やらわけのわからない事態ですが、とりあえず何とかなりました。そしてテントの中はというと……おお、なんだか外見より随分広く見えます。大きなサーカス団の会場のようで、辺りには奇妙な展示物とその呼び込み、炎を吐いたり曲芸をする人たち、そしてその見物客と、随分熱気に溢れています。早速色々、見て回りましょう!



◇ ◇ ◇



 よくわかんないけど、何か凄いなぁ。これなんだろ? 何か魚の干物っぽいけど、手が生えてる……あら、先ほどの星のカチューシャを付けた女の子が、何やら案内役さんらしき人と激論を繰り広げています。


「ちょっと嘘も大概にしなさいよ。こっちはわざわざ三日もかけて来たのよ? これはせいぜい白亜紀の代物で、断じてジュラ紀の物じゃあ……わかった、もういいわよ!」


 おや、交渉決裂のようです。どうやらここは即売会会場でもあるようですね。しかし一体これは何なんでしょう……人魚の化石?


「ジュラ紀に起きたマルチバース複合の影響で生まれた哺乳類と魚類の複合体だって言ってるけど、どーだか怪しいわね。あんたの目当ては? 随分久々だけど、何処で何やってんの最近?」


 え? 私ですか? 何処かでお会いしましたっけ……?


「マウマウミャー」


「へぇ。大変ねぇ馬鹿の監視も。じゃあまた何処かでねー」


 う。私じゃなく黒ネコさんに話しかけていたようです。何か不思議な人たちばっかだなぁ……何なんでしょうここ。あっ、こっちはレーザー銃? これは徐福の日記? やだすごい。得体のしれない呪物やら完全変形ロボットやら、古今東西怪しげな物博覧会っぽい! これは本当になんでもありそうです……しかしこんな胡散臭い代物を、こんな大量にそれっぽく作る熱意というのも凄いなぁ……


「お、お客様、こちらにおられましたか。随分探しましたよ」


 あ、三蔵さんの存在をすっかり忘れていました。いやここは何か凄いのばっかですね。全部三蔵さんの所が作ったんですか? ひょっとしてムーとかも絡んでるんですかね? 随分お金がかかってそうですけど……


「いやいや、こんな物はまだ序の口。お客様には特別に、今回一番の品物をお見せしましょう。よろしいですか?」


 あ、はい、何で特別扱いなのかよくわかりませんけど、よろしいですよ? って三蔵さん、私に言ってるわけじゃないのかな……なんか視線は完璧に黒ネコさん向けだし……


「あぁ、お付きの方もご一緒に見て戴いて構いません。では本邦初公開、我々の技術の粋を集めて開発したこの逸品! お客様、こんなことはよくありませんか? 『爪を研ぎたいけど怠いなぁ』とか、『家主が怒るから目を盗むのも大変なんだよなぁ』とか。そんなあなたにぴったりの代物がこれ! どうぞごらんあれ、『純本製鰹節柱』です!」


 純本製鰹節柱……?


「はい。本場土佐でも滅多に捕れない全長二メートルのカツオをふんだんに三匹も用い、我々の技術で乾燥成形されたこの逸品! これを家主様宅に設置するだけで、『爪を研ぐ』と美味しい鰹節が得られるという、お客様も家主様も大満足な……」


「マウミャウマウマー」


「えぇっ!? まさかそんな! これは表面だけではなく芯まで純粋な鰹節で……」


「ミャー。マウー」


「さ、左様でしたか……野良の方でいらっしゃいましたか……しかしこの柱をお気に入りの空き地などに置くだけでも、随分気分が……駄目ですか……そうですよね……失礼しました! 実は今のは一番の品物ではなく二番なのです。これからお見せする物こそ、本当に随一の、全世界初公開の驚愕の品! お客様、こんなことはありませんか? 『眠っている間にネズミが忍び寄ってきて、首に鈴を付けられたらどうしよう』。そんな不安で夜も眠れない。ライフサイクルの乱れから体調も最悪……そんなあなたにぴったりなのがこれ! 『万能首ガード』! これを首に巻いておくだけで、ネズミが忍び寄ってきたらたちまち警報が鳴るのです。実用性だけではなくカラーも各種取りそろえており……」


 ……黒ネコさん、ちょっと私、その辺見て回っててもいいですかね?



◇ ◇ ◇



 そんなわけで私は私でよくわからない代物をよくわからないまま眺めて楽しんでしまったのですが、すっかり黒ネコさんとはぐれてしまったんです。幾ら探しても見つからず、出し物も終わりだというのでテントから追い出されてしまいました。うーん、黒ネコさん無事に帰れたかなぁ。


 心配になって翌日も神社に訪れてみたんですが、博覧会が行われていた場所はすっかり空になってしまっていました。不思議に思って付近の夜店の方や神社の方に聞いてみたんですが、そういう出し物が行われていたというのは知らないと……うーん、さすがに民話の里、ひょっとして私は知らぬ間に異世界に迷い込んでしまっていたのかもしれません。


 え? 予算がないから作り話で誤魔化す気かって? そんなことないです! ホントにあったことなんですって! その証拠にほら、博覧会が行われていた場所に、こんな物が落ちていたんです。『万能首ガード』……うーん、これほんとに機能するのかな……ちょっとウチのネコちゃんに付けて試してみることにしましょう。


 ミニッツテイル・イワノヴァの異世界ネコ歩きシーズン2! 第六回は「ネコのひげはアンテナに入りますか?」をお送りしました。アレですかね、ひょっとしてネコのひげはアンテナになっていて、テレビショッピングを受信してるのかも……んなことないか。

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